TOP連載小説中里介山
過去の掲載

大菩薩峠

白骨の巻

中里介山




         一

 この際、両国橋の橋向うに、穏かならぬ一道の雲行きが湧き上った――といえば、スワヤと市中警衛の酒井左衛門の手も、新徴組のくずれも、新たに募られた歩兵隊も、筒先をそろえて、その火元を洗いに来るにきまっているが、事実は、半鐘も鳴らず、抜身の槍も走らず、ただ橋手前にあった広小路の人気が、暫く橋向うまで移動をしたのにとどまるのは、時節柄、お膝元の市民にとっての幸いです。というのはこのほど、両国の回向院えこういんに信州善光寺如来にょらいのお開帳があるということ。そのお開帳と前後して、回向院の広場をかりて広大な小屋がけがはじまったこと。その小屋がけの宣伝ビラが、早くも市中の辻々、湯屋、床屋のたぐいに配られて、行く人の足を留めているということ。
 その宣伝ビラもまた、小屋がけの規模の大なると同じく、ズバ抜けて大きなものへ、亜欧堂風あおうどうふうの西洋彩色絵で、縦横無尽に異様の人間と動物とを描き、中央へ大きく、
切支丹きりしたん大奇術一座」
 この宣伝ビラは、宣伝ビラそのものがたしかに人気を集めるの価値がありました。
 幕府の威力衰えたりといえども、西洋の風潮、多少人に熟したりといえども、「切支丹」の文字は字面じづらそのものだけで、まだたしかに有司を嫌悪けんおせしめるの価値がある。
 果せるかな。この宣伝ビラの「切支丹」の文字だけに、翌日から張紙がされて、その上に改めて、「西洋」の二字が記されました。
 この興行の勧進元が役所へ呼び出された時に、どんな食えない奴かと思えば、意外にもそれは女で、お上のお叱りに対して、一も二もなく恐れ入り、早速、人を雇うて満都の宣伝ビラを訂正にかからせたのは素直なもので、決してことさらに反抗的に宣伝して、人気をあおろうというほどな陋劣ろうれつな根性に出でたのではなく、誰かにそそのかされて、何の気なしにやったことが諒解が届いたから、役人たちも、単に張紙をさせるだけで、後は問いませんでした。
 この勧進元の女こそ、女軽業おんなかるわざの親方のおかくであります。ともかく、今度の興行には、有力なる金主か黒幕が附いたに違いない。従来の広小路の軽業小屋では狭きを感じて、新たに回向院境内へすばらしい小屋を立てたのでもわかります。
「御冗談でしょう、看板でオドかそうなんて、そんなケチな真似をするお角さんとは、はばかりながらお角さんのカクが違いますよ、蓋をあけたら正味を見ていただきましょう、正銘手の切れる西洋もどりのいるまんですよ。大道具大仕掛の手間だけでも、お目留められてごらん下さい、小手先のあしらいとは、ちっと仕組みが違うんですからね」
 こういってお角が気焔を吐いているところを見れば、おのずからその自信のほどもうかがわれようというものです。
 事実、このたびの興行は、以前のようなケレン気を脱したところがある。宇治山田の米友を黒く塗って、印度人に仕立てて当りを取ったペテンとは違って、何か、しっかりしたりどころがなければ、こうは大げさになれないものです。
 ここに慶応のはじめ、大小日本の手品を表芸おもてげいにして、イギリスからオーストリーを打って廻り、明治二年に日本へ帰って来た芸人の一行がある。白い紙を蝶に作って、生命を吹き込んだ柳川一蝶斎を座長として、これに加うるに、大神楽だいかぐらの増鏡磯吉、綱渡りの勝代、曲芸の玉本梅玉あたりを一座として、日本の朝野ちょうやがまだ眠っている時分に、世界の大舞台へ押出した遊芸人の一行があります。その一行の中から、何か目論もくろむところがあって、英国の興行中に、急に便船によって日本へ帰って来たものがある。それが、御家人崩れの福村あたりから、この社会へ何か渡りをつけたようです。
 遊芸――なるが故に国境が無かった。吉田松陰は、これがために生命を投げ出し、福沢諭吉も、新島襄にいじまじょうも、奴隷同様の苦しみをめ、沢や、榎本えのもとは、間諜同様に潜入して、からくもかの地の文明の一端をかじって帰った時分に、柳川一蝶斎の一行は、悠々として倫敦ロンドン三界さんがいから欧羅巴ヨーロッパの目抜きを横行して、維納ウィンナの月をながめて帰ることができました。しかし、粗漏そろうなる文明史の記者は、こんなことを少しも年表に加えていないようです。
 いわんや、この一行が大倫敦の真中で、日本大小手品を真向まっこうに振りかざしたこと、その鮮やかな小手先の芸当に、驚異の目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはったロンドンの市民のうちに、十九世紀の偉人ジョン・ラスキンがあったことを誰が知っている。
 更にまた、この十九世紀の予言者であり、文明史上の偉人であり、絶世の批評家であるラスキンが、この小技曲芸をとらえて、日本の文明を評論した無邪気なる誤謬ごびゅうと浅見とに、憤りを発する者が幾人いくたりある。
 青丹あおによし、奈良の都に遊んだこともなく、聖徳太子を知らず、法然ほうねん親鸞しんらんとを知らず、はたまた雪舟も、周文も、兆殿司ちょうでんすをも知らなかった十九世紀の英吉利イギリス生れの偉人は、僅かに柳川一蝶斎の手品と、増鏡磯吉の大神楽と、同じく勝代の綱渡りと、玉本梅玉の曲芸とを取って、以て日本の文明に評論を試みている。
 けれども、これは偉人の罪ではない、時代の罪である。世には陋劣ろうれつなる小人と、商売根性というものがあって、盛名あるものの出づるごとに、ことさらにそれをいやしきものに引当てて貶黜へんちつを試みようとする。ヴィクトル・ユーゴーが初めてエルナニを上演した時に、一派のものは、わざとおででこ芝居を狩り催して、それにエルナニをカリカチアさせてよろこんだ。
 ラスキンのあやまちは無邪気なるあやまちである。後者のあやまちはそれではない。小人の食物は嫉妬であって、その仕事はケチをつけることである。ここに巨人でもなければ、英雄でもない女軽業の親方お角さんがあります。その周囲には従来の興行師と、それに属する寄生虫の一種、それをこわもてに飲んだりねだったりして歩く無頼漢の群れがある。この連中にとっては、回向院境内の仮小屋の棟の高さがことのほかに目ざわりであります――そういう者の存在を知って知り抜いている女軽業の親方お角さんは、その真白な年増盛としまざかりの諸肌もろはだをぬいで、
「今度の仕事は、わたしも一世一代というわけなんですからね、その思い出にひとつ、しっかりやって下さいな。なあに、今までだってこれが嫌いというわけじゃなかったんですが、河童かっぱのお角さんてのがあったでしょう、同じ名前ですから、気がさしてね。恥かしいっていう柄じゃありません、真似をしたように思われるのが業腹ごうはらでね。こう見えてもわたしゃ、真似と坊主は大嫌いさ。今までだってごらんなさい、そう申しちゃなんですけれども、人の先に立てばといって、後を追うような真似は決して致しませんからね。よその人気の尻馬しりうまに乗って人真似をして、柳の下のどじょうねらうような真似は、お角さんには金輪際こんりんざいできないのですよ。ですから、今度だって、はずれりゃあ元も子もないし、当ったところでねたみがあるから、身体をどうされるかわかったものじゃなし、どのみち骨になるつもりで乗りかかった仕事ですから、その思い出に素敵に大きな骸骨のあたまを一つ彫っていただきたいと、こう思いついただけなんですよ……何ですって、骸骨だけじゃ色が入らないからさびしいでしょうって? なるほど、それもそうですね。それじゃ、骸骨のまわりに燃えたつような大輪の牡丹ぼたんでも彫っていただきましょうか。なにぶんよろしく頼みます」
 こういってお角が背中を向けたのは、そのころ名代の刺青師ほりものし、浅草の唐草文太からくさぶんたといういい男です。お角の刺青ほりものが彫り進むと共に、回向院境内の小屋がけも進んで行くうちに、以前の広小路の女軽業の小屋の一部は、新しい一座の楽屋にあてられました。
 そこには、従来の一座と別廓をつくって、大一座おおいちざ新面しんがおが、雑然たる衣裳道具の中に、血眼ちまなこになって初日の準備を急いでいる。
 このいわゆる「切支丹」訂正「西洋」大奇術の一座の頭梁株とうりょうかぶとも総支配人とも覚しいのは、頭のはげた五十恰好かっこうの日本人で、白く肥った好々爺こうこうやですが、ドコかに食えないところがあって、誰か見たことのあるような人相です。知っている者は知っているが、知らない者は知らない。この男は、たしか春日長次郎といって、先年、柳川一蝶斎の一行の参謀として西洋へ押渡ったはずの男であります。この男の指図で、準備と稽古に忙殺されている連中のなかには、不思議と紅毛人は見えないで、どれを見ても見慣れた黒髪銅色の人種、多くはこれ生え抜きの日本人でありますが、そのなかに注意して見ると、少し毛色の変ったのが二三枚、働いている。
 無口で働いている――春日長次郎はその二三枚を呼ぶたびに、何か早口で、わからないことをいってしまうと、彼等は直ちにうなずいて、手早く持場持場の仕事につきます。
 さりとて、これは断じて欧羅巴ヨーロッパ種ではない。その皮膚は蒙古種族よりはズット黒いけれども、当時の日本人が夢想しているような裏も表もわからない黒ん坊とは違って、よく見なければ、西洋人でさえもモンゴリアンと見るほどに色彩が不鮮明ですけれども、たしかに蒙古種に属する印度人か、そうでなければ印度とそれに近い他人種との混血児あいのこに相違ない。ただ彼等は、しきりにその混血児であることを隠して、日本人らしく思われようとする素振そぶりがある。
 そのほかには、どうしても眼の色を隠すことのできない子供が五六名、赤い土耳古帽トルコぼうをかぶって、隅っこにかたまって、ハーモニカを吹いているところへ、例の春日長次郎――広袖の縫取りのある襦袢じゅばんとも支那服ともつかないものを着て、大口のようなズボンを穿いている――がやって来て、これも何か早口で指図をすると、子供らは心得て、蜘蛛くもの子のように四散し、高い桁梁けたはりから吊された幕を引卸ひきおろしにかかります。
 衝立ついたてを一つ置いて小道具。
 裏へ廻って見ると大道具。
 ここではまた、例の亜欧堂風の大看板を、泥絵具で塗り立てている幾人かの看板師。
 この看板をつぎからつぎと見て行った長次郎は、横文字の綴りの誤りを二三指摘して一巡した後、また楽屋へ戻ると、もう稽古場へ太夫連たゆうれんが集まって、品調べにかかっている。太夫連は、やはりどれも日本人、少なくとも東洋人以外のかおぶれは見えないのに、別に補助として参加する従来の女軽業の重なる連中が、見物がてら押しかけているものですから、やはり日本人だけの大一座としか見えません。
 と、その一方に、ゆらりと姿を現わした一人の女、これこそ正銘いつわりのない欧羅巴ヨーロッパ夫人で、これだけは姿を隠そうとも、ごまかそうともしない。十七世紀頃の派手な洋装で、丈の高い、愛嬌のあるあおい眼とべにをぼかした頬。
 片手にギターを持って、まず長次郎と見合い、にっこりと会釈えしゃくをする。長次郎はその傍へ行って、これも早口で話をしていると、一方から日本娘の美しいのが一人、三味線を持って出て来る。以前、張幕の下でハーモニカを吹いていた少年連がゾロゾロとやって来ると、西洋婦人は手にしていたギターを取り上げて、調子を合せにかかろうとする。長次郎は、そこを去って、また裏口の方へ向い、
「太夫元は来ないかな」

