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芭蕉採茶庵跡 【地図:C1】
江東区深川1-9付近
清澄通り、仙台堀川に掛かる海辺橋わきにある。採荼庵は、芭蕉の門人鯉屋杉山杉風(さんぷう)の別荘、元禄2年(1689)芭蕉は、ここ採荼庵(さいとあん)から「奥の細道」に旅立つ。その地点は明らかとはなっていないが、仙台堀川にかかる海辺橋付近であるといわれる。(写真右は採荼庵跡右わきの仙台堀川散歩道である。)





清澄庭園 【地図:C1】
江東区清澄二・三丁目 TEL 3641-5892
  
一説には、紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられるが、享保年間(1716〜1736)下総国、関宿城主、久世大和守の下屋敷となり庭園の礎となる。明治11(1878)年、岩崎弥太郎がこのこの地を社員の慰安や貴賓ほ招待所として造園を計画、明治13(1880)年、深川親睦園として開園。明治の庭園を代表する回遊式林泉庭園として造園され、現在も訪れる人の心を和ませている。入場料一般150円、65歳以上70円、20名以上の団体は一般120円、65歳以上50円。休園日は年末年始、12/29〜1/1。(写真右は、清澄庭園わきの清澄公園)


深川江戸資料館 【地図:C1】
江東区白河1−3−28 TEL 03-3630-8625
火の見やぐら、白壁の土蔵、船宿のたたずまい、町屋が並ぶ江戸時代天保13〜14(1842〜1843)年頃の深川佐賀町あたりの町人の暮らしを再現している。
季節の変化に応じた生活資料や草花、年中行事の展示があり、江戸町人の暮らしぶりを趣深く見ることができる。
展示のすべてに当時の町民の暮らしに密接した生活道具が多く、その一つ一つに江戸という時代に暮らした人々の心が見えるようである。時代小説ファンの方には、その舞台としての深川の生活風景をリアルに感じる取ることができるかもしれない。





霊巌寺 【地図:C1】 
江東区白河1-3-32
霊巖寺は徳川家康・秀忠・家光の信頼のあった雄誉霊巖が寛永元年(1624)、霊岸島に創立し、明暦の大火によって焼失し、万治元年(1658)に海浜の低湿地を住職珂山とその弟子により埋立てられ、現在の地に移転したとされる。
境内には、松平定信の墓や江戸六地蔵の一つである銅造地蔵菩薩坐像などがある。






東京都現代美術館 【地図:B2】 http://www.mot-art-museum.jp/
三つ目通り沿い、木場公園の北側に位置する。ロイ・リキテンシタインの最高傑作の一つとされる「ヘア・リボンの少女」やアンディ・ウォーホルなどの作品を含めた約3,500点の所蔵作品がある
常設展示室では、3,500点を超える現代アートの収蔵作品の中から常時100点以上を展示している。

館内にはレストラン、カフェテリアがあるので美術鑑賞後ゆっくりと寛ぐことができる。




深川稲荷神社 【地図:B1】 
江東区清澄2-12-12

寛永7(1630)年の建立とされる。御祭神は、宇賀魂命(うがたまのみこと)。西大稲荷ともいう。この付近の旧町名は深川西大工町とあり、その旧名から西大稲荷と称したとされる。
清澄町会の人々の崇敬を集め、深川七福神の一つである布袋尊が祀られている。お正月には清澄町会の人々によって御朱印の授与、茶のふるまいなどがある。






大獄部屋(大鵬道場) 北の海部屋 尾車部屋 【地図:B1】 
江東区清澄2付近

  
深川稲荷神社の通りを清洲橋方面に進むと道を一本へだてて昭和の名横綱大鵬の大鵬道場、現在の部屋名は名跡二子山をを継いだ元関脇貴闘力の大獄部屋がある。又すぐ近くに名横綱、現相撲協会理事長でもある北の海の部屋、元大関琴風の尾車部屋がある。両国で本場所が開催される時などは、朝方部屋め前で力士の姿をよく見かける。相撲ファンの方であれば朝方に訪れて欲しいと思う。


清洲橋 【地図:B1】 
江東区清澄1

隅田川に掛かる橋ではもっとも美しい橋といわれる。完成は昭和3年、震災の復興事業として架橋された。清洲橋の名称は、新設時に公募選定され、深川の清澄町と日本橋中洲町を結ぶ橋から清洲橋とされた。ドイツのケルンの大吊橋を範にとり優美な吊橋である。なお、写真を撮られる方は、万年橋たもとあたりから見る清洲橋がもっとも美しいとされ、ここか、芭蕉庵史跡展望庭園あたりを撮影ポイントとするのが良いかもしれない。


