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| 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)誰《だれ》か |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)此|掌《てのひら》に [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)六《む》※[#小書き濁点付き平仮名つ、25-10]かしい /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)初々《うい/\》しく *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 |
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| それから 一の三 | ||
| 「君は何方《どつか》の学校へ行つてるんですか」 「もとは行きましたがな。今は廃《や》めちまいました」 「もと、何処《どこ》へ行つたんです」 「何処《どこ》つて方々《ほう/″\》行きました。然しどうも厭《あ》きつぽいもんだから」 「ぢき厭《いや》になるんですか」 「まあ、左様《さう》ですな」 「で、大《たい》して勉強する考もないんですか」 「えゝ、一寸《ちよつと》有りませんな。それに近頃|家《うち》の都合が、あんまり好《よ》くないもんですから」 「家《うち》の婆《ばあ》さんは、あなたの御母《おつか》さんを知つてるんだつてね」 「えゝ、もと、直《ぢき》近所に居たもんですから」 「御母《おつか》さんは矢っ張り……」 「矢っ張りつまらない内職をしてゐるんですが、どうも近頃《ちかごろ》は不景気で、余《あん》まり好《よ》くない様です」 「好《よ》くない様ですつて、君、一所《いつしよ》に居るんぢやないですか」 「一所《いつしよ》に居ることは居ますが、つい面倒だから聞《き》いた事《こと》もありません。何でも能《よ》くこぼしてる様です」 「兄《にい》さんは」 「兄《あに》は郵便局の方へ出てゐます」 「家《うち》は夫《それ》丈ですか」 「まだ弟がゐます。是は銀行の――まあ小使《こづかひ》に少し毛の生えた位な所なんでせう」 「すると遊《あす》んでるのは、君許りぢやないか」 「まあ、左様《そん》なもんですな」 「それで、家《うち》にゐるときは、何をしてゐるんです」 「まあ、大抵|寐《ね》てゐますな。でなければ散歩でも為《し》ますかな」 「外《ほか》のものが、みんな稼《かせ》いでるのに、君許り寐てゐるのは苦痛ぢやないですか」 「いえ、左様《さう》でもありませんな」 「家庭が余《よ》つ程円満なんですか」 「別段喧嘩もしませんがな。妙なもんで」 「だつて、御母《おつか》さんや兄《にい》さんから云つたら、一日《いちにち》も早く君に独立して貰《もら》ひたいでせうがね」 「左様《さう》かも知れませんな」 「君は余つ程気楽な性分《しやうぶん》と見える。それが本当の所なんですか」 「えゝ、別に嘘《うそ》を吐《つ》く料簡もありませんな」 「ぢや全くの呑気《のんき》屋なんだね」 「えゝ、まあ呑気《のんき》屋つて云ふもんでせうか」 「兄《にい》さんは何歳《いくつ》になるんです」 「斯《か》うつと、取つて六《ろく》になりますか」 「すると、もう細君でも貰はなくちやならないでせう。兄《にい》さんの細君が出来ても、矢っ張り今の様にしてゐる積ですか」 「其時に為《な》つて見なくつちや、自分でも見当が付きませんが、何《なに》しろ、どうか為《な》るだらうと思つてます」 「其外《そのほか》に親類はないんですか」 「叔母《おば》が一人《ひとり》ありますがな。こいつは今、浜《はま》で運漕業をやつてます」 「叔母《おば》さんが?」 「叔母《おば》が遣《や》つてる訳でもないんでせうが、まあ叔父《おぢ》ですな」 「其所《そこ》へでも頼《たの》んで使つて貰《もら》つちや、どうです。運漕業なら大分|人《ひと》が要《い》るでせう」 「根が怠惰《なまけ》もんですからな。大方断わるだらうと思つてるんです」 「さう自任してゐちや困る。実は君の御母《おつか》さんが、家《うち》の婆さんに頼んで、君を僕の宅《うち》へ置いて呉れまいかといふ相談があるんですよ」 「えゝ、何だかそんな事を云つてました」 「君自身は、一体どう云ふ気なんです」 「えゝ、成るべく怠《なま》けない様にして……」 「家《うち》へ来《く》る方が好《い》いんですか」 「まあ、左様《さう》ですな」 「然し寐て散歩する丈ぢや困る」 「そりや大丈夫です。身体《からだ》の方は達者ですから。風呂でも何でも汲みます」 「風呂は水道があるから汲まないでも可《い》い」 「ぢや、掃除でもしませう」 門野《かどの》は斯う云ふ条件で代助の書生になつたのである。 |
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| 底本:「漱石全集 第六巻」岩波書店 1994(平成6)年5月9日発行 底本の親本:漱石の自筆原稿 ※ルビは、漱石の原稿にあったルビのみ付け、岩波編集部が付けたルビは省きました。 ※ルビ、文字遣い、語句の混在は底本の通りとしました。 入力:Godot、野口英司、oto 校正:門田裕志、小林繁雄 2005年4月16日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 |
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