         二

 この興行が、いよいよ初日しょにちふたをあけた日、人気は予想の如く、早朝から木戸口へ突っかける人はうしおの如く、まもなく大入り満員となって、なお押寄せて来る客を謝絶ことわるために、座方が総出で声をらしてあやまっている光景は、物すごいばかりです。これは勧進元のお角として、当然すぎるほどの結果で、むしろこうなければならないはずにはなっているが、やはりこのおびただしい人気を見ると、商売気とは違った昂奮を感じながら、場の内外のすべてに気を配っている。
 春日長次郎が、あらかじめ一座の成り立ちの口上を述べて、やがて予定の番組にとりかかる。この口上言いの風俗からして、る人の眼を新しくしたと見えて、その一言一句までが静粛に聞かれていることも、ためしのないほどで、口上があってから、やがて、改めて観客は舞台の装飾から小屋の天井のあたりを、物珍しく見直したものです。
 この小屋がけは従来の方式とは違って、今日普通に見るサーカスの小屋がけ、日本でいえば相撲の場所とほぼ同じように、円心に舞台を置いて桟敷さじきが輪開して後方うしろに高くなる。二千人を収容して余りあろうと思われるほどの広さに、高く天幕テントの間から青空の一部が洩れているのを仰いでながめると、人をして従来の劇場とは違った自由と快活の気風を起させる。
 さて、また演技の番組に就いては、厳密にいえば、その前芸は、奇術とか、魔法とかいうよりも、一種の西洋式の軽業といった方が当っている。その間へ、ちょいちょい手品が入るという組合せであります。――けれども、その演芸のことは一々ここへ書き立てない方がよかろうと思う。その時分の人を天上界の夢の国へ持って行くほどに、恍然魅了こうぜんみりょうした異国情調を細かく描写してみたところで、その時分の人の驚異は、必ずしも今日の人の驚異ではない。ただしかしその時の見物は、さしかわる番組と、登場者の風俗と、それに伴奏するさまざまの楽器の音と、使用の装飾の道具類とが、見るもの、聞くもの、異常の刺戟でないということはなく、その眩惑げんわくのために、半畳はんじょうのための半畳を抑え、弥次のための弥次を沈黙させただけの効果と、堪能たんのうとは、たしかに存在したものであります。見物は、たしかに今までに見ないものをみせられたことに、沈黙の満足を表現しているといってよろしい。
 ことに、その準備と訓練がよく行届いていたせいか、番組の進行、道具方や介添かいぞえまでが、キビキビした働きぶり、スカリスカリと歯切れがよく進んで行く興行ぶりは、従来、演芸の吉例(?)としての、初日の不揃いとか、幕間まくあいの長いとかいうような見物心理の圧制から解放されて、気の短い、頭の正直な見物を嬉しがらせたことは非常なものです。
 演技で酔わされた人が、ホッと我に返ると、
「時間と、幕間は、西洋式に限りますな」
 その西洋式の讃美者は、この興行主のお角が諸肌もろはだを脱いで、江戸前の刺青師ほりものしに、骸骨の刺青を彫らせていることを知るものがない。
 前芸の棒飛び、縄飛び、輪投げ、輪廻しといったのは、鍛練した技術で、眩惑の手品ではない。第一番目から手品が一枚加わって――それから四番、五番と立てつづけに、大道具、大仕掛で、華麗と、眩惑と、濃厚と、変幻の異国芸の花々しさを、息をもつかせず展開しておいて、六番目に、
「ジプシー・ダンス」
 この幕間に、ちょっと手間がかかりました。
「何しろ驚いたものですな、今度はジプシー・ダンス。ええと、つまり西洋の手踊りといったようなものだそうで」
 お茶を飲み、煙草を吸って休養を試みているところへ、春日長次郎がまた改めて口上言いに出ました。
 これより先、開場の前までは、場内をくまなくめぐって気を配っていたお角、開場と共に、楽屋と表方の間に隠れて、始終の気の入れ方を見ている。
「梅ちゃん、この次は西洋の踊りですから、向うへ行って、よく見てごらん」
 附いていたお梅に、参考としてのジプシー・ダンスを見学さすべく、お附の役目を解いて暫時のお暇を与えると、娘分のお梅は有難く、喜んでお受けをして、
「それでは行って参ります」
 外行のような挨拶をして、そっと見物席の後ろへ廻ろうとすると、お角が、またそれを呼び留めて、
「かまわないから御簾みすの桟敷のね、あいているようなところへ入って、ゆっくりごらん」
「有難うございます」
 お梅は再びお辞儀をして行ってしまいます。
 まもなく、見物席の背後から隠れるようにして、正面東側、そこに御簾をかけた一列の桟敷の後ろへ来て、お梅は怖々こわごわとその一端をのぞいて見ました。
 ここに、御簾の桟敷というのは、小屋がけとしては異例の設備であります。けばけばしくはないが、ともかく、この一列は御簾を下げてあって、ある一組の連中もここから忍んで見られるし、個人個人もまたここから多数の目を避けて、演芸だけを見得ることのような組織になっていました。
 こういうことは、誰かしかるべき黒幕があって、相当の身分あるものの、市井しせいはばかる見物のために、特に用意をしたものと見なければなりません。木戸口からは、どうもここへ案内されたものを見たことがないから、多分この表の水茶屋から案内された特別の客だけが、前約あって、ここへ送られて来るはずになっているものと見えます。すべての観覧席は、爪も立たぬほどの大入りとなって、入場謝絶に苦しんでいる際に、ここだけは充分の余裕を残して、いついかなる人をも迎え得るようにしてあります。すでに、御簾みすの蔭からうかがうこの席の見物の中には、頭巾ずきんを取らない武士さむらいもあれば、御殿女中かと見られる女の一団もあります。
 お梅は親方から許されて、怖々こわごわこの桟敷の一端を覗いて見ると、幸いに、そこは八人詰ほどの仕切られた席が残らずあいていましたから、そっと入って、片隅に身を寄せ、手すりに軽くひじを置いて、改めて落付いた見物気分を起しました。
 この時は、もう楽屋も総出で、広小路の女軽業から手隙に来た連中も、争って、次に行われるジプシー・ダンスを見学しようとして最寄もより最寄もよりへ出て行ったあと、お角は秘蔵の娘分のお梅まで出してやったものですから、この盛んな、この広い、この気忙しい中で、しばらく気を抜いたようなひとりぼっちになると、思わずホッと吐息をついて、のぼせた頬を、ちょっと両手でおさえてみて、それから楽屋の窓の所へ、思わずりかかりました。
 窓といっても、本来が仮小屋ですから、特にそれがために切ったのではなく、幕を下ろせば壁となり、幕を絞れば窓となるだけの組織ですが、ちょうど、その幕が絞ってありましたから、お角は、その傍へ寄って柱に凭りかかって、外の空気に触れると、ここは高いところですから、眼の下に新しい世界が、新たに展開した心持がしました。
 新しい世界といっても、場内の変幻出没のような夢の国の世界が現われたのではなく、尋常一様の両国回向院境内の世界ですけれども、人気と、眩惑と、こんづかれの空気にのぼせたお角にとっては、その尋常一様がまた新世界のように感ぜらるべき道理でもあるが、ことにその眼の下に現われたのは、回向院の墓地でありました。乱離たる石塔と、卒塔婆そとばと、香と、花との寂滅世界じゃくめつせかいが、急に眼の下に現われたものですから、お角は目をすましました。
 お角が人いきれの中からおもてを窓の下にさらすと、そこは回向院の墓地であります。卵塔らんとうと、卒塔婆の乱離たる光景が、お角の眼と頭とを暫しながら、思いもかけない別の世界に持って行きました。
 お角は、その荒涼たる人生の最後の安息所を、我を忘れて見下ろしていた間は何事もありませんでした。
 そのうちに、墓地の一方の木戸をあけて、静かに内部へ足を運んで来る二人づれのお墓参りのあったことを気づいたまでも無事でありました。
 一方、魔術の世界の華麗と、眩惑に浸っている群衆と、また一方、こうしてしめやかに人生の最後の安息所へのお参りに足を運ぶ人とが、背中合わせになっている。それをお角は、やはり無心にながめて、頬のほてりを冷している。お墓参りの二人の者もそれを知らず、まだ新しい木標もくひょうの前に近づくと、二人のうち、案内に立ったお屋敷風の小娘が、
「ここでございます」
で、手にかかえていた阿枷桶あかおけをさしおくと、それに導かれて来た、塗笠におもてを隠した人柄のある一人のさむらい
 手に携えていた香華こうげを、木標の前の竹筒にさして、無言に立っていると、娘は阿枷の水を汲んで、墓木ぼぼくと花とにそそいでいる。
 塗笠のさむらいは、木標の前に立って、軽くこうべを下げて、感慨深く立っている。
「殿様、どうぞ、お水をお上げくださいまし」
 娘は杓柄ひしゃくを武士の手に渡すと、それを受取った武士は、墓に水を注いで、
「この文字は誰が書きました」
「御老女様からのお頼みで、大僧正様が書いて下さいました。御老女様は、そのうちお石塔を立てて、そのお石塔の後ろへ、朝夕あしたゆうべの鐘の声、という歌を刻んで上げたいとおっしゃいました」
 高いところで、見るともなしに見ているお角の耳へは、無論この二人の問答は入りませんが、満地の墓碣ぼけつの間にただ二人だけが、低徊ていかいして去りやらぬ姿は、手に取るように見えるのであります。そこで、お角は早くも、これはしかるべき大身のさむらいが、微行しのびで、ここへ参詣に来たものだなと感づきました。表には憚るところがあって、この娘だけが一切の事情を知っていて、お殿様の案内をして、こっそりと参詣に来たものだなという感じは、お角のような打てば響くところのある女性には、見て取ることが早いと見えます。
 その大身のさむらいと思われる人品のあるのは、最初から笠に面を隠していますから、その何者であるやは確かにはわかりませんが、羅紗らしゃの筒袖羽織に野袴を穿いて、蝋鞘ろうざやの大小を差し、年は三十前後と思われるほどの若さを持っているのが、爽やかな声で言います、
「それから、あの奇怪な風采ふうさいをした少年、少年といおうか、或いは若者といおうか、正直にして怒り易い、槍に妙を得た、あれの幼馴染おさななじみといった男は、どうしていますか。あの男を、そなたは御存じか……きみは絶えずあの男に逢いたがっていたのだが……」
「ああ、米友さんのことでございますか……」
と娘が答えた時に、大魔術の小屋で大太鼓と金鼓きんこの音がけたたましく、鳴り出しましたから、墓地の中の二人も、これに驚かされ、問答の半ばでふたりいい合わせたように、この高い天幕の小屋を見上げますと、そこで計らずも、窓から見下ろしていたお角とかおを見合わせました。
「おや?」
と驚いたのはお角です。こっちは窓に人がいると気づいただけですけれども、お角はこの墓地の中から、笠のおもてを振上げたその中の人を見て、驚いてしまいました。その人は、もとの甲府勤番支配、駒井能登守に相違ないと思ったからです。
 それとは知らない二人づれの墓参りは、やがて墓の前を辞しておもむろに以前入って来た木戸口を出て、魔術の小屋へ吸い寄せられる人足ひとあしに交り、相撲茶屋を横に見るところへ来ると、
「モシ、それへおいでになりますのは?」
と呼びとめたもののあるのは、どうも自分たちを指したものらしい。二人は、ちょっと二の足を踏みますと、早くも、そこへ駈け寄って来た女の人、
「駒井甚三郎様」
 立ちどまった以前のさむらいはハッとしました。追いついて来たのは大魔術の勧進元のお角。
「おお、そなたは……」
 駒井は、その女を見ると、あわただしいそぶりであります。
「まあ、駒井の殿様……いつこっちへお越しになりましたんですか、あんまりじゃございませんか、わたくしどものところへなんぞ、お沙汰さたも下さらないで、ほんとうにお恨みに存じますよ」
 お角はこの人を見ると、まずうらみの言葉を浴びせかけるほどに、熱しているものと思われます。
「今、ここへ着いたばかりじゃ」
「お宿は柳橋でございますか」
「ついこの先……」
 申しわけのようにする駒井の返事を、お角はれったそうに、
「なんに致しましても、ここを素通りはなりませぬ、おいやでもござりましょうが、ぜひお立寄りを願わなければ」
といって、お角は、連れのお屋敷風のキリリとした娘の姿を、心ありげな眼つきでながめますと、その娘もはっとしましたが、何にもいわず軽い会釈をして、やや手持無沙汰でいると、駒井は迷惑がって、
「どのみち、宿をきめてから」
 こういいますと、お角は、もとよりのがさないつもりですから、
「まあ、左様におっしゃらず、わたくしどもの一世一代を御見物下さいませ、ずいぶん、骨も折れましたが、まんざらごらんになって腹の立つようなものばかりでもございません」
「ははあ、この興行は、お前がやっていたのか」
「左様でございます、御案内を致します。お嬢様、どうぞあなた様も、御迷惑でも殿様のおつきあいをなさいませ」
「お松どの、せっかくのことだから見せてもらおうか」
「はい……」
 御屋敷風の娘は、老女の家のお松であること申すまでもありません。お松はこの返事に躊躇ちゅうちょしましたのは、墓参ぼさんの帰りに……という気がトガめたのかも知れません。
 しかしながら、駒井甚三郎は、どのみち退引のっぴきならぬ相手につかまったものと観念をしたのでしょう、お角の案内に随って、遠慮をするお松を引具ひきぐして、ついにこの小屋へ足を向け、
「相変らずエライことをやり出したな。なに、切支丹の魔術……それは面白い。この看板は誰がかいたのじゃ、日本人に描かしたのか、彼地あっちから持って来たのか。向うの下絵によって写したと。なるほど、横文字入りで変った図柄じゃ、とにかく、これだけのことをやり出したお前もエライが、向うへ渡ってこれを持って来た奴もエライな。ナニ、春日長次郎……柳川一蝶斎の一座で先立ちして来た男だと。知らん、すべて拙者はまだ日本のものも、西洋のものも、手品というは評判だけに聞いて、本物を見るのは今日がはじめてじゃ。日本のものを向うへ持って行けば相当に面白かろう、むこうのをそのままこっちに見せることは一層珍しい。誰が周旋してくれたのじゃ。ほかの興行と違って、見る人に新知識を与え得るものでなくてはならぬ」
 駒井甚三郎はこういいながら、相撲茶屋から御簾みす桟敷さじきへ案内されました。

