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大菩薩峠

小名路の巻

中里介山




         一

 その晩のこと、宇治山田の米友が夢を見ました。
 米友が夢を見るということは、極めて珍らしいことであります。米友は聖人とは言いにくいけれども、いまかつて夢らしい夢を見たことのない男です。彼は何かに激しておこることは憤るけれども、それを夢にまで持ち越す執念しゅうねんのない男でした。また物に感ずることもないとは言わないけれども、それを夢にまで持ち込んであこがれるほどの優しみのある男ではありません。しかるにその米友が、珍らしくも夢を見ました。
「あ、夢だ、夢だ、夢を見ちまった」
 米友は身体からだへ火がついたほどに驚いて、蒲団ふとんからはね起きました。実際われわれは、夢を見つけているからそんなに驚かないけれども、物心を覚えて、はじめて夢を見た人にとっては、夢というものがどのくらい不思議なものだか想像も及ばないことです。
 米友とても、この歳になって、初めて夢を見たわけでもあるまいが、この時の狼狽あわて方は、まさに初めて夢というものを見た人のようでありました。
 そうしてはね起きて、手さぐりでひうちを取って行燈あんどんをつけ、例の枕屏風まくらびょうぶの中をのぞいて見ると、そこに人がおりません。
「ちぇッ、よくよくだなあ、まさかと思った今夜もまた出し抜かれちまった」
 米友はワッと泣き出しました。米友が夢を見ることも極めて珍らしいが、泣き出すことはなおさら珍らしいことであります。米友はおこるけれども、泣かない男です。けれどもこの時は、手放しで声を立てて泣きました。
 昼のうちに、あれほど打解けて話しておったその人が、まさか今晩は無事に寝ているだろうと思ったのに、もう出かけてしまった。昨夜の疲れと、その安心とで、ぐっすりと寝込んでしまったおれは、なんという不覚だろう。それに、今まで滅多には見たこともない夢なんぞを、なんだって、こんな時に夢なんぞが出て来たんだろう。あんな夢を見ている間に出し抜かれてしまったのだ。
 あまりのことに米友も、一時は声を揚げて泣いたけれども、いつまでも泣いている男ではない、雄々しく帯を締め直して、枕許に置いた例の手槍を手に取ってみたが、どうしたものか、急にまた気が折れて、手槍を畳の上へ叩きつけると、自分は、どっかと行燈の下へ坐り込んでしまいました。
「いやだなあ」
 米友はにがりきって、行燈の火影ほかげに薄ぼんやりした室内を見廻した揚句に、ギックリと眼を留めたそれは、床の間の掛軸です。
「こいつだ、こいつだ、こいつが夢に出て来やがったんだ」
 米友がこいつだと言ったのは、勿体もったいなくも大聖不動尊だいしょうふどうそんの掛軸でありました。かなり大きな軸であるが、ずいぶんすすけ方がひどいものであります。しかしながら、右手に鋭剣をとり、左手に羂索けんさくを執り、宝盤山の上に安坐して、叱咤暗鳴しったあんめいを現じて、怖三界ふさんがいの相をすという威相は、その煤けた古色の間から燦然さんぜんと現われているところを見れば、またかなりの名画と見なければなりません。
 日頃、ここに掛けられてあったのを、竜之助はもとより見ず、米友だけが毎日見ていたけれども、この男は別段に不動尊の信者ではありません。
「いやにおっかないつらをしている奴だな」
 米友は、時々、こんなことを考えて画像を見るくらいのものでありましたが、今は室内を見廻した眼がギックリとそこに留まると米友が戦慄しました。米友をグッと睨みつけている現青黒影大定徳不動明王げんしょうこくぎょうだいじょうとくふどうみょうおうの姿はまさしくたった今、夢に現われたその者の姿にまぎれもないことです。米友は不動尊の画像を睨めて、我とふるえ上りました。
 米友が不動尊の像を睨んでいる時に、裏の雨戸をホトホト叩く音がしました。
「モシ」
 微かながらも人の声がしました。
「はてな」
 米友が思案に暮れたのは、もしや竜之助が帰ったのではあるまいかと思ったそれが、まさしく女の声であったからであります。
「もし」
 そこで立ち上って、雨戸の傍へ行って、
「誰だエ」
「もし、少々、ここをおあけ下さいまし」
「お門違かどちがいじゃございませんか」
 米友も小声で言いました。しかし門違いにも門違いでないにしても、弥勒寺みろくじの門を入って人を尋ねるとすれば、ここはその一軒だけです。この深夜に、わざわざここまでとまどいをして入り込む人のあろうとも思われません。
「いいえ」
 外の女はこう言いました。それでよけいに、米友の疑問を増したものと言わなければなりません。盲目めくらの剣客と二人して隠れているこの弥勒寺長屋、長屋とは言うけれども近所隣りが無い、まして女の近寄るべきはずのところではありません。しかしながら、おとなう声はまさしく女でありますから、
「誰だい、何の用があって、誰を訪ねて来たんだ」
「はい、友造さんという方がおいでになりますか」
「友造は……」
 おいらだが、と言おうとしたが米友は思案しました。おれを訪ねてこの夜更けに来る女というのは、全く心当りがないことはない。かのあいやまのお君も、老女の家のお松も、ここに近いところにいるはずだ。昨日、不意にムク犬がここへ姿を見せたことを思うと、或いはそれらの女性のうちの一人が忍んで来たものと思えば思われないことはない。それで、米友はさいぜんから、戸のさんへ手をかけながらも、外なる女の声を、じっと耳に留めていたのだが、それは、お君の声でもなければ、お松の声でもありません。さりとて鐘撞堂新道にいるお蝶の声とも思われないし、無論、両国にいる女軽業の親方のお角の声とは聞き取れないから、米友は迷っているのです。
「あの、お君のところから聞いて参りました、そうしてムクにそこまで案内してもらいました」
「エ、お君のところで聞いたって!」
 お君と言い、ムク犬と言うことは、米友の信用を高めるのに充分でありましたけれど、しかもお君と呼棄てにするこの女の正体は、更にわからないものであります。しかし、ここまで来た以上は、あけてやらないのも卑怯ひきょうであると米友は思いました。どうかするとその筋の目付めつけが女を使用して、人の罪跡を探らせることがある。もしそうだとすれば、自分は本来、さまで暗いところはないのだが、一緒にいる先生は、決して明るい世界の人とは言えない。だから、戸を開く途端に「御用」という声が剣呑けんのんではある。あけてよいものか、悪いものか、それでもまだ米友は、暫し途方に暮れていると、
「あなたがその友造さんじゃありませんか、本当の名は米友さんとおっしゃるのでしょう、内密ないしょのお話があるのですからあけて下さい」
 外では存外、落着いた声でこう言いました。よし、ここまで来れば仕方がない、まかり間違ったら二三人は叩き倒して逃げてやろうと米友は、足場と逃げ路を見つくろっておいて、例の手槍を拾い上げ、片手でガラリと雨戸を押し開きました。
「誰だい」
「わたくしでございます」
「お前さん一人か」
「エエ、一人でございます、御免下さいまし」
 その女は、男のような風をして、お高祖頭巾こそずきんをすっぽりとかぶっておりました。
 いったい、なんにしても人の家へ上るのに、頭巾を取らないで上るというはずはありません。
 女は、このまま失礼と断わったものの、座敷へ通っても、やはり頭巾を取ろうとはしないで、
「お前さんが、米友さん?」
 こう言って、かなり鷹揚おうような態度でありました。
「そうだよ」
 米友は、極めて無愛想に返事をしました。
「お前さんの噂は、お君から聞いておりました」
 お君、お君、と自分の家来でも呼び棄てるように言うのが心外でした。それよりもお君の友達だから、やはり自分も家来筋か何かのように話しかけるのが、米友には心外でした。
「ふん、それがどうしたんだ」
「お前さんは怒りっぽい人だということを聞きました、それでも大へん正直な人だということを聞きました」
「大きなお世話だ」
 米友はムッとして口をとがらしたけれど、女はそれを取合わずに、
「ですから、わたしは、お前さんに尋ねたらわかるだろうと思って来ました、お前さんが知らないはずはないと思って、わざわざこうして尋ねて来ました、ぜひ、わたしに教えて下さい、わたしに隠してはいけません、お前さんがここにいることを突き留めるまでずいぶん骨を折りました、本当のことを言って下さいな」
 こう言って、ジリジリと米友に迫るもののようであります。米友はあきれて、じっとその女のかおを見ようとしました。けれども、いま言う通り面は頭巾で隠してあるのに、わざとその顔を行燈の火影からそむけようとするのが、どうもおもてを見知られたくないという人のようであります。そうして突然とは言いながら、こうして夜更けに一人でここへ押しかけて来たことは、よほどの突き詰めたものがなければならないような権幕も見られます。落着いてはいるけれども呼吸がせわしくて、その用向は、たしかに物好きや冗談ではなく、真剣の有様が眼に見えるのであります。それですから米友も一概に、それをおこり散らすわけにはゆかないで、