万年橋 【地図:B1】 
江東区常盤1

北斎の「富嶽三十六景」や広重の「名所江戸百景」にも描かれた深川の名所万年橋である。清洲橋うすぐ近く、小名木川と隅田川の合流点かかる橋である。江戸時代には、近くに船の出入りを監視する船番所があったとされ、すぐ近くには深川芭蕉庵がった。現在では望むべくもないが富士山がきれいに見える場所であった。現在の橋は昭和5年に架橋された。


隅田川テラス 【地図:B1】
隅田川テラスは浅草近辺から新川辺りまで続く川沿いの遊歩道である。
新大橋たもとから芭蕉記念館裏を通り万年橋あたりまで遊歩道沿いに芭蕉の句を記した大川端芭蕉句選がある。
芭蕉の句を詠みながら所縁のある地を訪ねて歩くのも趣深いものがある。





■芭蕉稲荷・正木稲荷神社 【地図:B1】
江東区常盤1-3-12
写真左の芭蕉稲荷は大正6年に地元の人たちの手で奉られたたもので、境内には芭蕉庵跡の碑や芭蕉の句碑がある。芭蕉の住んだ芭蕉庵(常盤1-3辺り)は、小名木川河口、万年橋の北詰にある。その後この一帯は武家屋敷となり、嘉永5年(1852)の切絵図には、松平遠江守、文久2年(1862)の切絵図には松平紀伊守と記されている。写真右は宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)を祀正木稲荷神社万年橋稲荷とも称されていたと云う。腫れ物の治癒に霊験あらたかでおできの神様として信仰を集めている。


芭蕉庵史跡展望庭園 【地図:B1】 
江東区常盤1-1-3

万年橋のたもとを少し新大橋側に下って右に入ったところに芭蕉記念館の分館である芭蕉庵史跡展望庭園がある。隅田川と小名木川に隣接し、ここから眺める清洲橋は絶景である。
庭内には、芭蕉像や芭蕉庵のレリーフなどがあり、多くの人が訪れる。午後10時までライトアップされており、隅田川テラスの遊歩道からも見ることができる。






深川神明宮 【地図:B1】 
http://www.fukagawa-shinmei.com/
江東区森下 1-3-17 TEL:03-3631-5548
慶長元年(1596)、家康公が当地を巡視した折、深川八郎右衛門を呼びよせ地名を尋ね「まだ住む人も少なく地名もない」と応えると、家康公は八郎右衛門の姓「深川」を地名とするよう命じ、これが深川の地名の発祥となったとされる。深川氏は開拓の功績により代々深川二十七ヶ町の名主を務めたという。
天照大御神、伊勢神宮の内宮の神を祭り、特に伊勢神宮との繋がりは深く第五十九回のご遷宮の際には、御鏡・御太刀・御盾のご神宝をいただき、ご本殿に大切にお納めしている。





芭蕉記念館 【地図:B1】 http://homepage3.nifty.com/basho-museum/
江東区常盤1-6-3  TEL:03-3631-1448
新大橋と清洲橋の中間あたりの隅田川すぐわき、俳聖・松尾芭蕉が庵を結んだゆかりの地、一つ目通り(芭蕉記念館通り)沿いにある。
真鍋儀十翁等が寄贈した芭蕉及び俳文学関係の資料が展示されている。
月曜、年末年始休館。







新大橋・御船蔵跡 【地図:B1】 

江東区新大橋1

新大橋の名は、「大橋」(今の両国橋)の下流に、元禄6年(1693)新しく橋が架けられたことに由来する。この橋の近くに住んでいた松尾芭蕉は、架橋を喜び「初雪やかけかゝりたる橋の上」などの句を詠み、また、安藤広重もこの美しさを「名所江戸百景」に描いている。現在の橋(昭和52年架橋)は、直線を生かした幾何学模様が今日的でたいへん美しく、清洲橋とともに「新東京百景」の一つとなってる。橋の両国側たもとには幕府の御用船を格納する御船藏跡がある。


長谷川平蔵宣以居宅跡 【地図:B2】 

墨田区菊川 3丁目16番

新大橋通り沿い、三つ目通り交差点、都営地下鉄菊川駅近くの歯医者さんのビル前に長谷川平蔵宣以居宅跡がある。平蔵ファンの方は一度訪ねられるとよい。









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