         三

 駒井甚三郎とお松が案内された席は、ついたった今、お梅がそっと入り込んだ御簾の桟敷の一間であります。
 それと見てお梅は、遠慮して席を避けようとするのを、お角が、
「いいから御免をこうむって、そうしておいで」
 そこで、この一間には主客都合四人が納まった時分に、ようやく春日長次郎のジプシー・ダンスの口上が始まりましたから、駒井甚三郎は、ちょうどこれを見るために、わざわざこの席へ来たような具合になりました。
 春日長次郎は、五十恰好の禿げた素頭すあたまの血色のよいかおをして、例の和服とも、支那服ともつかない縫取りのある広袖の半纏はんてんに、大口のようなズボンを穿いて、舞台に現われ、
「さて、東西のお客様方、初日早々かくばかり盛んな御贔屓ごひいきをいただきまして、一同の者、何とお礼を申し上げようすべもなく、有難涙にむせびおりまする次第でございます。ただいままで、だんだんとごらんにそなえました技芸、ことごとくお気に叶いまして、楽屋一同の感謝にございまするが、ことにこのたびごらんに入れまするは、ジプシー・ダンス……これはお聞き及びでもございましょうが、太古より今日に至るまで、亜細亜アジア洲と欧羅巴ヨーロッパの間を旅から旅へとうつり歩く一種族でございまして、かつて一定の国というものを持ちませぬ、また一定の家というものを持ちませぬ、青空の存するところが彼等の故郷にございまして、水草の生えるところはすなわち我が家、と申す有様でございます……何故に、このジプシー族に限って、国と家とを持たず、太古より今日まで、漂浪を続けているかと申しまするに……彼等はその昔切支丹宗きりしたんしゅうの救い主を殺した罪の報いによって、その国を失い、ついに生涯枕をする土地を与えられなかったのだそうでございます……」
 説明半ばで、駒井甚三郎が、これは少し変だと思いました。この説明人は、ジプシー族とユダヤ族との伝説を混同しているなと思いました。しかし、多数の見物は一向そんなことを念頭には置かず、極めておとなしく説明を聞いていると、咳払い一つした春日長次郎は、続けて、
「しかしながら、切支丹の罪によって国をわれ、枕するところを奪われたジプシー種族に、二つの恵まれたものがございます、その一つは音楽でございまして、他の一つは美人なのでございます。このジプシー種族には、古来、非常な美人が生れまして、欧羅巴ヨーロッパの貴族をして恍惚こうこつたらしめたこともございます。また、天性、音楽が巧みでございまして、彼地あちらの大音楽家も、ジプシーから教えられたものがあるそうでございます……とはいえジプシーは、救世主を殺した罪の種族でございますから、これを見ることは許されても、これに触れることは許されませぬ。たとい、ジプシーの女、花のように美しうございましょうとも、それに触れた者は、手を触れたものも、触れられた女も、共に不祥の運命に終ると申し伝えられてあります。でございますから、ジプシーの美人の美しさは、花のように美しく、また花のように盛りが短いとされておりまするのでございます。皆様方はこのジプシーの女のために、その一生を誤った欧羅巴の貴族と僧侶のお話を御存じでございますか……これよりごらんに入れまするジプシー・ダンスは、日本で申しますると、ふいご祭におどる踊りでございます、花恥かしい乙女おとめが、鈴の輪を持ちまして、足ぶり面白く踊ります。また日本の三味線、琵琶に似たところのギターとマンドリン、それに合わせて歌いまするそのあでやかな人と音色ねいろ……長口上は恐れあり、早速ながら演芸にとりかからせまする」
 春日長次郎はかなりの能弁で、一通り由来を述べ終って卓の上なるりんを振ると、後ろの幕が二つに裂けて、そこから賑やかな音楽が湧き起りました。
 幕があくと、天幕張テントばりの漂浪生活の前に、二三のジプシー族の若者が鍛冶屋かじやをしている。盛んに鉄砧かなしきを叩いているところへ、同じ種族の一人の子供が糸の切れたギターを持って来て、向槌むこうづちを打っている男に直してくれと頼む。男が槌をさしおいて、それを直してやって調子を試むると、それに合わせて他の一人が歌い出す。と、子供が踊る。
 そこへ禿頭はげ老爺おやじが来て、そう怠けてはいけないと叱る。若者は仕事にかかる。子供はギターを鳴らして歌うと、叱った老爺が踊り出す。それを鍛冶屋が調子を合わせて槌を打ちながら歌う。ゾロゾロと子供が出て来てみな踊る。山の神連(ジプシーの女房たち)が出て来て、ガミガミいう。多分、この御苦労無しの親爺おやじめが、今ごろ何を踊りさわいでいるのだとののしるものらしい。親爺は恐縮して逃げながら踊る。子供たちはギターを合わせる。ついには山の神連まで、浮かれて踊る。すべて踊って歌って大はしゃぎになっているところへ、にわかに注進らしいのが来る。そこで口早に人々に告げると、皆々狼狽ろうばいして逃げ隠れようとする。
 そこへ、花やかな騎士が、従者をつれてやって来ると、ジプシー族は異様な眼をしてそれを眺める。花やかな騎士は、人の名を呼んで誰かをたずねるらしい。ジプシー族はみな首を振って知らないという。騎士と従者は失望して行ってしまう。
 ジプシー族は、それを見送って、何かしきりに言い罵っていたが、若い者のうちには、腕をやくして、そのあとをにらまえ、追っかけようとする素振そぶりを示す者がある。老巧者がそれをささえる。子供は頓着なしにギターを掻き鳴らす。けれども以前のように浮き立たない。
 そこへ賑やかな鳴り物が入って、蝶の飛び立つように入って来た一人の少女があった。
 黒い髪、ぱっちりした瞳、黄金色きんいろの飾りをしたコルセット、肩から胸まで真白な肌があらわれ、恰好のよい腰の下に雑色のスカートがぱっと拡がると、その下から美しいはぎが見える――この少女は息せききってこの場へ駈け込んで、
「皆さん、ただいま」
 多分、そういったような、晴々しい呼び声で、一同がよみがえったように、その少女を取囲んで、
「おお、マルガレット、無事か」
といったような歓声が起る。少女は、息をはずませて何か口早に物語をすると、老若男女が皆、背伸びをしてそれを聞こうとする。少女の物語は、何か多少の恐怖から解放されて来たもののような表情であります。その物語を聞いてしまうと、老若男女が、また歓声を揚げる。そのうちにも以前の若者らは強がりの身ぶりをして、騎士らの立去ったあとを睨まえて、腕をさすって見せる。そのうちに子供たちがギターを鳴らしはじめると、一同が浮かれ出す。右の少女が、
「では皆さん、踊りましょう」
といったような声で、タンバリンを振り鳴らして自分が真中で、めざましい踊りをはじめると、老若男女がそれを囲んで、総踊りに踊って踊りぬくと幕。
 駒井甚三郎は、その一幕を見終ると、帰ると言い出しました。
 もう一場、あとの本芸をぜひ――というのを振切って、お松を連れて、この小屋を辞して、お角に後日の面会を約しておのが宿所へと立帰りました。

         四

 ジプシー・ダンスが終って、駒井甚三郎とお松は辞して帰ったあとで、大詰おおづめ奔馬ほんばの魔術という大道具の一場があって、その日の打出しとなりましたが、これを最後まで見ていた見物のうち、二人の壮士がありました。
 もう黄昏時たそがれどきです。この二人の壮士は、小屋を尻目にかけて悠々と闊歩して、例の相生町の老女の屋敷へ入り込みます。
 といっても、この二人の壮士は南条と五十嵐ではないが、二人ともに疎鬢まばらびんで直刀丸鞘を帯びているところ、たしかに薩摩人らしい。この黄昏時、老女の屋敷へ二人とも、大手を振って乗込んだが、玄関に立って大声で怒鳴ると、その声を聞きつけて走り出でた二人の壮士。
 それと暫く問答をかわしていたが、訪ねて来たのは上へあがらず、かおを出した邸内の壮士二人が下り立って、都合四人づれで市中へ出ました。
 付け加えてこの日は、黄昏時になると、ようやく風が強く吹き出し、四人づれが両国橋を渡りきって矢の倉方面に出た時分には、バラバラと砂塵が面に舞いかかるほどの強さとなります。
「強い風じゃ、火をつけたらよく燃えるだろう」
「でも、江戸を焼き払うほどの火にはなるまい」
「それは地の利を計らなければ……先年、大楽おおらく源太郎と、地の利ではない、火の利を見て歩いたが、彼奴きゃつ、人の聞く前をもはばからず、今夜はここから火をけてやろうと、大声でさわがれたのには弱った」
「あれは、そそっかしい男だが、感心に詩吟がうまかった」
「どうだ、ひとつけてみようか」
「しかし、つまらん、江戸城の本丸まで届く火でなければ、けても放け甲斐がごわせぬ、いたずらに町人泣かせの火は、放けても放け甲斐がないのみならず、有害無益の火じゃ」
「有害無益の火――世に無害有益の放火つけびというのもあるまいが」
「では、通りがかりの道草に、いたずらをしてみようか」
「地の利と、風の方向を考え、且つ、なるべくは貧民の住居に遠く、富豪の軒を並べたところをえらんで……」
「面白かろう」
 さても物騒千万ないたずらごと。この四人の壮士が傍若無人ぼうじゃくぶじんに試みた火つけの相談は、冗談ではなくて本当でありました。それからまもなく、風が強くなるに乗じて、この連中の行手にあたって、日本橋の呉服町のある町家の軒から火の手があがって大騒ぎとなりましたが、それは発見されることが早くて、まもなく揉み消したかと思うと、山下町あたりのある旗本屋敷が、またしても、それ火事よと騒ぎ立てて、これはほとんど大事となり、一軒を丸焼けにしておさまりました。
 次に、やや時間を置いて芝口のある商家、これも大事に至らず消し止めましたが、それから程経て、神明の前の火の見櫓が焼け出したのは皮肉千万であります。
 筋を引いて見れば、ちょうどこの四人の壮士の過ぐるところ、四カ所で火が起ったわけです。これはまた途方もないいたずらで、いやしくも武夫もののふの姿をした者共の為すべからざる、いたずらであるに拘らず、このいたずらは、誰にも発見されず、その残したいたずらの脱け殻だけが人騒がせをして、当の本人たちは悠々として芝の三田の四国町まで来ると、そこに薩摩、大隅、日向三国主、兼ねて琉球国を領する鹿児島の城主、七拾七万八百石の島津家の門内へ乗込もうとする。音に聞く島津の家の門番は、この途方もないいたずら者を、どう処分するかと見れば、案外にも易々やすやすと表門を素通りさせて、彼等をこの屋敷の中に吸い込んでしまいました。
 しかし薩摩の士の風俗をしているからとて、必ず薩摩のさむらいだと限ったわけはありますまい。この薩州屋敷では、このごろ、ずいぶん人見知りをしないで人を入れる。
 まず玄関には非常に大きな帳簿が備えてあります。それの巻頭には誰の筆とも知らず、達筆に尊王攘夷そんのうじょういの主意がしたためられてあって、その主意に賛成の者は来るを拒まず、ということになっている。諸国の尊王攘夷の志士は、肩をそびやかし、きびすをついで、集まり来って、この帳簿へ記名誓約をする。紹介者あって来るものもあれば、自身直接に来るものもある。薩州邸ではそのいずれでも拒むということをしない。
 五百人内外の人は、いつでも転がっているが、これらの食客連の日中の仕事は、武芸をやること、馬に乗ること、感心に読書学問をやっている者。為すことも気儘勝手きままかって、出入りも自由。けれどもその自由放任が、ある時は、無制限になって、ここから夜な夜な市中へ向けてきりとり強盗に出かけたものまでが黙認される。
 火放ひつけ強盗はおろかなこと、この屋敷から或る時は甲州へ向けて一手の人数が繰出される。或る時は下総、或る時は野州あたりへ繰出して、そこで大仕掛な一揆いっきの陰謀が持ち上る。
 その主謀者の方針は、江戸の市中はなんといっても相応に警戒が届いている。ことにこのごろ、募集した歩兵隊――一名茶袋ちゃぶくろ烏合うごうの寄せ集めで、市民をいやがらせながらも、ともかくも新式の武器を持って、新式の調練を受けているから、それを相手には仕事がしにくい。近国へ手を廻して騒がせておけば、自然お膝元の歩兵隊が繰出す。その空虚に乗じて江戸の城下へ火をつけ、富豪の金穀を奪うて、大事を挙げる時の準備にしようという方針らしい。
 斯様かような方針を立てている主謀者は何者か。どうかすると西郷吉之助の名前が出ることもあるが、西郷はここにいないで、益満ますみつ休之助と伊牟田いむだなにがしと小島なにがしと、このあたりが主謀者ということである。
 益満は長沼流の撃剣家で、山岡鉄太郎などとも懇意であり、この益満の後ろに西郷がいて糸を引いているという説もあるが、益満それ自身もただ糸を引かれている人形ではあるまい。
 さいぜん、大手を振って門内に通過した四人の壮士、この席へ来ても無遠慮に一座の中へ、むんずと坐り込み、まず見て来たところの西洋の大魔術の披露、普通弁と薩摩弁でしかたばなしまでしての土産話みやげばなしは無難であったが、無難でないのはそれに続く自慢話であります。
 この四人の壮士どもは、今しも、大得意になって、本所の相生町から三田の四国町までの間の彼等の道草、その途方もない、いたずら話をはばかる色なく並べ立てたことです。四カ所に放火して、ある所は大事に至らしめ、ある所は小事で終らしめたが、ともかくも人心を騒がして来たことを手柄顔に説明すると、それを興ありげに聞いていたものと、不足顔に聞いていた者とあって、
「ナーンだ、くだらぬ人騒がせ、つまらぬいたずら、そうしてしたをおどかしてみたところが何だ。トテモやるなら、あの将軍の本丸まで届くほどの火を出せ。本丸から火を出して、グラついた江戸城のいしずえを立て直すほどの火を出してみろ。小盗賊のやるようないたずらはよせ」
と言ったものがあると、四人のなかの一人が抜からず、
「いずれそれをやって見せるが、今はその手習いじゃ」
 そこで、この一座の対話が、江戸城の本丸へ火をける、その実際の手段方法にまで進んで行ったのは怖るべきことです。この怖るべき相談が事実となって現われたのも、それから幾らも経たない後のことであります。それから彼等の巣窟たるこの四国町の薩摩屋敷が焼打ちになって、江戸を追われたことも、いくらもたたない後のことであります。