「いったい、お前は何しに来たんだ、おいらに何を尋ねようと思って来たんだ」
「さあ、お前さんに尋ねたいのは、あの目の見えない人のこと。あの人を、お前さんはどこへ連れて行きました、それを教えて下さい、お前さんは、きっとそれを知っているに違いない」
「ナニ、目の見えない人?」
 米友は眼を円くしました。
「そう、吉原からお医者さんの駕籠かごに乗せて、お前さんがその駕籠に附添ってどこへか行ってしまったということを、わたしはちゃんとつきとめました」
「ふーん」
 米友は、そう言って、女のかおを見ようとしたが、女はやっぱり面を見せません。
「さあ、言って下さい、お前さんが、もしお金が欲しいなら、わたしの実家うちへ行って、いくらでもお金を上げるから、あの人の居所を教えて下さい」
 女は、始終ジリジリと米友に詰め寄るかのような勢いでありました。
「うむ――おいらの知っていることで、教えて上げてもいいことなら、ぜにを貰わなくったって教えて上げらあな。もし、教えて悪いことだったら、銭を山ほど積んだって教えちゃやれねえな。知らなくっても手伝いをして探してやりてえこともあるし、知っていても知らねえと言って隠さなけりゃならねえこともあるだろう……だから、お前はいったい誰だ、どういう因縁いんねんで、おいらにそんなことを尋ねるのだか、一通りそれを話してくんな。それもそうだが、さっきから、おいらのしゃくにさわるのは、お前さんが頭巾を被りながら挨拶をしていることだ、家の中で人と話をするには、頭巾だけは取ったらよかりそうなものだ」
 こう言って米友は、手近な行燈あんどんを引き寄せて、意地悪くその女の面へパッと差しつけて、あっと自分が驚きました。
 今夜はこわい晩である。夢に現われた不動尊は、いまだに米友にはその心が読めない。今ここに現われた現実の人は、言葉こそ優しい女人にょにんであれ、その面貌かおかたちは言わん方なき奇怪なものである。行燈を引き寄せた米友は再びワナワナとふるえました。むしろ米友自身の形相ぎょうそうが凄じいものになりました。
「おいらはいやだ、お前という人は、やっぱり夢じゃねえのか、女のくせに、たった一人でこの夜中に、どういうよしがあって、あの人を尋ねて来たんだ、昼間は訪ねて来られねえのか、そうして話をするに、どうしてその頭巾が取れねえのだ」
 こう言って怒鳴りました。
「米友さん」
 女は存外、優しい声でありますけれども、米友の耳には、頭巾のはずれから、チラと見た夜叉やしゃのようなおもてが眼について、その優しい声が優しく響きません。
「米友さん……お前はお君のことを知っているだろう、わたしの身の上が知りたければ後で、あの子によく聞いてごらん、わたしがこうして頭巾を被っているわけも、あの子がよく知っていますから聞いてごらん、お君は美しい子だけれども、わたしは美しい人ではありませんから……」
「そんなことは、おいらの知ったことじゃねえ、美しかろうと美しくあるめえと、頭巾を被って人に挨拶するのは礼儀じゃねえ」
「ああ、わたしはここへ礼儀を習いに来たのじゃありません、米友さん、わたしは、お前さんに礼儀作法を教えていただくためにここへ来たのじゃありません、ぜひ聞かしてもらわねばならぬことはほかにあります、お前でなければ知った人がないから、それで、わざわざ忍んでこの夜更けに訪ねて来ました、きっとお礼はしますから、御恩に着ますから、後生ごしょうですから教えて下さい。お前の知っているお君は美しい子だから、誰にでも可愛がられます、わたしは、そうはゆきません、わたしを可愛がってくれたのは、あの幸内と、それから目の見えない人が、わたしは好きなのです、目の見える人は、わたしは嫌いです、目の見えない人がわたしは好きで好きでたまりません、米友さん、後生だからその人のところを教えて下さい」
 女は物狂わしいようになって、泣き出してしまいました。もとうらも知ることのできない米友は呆気あっけに取られて、得意の啖呵たんかを切って突き放すこともできません。それのみならず、この突然な、無躾ぶしつけな来客の、人に迫るような言いぶりのうちに、なんだか、哀れな、いじらしいものがあるような心持に打たれて、米友はおこっていいのだか、同情していいのだか、自分ながらわからない心持で、眼を円くしているほかはないのであります。
「おいらには、わからねえ」
 米友は無意味にこう言って、首を左右に振りながら眼をつぶりました。
「わからないことはありません、お前は、きっと知っているはずなのに、これほどに言っても、お前はわたしに教えてくれない、どうしても教えてくれなければ、わたしも了見があるから……わたしは世間から嫌われています、世間の人からいい笑い物にされています、それは、わたしが生れつきから、そんなであったんじゃありません、継母おっかさんが悪いんです、継母さんが、わたしをにくんでこんなにしてしまったのです、その前のわたしは、綺麗きれいな子でした、誰も、わたしをめない人はありませんでした、それだのに、継母さんのためにこんなにされてしまいました、わたしを見る人は、みんなわたしを嫌います、いい笑い物にします、それは無理はありません、ですから、わたしは人に見られるのは嫌いです、ですから、わたしがほんとうに好きな人は眼の見えない人だけなのです。ね、米友さん、わたしの心持がわかったでしょう、わかったら、教えて下さいな、後生だから、あの人のいるところを教えて下さいな、頼みます」
 女は平伏ひれふして、米友の前へ手を合わせぬばかりです。しかしながらこれは、いよいよ米友をけむに巻くようなものとなりました。
「おいらには、何が何だかよくわからねえが、お前の尋ねるその盲目めくらの先生はな……本当のことを言えばこの家にいるんだ」
「エ、この家に?」
「そうさ、この家においらと二人で隠れているんだが、今はいねえ」
「どこへ行きました」
「どこへ行ったか、おいらにもわからねえんだが、夜になると、おいらに黙って、そっと出し抜いて出かけてしまうのだ」
「まあ、どこへ行くのでしょう、そうして、いつごろ出かけて、いつごろ帰ります」
「いつごろ帰るんだろうなあ、朝になって見ると、ちゃんと帰ってるからなあ」
「あ、それではわかった、きっと吉原へ行くのでしょう」
「吉原へ?」
「お前に知れないように、吉原へ行って、またお前に知れないように、ここへ戻っているんでしょう」
「そうじゃねえ」
「それでは、どこへ何しに行きます」
「うむ、そいつは、ちっと言いにくいなあ」
 米友は頭を抱えて、畳の上を見つめますと、女はいっそう強く、
「言ってごらん、何を言っても、わたしは怒らないから」
「うむ、お前はいったい、あの盲目めくらの先生を、いい人と思っているのか、それとも悪人だと思っているのか」
「わたしは何だかわからない、善い人だか、悪い人だかわからないけれど、わたしは離れられない」
「あいつは、悪人だぜ」
 米友は抱えていた頭をもたげて、こう言いましたけれども、女はさのみ驚きません。
「どうして、あの人が悪いの」
「ありゃ、女が好きだよ」
「エ?」
「そうして、腕がいてるよ」
「それは知っていますよ」
「女が好きで、好きな女をみんな殺しちまうんだ――腕が利いてるからたまらねえ」
「米友さん、お前はそのことを本気で言っているの、それを知って、そうだといっているの、エ、それを、わたしが知らないと思ってるの」
「うむ――」
 米友は何か知らず、力を入れてうなりました。女は、米友の近くへ摺寄すりよって、
「さあ、言って下さい、わたしは少しも驚きません、あの人が、女を殺したということを、お前が知っているなら言って下さい、わたしも知っていることを言ってみせます」
「うーむ」
 米友が再び唸って、額にしわを寄せて、深い沈黙に落ちようとする時に、女は躍起やっきとなって、真向まとも燈火あかりおもてを向けて、さも心地よさそうに、
「だから、わたしは、あの人が好きなのです、あの人は、平気で人を殺すから、それで、わたしは、あの人が好きです、あの人は、若い女の血を飲みたがっているのでしょう、わたしが傍にいれば、人は殺さないのです、女は殺さないはずです、わたしが傍にいないから、それでほかの女を殺してしまいます、わたしと離れているから、それで咽喉のどが乾いて我慢がしきれないで、女を殺すんです、無理もありません、そうでしょう、毎晩、出かけるのは、吉原へ行くんじゃありません、ここから吉原へ行くんじゃありません、ここから吉原まで、あの人に往来ゆききができるわけがありません、そんなことをしたがる人じゃありません、あれは辻斬に出るのです、人を斬りに出るのです、それは今に始まったことじゃありません、甲府にいる時もそうでした、あの人は平気で何人でも殺してしまいます。ええ、わたしだけはよく知っています、どこで、どんな人を幾人斬ったということまで、ちゃんと帳面に記してあるんですから。それで今晩も出かけたのでしょう、どっちへ行きました、どの方角へ行きました、米友さん、これから、わたしをその方角へ連れて行って下さい」

         二

 ちょうど、その晩のことでありました。柳橋の、とある船宿の二階で、手紙を読んでいるのは駒井甚三郎であります。
「殿様、あの、お客様が参りました」
 取次いだのは、宿のおかみさんらしくあります。
「あ、待ち兼ねていた、ここへ通してもらいたい」
 駒井は読んでいた手紙を巻きながら、待っていると、
「御免下さりませ」
 おかみさんに案内されてそこへおもてを現わしたのは、年の頃五十恰好で、しかるべき大工の棟梁とうりょうといったような人柄の男でありましたが、甚三郎を見ると急に改まって、
「これはこれは駒井の殿様でござりましたか、これはお珍らしいところで、思いがけなくお目にかかりまする」
 うやうやしくそこへ両手を突いたが、驚きのうちにも、相当の親しみがあるらしい。
「寅吉、ほんとに暫くであったな」
「いや、もう、ずいぶん思いがけないことでございました、お手紙が届いてから、どなた様かとしきりに思案を致しては参りましたが、駒井の殿様とは、夢にも存じませんことでございました」
「まあ、ともかく、こちらへ入るがよい」
「それでは、御免を蒙りまして」
 寅吉と呼ばれた棟梁らしい男は、駒井の傍近く膝行にじり寄って、頭を下げました。
「相変らず壮健たっしゃで結構だな」
「はい、おかげさまで風邪一つ引きも致しませんが、いったい殿様は、その後、どちらにおいであそばしました。江川様にお目にかかった時お聞き申してみましたが、江川様も御存じがないそうでございました、多分、西洋の方へおいでになったんじゃなかろうかと、おっしゃってでございましたが、ここで殿様にお目にかかろうとは、ほんとに夢のようでございます」
「まあ、それを話すと長いことになるがな、拙者は今、房州に行っている」
「へえ、房州においででございますか、房州はどちらでいらっしゃいます」
「房州は洲崎すのさきじゃ、もと砲台のあった遠見の番所に隠れていたのが、仔細しさいあってこのごろ江戸へやって来た、うわさを聞くと、近頃そちは芝の江川のところに来ているそうだから、ぜひとも会ってみたい心持になって、あの手紙をつかわしたのじゃ、早速、出向いて来てくれてかたじけない」
「どう致しまして、そうおっしゃって下されば、伊豆が長崎におりましょうとも、いつでも出向いて参ります。私はまた小野様か、肥田様か、そうでなければ春山様……といろいろにお案じ申し上げて参りました」
「就いては寅吉、呼び立てたのは、ただ久しぶりでそちに会ってみたくなったのみならず、相談したいこともあってのことじゃ。それより以前に一つ、そちに対して申しわけのないことがある、と言うのは、あの清吉じゃ、あれは房州まで拙者と一緒に行ってくれたが、ここへ来る前の時に、行方知れずになってしまったわい」
「エエ、清の野郎が行方知れずになりましたか、あいつは人間が少し愚図ですからな」
「人間は朴直ぼくちょくであって、腕は、お前の秘蔵弟子だけに見所みどころのある男であったが、不意に行方知れずになった、手を尽して捜索したが、どうもわからぬ、あの辺の海は危険な海であるから、ことによると、波に捲き込まれたのかも知れぬ、いずれ帰った上で、またとくと捜索をせにゃならぬが、それについて、そちに頼みたいのは、そちの弟子のうちで、もう一人、あれに似たようなものを世話してくれまいか。いや一人より二人がよろしい、そちの見立てでしかるべきものを二人ほど連れて房州へ帰りたいものじゃ」
「よろしうございます、たしかにおひきうけ申しました」
 寅吉は、甚三郎の頼みを快く承知する。
「では、きまり次第に、その者をこの家まで向けてもらいたい、この家の主人あるじは、もと拙者の家来筋の者じゃ、不在でもわかるようにしておく」
かしこまりました、二三日中には必ず連れて参りまする。それはそうと、殿様には房州で何か、おはじめなさるんでございますか」
「あの海岸でひとつ、スクーネルをこしらえてみたいのじゃ」
「なるほど、それは結構でございます、殿様の御設計ならば、私共がなにも申し上げることはございませんが、材料と手間がいかがでございます、いっそ、石川島でおやりになったらいかがでございますな」
「万事はあちらで相当に間に合わすつもりじゃ、土地の若い者を集めて、相当に教え込んでも使えるだろうから。で、二三の友人に相談もして、その助力も受けることになっているから、秘密というわけにも参るまいが、なるべく表立たぬように、自分共の手一つで仕上げて、そして自分たちの自由に乗り廻せるようにしてみたいと思うている、それには石川島では都合が悪い、戸田へ行こうかとも思ったが、少々遠くもあり、差支えもあって、ついに房州洲崎の地を選んだわけじゃ」
「それはそれは。そういうわけでございましたら、とりあえず間に合いそうな人を差上げておきまして、おっつけ私共もすきを見てお邪魔に上り、殿様のお差図で働かせていただくと、私共も、どのくらい修業になるか知れません」
「お前が来て見てくれれば何よりだ、遊びに来てもらいたい」
「必ずお邪魔に上ります。それから、なんでございますか、そのお船は、どのくらいの大きさになさる御設計でございます」
「拙者は、今、二つの設計を持っているのじゃ、安政二年に、お前たちがこしらえたシコナと同じものにしようか、それとも、千代田型にのっとって、それに自分の意匠を加えてみようかとも思っている、どのみち、法式は西洋型のものじゃ」
「なるほど。そうしますと無論、軍艦でございますな」
「いいや、軍艦ではない、用心のために大砲を一門だけはのせてみたいが、軍艦にしたくないのじゃ。人も、さほど多く乗せる必要はないが、さりとて大海たいかいを乗り切って外国に行くに堪えるだけの、人と荷物とを容れ得るものでなければならん。長さは十七間余、幅は二間半、馬力は六十、小さくとも、その辺でなければなるまいと思うている」
「なるほど」
「まあ、これを一つ見てくれ」
 甚三郎は座右の書類の中から、一枚の折り畳んだ絵図面を取り出しました。
「ははあ、お見事なものでございますな」
 その絵図面は、駒井甚三郎が自ら引いた西洋型の船の絵図面であります。いま言った通り、スクーネル型の三本柱の船と、それから千代田型の細長い船とが、上下に二つ描かれてあるのであります。
 船大工の寅吉、これは豆州ずしゅう戸田の人で、姓を上田と言い、その頃、日本でただ一人と言ってもよろしい、西洋型船大工の名棟梁めいとうりょうでありました。
 寅吉は机の上にひろげた船の絵図面を熱心にながめているし、甚三郎もまた、ひたいを突き合わせるようにしてその絵図面をながめて、あれよこれよと、説明し質問し、質問がまた説明に代ったりしているうちに――もうかなりの夜更けであります。にわかに人の叫ぶ声があって、たしか第六天の前、それとも柳橋のたもとあたりの空気が、ヒヤリと振動したのが、ここまで打って響きます。
 それで寅吉は、我知らず後ろを振向きました。甚三郎は、なお絵図面の上を見ているが、それでも、耳をすまして何事かを聞かんとしているもののようです。
 ワッと崩れた人の声がこの時、また、ひっそりと静まり返ってしまいました。あまりに静まり返ったために、何となく、あたりいっぱいに漂う一道の凄気せいきが、ここの一間の行燈あんどん火影ほかげにまで迫って来るようでありました。ほどなく、
「ヤア!」
という気合の声と共に、チャリンと合わせたのは、たしかに霜にゆる刀の響きでした。駒井甚三郎は、絵図を手に取ってこうべを起して、その物音の方をながめます。ながめたところでそこは壁です。甚三郎はその壁の一方を見つめていると、寅吉は、やはり同じ方面を見つめて、押黙ってしまいました。
「ヤア!」
 二度目に気合の声があったのは、それからやや暫く後のことでした。
「斬合い!」
 寅吉が身の毛をよだてると、甚三郎は幾分か興味あるものの如く、その物音に耳を澄ましていましたが、やがて、
「面白い、ドチラも辻斬じゃ、辻斬同士が柳橋を中にして斬り合っているのじゃ、命知らずと命知らずが、ぶつかって、あそこで火花を散らしている」
と言いながら微笑しました。
 この時代においては、辻斬ということは、そんなに驚くべきほどのことではありません。深夜に一旦外へ踏み出せば、自分が斬られるか、或いは斬られて倒れているものを発見することは、さしてかたいことではありません。
 けれども、船宿の二階に離れていて、霜にゆる白刃の音を、遠音とおねに聞いているというような風流は、ちょっとないことです。本来、船宿の二階というものは、真剣勝負の白刃の響きを聞いているべきところではありません。江戸時代の船宿の二階というものは、もう少し違った風流の壇場だんじょうでありました。
潮来出島いたこでじまの十二の橋を
  行きつ戻りつ思案橋
 昔の船宿の船頭には、潮来節を上手にうたうものがありました。辰巳たつみに遊ぶ通客は、潮来節の上手な船頭をえらんで贔屓ひいきにし、引付けの船宿を持たなければつうを誇ることができませんでした。
 偶然とは言いながら、駒井甚三郎は、ここで軍艦製造の相談をしなければならないのは、駒井その人が無風流なる故ではありません。文化文政の岡場所が衰えても、この時代の柳橋は、それほど江戸っ児の風流を無茶にするものではありませんでした。川開きの晩に根岸鶯春亭おうしゅんていあたりへ逃げて行くほどの風流は、持っていたはずであります。不幸にして、今宵は元の駒井能登守が、見慣れない絵図面を拡げて、スクーネルの、君沢型の、千代田型のと言っている時に聞えたのが生憎あいにく常磐津ときわずでもなく、清元きよもとでもなく、いわんや二上にあが新内しんないといったようなものでもなく、霜にゆる白刃の響きであったことが、風流の間違いでした。
「ははあ、られたな、相手は一人じゃないわい、どのみち、辻斬をして歩くほどの乱暴者だから、おたがいに倒れるまで未練な助けを呼ぶようなことがない、ましてやこの際、仲裁に出るものがあろうとも思われない、夜番や巡邏じゅんらが通りかかっても、見て見ぬふりして通り過ぎるだろう。こりゃ幾人いるか知れんが、この斬合いは長そうじゃ、出て見たらかなりの見物みものであろうわい」
 駒井甚三郎は、何か自分ももどかしそうに、むしろその斬合いの音に興味を持って耳を傾けているが、寅吉は、さすがにかお真蒼まっさおにして拳を固めています……かくて暫くする時、この船宿の表の戸に突き当る音、続いてバッタリと人の倒れるような音がしました。

         三

 ちょうど、この晩のこの時刻に、長者町の道庵先生が茅町かやちょうの方面から、フラフラとして第六天の方へ向いて歩いて来ました。