         五

 それはそれとして、再び前に戻って、ここにまだ疑問として残されているのが、両国の女軽業の親方お角の、このたびの、旗揚げの金主となり、黒幕となった者の誰であるかということで、これはその道の者のもっぱらの評判となり、またお角の知っている限りの人では、これを問題にせぬ者はなかったが、誰もその根拠をしかと突留めたものがありません。
 神尾主膳や、福村一派の現在は到底、さかさにふるっても融通がつこうはずはなし、以前、柳橋に逗留とうりゅうしていた時代の駒井甚三郎のところへは、お角はしげしげ出入りして、あの当座、多少の融通黙会ゆうずうもっかいはあったかも知れないが、今の他人行儀を見れば、このたびの興行に駒井の力は加わっていなかったことは、がんりきの百蔵といえども疑う余地はないところであります。
 高利の金を借りた場合には、玄人筋くろうとすじは当人の手にその金が入るより先に、その噂を受取るに違いないが、さっぱりそのことがない。
 だから、玄人くろうとは興行の腕よりも、お角の金策の腕に舌を捲いている。
 初日の評判を後にして、その日いっぱいの上り高のしめくくりをしたお角は、払い渡すべきものは即座に払い渡し、大入袋の割振りまできびきびとやっつけて、残った金を両替にすると、それをうやうやしく紙に包んで男衆を呼びました。
「庄さん、ちょっとそこまで一緒に御苦労しておくれ」
 やはり風の吹いた同じ日の晩。
 一人の男衆を連れたお角は、両国橋の宿を立ち出でました。
 その行先が疑問、それを突き留めさえすれば、金策の問題もおのずから氷釈するに違いありません。通俗に考えれば、これは、てっきり、柳橋の遊船宿に駒井甚三郎を訪ねて出かけたものに相違ない――お角ほどの女が、その時分に息をはずませて柳橋を渡り渡りした時は、がんりきの百蔵をひとかたならずかせたものです。
 ところが、今はこの通俗な予想も、まるっきり違って、お角が訪ねて行く足どりもおちついたもので、足を踏み入れたところは通人の通う柳橋ではなく、諸国のお客様の定宿じょうやどの多い馬喰町の通りであります。
 そこで、一二といわれる大城屋良助の前へ来ると、お角は丁寧に宿の者に申し入れました、
「有野村のお大尽様だいじんさまに、両国橋から参りましたとお伝え下さいまし」
「はい、かしこまりました」
 ほどなく、お角は男衆の手から包みを取って、案内につれて通る。男衆は店頭みせさきに腰をかけて待っている。
 お角の通された一間、そこには丸頭巾をかぶったお金持らしい老人が一人、眼鏡をかけてしきりに本を読んでいる。そこへお角が通されて、
「お大尽様、お邪魔に上りました」
「おお、お角どの、まあずっとこれへお入りなさい」
といって老人は本を伏せ、眼鏡をはずして、座をすすめると、お角はしおらしく、
「御免下さいまし」
 座へ通って再び老人に頭を下げ、
「おかげさまで、すっかり当ってしまいました。これで、わたしの胸も、すっかり透いてしまいました。就きましては早速、心ばかりのお初穂はつほを差上げまするつもりで……」
といって風呂敷を解きかけたその中は、確かにお金の包みであります。
 いわゆるお大尽の前へ、お金の包みを積み上げますと、お大尽は、莞爾にっこりと笑い、
「いやもう、それはお固いことだ、娘もああしてお世話になっているし、そう急ぐというつもりもないのだが、せっかくだから……」
 ここで初めてお角の金主元が知れた次第です。つまりお角は、このお大尽から金を引き出している。しからばこのお大尽なるものは何者。
 王朝時代からの旧家といわれた甲州有野村の長者藤原家、その当主の伊太夫。それがすなわちこのお大尽で、ただいま、お角の家に厄介になっているお銀様のまことの父がこの人であります。
 さればこそ、測り知られぬ山と、田と、畑と、祖先以来の金銀と、比類のない馬の数を持っているこの富豪をつかまえたことが、興行界の玄人筋くろうとすじの機敏な目先にも見抜き切れなかったことになる。
 大尽は、金の包みを前に置いたままで、
「どうだね、お角さん、あれはどうしても帰るとはいいませんか」
「そればっかりはいけません、いくら申し上げましても……」
「そうだろう、どうも仕方がない。よし帰るといってもらったところで、また難儀じゃ。いっそのこと、どこまでもお前さんに面倒を見てもらいたいと、わしは思っているのだが」
「どう致しまして、わたくしなんぞは御面倒を見ていただけばといって、お力になれるわけのものではございません」
「いや、あの通りの我儘者わがままものだから、お前さんのような、しっかりした者が付いていてくれると、わしも安心じゃ」
「痛み入ったお言葉でございます、そのお言葉だけを勿体もったいなく頂戴して、一生の宝に致したいと存じます」
「そういうわけだから、ドコかしかるべき地面家作のようなものがあったら、ひとつお世話をしていただきたい、あれの暮して行けるだけのことはしておいて帰りたいと思いますからね」
「そうしてお上げ申した方がお嬢様のお為めならば、ずいぶん御周旋を致しましょう」
「無論、その方があれのためになる、それでは万事よろしく頼みますぞ」
かしこまりました、早速、そのつもりで明日からでも、恰好かっこうなところを探しにかかりましょう。それと、お大尽様、くどいようでございますが、あなた様にもぜひひとつ、今度の興行を見ていただきとうございます」
「いいや、わしがような山家者やまがもの、それにこう頭が古くなっては、根っから新しいものを見て楽しもうと思いませぬ」
「それでも、せっかくでございますから」
「まあ、勘弁して下さい、これが、わしの性分なのだから」
「ほんとうに残念でございます」
 肝腎かんじんの金主元が、事業の出来栄えを見てくれないのをお角は残念がると、伊太夫は、
「そういうわけだから、悪く取って下さるな。それから、この金は、せっかくのこと故、わしが一旦は受納を致したことにして、改めてお前さんの方へお廻しをしたいのじゃ、この後の分ともに、それを、今お頼みした娘の方のかかりに廻してもらいたいのじゃ。娘へ手渡しをしても受取るまい、受取ったところでうまく処分ができ兼ねるだろうから、そこはお前さんが預かっておいて、都合よくやってもらいたいのじゃ。なお、国許くにもとから月々なり、或いは相当の時分に為替かわせを組んでよこすか、または人をつかわす故、何かについて不足があらば申し越してもらいたい……証文? 左様なものは要らぬ。わしはこれで、いったん人を信用すると、最後までしたい方の人間でね、肌合いは違うけれども、お前さんなら大丈夫だと、まあ見込んでお頼みをしているわけなのだ。それに第一、娘というものが、この上もない生きた証文ではないか」
 お角はこの時、さすが大家の主人だけあると思いました。

         六

 そのお角の留守中、裏両国のしもたやへ、
「今晩は、御免下さいまし」
「どなたでございます」
「親方は、おいででございますか」
「どなたでございます」
「金助でございます……」
「金助さんですか」
 娘分のお梅が駈け出すと同時に、格子戸をカラカラとあけて、
「え、金助でございますが、親方はお宅でございましょうな」
「まあ、お入りなさいまし、母さんは今留守ですけれど」
「エ、お留守ですって?」
「いいえ、留守でもかまいません、もし金助さんが見えたら、待たせておいて下さいといわれていましたから」
「左様でゲスか、左様ならば御免をこうむると致しまして」
 そこへ腰をかけて、草鞋わらじを解きはじめたのは、金助というおっちょこちょいで、今、旅の戻りと見える気取ったいでたちです。
「草鞋ばきなんですか、ずいぶんお忙がしそうですね」
「どう致しやして、忙がしいのなんの……これも誰ゆえ、みんな忠義のためでございます」
 くだらない軽口をいって草鞋脚絆きゃはんを取っていると、お梅は早くも水を汲んで来て、
「金助さん、お洗足すすぎ
「これはこれは、いた入谷いりや金盥かなだらいでございますな」
「さあ、お上りなさいまし、母さんはじきに帰って来るといいおいて出ましたから」
「左様でゲスか……いやどうも、これでわっしも性分でしてね、頼まれるといやといえないのみならず、身銭みぜにを切ってまで突留めるところは突留めないと、寝覚めの悪い性分でゲスから、随分、骨を折りましてな。それでも骨折り甲斐も、まんざらなかったという次第でもございませんから、取る物も取りあえずにこうして伺ったわけなんですよ」
「御苦労さまでしたね」
「早速御注進と出かけて見れば、頼うだお方はお留守……少々ごうが煮えないでもございませんが、お梅ちゃんからこうしてお茶を頂いたり、お菓子をいただいたり、御苦労さまなんていわれてみると、悪い気持もしませんのさ」
「ほんとうに、お気の毒でしたね。でも母さんが、もう帰って来ますから、なんならお風呂にでもおいでなすったら、いかがです」
「そのこと、そのこと、よいところへお気がつかれました、旅の疲れは風呂に限ったものでゲス。では、ひとつ、御免を蒙って……」
「金助さん、お召替えをなさいましな」
「お召替え? それには及びませんよ」
「まあ、そうおっしゃらずに」
「どうも恐縮でゲス。おやおや、昔模様謎染むかしもようなぞぞめ新形浴衣しんがたゆかたとおいでなすったね。こんなのを肌につけると、金助身に余って身体からだけっちまいます。すべて銭湯に五常の道あり、男湯ならず、女湯必ず隣りにあり、男女風呂を同じうせず、夫婦別ありといってね……」
 このおっちょこちょいが歯の浮くような空口からぐちをはたいて、しきりにそわそわしているのは、この家としては近ごろ異例の待遇で、本来ここの住居すまいは、お角のためには隠れたる休養所で、懇意な人でも滅多には寄せつけないのに、このおっちょこちょいに限って、少々もてなされ過ぎている。
 浴衣ゆかたを着せられて、七ツ道具を持たせられ、有頂天うちょうてんで、金助は風呂へ出かけようとすると、
「梅ちゃん、梅ちゃん」
 この時、二階で人の声。
「はい」
 お梅が返事をして二階を見上げると、金助も変なかおをして、出かけた二の足を踏む。
「ちょっと来て下さい」
 二階でお梅を呼ぶのはお銀様の声です。
「金助さん、お嬢様が、ぜひお前さんに会いたいんですとさ、お湯へおいでなさる前に」
「え、お嬢様が、わっしに御用とおっしゃるんですか」
 二階から下りて来たお梅は、風呂へ行こうとして下駄を突っかけている金助の袖をとらえました。
 そこで金助は怖々こわごわと引返して、二階を見上げ、
「よろしうございます、お嬢様だって、なにもあっしを取って食おうとおっしゃるわけでもござんすまい」
 七ツ道具を下へ置いて、浴衣へ羽織を引っかけたままで、恐る恐る二階へのぼりはじめました。
「御免下さいまし、お嬢様」
「金助さん」
「はい、金助でございます」
「どうぞ、ここへお上りください、お前さんにぜひお聞き申したいことがあります」
「御免をこうむりまして」
「御遠慮なく」
 金助は、全く怖る怖る二階の間へ通り、キチンとかしこまって、恐れ入った形をしていると、いつもの通りお高祖頭巾こそずきんをすっぽりとかぶったお銀様は、行燈あんどんの光におもてをそむけて、
「もう、少しこちらへお寄り下さい」
「ええ、ここで結構でございます」
 勧める蒲団ふとんも敷かずに金助は恐れ入っている。
「金助さん、お前は、お角さんから頼まれたことがあるでしょう」
「ええ、あるにはありますがね……」
「あれは、わたしからお角さんに頼んだことなんですから、それを隠さずに、わたしに話して下さい」
「左様でございますか。いや、薄々うすうすその儀は承って出かけましたんですが、一応はここの親方の方へ申し上げまして、親方の口から改めてあなた様のお耳へ入れるのが順かと、こう思いましたものですから」
「いいえ、それには及びませぬ、かまいませんから隠さずに話して下さい。お前さんが帰ったら、これを差上げようと思っていました、ほんの少しばかりですけれど」
といってお銀様は手文庫の中から、事実金助の前には少しばかりではない金包を取り出して、奉書の紙に載せて無雑作むぞうさに金助の前に置いたものです。それを見ると、金助が、いたく狼狽ろうばいをして、眼の色が忙しく動き出し、
「そんなことをしていただいちゃ申しわけがございません、旅費のところもお角さんの手から、たっぷりといただいてあるんでございますから、その上こんなことをしていただいちゃ恐れ入ります。しかし、お嬢様、金助も頼まれますと、無暗に肌を脱ぎたがる男でございましてね、自慢じゃございませんが、事と次第によっては、目から鼻へ抜ける性質たちなんでございますよ。今度のことなんぞも、お角さんから頼まれますと、早速、当りをつけたのが、まあ、聞いていただきやしょう、とても、そりゃその道で多年苦労をした目明めあかしの親分跣足はだしですね、全く予想外のところへ目をつけて、そこから手繰たぐりを入れたところなんぞは、我ながら大出来、ここの親方にも充分買っていただくつもりで、寄り道もせずにこうして駈け込んで来たような次第なんでございます……エエ、その頼まれました御本人の行方ゆくえ、それをそのまま探していたんでは、なかなからちの明かない事情がありますから、まずこういう具合に……エエと、この街道を琵琶をいて流して歩いたおしゃべりの盲法師めくらほうしを見かけたお方はございませんか、こういって尋ねて歩いたのが、つまり成功の元なんですね。将を射るには馬を射るという筆法が当ったんで。つまりそれでとうとう甲州街道の上野原というところで、めざす相手を射留めたという次第でございます……」
 金助は、膝を金包に近いところまで乗り出して、得意になってべらべらとやり出しました。
 金助のべらべらやり出した潮時しおどきを、お銀様も利用することを忘れませんでした。
「そうして、甲州の上野原のどこで、その盲法師を見つけました」
「それがその……」
 金助は、いよいよ得意になって、顔を一つ撫で廻し、
「府中の六所明神様でひっかかりを得ましたものですから、それからそれと糸をたぐって、とうとう甲州の上野原で突留めました。上野原は報福寺、一名を月見寺と申しましてな、お宗旨しゅうしは曹洞、かなりの大きなお寺でございます……そこに、一件のお喋りの盲法師が逗留していることを突留めましたものですから、もうこっちのものだと小躍こおどりをして、早速お寺を尋ねましてな、例の盲法師にも会いまして、それとなく探りを入れてみましたところが……」
 ここまで調子に乗って来た金助が、急に遠慮をはじめたものですから、お銀様が、
「知っています、その盲法師は、わたしもよく知っています。なんといいました」
「いやどうも、よく喋る坊さんで、まず自分の身の上の安房あわの国、清澄山からはじめて、一代記を立てつづけに喋り出されたものですから、さすがの金助も面食めんくらいの、立てつづけに喋りまくられてしまいました。が、結局、要領のところは得たような得ないような……つまり、尋ねるお方は、つい二三日前に、この寺をお立ちになってしまいました」
「二三日前まで、そのお寺にいたのですか。そのお寺にいた人が、どこへ、誰に連れられて行きましたか」
「それがそれ……」
 金助の言葉が、さいぜんの得意にひきかえて、肝腎かんじんのところへ来てしぶるので、お銀様もかんにこたえたと見え、
「金助さん、お前は、その坊さんを尋ねに行ったのではないのでしょう」
「いかさま……そこで結局その要領が申し上げにくいことになってしまったんで……エエと、二三日前まで、そのお寺に御逗留になっていたことは確かで、そこをお立ちになったことも確かなんでございますが、どうも、そのどこへ、誰に連れられて行きましたか、つまりその行方が……」
 いよいよしどろもどろなのは、この男のことだから、ワザとらすつもりかも知れない。お銀様は気色けしきばんで、
「そこまで尋ね当てて、どうして、その先がわからないのです、役に立たない……」
「いいえ、どう致しまして」
 お銀様から威嚇いかくされて、金助はワザとらしい恐縮を見せ、
「それから先を、どう鎌をかけても、坊さんは、ハッキリと言ってくれませんから、あきらめて門前の爺さんをつかまえて、口うらを引いてみましたところが、その返事で、またまたこんがらがってしまいました。と申しますのは、その前後に、お寺を出て旅立ちをしたものが二人ありますんだそうで、一人はハッコツへ、一人はコブシへ参りましたとやら。さて、その二人のうちいずれが、あなた様の尋ねるお方だか、それから先が、どうしても茫漠ぼうばくとして当りがつきませんでしたが、とにかく、これだけのことをお知らせ申しておいて、また出直しを致そうかとこう考えて、大急ぎで飛んで参ったんでございます」
「一人はハッコツへ、一人はコブシへ?」
「はい、そのコブシというのは、つまり甲斐と武蔵と信濃の三国にまたがる甲武信こぶしたけの方面かと存じますが、一方のハッコツが、どうしても見当がつきませんでございます。万用絵図を調べてもハッコツというところはありませんそうで……」
 お銀様も、それに耳を傾けて胸をおさえました。事実、コブシは甲武信こぶしに通ずるが、ハッコツは何の意味かわからない。さてコブシの方面へ分け入ったという人と、ハッコツへ向け出立したという者と、いずれがいずれかわからない。
 ともかく、金助をしていうだけのことはいわせてしまったから、お銀様は空辞退そらじたいをする金助に金包を持たせ、最後に、あらかじめ、こんなことを尋ねたということを、お角にはだまっているように口どめをして、許してやりました。
 金助は、下へおりるとホッと息をつき、何の意味か舌を出して、こそこそと金包を胴巻へしまい込み、そのまま逃ぐるが如く銭湯へ駈け込んで行ったそのあとへ、お角が帰って来ました。
 お角の帰ったのが遅かったのです。廻り道をしなければ、こんなこともなかったでしょうが、一足遅く戻って見ると、金助は風呂へ飛び出したあとでしたけれど、すべての気配けはいでそれと知り、お梅から聞いて軽くうなずき、
「それでも、つかいようによっては相当に役に立つ」
という、いささかながら誇りの色さえも見えました。そのうち、金助は風呂から戻って来て、歯の浮くような軽口と追従ついしょうを並べましたけれど、二階へ呼び上げられたということは、話しもしなければ語りもしません。
 そこで金助は、お銀様に物語った一条を、お角にも漏れなく物語って、ともかくも相当に成功したことをおだてられ、やがて大機嫌で、この家を辞して行きました。
 本来ならば、それをとりあえず、お角がお銀様に報告すべき筋合いなのを、どうしたものかお角はヒドクおちついて、待ち兼ねている人を持っている態度とは見えません。ようやく二階へ伺候しこうして話を切り出したには切り出したが、金助がお銀様にあらかじめ白状してしまった要領には触れずに、巧妙ないい廻しをして味を持たせたつもりで下へおりて来ました。
 これはお角としては、甚だしい手ぬかりで、すっかり裏をかれていることを気がつかないで、すべてを手の内へまるめておく気取りでいるのが、笑止しょうしといわねばなりません。
 この一件にしてからが、お角としては最初から、金助のようなおっちょこちょいを使わずに、七兵衛なり或いはがんりきの百蔵なりに頼むべきはずのところを、なにしろ、あの二人あたりは役に立つ代りに、役に立ち過ぎる憂いがある。おっちょこちょいながら、金助ならば使ってさのみ毒になるまいと、たかをくくったのがお角の誤りでした。おっちょこちょいは到底おっちょこちょい以上のことをしでかさず、味のあるところを、前以てべらべらとしゃべってしまったのですから、お角に残されたところは骨と皮ばかりです。それを骨とも皮とも知らずに、たんまりと貯えているつもりのお角の気取り方は、近来にない失策です。
 しかし、その失策は、翌日の夕方まで現わるることなくておりました。その翌日になるとお角は、前の日のように、娘分のお梅をひきつれて、向両国の興行場へ出かけ、お銀様には一人で留守居をさせておきました。
 こうして昨日と同じように、甘んじて一人で留守をうけごうたお銀様は、お角母子が出て行ってしまうと、急に手紙を書きはじめ、それが終ると、そわそわとして身の廻りをこしらえにかかったのを見ると、着ていた今までの女衣裳を脱ぎ捨てて、戸棚から取り出した行李こうりふたをあけて、着替えをして見ると、それは黒紋附の男物ずくめであります。その上に袴まで穿いて、なお戸棚の奥から取り出した細身の大小一腰、最後に寝るから起きるまでかぶり通しのお高祖頭巾こそずきんを、やはり男のかぶる山岡頭巾というものにかぶり直して、眼ばかりを現わしました。
 で、立ち姿を見ると、それと知ったものでなければ立派なさむらい微行姿しのびすがたです。今にはじまった着こなしとは誰にも思われない。お銀様はこの仮装には慣れているらしい。
 男の姿になりすましたお銀様は、あとを取片づけ、脇差をたばさんで刀を提げ、ずっしずっしと下へおりて行きました。
 まもなく、この家をいくらも離れないところで、辻駕籠つじかごを呼ぶ同じ人の姿を見かけます。