 いったい、この先生は、こんなところへ出て来なくってもいい先生であります。なるべくは、真剣の場所へは出したくないのですが、こういう先生に限って、出るなと言えば出てみたがり、出てもらいたい時には沈没したりして、世話を焼かせる先生であります。
 いかに先生だとはいえ、身に金鉄のよそおいがあるわけではなく、腕に武術の覚えがあるわけではなく、時は、この物騒な江戸の町の深夜を我物顔わがものがおに、たった一人で歩くということの、非常な冒険であることを知らないわけはありますまい。知ってそうしてその危険をおかすのは、つまり酒がさせるわざであって、先生自身の罪ではありますまい。ただしかし、一杯機嫌で、この真夜中にフラフラと歩き出して前後の危険をも忘れてしまい、ただ無性むしょうにいい心持になっているほどに、先生の飲みッぷりは初心うぶなものではないはずだから、何か特別に嬉しいことがあっての上でなければなりません。
 先生が唯一の好敵手であった鰡八大尽ぼらはちだいじんは、あの勢いで洋行してしまったし、それがために、隣の鰡八御殿は急にひっそりして、道庵の貧乏屋敷に一陽来復の春が来たのはおめでたいが、単にそれだけの嬉しまぎれに、ほうつき歩くものとも思われません。
 さりとて、また今時分になって柳橋あたりへ、飲み直しに行こうとするものとも思われない。第六天の神主の鏑木甲斐かぶらぎかいという人が、かなりける方で、道庵とも話が合うのだから、これから興に乗じて、その人をそそのかそうという企らみのように解釈するのも、余りに穿うがち過ぎているようです。
 これは先生のために、極めて真面目に解釈して、先生が深夜、急病人からの迎えを受けて、切棒の駕籠かごにも乗らず、お供の国公をも召連れず、薬箱も取りえずに駈けつけて、下地したじのあるところへ病家先の好意で注足つぎたしをし、その勢いに乗じて、長者町へ帰るべきものを、どう間違ったか柳橋方面へうろつき出したと見るのが親切で、そうして至当な観方でありましょう。
 いつぞやも言う通り、平常はぐでんぐでんの骨無しみたような先生だが、ひとたび職務のことになると、打って変った忠実精励無類の先生のことだから、天下が乱れようとも、行手に危険がわだかまろうとも、深夜であろうとも、辻斬が流行はやろうとも、ひとたび病家の迎えを受けた以上は、事を左右に托してそれを謝絶ことわるような先生ではありません――武士が戦場へ臨む心で、こうしてほうつき歩くのであります。
 好い心持で、独言ひとりごとを言いながら、第六天の前まで先生が来た時に、
「えーッ、危ないよ」
 路次のところから、警告を与える声がありました。
「誰だい、危ねえと言ったのは誰だい、拙者は長者町の道庵だよ、十八文だよ」
「先生、危ねえ、いま柳橋で斬合いが始まってるんだ、そっちへおいでなすっちゃいけません」
「ナナ、ナンダ」
 道庵は酔眼をみはって、路次口の暗いところを見込むと、縁台の下に隠れて、そこから先生に警告を与えたのは、やはり、先生の名前を知っている地廻りの若い者と思われます。
 それを聞くとどうしたものか、先生の気がたちまち大きくなりました。
「ナ、ナニ、斬合いだ、斬合いがどうしたんだ、ばかにしてやがら、斬合いなんぞにおどっかする道庵とは道庵が違うんだ」
「先生、いけませんよ、そんなことを言ったって駄目ですよ、さむれえが三人で斬り合ってるんだ、早く、こっちへ来て、路次へ隠れておいでなさい。駄目だよ、駄目だよ、そっちへおいでなすっちゃ駄目だというのに」
はばかりながら、どこへ出たって押しも押されもしねえ道庵だ、腕くらべなら持って来てみな、そう申しちゃなんだが、人を殺すことにかけては、当時、道庵の右に出でる者は無え……道庵が長者町へ巣を食って以来このかた、道庵のさじにかかって命を落した者が二千人からある」
「困っちまうな先生、そんなことを言っている場合じゃありませんぜ」
 せっかくの親切を無にして道庵先生は、フラリフラリと第六天の前へさしかかりました。
 そうすると第六天の鳥居の蔭に、一団ひとかたまりになって息を殺している人影が、通りかかる道庵を認めて声を立てないで、手を上げてしきりに招くのが道庵の眼に留ったから、道庵もひょいとそちらを向きました。その時に一団の中から、いきなり飛び出して来た一人の男が、いきなり道庵の手首を取って、だまって鳥居の方へ引きずって行こうとします。道庵はその手を振り切ろうとしたが、なにぶん腰が据わらないので、思うようにならないところを、男はまた一生懸命で、道庵を引張り込もうとします。そうなると道庵は面白半分に、駄々をねる気になって、足をバタバタさせながら、行かじとします。けれども、道庵を引張りに来た男は、たしかに一生懸命で、これもやはり地廻りの一人でありましょう、道庵をそれと知ったもんだから、自分も怖い中から飛び出して来て、何も知らない道庵のために、行手の危険を防いでやろうとする親切であります。
 それも口を利くとあぶないから、黙って遮二無二しゃにむに、道庵を引張り込もうとするが、道庵はいま言う通り、ワザと足をバタバタさせて、駄々を捏ねるのだから始末におえません。親切に引張り込もうとした男は、いよいよあせって力の限り引張ると、道庵はまた、いよいよ面白がって、
「なにがしは平家の侍、悪七兵衛景清あくしちびょうえかげきよと、名のりかけ、名のりかけ、手取りにせんと追うて行く……三保谷みほのやが着たりける、かぶとしころを取りはずし、取りはずし、二三度逃げのびたれども、思う敵なればのがさじと、飛びかかり兜をおっとり、えいやと引くほどに……」
 面白がって道庵は「景清」のうたいをおっぱじめました。
「先生、謡どころじゃありません、やってますぜ、やってますぜ、斬合いが始まってるんだから、早くこっちへ逃げておいでなさいまし」
 ようやく小さな声で、これだけのことを言って、最後の力で引張り込もうとしたが、この場合において三保谷の方が、役者が一枚上であったから始末にゆきません。腕からすべって羽織の裾に取りつき、錣引しころびきが草摺引くさずりびきになったけれども、このたびの朝比奈もまた、あまりに意気地のない朝比奈で、五郎時致ときむねは、またあんまりふざけ過ぎた五郎時致でありました。
「先生、怪我があっても知りませんぜ、しっかりしなくっちゃいけません」
 せっかく、飛び出した男が持て余している時に、柳橋の角から、星明りの闇夜やみよに現われた人影が一つ、蹌々踉々そうそうろうろうとして此方こなたに向いて歩いて来ます。その手にしている秋の尾花のような白刃が、星明りの闇にもきらめいて、足許のあぶないのは、たしかに重い手傷を負うているものと見られます。それと見た男は道庵を突き飛ばして、あわてて第六天の社内へ逃げ込みました。突き飛ばされた道庵は、あやうくそれを残して踏み直り、これも千鳥足。向うから歩いて来る千鳥足と、こちらから歩いて行く千鳥足とは、同じ足許があぶないながら、たしかに性質が違います。その辺にいっこう御夢中な道庵先生の危ないこと。
 暗いところで、よくわからないが、右の手に刀をぶらさげたままで、左の手を以て、右の肩の上をしっかりと押えて、真蒼まっさおかおをしてフラリフラリと歩いて来るのは、年の頃はまだ若い、袴を着けたさむらいであります。
 出合頭であいがしらに、それとぶっつかった道庵は、
「やア、危ねえ!」
 この時ひとたまりもなく、後ろへひっくり返ってしまいました。けれども、それは、一刀の下にきりふせられたのではありません。鉢合せをして打倒ぶったおれたまでのことで、道庵が痛い腰をさすって起き直ろうとした時に、先方のさむらいも同じく後ろに打倒れていることを認めました。しかも、酔っぱらっている道庵は、ともかくも起き直る余裕があるのに、向うへ打倒れたさむらいは、起き上る気力がありません。
「気をつけてもらいたいね」
 道庵はこう言って起き上り、倒れた先方の人のところへ行って見ると、その人は虫の息です。道庵は、よくそんなところへ出会でっくわせる男で、いつぞやも伊勢参りをした時に、やはり、こんなような鉢合せから始まって、宇治山田の米友という珍物を掘り出したのは、この先生の手柄であります。
「そーら見ろ、悪いいたずらをすると罰が当るぞよ、世界の立て直しだぞよ」
と言いながら、虫の息で倒れている人の傍へ寄って見て、
「やア、やられたな、右の肩先をバラリズンとやられたな、手傷を押えて、フラリフラリとここまで、やって来たところを、拙者と鉢合せをしたために手傷が裂けて、こうなったのはまことにお気の毒だ、まあ待ち給え、拙者がお手のもので、ひとつ手当をして進ぜるから」
 道庵は手負ておいいだき起して、一方には自分の羽織を脱いで、その肩先の創口きずぐちをしっかりと捲き、血留めをしておいて、さて応急の手当を試みようとしたけれど、遺憾ながら、それはもう手後れでありました。打倒れた途端に、斬られた右の肩先から、ほとんど全身の血を土に飲ませてしまい、道庵先生の羽織一枚は、グチャグチャになってしまい、みるみる、そのさむらいのかおは蝋のように変じて、道庵に抱えられながら、虫の息が、ついに断末魔の息となり、やがて眠るが如く縡切こときれてしまいました。
 ここで道庵が人を呼ぶか、どうかすればよかったのだが、この時分は、酔眼いよいよ朦朧もうろうとして、意地にも我慢にも眠くなって堪らないようでした。斬られたさむらいの屍骸を抱え込んで、どう始末しようという当てがあるでもなく、朦朧たる酔眼を、幾度も幾度もみはって、
扁鵲へんじゃくの言いけらく、よく死すべきものを活かすにあらず、よく活くべきものを活かしむるなり」
 こんなことを言いながらも、多少は正気があると見えて、有らん限りの力を入れて、その死骸をせめて往来の片端へでも運んでやろうと、努力を試みているもののようです。しかしながら、それは蟻が一生懸命で生殺なまごろしのあぶに取りついているように、ズルズルと引張っては、またはなしてしまい、また引張っては離れ、離れては引張り、引張っているうちに自分の腰が砕け、砕けた腰がまたはまると、揉手もみでをして取りつき、右が入って抱き込んだかと思うと、勝手が悪いと見えて捲き直してみたり、諸差もろざしになったから、もうこっちのものと思っている途端に、また自分の腰がグタグタと砕けて、力負けをしてしまったり、本人は一生懸命のつもりだろうが外目よそめで見れば、屍骸を玩具おもちゃにして四十八手のうらおもてを稽古しているようで、見られたものではありません。
 けれども、このひと角力ずもうも、もうヘトヘトに疲れきって道庵は、屍骸のわきの下へ頭を突込んだかと思うと、やがてグウグウいびきを立てて寝込んでしまいました。

         四

 一方、駒井甚三郎は、船宿の表の戸に突き当った物音を聞くと、沈着な人に似合わず、立ち上って、それを諫止かんししようとする寅吉に提灯をつけさせ、二階の梯子を下りて、表口の戸をあけて外へ出ました。戸をあけて一歩外へ出ると、ぷんとして血の香いが鼻をちます。
 甚三郎が提灯を突きつけて見ると、つい土台石の下にのめっている一つの血腥ちなまぐさい死骸があります。長い刀は一間ばかり前へ投げ出しているのに、左の手では手拭を当て、額をしっかりと押えて、その押えた手拭の下から血がにじみ出しておもてを染めているから、その人相をさえしかと認めることはできないが、まさしく相当のさむらいであります。
 駒井甚三郎は、傍へ差寄ってしらべて見ると、すーっとひたいから眉間みけんまで一太刀に引かれて、あっと言いながら、それを片手で押えて夢中になって、ここまで、よろめいて来たものと見えます。よろめいて来て、人の家の戸口と知って、刀をほうり出して、その手で戸を二つ三つ叩いたのが最後で、ここに打倒れて、そのままになったものに相違ないと思われます。
 もはや、どうしようにも手当の余地はないと見た駒井甚三郎は、かかわいを怖れてそのまま戸を閉じて引込むかと思うと、そうでなく、提灯を持って、スタスタと柳橋の方へ進んで行きました。寅吉も、駒井が出て行くのに自分も隠れていられないから、甚三郎のあとを追おうとすると、
「寅吉、お前は危ないから出て来るな」
「殿様こそ、お危のうございますよ」
「出て来てはいかん、しきいより出てはならぬと言うに」
 甚三郎は寅吉を抑えて、表へ出さないようにして、自分だけは提灯をさげて橋の方へ出直しました。
 閾の中にいて、戸の間からかおだけを出した寅吉は、安からぬ色をして駒井甚三郎の後ろ姿を見送っているが、その心配のうちにも、また安んずるところがあるのは、それはこの殿様が、もとより武芸にかけて何一つおろそかはないが、ことに鉄砲にかけては、海内無双かいだいむそうであるということを知っているからであります。そうして、懐中には、いつもその時代最新式の、外国から渡った短銃を離したことのないのも知っているからであります。
 駒井甚三郎は、向うへ歩んで行きながら提灯ちょうちんの光で地面を照して、気をつけて見ると血汐ちしおのあとが、ぽたりぽたりと筋を引いているのであります。斬合いは、たしかに柳橋の上で起っている。どちらがどうともわからないが、その人数は一人ではなく、たしか三人以上の斬合いになっている。もし三人とすれば、必ずや一方は一人、一方は二人であるに相違ない。自分のいるところの門口へ来て倒れたのは、そのうちのどちらか知らないが、まだ二人はたしかに橋の上に残っているはずである。負傷して橋の上に残っていなければ、どちらへか逃げて行ったものであろう。逃げて行ったとすれば、その二人で、この一人を討って立退いたものであろうが、それにしては卑怯である。喧嘩か、意趣か、辻斬か知らないが、二人で一人を斬って、その最期も見届けずに逃げてしまうのは腰抜けである。それはあるべからざることだから、多分、その二人も傷ついて、そこらにたおれているだろう。駒井甚三郎は、そう思ったから、現場を見届けるために橋の上まで来て、提灯を差し出すと、果せるかな、橋の欄干にしがみついている一個の人影を認めることができました。
 駒井甚三郎は、その橋の欄干にしがみついている人影に提灯を差しつけて見ると、それもしかるべき、若いさむらいでありました。
 前のは、ともかくも向う傷であったが、これは斬られて後に欄干にしがみついたのか、逃げ場を失うて欄干にしがみついたところをやられたのか、うし袈裟げさに、ザックリと思う壺に浴びせられて、二言にごんともなく息が絶えている形であります。その死物狂いで欄干へとりついたのが、木の枝にかじりついたせみのぬけ殻と同じような形であります。
 駒井はとくと提灯の光で、それを見届けた上に、なおおもむろに橋の上を進んで行くのであります。その進んで行く橋板の上はベットリと血だらけですから、ややもすればそれにすべって、足をさらわれようとする間を選んでしずかに歩きました。
 左には両国橋が長蛇の如く蜿蜒えんえんとしている。右手は平右衛門町と浅草御門までの間の淋しい河岸で、天地は深々しんしんとして、神田川も、大川も、水音さえ眠るの時でありました。
「駒井の殿様」
 堪り兼ねたと見えて寅吉が、あとを慕うて来ました。
「お危のうございますよ」
 駒井甚三郎は提灯を差し上げて、寅吉の方を照しましたけれど、その時は、もう来るなと言ってとめはしません。
「あッ」
と言って、寅吉は、その橋板に流されている血汐に辷りました。お危のうございますという口の下から、自分が危なく打倒れようとして橋の欄干に取縋とりすがった、ついその隣は、例のしがみついた屍骸でしたから、ふるえ上って飛び退きました。
「駒井の殿様、あんまり進み過ぎて、お怪我のないように」
 寅吉は橋を渡りきることができないでいたが、駒井甚三郎は頓着なく、橋の向うの板留まで歩いて行きました。
 そこで、ゆくりなく拾い上げたのは一口ひとふりの刀であります。それを駒井が提灯の光で見ている時、今まで眠れるもののように静かであった大川の水音が、にわかにざわついてきました。潮が上げて来たものでもなく、雨が降り出したわけでもなく、水の瀬が開ける音がしたのは一隻の端舟はしけが、の音も忍びやかに両国橋の下を潜って、神田川へ乗り込み、この辺の河岸かしに舟を着けようとしているものらしい。拾い上げた刀を見ていた駒井は、早くもその舟を認めました。刀を照らした提灯の光で、今時分、河岸へつけようとした怪しの舟の何者であって、どこから来たものであるかを確めようとしました。
 それを怪しいと見たのはおたがいのことで、ここまで乗りつけて来た小舟の船夫せんどうはまた、櫓を押すことを休めて、橋上をきっと見上げました。
 この深夜に、長い抜刀ぬきみを片手にかざしながら、橋上にただ一人で突っ立っている光景は、舟の中から見ても穏かなる振舞とは見えません――それで、手を休めて、橋上の人のなさん様を眼も離さず見ていたが、この小舟の中には、この船夫一人ではありません。他に一人の客があって、その客人もまた、船夫と同じような怪しみと熱心とを以て、橋上の人を見つめているのであります。
 それがために、せっかく、河岸へ着けようとした舟は河岸へ着かず、神田川を出でて大川に合せんとするところの波に揉まれて漂うています。この怪しい舟の船夫せんどうというのは小柄な男で、一人の乗客というのは頭巾をかぶった女のような姿の人。申すまでもなく、船夫はすなわち宇治山田の米友で、お客はとりも直さずお銀様でありました。
 こうして橋の上と下とでは、無言のままに睨み合いをしていました。駒井甚三郎は提灯の光で、その怪しの舟と、乗組の何者であるやを見極めようとしたけれども、提灯の光は充分にそこまで届きません。舟の中なる米友は、同じ提灯の光をたよりに橋上の人を見つめているけれど、提灯の光は朦朧もうろうとして、思うようにその人の面影おもかげをうつしてくれません。
 その時に駒井甚三郎は、ふとおのれの後ろで人の足音を聞きとがめたから、橋下をのぞんでいた提灯を振向けました。つい、自分の後ろ十間とは隔たらないところに、またしても一個の人影があります。
 それは船大工の寅吉ではありません。寅吉とは全く違った両国広小路方面から歩いて来たものです。それも駒井のここにいることを認めて、なるべく忍び足で近づいて来たものと見えました。
「誰じゃ」
 この時は駒井甚三郎が、猶予なく言葉をかけました。
「そなたは誰じゃ」
 その返事は、まだ少年の声であるらしい。
「何用あって、この夜更けに」
 駒井は再びとがめ立てすると、
「そなたこそ、何御用あってこの夜更けに」
 少年は甚三郎に反問して来ました。
「橋の上が騒がしい故に、出て見たところであるわい」
「橋の上を騒がしたのは、貴殿ではござらぬか」
 少年はジリジリと、二三歩進み寄ります。
「拙者ではない……見受けるところ、そなたはまだ少年のようじゃ、橋の上が騒がしいと知って、一人でここまで来られたか、それともつれがあって来られたか」
 駒井甚三郎は提灯を高くして、その少年の姿を見ようとしたけれど、やはり充分に光が届かないのが残念です。
「いかにも、私には三人の連れの者がありました、途中においてその者の姿を見失いたるが故に心許こころもとなく、これまで追いかけて参りました」
「おおその三人は……ここに斬られている、多分、これらの人たちがそれではないか」
「ええ?」
 離れている少年は、その時に、つつと橋板の方までせ寄って来ました。しかしながら、刀の鯉口は切って、むしろ、駒井甚三郎を斬らんとして飛びかかって来るもののようです。駒井は提灯をたてに、その鋭鋒を避けんとするものであるかの如く見えます。
「その斬られた人々は、いずれにござります」
「これへおいであれ」
 甚三郎は自身、橋の上へ引返して案内しようとする。それと並び寄るかのように少年は、刀のつかに手をかけて、
「貴殿はそもそも、いずれのお方でござる」
 こう言って詰問のていであります。返答の出ようによっては、たちどころに斬ってかかろうとする事の体でありました。駒井甚三郎は提灯をかざして、やはり、その少年の鋭鋒を避けるようにしながら、
「拙者はこの附近に住居すまい致す者でござるが、そういう御身は、いずれよりおいでなされた」
 そこで、提灯の間に、二人のかおが合いました。いずれも覆面はしておりません。かすかながら提灯の光は、二人の面差おもざしを映し出すに充分でありました。
「おお、其許様そこもとさまは駒井能登守殿ではござりませぬか」
 少年は、驚きあきれた音声です。
「宇津木君ではないか」
 駒井甚三郎もまた呆れがおです。この少年は宇津木兵馬でありました。駒井甚三郎と宇津木兵馬との会見は、滝の川の西洋火薬製造所以来のことでありました。
 二人はまた意外のところで、意外の奇遇を喜びました。兵馬の語るところによれば、兵馬は、ついこの川向うの相生町の老女の家にいて、今夜は同宿の三人のさむらいを尋ねて、このところまで来たということであります。
 その三人の同宿というのは、某藩の士分の者であるが、近頃、老女の家に寄寓して、番町の斎藤の道場へ通っておりました。しかるにこの三人が、どうも辻斬がしたくてたまらない様子が見える。近頃しきりに両国橋あたりに辻斬があるとのうわさを聞いて、どうも腕が鳴ってたまらないらしい。三人が相談してこの二三日、夜な夜な出歩きをすることが兵馬の眼にもよくわかりました。
 兵馬の眼から見れば、彼等はまだまだ辻斬をして歩く腕ではない――別段に、辻斬をして歩く腕というのがあるべきはずのものではないけれど、どうも剣呑けんのんに思われてたまらなかった。しかし、兵馬は自分も夜な夜な出歩くことが多いことによって、彼等の相談に乗る隙もなかったし、それを忠告する余裕もありませんでした。
 今夜、夜更けて染井方面から帰るとて、両国橋の上で、兵馬は、ふと彼等三人とすれ違いになりました。彼等は兵馬を見ると、逃げるようにして通り抜けるから、それを見送って兵馬はやり過しはしたけれど、また好奇心にも駆られ、心配にもなって、わざと引返して彼等のあとをつけてみようと、広小路まで来たけれども、ついにそこで三人の姿を見失ってしまったということでした。
 一旦、郡代屋敷の方面へ行って見た後に、また引返して、柳橋の方へ出て見ると、そこの橋上に立っている人がある。提灯こそ提げているが、手に抜刀ぬきみを携えている事のていが尋常でない。そこで誰何すいかしてみたその人は、元の駒井能登守であった。
 という話の筋を聞いて駒井甚三郎が、なるほどと思い、
「橋の上に一人、船宿の前に一人、都合二人だけ斬られている、もしや、そなたの尋ねる人かも知れぬ、検分なさるがよい」
 甚三郎が先に立って、提灯を照らして兵馬を導いたところは、まず橋の欄干に蝉のぬけ殻のようになって、しがみついている一人のさむらいです。
「あ、これだ、これに相違ござりませぬ、これは田村左四郎と申す某藩の士でござりまする。ああ、無惨なことを致しました」
 兵馬は眉をひそめて、後ろ袈裟に斬られた田村の無惨な殺され方をながめていましたが、
「さて、もう一人はこちらに、真甲まっこうを割られている」
 駒井は橋を渡り返して、かの船宿の前へ来て見ると、前に言う通り、真甲の傷を手拭で押えたまま、刀を投げ出して仰向けに倒れています。
「あ、これは多賀六郎と申す某藩の者、以前は蜊河岸あさりがし桃井もものいの道場で、相当の腕利うでききでござりましたのに」
 兵馬は、やはり無惨極まる思い入れで、その斬られぶりをよく見ておりましたが、
「して、もう一人、余語よごと申すやはり某藩の者がおりましたはず、その者の姿は見えませぬか」
と言って四辺あたりを見廻しました。
「まだ一人あったとすれば、それは、やはり斬られているのか、逃げたか」
と駒井も不審がって、そこで三人が一緒になって、もう一人の行方を探そうとして、橋の方へ小戻りして来ました。
 それから橋上へ取って返した時分に気がつくと、さいぜん橋の下までやって来た怪しの舟は、もう見ることができません。再び大川へ出てしまったのか、それとも橋をくぐって神田川をさかのぼったのか、いつのまにか見えなくなったけれど、それはこの場合、いて探究してみなければならないほどのことではありません。
 駒井甚三郎は、その時にこんなことを言いました、
拙者わしが甲府にいる時分、あの城下で、ひとしきり辻斬沙汰が多かった、士分、百姓町人、女まで斬られた、ずいぶん、むごたらしい殺し方をしたものだが、腕は非常にえていた、百方捜索したが遂にわからなかった。あとで聞くと、その斬り手はかく申す駒井ではないかと疑うた者があるそうじゃ、駒井を除いては、あれほどに手が利いて、そうして斬り捨てて巧みに姿を隠すことのできようものが、甲府の内外にあろうとは思われぬ、新任の駒井能登守が、新刀試あらみだめしのために、ひそかに城を抜け出でて辻斬を試みるのだろう、さもなければ広くもあらぬ甲府城下のことだから、おおよその見当がつかねばならぬはず……というわけで、駒井の身辺をしきりに警戒していた者があったとやら。駒井は虫も殺せぬ男のつもりだが、甲府城下ではそれほどに剣呑けんのんがられたことがある。辻斬というものは、一度味を占めるとやめられないものだそうだな、一度が二度、三度となると度胸もわって、毎晩、人を斬らねば眠られぬようになるそうな」
 こんなことを言いながら、橋板の上の血痕をよくよく辿たどって見ると、その一筋が、平右衛門町から第六天の方へ向いています。それを伝って行ってみると、第六天のやしろの少し手前のところの路傍に、物の影が横たわっているのをたしかめました。さてこそ! 近寄って見るとしかもその屍骸が一箇ではなく、折重なって二つまであるらしいことが、まず三人のきもを冷しました。それではここまで追蒐おっかけて来て刺違えたのか、ともかくも当のかたきを仕留めたものと見える。そう思っていると、またも三人の度胆を抜いたことは、その死屍の中からいびきの声が起ったことであります。これには駒井甚三郎も、宇津木兵馬も、上田寅吉も一方ならず驚かされないわけにはゆきません。いかなる大剛の人でも、斬り伏せられて鼾をかく人は無いはずです。また人を斬っておいて、鼾をかいて寝込んでしまう人もあるまじきものです。
 さすがの三人も、これには驚き入って、ずかずかと近寄りしらべて見ると、下になっている一つはまさしく斬られている人ですが、その斬られている人のわきの下に首を突込んでいる他の一人が、まさに大鼾をかいているのであります。何のことだか、さっぱりわけがわからないながら、下になっている屍骸を検分するには、ぜひとも、その上になっている鼾の主を取り退けなければなりません。
「これこれ、お起きなさい」
 兵馬は、その背中を叩いて、身体をゆすぶると、ようやくにして起き上ったその人は、一見して兵馬もそれと知る長者町の道庵先生でしたから、あいた口が塞がりません。