         七

 西洋大魔術が初日の蓋をあけた日の晩、本所相生町から芝の四国町へかけて、浪士が火をつけて歩いた晩――また親方のお角が大城屋にお大尽を訪ねた晩。
 小石川の切支丹屋敷きりしたんやしきに近い御家人崩れの福村の家では、福兄ふくにいとお絹とが、さしむかっての痴話ちわ
 脇息きょうそくの上へ両臂りようひじを置いて、あごをささえた福村は、
「なんにしても、あの女の腕は驚嘆に価する、無から有をひねり出す芸当は、魔術以上の魔術だ、天性、興行師に出来ている女だ」
と言ってめそやすのを、お絹がつんと横を向いて、
「恥と外聞を捨ててかかりゃ、何だってできないことはありませんよ」
 福村がこの場でめそやしたのは、無論女軽業の親方のお角のことであります。すべて女の前で女を賞めるのは禁物にきまっているうちに、このお絹という女の前で、お角を賞めそやすのは、油屋の前で火事を賞めるようなものであります。それを知りながら福村が賞讃をあえてするところを見ると、ともかく、よくよくあの女の手腕うでに感心したものがあればこそと思われる。
「ところが今度という今度は、恥も外聞も捨ててかからないんだからな。渡りはつけてみたが、トテも昨今のあの女の手には負えまいと、こう見くびっていたところが案外なもので、物の見事に背負しょいきったのみならず、その手際のあとを見せないあざやかさには、全く恐れ入ったよ。たしかに手腕うではある女だ」
「そりゃあ、じゃの道はへびですから、血の出るような工面くめんをしても、一時の融通はつきましょうさ。その日その日の上りを見込んでする山仕事と、末の見込みをつけてやる仕事とは違いますよ。線香花火みたような仕事を喜ぶのは子供みたようなものでしょう、女だてらに山かんは大嫌い」
「してみますと、お絹様、あなた様は、末の見込みのついた仕事をやっておいでになりますのですか」
「存じません」
「お怒り遊ばしますな、なにも、拙者があの女を賞めたからとて、あなた様をケナすわけでもなし、また、あなた様に、あの女のような真似をしていただきたいというわけでもなし、性質は性質としてただ、その手腕うでのあるところだけを賞めたのだから、あえて、おとがめをこうむる筋はあるまいと存じます」
「ああ、うるさい、それほど腕のあるのがお好きなら、観音様へおいでなさい、観音様には腕が千本ある」
「もう、腕の話はやめ……それはそうとしてお絹さん、お前も、恩怨おんえんの念は別として、ぜひ一度あの一座を見てお置きなさい、たしかに前例のない見物みもの、また後代ちょっとは見られないものですよ。相当の身分ある者が、微行しのびでいくらも見に来ています。昨日きのうはまたあれで思いがけない人を見出した、多分そうだろうと思ったが、見直そうとしている間に消えてなくなったが、あの男をあんなところで見かけようとは意外千万」
「誰ですか」
「あなたも御存じでしょう、番町の駒井能登守」
「エ?」
 不平満々で横を向いて絵本の空読みをしていたお絹が、この時、思わず向き直ると、福村が、
「甲府の勤番支配をしていた男、神尾主膳と喧嘩をしたとか、しないとかいう男……甲府をしくじってから切腹したとか、行方不明とかいわれていた駒井の姿を、ちらとあのとき見かけたので、拙者にはグッと思い当ったことがあるのだ。ははあ、女軽業の親方お角のうしろにはあの男があるのだな、して見ると、あの時分、お角が柳橋あたりで、専ら由緒ゆいしょありげな人物とあいびきをしていたという噂が、ぴったりと当てはまる。虫も殺さぬようなかおをして、あれで駒井もなかなかの食わせ者だが、これをとりこにしたお角の腕も確かにすごい。いやまた腕の話になって恐縮」
 福村は腕を枕にゴロリと横になる。お絹は相変らず絵本の空読みをしている。ところへ女中が手をついて、
「お客様でございます」
「誰か」
 福村が肥った身体を大儀そうに起すと、
「百蔵さんとおっしゃいます」
「ナニ、がんりきが来たか」
 福村も起き上っておちつかない心持、お絹も思わず本をさしおく。
「そうら、腕のある話がハズミ過ぎたものだから、腕のない奴がやって来た――まあ仕方がない、来たものを帰れともいえまい、帰れといっても帰る奴ではない、かまわぬ、ここへ通せ」
 女中が出て行ったあとで、福村とお絹とがかおを見合わせる。
「奴、何の用で来た、今時分」
「何の用ですか」
 二人はうす気味の悪い心持でいると、そこへ案内されたのは、
「へえ、これはお二方ふたかた、永らく御無沙汰を致してしまいました」
「ナーンだ、金公か」
 五分月代ごぶさかやき唐桟とうざんの襟附の絆纏はんてんを引っかけて、ちょっと音羽屋おとわやの鼠小僧といったような気取り方で、多少の凄味をかせて、がんりきの百蔵が現われることを期待していると、意外にも、それはおっちょこちょいの金公でしたから、二人も拍子抜けがしているのを、委細かまわず金助は、
「ちょっと旅に出ていましたものですから、つい、何しまして……御無沙汰をつかまつりました」
「どこへ出かけていた」
「お馴染なじみの甲州街道筋をぶらついて参りました」
「面白いみやげ話があらば聞かしてくれ」
「なんせ、山ん中のことでございますから、面白いみやげ話とてありよう道理はございませんが」
冒頭まくらを置いて、金助はべらべらと締りもなく、お角に頼まれて出かけたことから自分の手柄話、結局、このたびの大魔術のことになって、お角という女の親分肌を、口を極めて讃美にかかりましたから、お絹がいよいよ不機嫌になってしまいました。
 来る奴も、来る奴も、ロクなことはいわない。この女の前で、ほかの女、ことにお角を讃めるのは、この女をコキ下ろす結果になるということを、御当人ほどに誰も気がつかない。お角の腕を認めるのは、つまりこの女の働きのないことを当てこする意味になるのを、誰も御当人ほどに受取らない。
 そうでなくても、このごろは、食い足りないことばかりで、れったがっている。当座の安心のために、福兄に身を寄せてはいるが、福兄に、わが物気取りでヤニさがられているのが嫌だ。
 そうかといって、謀叛むほんを起そうにも、今はちょっと動きが取れないことになっている。当座の腐れ縁とはいえ、一人の男を守っている現在の意気地なさに、自分ながら愛想あいそがつきる。それも大した男ならトニカク、福兄あたりでは自慢にもならない。ところへ、むこ河岸がしでは盛んな景気で、思う存分の腕をふるっている上に、聞き捨てにならないのは、お角が駒井能登守ほどの男を自由にしているとのこと。それやこれやを見せつけられているお絹の立場はたまらない。
 それを、それほどにお察しがなく、べらべらと大魔術の能書のうがきを並べたり、承ったりしている金助と福村のかおしゃくにさわり、
「何だい、乞胸ごうむねの親方なんか、そんなに持ち上げる奴があるものかい。金公、ちっと気を利かして口をきいておくれ、席がけがれるよ」
といってお絹は、いい気になってしゃべっている金助の肩をこづいたものですから、ハズミを食って金助が、ひとたまりもなくひっくり返ってしまいました。
「これは、これは」
 金助はひとかたならず恐縮してしまい、ははあ、うっかり口をすべらし過ぎたなと思って起き上ると、口を抑える真似まねをしました。
 それを尻目に、お絹はさっさと寝間へ入ってしまいます。