         五

 その翌朝、練塀小路ねりべいこうじの西の湯というのへ、見慣れない一人の客が、一番に入って来ました。
 この客は差していた両刀をからげて、無造作に二階番頭に渡して、着物の帯を解きはじめます。見慣れない人ではあるけれども、この辺は旗本だの、御家人だのというものの屋敷が多いから、こんなお客が早天に飛び込んで来たからとて、大して物珍らしいというわけではないが、両刀こそ差しているけれど、また身なりとてさほどに落ちたものとも見えないが、ただ異様なのは、この客が盲目めくらの人であることです。盲目であるにかかわらず、いつのまにやって来たか、番台では何とも挨拶のないうちに、早くも二階へ姿を現わして、二階番頭を驚かせたことであります。
 それから、人手も借りずに衣類を脱ぎ捨てて、梯子を降りて浴槽へ行く挙動が、ちょっと盲人とは受取れないようです。入って来た瞬間は、いかにも病み上りのような弱そうな人に見えたが、裸体はだかになった筋骨は、さほど衰えたものではありません。
 二階番頭の老爺は茶道具を整理して、炉の上に茶釜をかけながら、ちょっとばかり首をひねりました。朝湯にしても、夕湯にしても、湯屋のお客は、その縄張りと面触かおぶれが大抵きまったものであります。湯屋の主人と番頭とは、大抵そのお客の面と身分柄とをわきまえているから、たまに新顔の客が来る時は、多少の用心をします。板間かせぎは、どうしてもその新顔の客の中から出るものであるから、その用心もまた無理ではないが、今日のこの早朝の客は、全く新顔であって、全く別な意味で番頭の目を引きました。
 しかしながら、僅かの間を置いて朝湯に飛び込んで来た、吉原帰りらしい二人の御定連ごじょうれんの騒々しい梯子段の上り方で、急に二階番の老爺も興をさましてしまいました。
 湯屋の二階は、一種の倶楽部クラブでしたから、新聞の種になるほどの噂は、まずこのところでさまざまに評判されました。色里から朝帰りの若い者共は、まずこの湯屋へ立寄って、家の首尾の偵察ていさつを試みて、それから帰宅する足場としている。こうしてこの定連の朝湯客のなかには、威勢よく飛び込んで、すぐにトントンと浴槽へ降りて行く者もある。湯はそっちのけにして話し込んでしまう者もある。甚だしいのは、前日の将棋の遺恨忘れ難く、朝湯もそっちのけにし、朝飯を顧みるいとまなく、ついに午飯ひるめしの時になって、山の神に怒鳴り込まれ、あわてて飛び出すものもある。そこで二人三人、知ったかおが見えると、昨晩の柳橋の辻斬の話であります。前の晩、柳原で女が殺されたことは、この辺は管轄違いか知らん。それとも、昨晩の柳橋の出来事が大きかったために、それに食われたものか。柳橋の上で侍が三人まで斬られていたということ、その場へ現われて狼藉者を追い散らしたのが長者町の道庵先生であったというようなことから、辻斬に次での道庵先生の評判が呼び物になりました。ところが、威勢よく、その時に二階へ上り込んで来たのが、今も噂の主の道庵先生その人でありましたから、集まっていたものが、やんやと喝采しないわけにはゆきません。
「いよう、長者町の先生」
 彼等は、おのおの席を譲って、下へも置かぬもてなしであります。
「先生、昨晩はまたエライ働きをなすったそうで、いつもながら、先生のお手並には恐れ入ったものでげす。ただいまも、みんなその噂をしておりました、なんでも先生は、ああして猫をかぶっておいでなさるんだが、実は、中国のしかるべき家中の御浪人で、武芸十八般、何一つ心得ておいでなさらぬのはないという評判でございますよ。本業のお医者さんの方は、界隈かいわいきっての名人でいらっしゃるし、それに西洋の方の学問まで、ちゃあんと呑込んでおいでなすって、それを知っているともいう面をなさらないところが、お見上げ申したもんだ。いつぞやはまた上野の山下で、持余もてあまものの茶袋を、ちょいと指先をつまんで締め上げて、ギュウと参らせてしまったところなんぞは、どのくらい柔術やわらの方に達しておいでなさるんだか底が知れねえ。昨晩は昨晩で、また命知らずの浪人が何十人というもの、第六天の前から柳橋へかけて斬り結んでいたところへ、先生が通りかかって、一声、言葉をかけると、散々ちりぢりバラバラ逃げ去ってしまったということでございますね、どこへ行ってもその評判で持ちきりでございますよ。実際、あの先生は、ああしてふざけておいでなさるけれど、学問といい、武芸といい、まあ昔で言えば由井正雪といったようなお方だが、世が世だから、ああして酒に隠れてふざけておいでなさるんだ、町内ではあの先生を大切にしなくっちゃならねえ、あの先生こそ町内の守り神だって、みんなでそう言ってたところですよ」
 まんざら、おひゃらかすとも見えないように真顔まがおになって、先生をめ立てたから堪りません。
「そんなでもねえのさ」
 道庵先生は、ニヤリ笑いながらあごを撫でて、
「まあ、話半分に聞いてもらいましょうよ。よく言ったものさ、やぶにもこうの者と言ってね、藪は藪なりに、時々功名手柄をするところがおかしいのさ。昨夜なんぞはお前さん、拙者が通り合せなくてごろうじろ、たしかに焼討ちだね。あのなかにはお前、日本で無双の砲術の名人が隠れていたんだぜ、それがお前さん、舶来のカノーネルというやつを引張り出して柳橋のたもとへ据えつけ、これから向う岸へぶっ放そうというところへ、折よく拙者が通りかかって、はばかりながら長者町の道庵だ、と名乗りを揚げて、不足であろうが十八文に免じて拙者に任せてもらいたい、こう言って柳橋の真中へ大手をひろげて突立ったものさ、そうすると、やはりなかには相当のわかった奴もあって、よろしい――ほかの人では任せるというわけにはいかねえが、道庵なら任せてもよろしい――」
「先生、もうたくさんです、そのくらいにしておいていただきましょう」
 堪り兼ねたのが両手をかざして、先生の口を抑えようとします。そこで大笑いになりましたが、その間に道庵は大あわてにあわてて、脱いだ衣裳を棚へ押し込んで鍵もかけず、浴槽へ向って逃げるが如く駈け下りました。
 あとでは、やはり腹を抱えて笑ったものがあるけれども、それでも先生の人徳で、誰もその法螺ほらをにくがるものもなく、あえて軽蔑しようとする者もありません。ああ言って眼に見えた法螺を吹いては、しょげ返ってしまうところが先生の身上だ、あれがエライところだと言って、よけいなところへ有難味をつけるものもありました。
 ところへ、湯から上って来た人があります。それはさいぜん、朝湯のの一番に入浴した見慣れない盲目めくらの人でありました。いつのまに上ったか、もう棚の中から着物を取り出して帯を締めて、二階番のところへ行って預けた大小を受取ると、若干の茶代を置いて、煙の如く梯子段を下りて消えてなくなりました。
 二階番も最初から怪訝けげんな面であるし、居合わせた定連の者も、呆気あっけにとられてそれを見送って、面を見合わせました。
「盲目だね」
「盲目にしてはおそろしく勘がいい」
「梯子段から上って来て、すーっと消えてしまったところが、眼に残っているような、眼に残っていないような、変な心持だ」
「わたしはまた、ひょっと振返って見た時に、幽霊! と思いましたよ、あの顔色をごらんなさい、まるで生きた人じゃありませんね、この世の人じゃありませんよ」
「いやだね、全くいやな気持のする人だ、一目見ただけでゾッとする人だ、あんなのは、キット戸の透間すきまからでも入って来る人ですぜ」
「あんなのがお前、辻斬に出るんじゃないか知ら」
「だって、盲目ではね」
「目が明いていたら、きっとやるに違いない、剣難の相というのは、たしかにあんなのを言うんだろう」
「そうだね、あれこそ剣難の相というんだろう、畳の上じゃ死ねない人相だ、人を斬ってごうたたったから、それで盲目になったんだろう」
「そう言えばそうだ、ありゃ、確かに剣難の相というものだ、人相は争われない」
「全く人相は争われない、剣難の相はどこかに凄味すごみがある、女難の相は鼻の下が長い」
「笑いごとではありません、皆さんが剣難の相とおっしゃったのは、よく当っている、わたしゃね、皆さんよりいちばん先に、あのおさむらいが下から上って来るところを見ました、それからこうやって着物を探って引っかけるところを見ましたがね、右の手首のところをさらしで巻いていましたよ、その晒の外れに血がにじんでいるところを見て、ゾッとしましたぜ」
「え、え!」
「だから、凄いと思いました。今時分、お前さん、真先がけで新顔の朝湯に来てさ、おまけに腰の物を大事に抱えてやって来てさ、手首に怪我をしてるんですからな、ただの傷じゃありませんぜ。よく殺気を含んでいると言いますがね、わたしゃ、あの時に直ぐそう思いましたよ、このさむらいは人を斬って来たんだ、その汚れを落すために、朝湯に飛び込んだんだ、そう思ったから、わたしゃいやになって、せっかく裸になりかけたのを締め直して、こうして、つぐんでしまったところですよ」
「へえ――そうかも知れませんね」
 一同がかおを見合せた時に、けたたましい音を立てて梯子段を駈け上って来たのは、道庵先生であります。無論、素裸すっぱだかです。その時、先生は、いつもの先生とは違って、すさまじい権幕をして、
「どこへ行った、どこへ行った」
と言って、衣裳棚の前で、てんてこ舞をしている先生の片手には、手拭かと思うと、そうではない、晒の切れを引きずっているが、その晒の切れは、ところどころ血のにじんだ細い切れであります。
 定連じょうれんの朝湯の客は、この物狂わしい先生の挙動を、むしろおかしがっていたが、先生は大急ぎで着物を引っかけて、帯を締めると、湯銭も茶代も、そっちのけにして、梯子を下りて表へ飛び出してしまいました。裸で飛び出さなかったのがっけもので、煙草盆を蹴飛ばさなかったのが勿怪もっけの幸いです。
「油断も隙もなりゃしねえ、どうもおかしいと思ったんだ、なんだか横顔にチラリと見覚えがあるから、こいつ、おかしいなと思ったんだ――野郎、伊勢の国のことを忘れたか、船大工のうちで、拙者が目をかけてやったのを忘れやすまい、江戸へ出て来たんなら、出て来たと拙者のところへ、一言ひとことの挨拶があっても悪い心持はしねえ、あの目がよ、あれでじいっと心がけをよく養生をしていりゃあ、どうやら物になる眼なんだが、あの心がけじゃ物にならねえや、いい気味だ、あん畜生――いい気味はいい気味だが、今、どこに何をしているんだ、ああして朝湯に来るんだから、この近所にいるんだろう、近所にいるんなら近所にいるで、とかく近所に事勿ことなかれ……ところが、どうだ、悪いことはできねえもんだなあ、この晒の切れが、ちゃんと流し元に落っこっていたやつを、人もあろうにこの道庵に見つけられちまった」
 何か重大な発見でもしたかのように、道庵は息せききって走りつづけているけれども、一向、何を追っているのだかわからない。四辺あたりをキョロキョロ見廻したけれども、それらしいものは何者も見えません。
 さきに、き消すように朝湯を抜け出でた盲目の怪人は、四ツ角に待たしておいた手駕籠に乗って、いずこともなく飛ばせてしまったその後のことであります。