         八

 小仏から陣馬を通って、上野原へ急ぐ一挺いっちょう駕籠かご
 この道は、過ぐる夜、蛇滝じゃたきの参籠堂を出た机竜之助の駕籠が、そこで、小雨と、月の霽間はれまと、怪霧と、天狗と、それから最後に弁信法師の手引によって救われた甲州街道のうちの一つの隠し道であります。
 あの時は月夜、今日は、たそがれ時で、足もとの明るいうちには必ずや上野原の駅へ足を踏み入れようという時分、左手の山谿さんけいの間には、遠く相模川の川面がおりおり鏡のように光って見える時、山巒さんらんを分けて行く駕籠は、以前のように桐油とうゆを張った山駕籠ではなく、普通に見る四ツ手駕籠。
「そういうわけで、あのお若さんも殺されちまったそうですが、殺したのは多分、もとの御亭主だろうという話で……」
といったのは前棒さきぼうの駕籠屋。偶然にも、その駕籠をかついで行く権三ごんざ助十すけじゅうは、あのとき机竜之助を乗せた二人であるらしい。
 ただ、乗っている駕籠の客が滅多には口を利かない。
 さて、駕籠屋たちはあの時以来、幾度もこの道を往来したと見えて、あの時の天狗物語も口のには上らず、丹沢山塊の方面で怪しい火の見えたことも、濃霧に襲われたことも、時効にかかっているらしい。
 陣馬の鼻まで来た時分に、佐野川方面から下りて来る笠を認めた前棒が、
「あ、向うから人がやって来るぜ。おやおや、唯の人じゃねえ、お供をつれたおさむらいだ。ことによると八州のお役人様かも知れねえ」
 そこで、前後の駕籠屋が二の足を踏みました。駕籠屋自身には暗いことはないが、お客のために心配があると見えて、
「旦那様、向うから、人が来るようですが、その人も唯の人ならよろしうございますけれど、このごろ、八州のお役人様が、この辺へお入りになっているそうですから、もしお役人だとすると、からならば言いわけが立ちますが、中身があってはお客様のために面倒と存じますから、どうか、ちょっとの間お下りなすってくださいまし、そうして暫くお隠れなすっていてくださいまし。ナニ、通り過ぎてしまえば何のことはねえのですから……」
 駕籠屋は駕籠をおろして、中なる人にかく申し入れました。
 本来、ここは変則の道であることは前にもいった通り、小名路こなじの宿から本式に駒木野の関所を通って、小仏峠から小原、与瀬へとかかって上野原へ行くのが順なのを、五十町峠からこの道を取るのは、厳密にいえば関所破りにはなるが、習慣の許すところにおいては、変通の道があって、濫用らんようされない限りは見ぬふりのお目こぼしがあると聞く。しかし、役向の者が、役向を以てめぐる時分には、その正面を避けない限りは、事が面倒になるのは当然あたりまえであります。
 多分これを心配して、駕籠屋は駕籠の中へ申し入れたものと見える。最初からほとんど無言で通して来た駕籠の中の客も、これには返答を与えないわけにはゆかないので、
「承知致した」
 そこで駕籠屋は急いでたれをハネ上げると、駕籠の中から一刀を提げて出て来たのは、羽織袴の身分あるらしい覆面のさむらいでありました。
「どうか、こちらの方へひとつお隠れなすっていていただきます」
 駕籠屋が案内した木立の中。駕籠屋どもはなにくわぬかおをして、ワザと悠々と空駕籠をになって通り過ごすこと半町ほどのところで、期待した通りに、バッタリとであったのは予想の通り、供を一人つれた八州見廻りの役人であります。
「駕籠屋」
「はいはい」
「その駕籠は空であろうな」
「はい、仰せの通り空でございます、摺差するさしまで参りましての戻りでございます」
と言って駕籠屋どもは申しわけをする。それで許されるであろうことを予期して、唯々いいとしてやり過ごそうとすると、
「それは幸いのことじゃ、摺差するさしまでやってくれ」
「エ?」
 駕籠屋二人が呆気あっけに取られました。
「摺差までやれ」
「はい」
 八州の役人は、その駕籠へ近寄って、手ずからたれを揚げたものですから、駕籠屋どもは、もう二の句がつげません。お断わりを申すにも申すべきすべもなければ、理由を見出す余裕などがあろうはずはありません。相手が泣く児もだまるはずの八州のお役人ときているのですから――
 ぜひなく、この当座の空駕籠は臨時のお客を入れて、再び小仏から摺差へ戻らねばならない羽目はめになりました。しかし、これは常ならばむしろ勿怪もっけの幸いで、一人でも客にありついた商売冥利しょうばいみょうりを喜ぶはずになっているのが、今の場合はそうではありません。
「摺差まで三里はございますけれど、この三里は下りでございますから、楽でございますよ」
 以前に客を残して置いたところで、駕籠屋はワザと大声でいいました。
 そこでこの駕籠は、結局以前のお客を置去りにして、新しい権威ある客を乗せて、三里余りの山道を戻ってしまうのです。駕籠が山の蔭にかくれた時分に、木立から立ち出でた最初の客、恨めしげにそのあとを見送っていましたが、やがて思い返して、前路に向って力足を踏むの覚悟。
 人里に遠い夕暮の山道に取残されたとはいえ、足に覚えのある者ならば、上野原までの道は、さまでは苦にならないはず。
 ところが、思いきって踏み出したこの覆面のさむらいは、思いのほかに足弱でありました。三町五町歩むうちに、その疲れ方が目立ってきて、腰の物が重過ぎる。この分で三里の山道は甚だおぼつかない。ましてその間には迷い易い幾筋もの岐路えだみちがある。
 果して、暗の落つると共に、路を失ったこの旅のさむらいは、左に行くべきを右にいって、甲斐と武蔵の国境を、北へと辿たどっているのであります。こうなると、もいっそう暗くなるのを待って、どこかに火影ほかげを認めて進む方が賢いかも知れない。程経て、陣馬と和田との間の高いところへ立ったさむらいは、そこで今まで脱ぐことをしなかった覆面を解いて、夜の高原の空気におもてさらすと、西の空に二日月ふつかづきがかかっているのを見るばかりで、前後も、左右も、みな山であります。
 ホッと息をついて汗ばんだ面を拭うと、べっとりと濡れた髪の毛――その髪の毛は、女にも見ま欲しいたっぷりしたのを、グルグルと櫛巻くしまきにして、後ろへ束ねていました。
 西の空にかがやく二日月。暫く放心してその月影をながめているうちに、何に打たれてか身ぶるいしました。その時の、この人の形相ぎょうそうは、絵に見る般若はんにゃ面影おもかげにそのままであります。この人は月をながめているのではない、月を恨んでいるのです。
 この高処に立って、下りて行くべき何かの暗示を求めて得ざるが故に、二日の月に空しく恨みを寄せている。
「わたしは知らない」
 その恨みは女の声。その女はまさしくお銀様であります。
 黒衣覆面の男のよそおいして、両国のお角の宅を出し抜き、こうしてここまで辿たどって来たお銀様。ここでまたも方角を失いました。
 ほどなく西北とおぼしき方面の谷間たにあいにあたって一団の火光。
 お銀様はその火を見て喜びました。
 しかしながら、この一団の火光は、お銀様を喜ばす目的地方面の火ではなく、怖るべき山窩さんかの一団の野営ではないか。お銀様は、そんなことを一向に知りません。
 お銀様が進んで行く行く手の谷間から、カラカラと神楽太鼓かぐらだいこの音が起りました。
 それを聞いたお銀様は、いよいよ里の近くなったことを知ってよろこぶ。
 あのはやしの音は、鎮守ちんじゅの夜宮か、或いは若い衆連の稽古。そのをたよりに里へ出ようとして、かえって里へ遠くなることを気づかないのはぜひもありません。
 この神楽太鼓の音こそ、人を迷わすものでありました。その音の響ききたることを聞いて、この音の起るところを知らない囃子はやしがそれです。土地の人はそれを恐れていたけれど、お銀様は、そのいわれを知らない。
 当時、この附近の村里に住む人は、この太鼓の音を聞くと怖毛おぞけをふるったものです。
諸国里人談しょこくりじんだん」にいわく、
「武州相州のさかひ、信濃坂に夜毎にはやし物の音あり。笛鼓ふえつづみなど四五人声にして、中に老人の声一人ありける。近在または江戸などより、これを聞きに行く人多し。方十町に響きて、はじめはその所知れざりしが、次第に近く聞きつけ、その村の産土神うぶすなの森の中なり。折としてかがりを焚くことあり。翌日あけのひ見れば青松、柴の枝、燃えさして境内にあり。或はまた青竹の大きなる長さ一尺あまり節をこめて切つたるが森の中にすてありける。これはの鼓にてあるべしと里人のいひあへり。ただはやしの音のみにして何の禍ひもなし。月を経てやまず。夏のころより秋冬かけてこの事あり、次第次第に間遠まどほになり、三日五日の間、それより七日十日の間をへだたり、はじめの程は聞く人も多くありて何の心もなかりけるが、後々は自然とおそろしくなりて、翌年あくるとし、春のころ囃のある夜は里人も門戸を閉ぢて戸出とでをせず、物音高くせざりしなり。春の末がた、いつとなくやみけり」
 この怪しむべき囃子の音が、信濃坂を去って、ようやく西にのぼり、ここ武蔵と、相模と、甲斐の国とが、三つどもえに入り込んだ山里のあたりを驚かせているものと見えます。
 このごろ、遠音とおねにその音を聞くと、土地の者は、おそれをなして早く戸を締める。ことに上野原の町ではちょうど、火の見柱の下で盗賊が狼に食われた前後のことでしたから、その遠音の囃子はやしを一層おそれたものです。
 しかしながら、偶然、足を踏み入れたお銀様にとっては、この囃子の音が、いよいよ人里を近いものにして、足の疲れを忘れさせるだけの力はありましたが、それも行くことやや暫くにして、その囃子の音、ようやく遠くなるような気がしたものですから、またしてもお銀様は小高いところをえらんで、最初に認めた火の光を追おうとしました。
 この山中にあって、今しも、この怪しむべき囃子の音を聞きつけたものは、お銀様だけではありません。三頭山みとうさんの連脈を縦走して、熊倉山腹の炭焼小屋附近に露営をしていた二人の者が、同じくこの囃子の遠音に耳をそばだてました。その一人は猟師の勘八と、もう一人は宇津木兵馬であります。
 思いもかけぬ時とところで、囃子の音を聞いたものですから、宇津木兵馬は覚えず目をあげて、音のする方をながめると、猟師の勘八が心得顔こころえがおに、
「そらはじまった、お化け囃子がはじまった。久しく止んでいたと思ったら、また、はじめやがった」
「あれは何です」
「お化け囃子といって、ああして響きは聞えても、起るところがわかりましねえ。よっぽど不思議な囃子でございます」
「しかし、さほど遠いところでもないようだが」
「左様でがす、どこで聞いても同じように聞えるんで。三里遠くで聞いても、五里遠くで聞いても、あのくらいに聞えるんでがすよ。お化けか、そうでなければ天狗様のいたずらでがんしょう」
「お前は、それを調べてみましたか」
「いいえ、そういうことはしてみましねえ」
「さまで遠くはないようだ」