         六

 下仁田しもにた街道から国境を越えて、信州の南佐久へ入った山崎譲と七兵衛は、筑摩川ちくまがわの沿岸をさかのぼって、南へ南へと走りつづけます。この二人の行手は説明を加えるまでもなく、南条、五十嵐らの浪士のあとを追って行くものであります。しかしてまた南条、五十嵐らの浪士は、がんりきの百をところの案内として、甲府城をめざして進んで行ったことも明らかであります。彼等は、甲府の城を拠点として、容易ならぬ陰謀をくわだてんとしていることも明らかであります。
 それを察した山崎らは、事の発せざるうちに、その巣窟をくつがえしてしまわなければならぬ――けだし、南条、五十嵐らは強力ごうりきに身をやつして都合五人で、この山道へ分け入ったけれども、必ず何れかに根拠地があって、そこでひとたび合図をすれば、なお幾多の同志が続々と集まって来ることにはなっているだろう。また山崎こそは単身で、あとを追いかけたようなものだが、甲府の地へ足を踏み入れた時は、勤番の武士は一呼いっこして皆、その味方になるべきはずである。
 しかしながら、どう間違ったものか山崎と七兵衛との二人は、ついに南条、五十嵐らの一行を突き留めることができないで、甲府の城下に着いてしまいました。山崎も七兵衛も、その用心にかけては優劣のない方ですから、同じ道を通ったならば、彼等に出し抜かれるはずはない。道を違えたものか、或いは横道をしてらしたものか、それはとにかく、早く甲府の城下へ到着することが先手である、と思ったから二人は、無二無三に甲府の城下へ到着しました。
 城下へ着いて見たが、甲府城の内外には別に変ったこともない。今や勤番支配の駒井能登守もおらないし、組頭であった神尾主膳もいないが、そんなことは、別段にこの二人に交渉のあることではありません。
「山崎先生」
「何だ」
「久しぶりで甲府の土地へ足を入れて、はじめて思い出した事がありますよ」
「それゃ何事だ」
「ほかの事じゃございません、百の野郎がここの土地へ、いい寝かし物をしておいたことを、いま私が思い出しました。おそらく、百の野郎も忘れていやがると思いますが、そいつをひとつ取り出して来て、旦那のお目にかけましょうかね」
「何だい、その寝かし物というのは」
「そりゃ刀でございます、名刀が一振ひとふりかくしてあるんでございます」
「ナニ、名刀? 名刀なら有っても決して邪魔にはならねえが、名刀にも品がある、お前たちのいう名刀は、あんまり大した代物しろものではあるまい」
「それがなかなか素敵で、出処が確かなものなんですよ」
「古刀か、新刀か。在銘のものか、ただしは無銘か」
「古刀のパリパリで、たしかやすつなと言っていましたよ」
やすつな? やすつなもいろいろあるからな、出羽でわにもあれば、下坂しもさかにもあるし、薩摩にも、江戸にもあるんだ、出来のいいのもあるが、そんなに大したものじゃなかろう」
「そんなんじゃございません、因州鳥取あたりにそのやすつなというのはございませんかね」
「因州鳥取にやすつなという刀鍛冶は聞かねえが……そうそう伯耆ほうきの国に安綱があるが、こりゃあ別物だ」
「それそれ、その伯耆の安綱でございますよ」
 七兵衛がこういうと、山崎譲は、
「ふふん」
と鼻の先であしらい、
「伯耆の安綱といえば古刀中の古刀で、大同年間の人だ、名刀鬼丸おにまるを鍛えた刀鍛冶の神様と言われる大名人だ、伯耆の安綱がそんなにザラにあって堪るものかい」

         七

 山崎は、テンで七兵衛のいうことを受附けなかったけれど、七兵衛は確信あるものの如く、
「論より証拠、その品を持って来てお目にかけましょう」
と言って、甲府城の大手の前で山崎と別れました。山崎に別れた七兵衛は、あれから一直線に甲府の市中を東に走って、まもなく酒折村さかおりむらまで来ると、そこで本街道を曲って入り込んだのが、酒折の宮であります。
 酒折の宮の庭へ入って見ると、松林の間に人が集まってさわいでいます。
 日本武尊が東征の時、ここに行宮あんぐうを置いて、
新治にひはり筑波つくばを過ぎて幾夜いくよか寝つる
と歌を以て尋ねた時、傍のしょくを持てるものが、
かがなへて夜には九夜ここのよ、日には十日とをか
と答えたという事蹟がある。
 ここに立てる石碑のうちには、本居宣長もとおりのりながの「酒折宮寿詞さかおりのみやよごと」を平田篤胤ひらたあつたねの筆で書いたものと、甲州の勤王家山県大弐やまがただいにの撰した漢文の碑もある。七兵衛は、左様なくわしいことは知らないけれども、このやしろ由緒ゆいしょある社であるということは心得ているはずです。右等の碑文が、さほど好事家こうずかの間に珍重がられているという理由は知らないが、いずれ俳諧師かなんぞの風流人が、石摺いしずりを取っているのだろうと見当をつけました。
 これらの連中からわざと遠廻りをして社の裏へ出て、暫く様子をうかがっていると、
「エエ、宝暦十二年、壬午じんご夏四月、山県昌謹撰とあるが、宝暦十二年は、いったい今から何年の昔になるのじゃ」
「左様な、宝暦は俊明院殿の時代で、ええと、今からおよそ、一百三年、或いは四年前に当る――」
 こんなことを言って風流人は、紙に巻いたものを携え、ゾロゾロ松林の中を出て行ってしまいました。
 そこで七兵衛は神社の表へ廻り、参詣をするふりをして扉をあけて、社内へ入り込むと足場を見はからって、はりを伝わって天井の上へ身を隠してしまいました。
 これは申すまでもなく、さいぜん山崎譲の前で誓った、伯耆の安綱の刀というのを取り出しに来たものであろう。その伯耆の安綱の名刀というのは、お銀様の家、藤原家に祖先以来伝わる名刀であって、それをお銀様に頼んで幸内が持ち出し、幸内はその刀のために、神尾の惨忍な手にかかって一命を落し、その刀はまた神尾の手からがんりきの百の手にうつり、百は流鏑馬やぶさめの夕べを騒がして、七兵衛と共にいずこともなく逃げ去ったそれであります。
 あの後、二人は、この名刀を、この神社の天井裏へ今日まで隠して置いたものと思われる。まもなく身体中すすだらけになって出て来た七兵衛は、小脇には油紙に包んだ細長い箱を抱えていました。伯耆の安綱は、やっぱり無事でここにいたものらしい。
 七兵衛が箱を抱えて再び社の前へ出て来ると、思いがけなく縁に腰をかけて、煙草たばこをパクリパクリやりながら澄まし返っているものがあります。それが余人ではない、がんりきの百蔵でしたから、
がんりき、来ていたのかい」
 七兵衛もあきがおです。すばしっこいのは今にはじめぬことだが、かくまで澄まし返って、脂下やにさがっていられるとしゃくです。
「兄貴、御苦労、御苦労」
 七兵衛の出て来たのを見て、銀張りの煙管きせるを縁の上へほうり出して、片手を伸べたものです。
「ふざけるない」
 七兵衛が叱りつけると、がんりきはニヤリニヤリと笑い、
「兄貴も思いのほか人が悪いや、弱い者をいじめっこなし、人の物を横取りはふうが悪いね、なにもお前と、おれの間だから、欲しけりゃあそうと言っておくんなさい、ずいぶん譲って上げねえ限りもねえのだ、だまって持って行かれると心持が悪い……そうしてまた兄貴はこれを持ち出して、いったいどうする気なんだエ、失礼ながら、このなかみの有難さが、兄貴にはまだわかるめえ」
「百、お前の言う通りだ、このなかみの有難さは、俺の眼ではにらみきれねえが、ぜひこいつを拝みてえという人があるんだから、ちっとばかり貸してもらいてえ」
「うむ、そう話がわかりさえすりゃあ、ほかならぬ兄貴に貸惜しみをするような、おれではねえが、まあもう少し待ってもらいてえというのはほかじゃねえ、おれの方にも、この品を一目拝みてえという人があるんだ、それを先口せんくちにして、それが済んでから、兄貴の方へ廻すとしようじゃねえか」
「そいつはいけねえ、先口と言えばこっちに割があるんだ、これ見ねえ、この通り、蜘蛛の巣だらけ煤だらけになって、骨を折ってようやく取り出して来たものだ、くわえ煙草で懐ろ手をしている奴に渡せるものか」
「そりゃまたよくねえ、立ってるものは親でも使えということがあるじゃねえか、おれだってなにも兄貴をこき使って、くわえ煙草で澄ましていようという不了見じゃねえが、一足後れたのがこっちの不運さ、そんなことを言わずに貸してもらいてえ」
「一足後れたのが手前の不運だから、諦めるがいいや、今日のところは兄貴に譲らなくちゃならねえ」
「ところが、そういかねえのだ、約束をきめて来たんだから、持って帰らねえと、がんりきつらが立たねえというものだ、どうか弱い弟をあわれんでおくんなさいまし」
「そう言われるとこっちも同じことだ、これを持って帰らねえと七兵衛の沽券こけんが下る、まあまあ兄貴に譲れ」
「そうなると兄貴、おれも意地だから、腕にかけても……と言いてえが、兄貴は両腕そろっているが、おれは悲しいことに一本足りねえ、そうかと言って、みすみす兄貴に譲って引くのも業腹ごうはらだから、ここでうまく、馴れ合っちまおうじゃねえか。と言うのは、兄貴の見せてえという人も、おれが見せてやりてえと言った人も、おおよそ筋はわかっているんだ、その人たちはなにも一本の刀を望んじゃいねえ、だいそれた謀叛気むほんぎのある先生方なんだから、長くその手先になって働いてみたところが、ばかばかしいくらいのもんだ。だから兄貴、ここいらで見切りをつけて、二人が馴れ合って、こいつを坊主持ちということにして、江戸へのしてしまおうじゃねえか。江戸へ持って行って、こいつをうまく売り飛ばしゃあ、五百や千両の小遣こづかいにはありつける代物しろものだ、あんな人たちに附いて謀叛の加勢をするよりは、この方が、よっぽど割だぜ」
 南条、五十嵐らの志士は、甲府城を乗っ取って大事を起さんとし、山崎譲はまた彼等の陰謀の裏を掻いて、根を覆えそうとしている間に、おのおの、その一方の手引をして来た七兵衛、がんりきの両盗は、その方は抛り出して、伯耆の安綱を持って、これから江戸へ飛び出そうという妥協が成立してしまいました。
 二人は、この名刀を坊主持ちにして、例の甲州街道を、都合よく縫って通ります。二人の足を以てすれば、ほとんど瞬く間に江戸へ飛んでしまうのだが、その途中どう道をげたものか、その翌朝、二人の姿を高尾山の峰の上で発見するようになりました。
 二人は高尾山上の薬王院へ参詣しようというのでもなく、山頂に鎮座するこの山の守護神、飯綱権現いいづなごんげんの社前へ一気に上って来ると、社の前に例の箱入りの名刀を供えて、二人ともかしこまって柏手かしわでを打ち、うやうやしく敬礼しました。
「南無飯綱大権現」
 七兵衛がこう言って拝礼すると、
「南無甚内殿、永護霊神様」
がんりきが続けます。次にがんりきが、
「南無飯綱大権現」
と言ってひざまずくと、七兵衛が、
「南無甚内殿、永護霊神様」
と言ってハタハタと手をちます。こうして二人が、立ったり跪いたりして、祈念をらす言葉を聞いていると、一方が飯綱大権現という時は、一方が南無甚内殿といい、一方が南無甚内殿と言う時は、一方が飯綱大権現というのであります。
 この二人のやつらが、殊勝なかおをして神様に拝礼することですから、かなり奇怪なものであるけれど、いったい飯綱権現は、どうかするとこんな連中の信者を持ち易い神様であります。飯綱の本尊は陀祇尼天だきにてんということであるが、その修験者は稲荷いなりとも関係があって、よく狐をつかって法術を行うということであります。飯綱の法術は人を惑わすものであるというところから、変幻出没を巧みにしようというやからは、この権現の特別な加護をこうむりたいものらしい。七兵衛とがんりきとが、途中の気紛れにしろ、こうして飯綱権現へ願をかけてみようとする筋合いは読めないことでもないが、ちょっとわからないのはそれに続く、南無甚内殿、永護霊神様という神様の名前であります。甚内殿という神様は、どこにあるのか。また飯綱権現の一名を永護霊神とは呼ばないはずです。
 二人は、殊勝な面をして、飯綱権現に祈祷を凝らしておいて、神前に備えた安綱の名刀を、まず七兵衛が取り上げておしいただいてから、
「どうだい、こんな名刀を甚内様に持たしたら、ずいぶん人を斬るだろうなあ」
と言いました。
「うーん、こりゃ人斬庖丁にゃ勿体もっていねえんだ、伯耆の安綱なんて刀は、神様に備える刀で、人を斬る刀じゃねえとよ。滅多に人を斬るには村正がいいね、村正てやつは、なんとなく凄味があっていいね」
 がんりきがこういう返事をしました。
 こんなことを言って二人は、山頂の飯綱権現の社から下りて来ました。見受けるところ、二人がわざわざ道をげたのは、単にこうして飯綱権現の前へ安綱を、見せびらかしに来ただけであるようです。
 二人が例の刀箱を持って高尾山を下りながら、がんりきの百蔵が、七兵衛に向って、一つの動議を提出致しました。
「どうだい、兄貴、こうして坊主持ちも根っから新しくねえ、これから江戸へ着くまで、二人で腕っくらべをやろうじゃねえか、おたがいに出し抜いて、せしめた方が、この刀を物にするということにしようじゃねえか、売り飛ばして山分けにするよりは、その方ががらに合って面白かろうぜ。もし、どっちの手にも落ちなかった時には、こりゃいっそのこと、鳥越の甚内様へ持って行って、さっぱりと納めてしまおうじゃねえか、どのみち、伯耆の安綱なんて刀は、誰が持ったって持ち切れる刀じゃねえ、持ちきれたにしたところで、差料さしりょうになる品じゃねえんだ、二人で腕だめしをやった上に、甚内様へ持って行って綺麗きれいに納めると、甚内様の供養にもなるし、こちとらの罪滅ぼしにもなろうというものだ。どうしたもんだ、兄貴」
 がんりきからこの動議を提出されると、七兵衛は苦笑いをしながら、
「そいつは面白かろう、手前てめえを相手に腕くらべも大人げねえ話だが、甚内様へ奉納というのは、いいところへ気がついた」
 そこで七兵衛も納得なっとくしたらしい。高尾山から江戸までは、この連中にとっては、ほんの一足であるが、その一足の間に、伯耆の安綱の刀をまとにして、二人が腕くらべをやってみようというようないたずらは、今に始まったことではないが、さいぜんから二人の口に上る甚内様というのは何物か。それは今までに見えなかった人の名であるに拘らず、このろくでもない二人ともが、甚内様なるものには相当の敬意を払っていることがわかります。山の上では、甚内様、永護霊神様といい、ここでは鳥越の甚内様と言いました。もし、二人のうちのいずれにもこの伯耆の安綱の刀が落ちなかった場合には、それを鳥越の甚内様へ持って行って納めるということには、二人とも異議がないのであります。よってここに、鳥越の甚内様なるもののいわれを一通り、説明しなければならぬ。