         九

 けれども、響きがあって物のないという道理はありますまい。これをお化け囃子と名づけ、天狗のいたずらと怖れてしまうのは、それをきわめる人に、究めるだけの勇気と根気とがないせいでありましょう。
 現に、陣馬、和田、熊倉、生藤しょうとうの間に囲まれた谷の中に、かがりを焚いて、カンラカンラと鼓を打ち、ヒューヒューヒャラヒャラと笛を吹いている一団があるのであります。
 ここに篝を囲むほどの連中が、みな仮面めんをかぶっている。鼓を打ち、笛を吹き、かねを鳴らすものも、みな仮面をかぶっている。その仮面は、ありふれた里神楽の仮面もあれば、極めて古雅なる伎楽ぎがくめんに類したのもあるが、打見たところ、篝の周囲に集まるほどのものが、一人として素顔すがおを現わしたのはありません。
 そうして、かれらの或る者は太鼓を叩き、或る者は笛を吹き、或る者は鉦を打って、残りの者がことごとく踊っている。一見すれば極めて古怪なる妖魅ようみつどい――
 彼等は、拍子に合わせて、さんざんに踊ると、赤頭あかがしら猩々しょうじょうの面をかぶったのが、
「いかにおのおの方、大儀に覚えそうろうぞ、一休み致して、また踊ろうずるにて候ぞ」
 うたいがかりの口調でいうと、
かしこまりて候なり」
 一同が踊りをやめて休息に入る。無論、囃子の音も、その時はヒタとやみました。
 囃子も、踊りも、ひときわ休息に入ったけれども、この連中のすべてが仮面めんを取ることをしませんから、誰がどうだと正体のほどはわかりません。
 幾つかのかがりで、そこらは白昼のよう。前には小流れがあって、背後うしろに山を負うて帆木綿ほもめんの幕屋。
 この谷間の、この部分だけは白昼のように明るいけれども、周囲は黒闇々こくあんあんに近い山々。僅かに二日の月が都留つるの山のに姿を見せているばかりです。
 この時、猩々は再び立ち上って仮面めんの下より、
「いざ、このたびはあま返矢かえりやを舞おうずるにて候ぞ」
「心得て候」
 またも、一同が入りみだれて、舞の庭に立ち上る。狩衣かりぎぬ差貫さしぬきようのもの、白丁はくちょうにくくりばかま、或いは半素袍はんすおう角頭巾かくずきん折烏帽子おりえぼし中啓ちゅうけい、さながら能と神楽かぐらの衣裳屋が引越しをはじめたようにゆるぎ出すと、笛と大拍子大太鼓がカンラカンラ、ヒュウヒュウヒャラヒャラ。
「そもそも、天の返矢といっぱ……」
 そこで踊りの面々が、おのがじし踊り出すと、恵比須えびすめんをかぶったのが、いちいちその間を泳いであるいて、この踊りを訂正する。手のさし方、足の踏み方を、模範を示して直してあるく。すべてが一心を打込んで踊っているうち、ひとり、例の猩々だけは踊らない。自然木じねんぼくの切株に腰うちかけ、中啓を以て踊りの庭を監督しているていです。この時、不意に谷の一方に、けたたましいさけびが起って、一団の人がののしりながらこの場へ入って来て、
「太夫に申し上げまする」
「何事にて候ぞ」
「ただいま、怪しい奴が、これへ忍んで参りたるによって、この通り取押えて引立てましてござる」
「なんと、怪しい奴が?」
 どちらが怪しいのだかわからない。この奇怪極まる山中の、仮面めんの集まりを襲うてくるもののある以上は、やはりそれ以上怪しいものも存在するかに見ゆる。
「こやつでござりまする、われわれの楽しみをさまたげんとて来りし奴、目に物見せてくりょうと存じまする」
 猩々の面前に引据えたのは、覆面にして双刀を帯する身、まさしく武士の姿。
「覆面をいで見い」
「畏まりました」
 かがりの前へ押向けて覆面を剥ごうとする。そうはさせまいとする。やがて意外のさけび、
「やあ――女だ」
 床几しょうぎに腰をかけた猩々しょうじょう仮面めんは、
「おお、御身は女性にょしょうにておわするな。何とて斯様かようなる山中へ、女性の身一人にておわせしぞ。まして男の装いしたる有様こそ怪しけれ」
 ことさらにいうとも思えないほどの自然な調子、朗々たる音吐おんとで、雅文体の問答をしかけられましたので、捕えられた男装の婦人は、
「はい、小仏より上野原へまいる途中、駕籠かごを見失い、道に踏み迷うてこれへまいりました」
 おもてを伏せて柔順すなおに答えました。
「して、何用あって上野原へまいらるる。御身はいずれの御出生ぞ、うけたまわりたし」
「たずねる人があって、江戸を立ち出でてまいりました」
「男の装い召されしは何故ぞ」
「道中が心配になりますから……」
「さりながら、女性にょしょうの男装して関所を越ゆるは、国のおきての許さぬことを、知らぬ御身にてはよもあらじ」
「それは存じておりますけれど」
 問われて窮する女の姿を、仮面の中より見下ろしていた猩々は、
「いかさまこれは、ことさらにわれらが楽しみをさまたげんとて来りしものとも思われねど、まずは詮議せんぎの次第もあり。いかにおのおの、この女性を幕屋のうしろ、栗の大木の下へつなぎ置き、暫しの窮命をせさせたまえ。ただし、手荒に振舞いたもうなよ」
「畏まりて候」
 こういって鬼の面をかぶった数名のものが男装の女――いうまでもないお銀様を引立てて、幕屋の背後うしろへ連れて行きました。
 そうして、猩々から命ぜられた通りに、栗の大木へゆわいつけましたけれども、特に手荒に振舞うべからずとの言葉添えがあずかって力ありと見え、ただ、逃げられない程度に縛ったのみで、敷物まで持って来て坐らせました。
 お銀様は、どのみち、怖ろしい目に遭うべき暫時の後を期待して、覚悟をきめてしまいました。それにしても、いよいよ合点がてんのゆかないのはこの一団の集まりであります。こうして、舞いつ歌いつ、よろこび楽しむ分には、さのみ世をはばかる必要はあるまいに、この山中へかくれて、そうして張抜きの大筒おおづつをこしらえるわけではなし、謀叛むほんの相談をしているとも思われない。いかに世上おだやかならずといえども、神楽をするに、隠れ忍ぶ必要もあるまいではないか。ことに打見たところでは、それぞれ仮面をかぶり、立派な衣裳道具を備えている。なお一団のものの会話が、中古の雅文体をそのままで、どうかすると近代のなまりが入る。大将分らしい猩々の音声は、清く澄みわたって、水のしたたるような若さがある。とはいえ、一団の人、いずれも仮面めんをかけているから、品格のほども、年配のほども、一切わからない。狐狸妖怪の世界か、それとも人間か。
 お銀様が思い乱れている時に、不意に轟然ごうぜんとして、山谷をうごかす一発の銃声が起りました。
 この鉄砲の音はいずれから起ったかわからないが、その一発の音が起ると、さしも昼をあざむくほどに焚かれていた篝火が、ほとんど一度に掻消され、同時に歌舞音曲の賑いはパッタリとやみ、人が闇中を右往左往にうごめき出す。ただその右往左往にうごめく人が、ばいふくんだ夜討のように、一言も声を立てないで、踊りの庭と幕屋の内外を走り廻り、物を掻集め、ひきほどきひきむすんでいるていは、まさしく隊を組んでこの場を走ろうとする形勢であります。
 お銀様だけは、どうすることもできません。幸か不幸か忘れられていました。眼前の幕屋でさえも、手早く引きほごされて、荷ごしらえをされる有様なのに、忘れられたお銀様は、ただ怖ろしい夢の中で、走れない人のように気を焦立いらだつけれども、この場合、助けを呼ぶのが利益か不利益かはわかりません。すべてが沈黙して暗中にどよめいている時。
 つづいて山谷にこたゆる第二発目の鉄砲。
 その谷間より程遠からぬ柿の木平というところに立っていた猟師の勘八と宇津木兵馬。
 勘八が鉄砲のねらいをつけると、兵馬ははやりきった犬の紐をひかえながら、
「まあ、待って見給え、もう少し近寄ってみようではないか」
 勘八の切って放とうとしたのは第三発目の鉄砲です。
 その第一発を、やはり同じところから発射した時に、賑やかな拍子の音が、パッとたえ、それと同時に、さしも昼間のように明るかったその一団の火がフッと消え、闇の中に、なんとなく谷間が動揺しているようですから、程を見すまして第二発を切って放したが、これは手答えがありません。やがて闇中の動揺も静かになって、一様に空々寂々たる山谷さんこくの夜となりましたから、二人はまさしく物につままれたような気分で、なお暫く形勢をみていましたが、用心のため、更にもう一発を切って放ち、そうして、その明りと音のあった方向へ進んでみようというつもりで、勘八が第三発目の狙いをつけたのを兵馬がさえぎって、ともかくもこれから探り寄って見ようという。
 そこで二人は、わざと火縄をかくし、松明たいまつもつけず、闇にまぎれて、最初の怪しい音と明りの場所をめざして進んで行きました。
 勘八の頭では、これは、てっきりもの仕業しわざだと思っている。最初から、さわらぬ神にたたりなしの方針を取って、聞き流していたかったのを、いて兵馬にすすめられたものですから出て来ました。出て来て見ると、音のするところに明りがある。そこでその明りをめがけて一発打ち込んでみたのは、単にさぐりを入れたつもりで、その根元をきわめようとまで思っていなかったものです。
 こうなってみると、例のものすごい二日月が山のにかかっているだけで、真暗まっくらのところを、裾をめぐって行くものですから、めざす方向がドチラだかわからなくなりました。
げえもねえからよそうじゃございませんか、ばかされてもつまらねえ」
 勘八は、なお気が進まないのに、好奇ものずきられているのは兵馬ばかりではありません、兵馬の手にひかえられている猟犬がしきりにはやって、先に立つものですから、気が進まないながら勘八も、後ろへひくわけにもゆきません。
 犬が案内してくれました。やがてめあての谷へ近づいた場合にも、犬がいよいよ勇みますから、危険がないと知り、そこで勘八は、火縄の火を附木にうつして用意の松明たいまつをともし、一行は小流れ伝いの谷間へ入り込んで来ました。
 兵馬の心では、人のうわさに聞くことに多くの不思議がある、今はのあたりその不思議にぶつかったのだから、この機会を逸してはならない、あくまで根元を究めてみようと勘八を引きずり、犬に引張られて、ほどなく例の谷間までやって来ました。
 松明の光に、まず照らされたその谷間の光景はすこぶる狼藉ろうぜきたるもので、かがりの燃えさしだの、木や竹のきれだの、地面に石や穴が散在していることだの、つい今までなにものかが集まっていた形跡はおおうことができません。もし、ここに相当の陣地を構えていたものならば、逸早いちはやく退却してしまったものに相違なく、その退却ぶりを見ると、その形跡こそ狼藉たるものだが、武器や生活の要具は一つも落ちのこされていないことによって、かなりあざやかな退却ぶりだといわなければなりません。
 兵馬は勘八の手から松明を借受けて、狼藉たる陣地の跡を隈なく照らし見ようとした刹那、猟犬の縄をゆるめたものですから、犬はまっしぐらに一方へ向いて飛んで行きました。二人がおどろいてその方向を見ると、栗の大樹があって、その根もとに人らしいものがうずくまっている。
 勘八は鉄砲を取り直しましたが、兵馬はしかと見定め、
「人がつながれている」
 これも危険なしと見て近寄ると、つながれている人の姿は男でありますけれど、正しくは女でした。
 ほどなく宇津木兵馬が先に立ち、猟師の勘八がお銀様を背負って、もと来た炭焼小屋まで立戻って参りました。
 そこで、兵馬はお銀様に向い、お銀様の捕われた一団というのが、一定の住所というものを持たずに、全国の山から山を旅して渡り歩く山窩さんかというものであろうことを教え、なお山窩というもののいわれを一通り説いた上で、とにかくもその手から逃れたことを、お銀様のために祝いました。けれども、なお充分に合点がてんのゆかぬことは、その一団が立派な衣裳道具を持ち、上品な言葉づかいをしていたということで、一般の山窩さんかは、もっと野蛮で、もっと兇悪な分子を持っているはず、その一点だけがどうもせないというと、猟師の勘八も傍から口を出し、山窩の奴等に、舞いを舞ったり、笛を吹いたりするような風流気はあるものでなく、せいぜい彼等は箕直みなおし、風車売りぐらいのところで、その性質疑い深く、残忍性に富んでいることを物語り、右の一団は、どうも山窩ではあるまいといいました。
 それは疑問のうちに残されながらも、ともかく、そこを脱出したお銀様の行先について、
「あなたは上野原の月見寺へおいでなさるそうですが、誰をたずねてあの寺へおいでなのですか。わたしもあの寺にいたのです」
「あのお寺に、琵琶を弾く盲目めくらの法師がいると聞きましたから、それをたずねてまいる途中でございます」
「ははあ、弁信殿を尋ねておいでなのですか。あの人ならば、まだ寺にいるでしょう。珍しく勘のいい人ですね」
 お銀様は、この少年の親切にして、義気のあるのに感心しました。見たところ、さむらいの風をしているのに、どうしてこんな山の中に、猟師と一緒に生活をしているのだろう。月見寺のことも、弁信のことも、よく知っているのが不思議だ。まだ尋ねてみたいことも多いが、万事は明日。そこで、広くもあらぬこの炭焼小屋に枕を並べて、一夜を明かすことになりました。勘八は早くも高鼾たかいびき、兵馬もやがて眠りにつき、お銀様もうとうととして夢路に入りましたが、肉体は疲労によってあくまで休息を求めるのに、神経は夜来の刺戟によって、盛んに躍動をつづけようとする。こういう時には、誰しも見まいとして見るのが怖ろしい夢です。
 お銀様は怖ろしい夢にうなされました。その夢とても、過去の現実を離れた夢ではなく、過去の最も怖ろしかった記憶が、ほとんどそのままに再現されたままです。
 その怖ろしかった記憶は、躑躅つつじさきの古屋敷で、酒乱の神尾主膳に脅迫きょうはくされた時、伯耆ほうき安綱やすつなの名刀を抜いて迫りきたる神尾主膳、それを逃れて走り下りた二階の階段、そこには善悪邪正いずれとも判別しかねる人がいた。
 理も非もなくその人にすがりついて助けを求めた時、その鉄壁のような冷たさと、吸盤のような引力に吸い込まれて、その夜、ついに怪しい二つの蝶の夢を見て、夜が明けた時は、肌がすっかりと汗ばんで、髪がべっとりと濡れていました。
 その時以来、そのつめたい人がこの胸を火のように燃やす。ひとたび愛人幸内を失ったお銀様には、たまらない肉のもだえがある。わが雇人であった幸内を、身も心も自由にしていたように、お銀様は、その人に、わが心も、わが身も自由にし、自由にさせていた。その持っていたつめたい残忍性が、お銀様を翻弄する時に、お銀様もまた、残忍そのものを翻弄する痛快心に駆られて、この女だけが人を斬ることを知って、少しもおそれなかったのです。最初の縁は躑躅ヶ崎の古屋敷。
「ああ、あの蝶の羽風はかぜが……」
 悪夢の中に、どろどろにもだえたお銀様は、力かぎりその人にしがみつくと、夢が破れて、おどろいたのは自分の胸に重い物。いつか知らず傍らの宇津木兵馬をかたくだきしめていました。
 宇津木はそれを知らず、知ったお銀様は、どうしてもこの腕を離しともない心になりました。

         十

 信州諏訪すわの温泉、孫次郎の宿についた晩、お雪は久助と外のお湯へ行き、竜之助は、ひとり剃刀かみそりおもてを撫でておりますと、
「御免下さいまし、お土産みやげをお召し下さいまし」
 スルスルと入って来たのは女の声です。竜之助は返事をしないで、なお燈火あかりの下で面を撫でておりますと、入って来た土産物売りは黙認を得たとでも思ったのか、
「いろいろございます、これが諏訪の明神様の絵図、こちらがおなじ明神様の神木でこしらえましたお箸、それから、湖水で取れました小蝦こえびふな……」
 ここまで並べ来った時に、物売りの女が、あっとおどろいたのは、行燈あんどんのあかりが消えてしまったからです。
「おや、お明りが消えました、おつけ致しましょう」
 お土産物の陳列をよそにして、行燈のそばに寄った土産売りの女は、その抽斗ひきだしから火打道具を手さぐりで探して、やっと火をきって附木にうつし、行燈の燈心をき立てた時に、再び驚いたのは、この部屋の主は、相変らず面を剃刀で撫でていたからです。つまり、燈火の消えたのを平気で、その暗い中で相変らず面を剃っていたのであります。
「どうぞ、何か一品お召し下さいませ」
 改めて、土産物売りの女は自分の座へ戻りました。
「土産を買ってやるから、この首を剃ってくれないか」
「ええ、よろしうございます」
 そこで机竜之助は剃刀のを向うにして、物売女の方へ突き出すと、物売女は気軽に受取って、
「おかおの方はお済みになりましたか」
「ああ、面は済んだから、この襟足のところだけを願いたい」
「はい、お明りをこちらへ向けましょう」
 女は剃刀を取って、竜之助の後ろへまわりました。
御逗留ごとうりゅうでございますか……」
「一夜泊りだ」
「左様でございますか」
 女は慣れた手つきで、竜之助の首筋に剃刀を当てて後ろに撫で卸すと、
「景気はどうです」
と竜之助がたずねますと、
「おかげさまで、このしも諏訪すわは、あんまり不景気ということがございません。丁度、甲州筋からおいでの方も、中仙道を和田峠からおいでの方も、塩尻を越えて木曾の旅をなさるお方も、伊那の方からおいでの方も、みんなここへお立寄りになりますのに、諏訪のおやしろというものがございます上に、この通り温泉が湧いて出ますものですから……」
「諏訪の湖というのはどちらに当ります」
「え、湖でございますか。湖は、もうこのすぐ下がそれでございますよ、障子をあけてごらんになると、一面に……」
 女は、今までそれを気がつかなかったお客は、多分、暗くなってから着いたお客だろうと思い、
「今夜は、お月夜かも知れません、障子をあけましょうか」
 気をかして、女は剃刀の手を休め、客をして月明の諏訪のうみをながめ飽かしめんとした好意を、竜之助は断わって、
「風が冷たいからそれには及ぶまい。そうだな、月というものを見たのは、いつのことか。伊勢の阿漕あこぎうらというところで見たのが、あれが最後だろう。いや、あれは見たのではない、聞いたのだ。夕凪ゆうなぎ朝凪あさなぎに名を得た静かな伊勢の海、遠く潮鳴りの音がして、その間を千鳥が鳴いて通った時、浜辺と海がぼうっと明るくなったように覚えている。多分、あの時に月がのぼったのだろう。あれ以来見たことはもちろん、聞いたこともない」
 竜之助が、謎のような独語ひとりごと。急に剃刀の手を止めた女のかおが美しいものになりました。
 この女は、もうよい年ですけれども、お化粧をして、赤い縮緬ちりめんの前掛をしていましたが、
「まあ、伊勢からおいでになりましたのですか」
 急に、晴々はればれした美しい面になると、真紅まっかな縮緬の前掛が燃え出したようにうつり合いました。
「伊勢から来たというわけでもないが、伊勢には暫くいたことがあるのだ」
「それではあいやまをごらんになりましたか」
「間の山は見ないけれど、間の山節というのを聞いたことがある。そういうお前こそ伊勢の国のうまれか」
「わたくしは伊勢のうまれではございません、どこといってうまれた国は……まあ、渡りものなんでございますね」
「渡りもの?」
「ええ、お恥かしい話ですが、男に欺されて諸国をひきまわされたあげく、今ではこうして信州の諏訪へ来て物売りを致しておりますようなわけでございます。女というものは、水性みずしょうなものでございますから、男次第でどうにでもなります。ほんとうに意気地のないものでございますね、オホホホホ」
 この時の女の言葉には、さわれば落ちるような甘味をふくんでいたので、竜之助は暫く沈黙しました。
「ねえ、旦那様、おついでにおかおの方も、もう一ぺんあたって上げましょうか。殿方のおあたりになったよりも、これでも女の方が、手ざわりがいくらかやわらかになるかも知れません。御免下さいまし」
 そのやわらかな手を、首筋から頬のあたりへうつした時に、竜之助のおもてがひときわ蒼白あおじろくなりました。
「もうよろしい」
「どうも失礼を致しました……いいえ、お代はあとで帳場からいただきます」
といって、女が出て行ってしまったあとで、竜之助は、自分の身に残るうつりといったようなものに、苦笑いをしました。
 これは売女ばいじょたぐいだ。物を売ることにかこつけて、色を売らんとする女。よく温泉場などにあった種類の女――おれをそそのかしに来たのがおぞましい。
 とはいえ、今の竜之助にあっては、女というものの総ては肉である。美醜をみわけるのめいを失っているから、美のうちにたっとぶべきものの存するのを発見することができない。醜を感知するの能を失ってから、醜のいとうべきを知って避けるの明がない。
 いや、それは単に女ばかりではあるまい。この男は、すべてにおいて、むずかしくいえば、宗教がなく、哲学がなく、またむしずのはしる芸術というものがない。ただあるものは剣だけです。勝つことか、負けることかのほかに生存の理由がないので、恋というものも、所詮しょせんは負けた方が倒れるものである。心中の場合においては、大抵、男が女に負けて引きずられて行くのである。いわく薩長、曰く幕府、曰く義理、曰く人情、みな争いである。争いでなければ、争いを婉曲えんきょくに包んだものに過ぎない。人間日常の礼儀応対までが、この男の眼――見えない眼を以て見れば、ことごとく剣刃けんじんあいまみゆるの形とならないものはない。いやまだまだ、人間の生存そのものが、また一つの立合である。
 一剣を天地のかんに構えて、天地と争って一生を終る――所詮、天地の間に吐き出されて、また天地の間に呑まれおわるものと知るや知らずや。生存ということは、天地の力に対抗して、わが一剣を構ゆることに過ぎない。わが一剣の力衰えざる限り、天地の力といえども、如何いかんともすることができない――と、彼はそう思わないで、そう信じている。
 女というものに触れる時――彼は、いつでも戦いをいどまれたように思う――そうしてこれを斬ってしまわなければおのれが斬られてしまうように思う。この場合においては、相手の善悪美醜を選ぶのいとまがないのです。

 まもなく久助とお雪は外の湯から帰って来て、ふな小蝦こえびをお茶菓子に、三人お茶を飲みました。そこへ、宿の番頭がやって来て、
「ええ、御免下さいまし、毎度、御贔屓ごひいきに有難う存じます。ええ、それからちょっと申し上げておきまするは、今晩のところは、土地の風習で、お万殿の夜詣りということになっておりますから、九ツ半過ぎては、外へお出ましにならぬように、なにぶんよろしくお願い申します」
と言う。
「何ですって」
 それをお雪が聞きとがめると、番頭が、
「お万殿の夜詣りでございまして、はい」
と番頭が答える。
「お万殿の夜詣りというのは何ですか」
 お雪が念を押してたずねる。
「ええ、何でございますか手前もよくは存じませんが、月に一度ずつ、お万殿の夜詣りということがございまして、その晩、九ツ半過、外へ出ますと、たたりがあるといい伝えられているのでございますから、なにぶん……」
「ええ、ようござんす」
 お雪が、それを承知してしまいました。断わられなくても、大抵の人は九ツ半過、今の夜中から一時までの真夜中をかけて、出て歩く必要はないはず。
 そこで、番頭が行ってしまったあと、お雪ちゃんは、まだ何か物足らないかおで、
「お万殿の夜詣りって何でしょう、外へ出ると祟りがあるんですって」
「ナニ、詮索せんさくするがものはがあせんよ、土地の習わしですから、ごうっては郷に従えといってね」
「ですけれども、こんな夜更けにわざわざお詣りをなさるお万殿という方も、気が知れない」
「何か因縁があるでがしょうね」
うしときまいりじゃないでしょうか。丑の刻詣りの人に道で行逢うと、祟りがあるっていいますから――」
「ですけれどね、わざわざ先触れをしておいて、丑の刻詣りをする人もないもんじゃありませんか」
「それも、そうですね」
「まあ、なんにしても九ツ半から外へ出さえしなければいいのさ、言われた通りにね」
「なんだか気がかりになるわね」
 久助は触らぬ神に祟りなしの態度を取っているが、お雪ちゃんはに落ちないものがあって、あきらめきれない。あらためて竜之助に向い、
「先生、御存じですか」
「知らない」
「おかしいわね」
 お雪は首をひねって思案してみたが、
「考えたってわかりゃしませんわ、塵劫記じんこうきとはちがうんですもの、土地の人に聞いてみなければ」
「番頭さんが知らないくらいだから、土地の人だって知っちゃいますまいよ」
と久助がいう。
「年寄の物識ものしりに尋ねたらわかるでしょう」
「それほど詮索をしなくったって、やっぱり郷に入っては郷に従えですよ、こういう晩には早寝に限ります」
「それもそうですね」
 お雪は、まだ解ききれない塵劫記じんこうきの宿題でも残っている心。
 その時、お雪は、ふと行燈あんどんの下の暗いところで何物をか認め、
「おや、こんなところにくしが落ちているわよ……」
と拾い上げて、
「まあ、二つに割れていることよ」
 お雪の手にしたのは、まだ新しい木曾のお六櫛。
 拾っても悪い、落しても悪いという女の櫛。しかもそれが自分のほかには女のいないこの席に、真二つになって落ちていた。
 お雪はその時、なんとも言えないいやな気持になりました。

         十一

 この座敷は、それで済まされたが、どうしてもそのままでは済まされない座敷がありました。
「ナニ、九ツ半過から外へ出るな、お万殿の夜詣りがある、それを見るとたたりがあるとは奇怪千万」
 元治がんじ元年に京都で暗殺された佐久間象山の門生が二人――ちょうどこの宿屋に泊り合せていたのがうけがいません。
 第一、そういう迷信のために、一種の交通遮断を行うのは、迷信をりての暴虐である。これに甘んじて従うのは近代人の恥辱である。とりきんだわけではないが、久助や、お雪ほどに素直すなおにはゆかない。
「そのお万殿とはなにものだ」
「ええ、何でございますか、手前もよくは存じませんが……」
「知らない、貴様が知らぬことを、ナゼ人にゆるのだ」
「恐れ入りました、よくは存じませんが、お万殿が九ツ半過にここをお通りになって、諏訪の明神様へ御参詣をなさるのだそうで」
「そのお万殿とやらが、参詣をするために、なんでわれわれが外へ出て悪いのだ。お万殿というのは禁裏のお使か、或いは将軍の代参でもあるのか」
「いいえ、そういうわけではございません、それにいきあうとたたりがありますので」
「たわごとをいわずに引込んで、誰かその因縁を知ったものをつれて来い、さもない時はわれわれが、今夜親しくそのお万殿の正体を見とどけてつかわすぞ」
「はい」
 番頭は青くなりました。青くなったのは、この連中に向っては迷信の権威が甚だ薄いから、よく納得なっとくさせないかぎり、必ずや九ツ半を期して、その正体を見届けに出かけるに相違ない。そうなると、まんいち間違いの出来た時に責任がある。と思ったから青くなってほうほうていで、この座敷をすべり出しました。
 ここに二人の佐久間象山の門生――といっても象山門下を名乗るものにかぎりはない。ちょっと玄関をのぞいただけでも、都合上その門生の名を利用するものも多い。宿帳にはそうはしるさなかったが、一人は丸山勇仙、一人は仏頂寺弥助、共に信州松代まつしろの人としてある。
 丸山は書生であり、仏頂寺は剣客であります。従って丸山はよく洋書を読み、仏頂寺はよく剣を使う。丸山の学力のほどは知らず、仏頂寺の剣は当時に鳴り響いたものです。
 この仏頂寺弥助と、長州の高杉晋作とが試合をしたことがある。その前に、高杉晋作が、はじめ佐久間象山に謁見えっけんした逸話がある。
 高杉晋作、天下第一の気概をいだいて、江戸に出でて書剣を学ばんとす。その師吉田松陰の勧めに従い、道を信濃に取って佐久間象山に謁す。象山、つくづくと晋作を見て、
「君は幾つになる」
「二十一」
 そこで、象山が、またも晋作のおもてをつくづくとうちまもり、嘆息すること久し。
 晋作はその時、内心得意でありました。象山が嘆息したのは、おれの英雄心を見て取っての感嘆であろう。そこで、
「先生、僕の歳を聞いて、ナゼそのように御嘆息をなさる」
「されば」
と象山はおもむろにいわく、
「おれは十五歳にして、信濃一国に鳴り、二十歳にして日本全国に鳴り、三十歳にして五大州に鳴る。君は二十一歳というのに、おれはまだ高杉晋作なるものの名を聞いたことがない。いったい、君はどこへ年を取っているのだ」
 これには、さすがの高杉東行も、黙然もくねんとして一言もなかった。
 ここにいる仏頂寺弥助と高杉晋作とが試合を試みたのはその時です。
 仏頂寺は斎藤弥九郎の高弟。そのころ無敵といわれた道場荒し。
 当時の佐久間