         八

 浅草の鳥越橋の西南に、御書院番の小出兵庫こいでひょうご(二千百石)という旗本の屋敷の中に、二人が今いう甚内様の社があるのです。
 神にまつられるほどの甚内様とは何人ぞ。それは英雄にもあらず、また義人にもあらず、一箇の盗賊に過ぎないのであります。姓を高坂こうさかといって、名は甚内。父は甲陽の軍師高坂弾正であるということです。
天晴あっぱれ手練のこの槍先、受けてはたまらぬ大切だいじの幼な児……」という二十四孝の舞台面は、かなりに高坂弾正の器量を上げるように書いてあります。そのはじめ、容貌を以て信玄に愛せられたところを以て見れば、また非常な美男子であって、その後、「保科ほしな弾正槍弾正やりだんじょう、高坂弾正逃弾正にげだんじょう」を以てあえて争わなかったところは、沈勇にしてはかりごとを好む人傑の面影を見ることもできます。武田信玄の股肱ここうとして、一二を争う智将であったことは疑うべくもない。
 その高坂弾正に一人の遺子わすれがたみがありました。幼名を甚太郎といい、後に甚内と改めたその人がすなわち、鳥越の永護霊神として、半ば実在の人となり、半ば荒誕こうたんの人となり、奇怪な盗賊として祀らるるに至りました。
 父が没してこの遺子は、祖父の高坂対馬つしまに伴われ、没落の甲州をあとにして、摂州芥川あくたがわに隠れて閑居しているところへ、祖父の知人であった宮本武蔵が訪ねて来て、夜もすがら語り明かした時に、祖父の対馬が甚内を武蔵に預けました。そのとき甚内は、まだ甚太郎といって、年僅かに十一歳であったということです。
 十一歳にして宮本武蔵に預けられた甚内は、その時から武蔵に従って江戸に下り、武蔵が神田お玉ケ池の近傍に道場を開いた時(武蔵がお玉ケ池へ道場を開いたことがあるかどうか考えないで伝説をそのまま借用すると)、そこで武蔵から真免流の免許皆伝を受けました。それは甚内が二十一歳の時のことであるということです。
 その時分、甚内は人の活胴いきどうを試みたく、ひそかに柳原の土手へ出て、往来の人を一刀に斬り倒していたが、或る時、飛脚を斬って金を奪ってから、ついに辻斬が盗賊にまで進んだ。それより悪行が面白くなり、辻斬をしては金を奪い、その金で鎌倉河岸の風呂屋女に耽溺たんできしていたが、その悪事が師なる宮本武蔵の耳に入って破門された。そこで諸国の遍歴を志し、その門出に参詣したのがこの高尾山の飯綱権現の社であった。その社の前で、名を甚内と改めて、生涯のある目的を祈願した。それから相州の平塚在に暫く足を留めて、そこで盗賊の首領となった。その後、箱根山へ隠れて強盗の張本となった。高坂甚内は、宮本武蔵に就いて剣道の奥儀をきわめた上に、強勇にして力量がある。ことに水練に達して久しく水底みずそこに沈み、水の中を行くこと魚の如くであったと言われている。加うるに身体は不死身ふじみであって、一切の刀剣も刃が立たないということでありました。
 その頃、「日本三甚内」とうたわれた三人の甚内があった。三人ともに同名で、そうして同じく兇悪なる盗賊であった。右に言う高坂甚内をその随一とし、もう一人は、庄司甚内――である。これは吉原を初めて開いた人であるが、前身はやっぱり盗賊で、剣槍けんそうに一流を究め、忍術に妙を得て、その上、力量三十人に敵し、日に四十里を歩み、昼夜眠らずしてむことなく、それに奇妙なのは盗賊ながら日本を週国して、孝子孝女を探り、堂宮どうみやすたれたのをおこして歩いたというところが変っている。それともう一人は、飛沢甚内――これも同じく剣術、柔術、早業に一流を極め、幅十間の荒沢あらさわを飛び越えること鳥獣よりも身軽であったところから、自ら飛沢と名乗った。これが捉まった時に、大久保彦左衛門の命乞いによって死罪を許され、身持ちを改め、苗字を富沢とかえ、横目の御用をこうむり、古着屋商売をして無事に天命を終えた。その住宅附近が後に富沢町となった。
 かくて高坂甚内は、箱根山にこもって悪事を働いていたが、詮議が厳しく、箱根山の住居もなり難く、そこを立退いて諸国を徘徊はいかいしていたが、やがて再び江戸に舞い戻ると赤坂に住居を構え、例によって辻斬、強盗のほかには、表面は剣術を人に教え、内実は無頼の徒を集めて博奕ばくえきを業としていた。悪行いよいよ募って、そのころ牛込御門内に住居していた先手役さきてやく青山主膳(千五百石)の組与力同心くみよりきどうしんが召捕りに向ったところ、同心二人まで深傷ふかでを負い、与力もからき目に遭ってほうほうのていで逃げかえった。それを聞いて歯噛みをした主膳は、自ら召捕りに向わんとしたけれども、叛逆謀叛人でない限りは奉行自身に召捕りに向うという例はなく、さりとて無敵の悪人であるから、ウカと手を下し、味方を損ずるのも愚であると召捕りの方法を思案しているうちに、甚内がおこりわずらい出したということを聞き込んで、押入ってついにこれを捕縛することができた。それで牢の中へ入れて、病気がなおった後に改めてお伺いの上、浅草元鳥越橋際において死罪に行うことになった。ところが、生来の不死身であったところから容易に刀剣が身に立たない。よって甚内が日頃所持していた槍を取寄せてはりつけにかけてしまった。――その後、引廻しの者の先へ抜身の槍を二本立てる。その一筋の槍は、高坂甚内をはりつけにかけた槍であると言い伝えられている。こうして高坂甚内なる無類の兇賊は一生を終ったけれど、その兇賊が神に祀らるるに至った理由はほかにあるのです。
 右の高坂甚内は、寛永の中頃から正保年間までの間の人で、その時分の南の仕置場は、本材木町五丁目にあり、北の仕置場は、元鳥越橋のきわにあったということです。甚内が鳥越橋でお処刑しおきになる最後の時の言葉に、おこりさえ患わなければ、召捕られるようなことはなかったのだ、我れ死すとも魂魄こんぱくをこのに留め、永く瘧に悩む人を助けんと言いながら、槍に貫かれて死んだということで、それから甚内様に病気平癒を祈り出す者が多くなった。その願書には男女の別と年齢と、いつごろより患い出したかということと、何卒この病気癒させ給えという祈願とをしたため、上書うわがきには高坂様、或いは甚内様と記して奉る。病気は瘧に限ったことはなく、ほかの病気でも瘧と書いて願いさえすれば治る。願が満ちて病気が癒った時は、鳥越橋から魚の干物と酒を河の中へ投げ込んでお礼参りをする。縁日は毎月の十二日で、例祭は八月十二日、甚内が処刑せられた日ということになっている。
 二人のいう、甚内様、永護様という変態な神様の縁起えんぎは、大よそこういったようなもので、二人は例の伯耆の安綱を坊主持ちにして、高尾の山の飯綱の社から、浅草鳥越まで行く間に、その名刀の処分をきめようとするのであります。
 けれども、これは東海道の道筋などとは違って、何を言うにも十里内外の道中ですから、二人の足では横町を走るくらいのものだから、出し抜こうにも、出し抜くまいにも、あっけないもので、江戸の市中へ入ってしまいました。
 江戸の市中へ入って、まもなく二人の姿は昌平橋のたもとへ現われました。いつぞや貧窮組が起った時に、貧民が群集して、おかゆを煮て食べたところに、今日も人だかりがあります。その人だかりの真中に大きな万燈まんどうがあって、その下で口上言いが拍子木を叩きながらしきりに口上を言っています。
安房の国
清澄の茂太郎は
幼い時に
父母に死に別れ……
 口上言いが、甘いような、憐れっぽいような、一種異様な節で、歌ともつかず、口上ともつかぬことを言っていました。
 がんりきの百蔵は、それを聞きながら、ふと万燈の表を見ると筆太に、
「清澄の茂太郎」
と書いてある右の方へ持って行って、
「両国橋女軽業大一座」
とあったから、ちょっと妙な気持になっていると、七兵衛が、
「百、ありゃ、お前の女房がやってるらしいぜ」
「そうだなあ」
 がんりきも、なんだか、ムズがゆいようなかおつきで万燈をながめていると七兵衛が、
「甚内様は、後廻しにして、両国へ行ってみようか」
「そうよなあ」
「久しぶりで会ってやりたかろう」
「そういうわけでもねえのだが、あいつがこうやって、俺の方に渡りをつけずに、花々しいことをやり出したとすると、ちっとばかり腑に落ちねえところがあるんだ」
「だって、札附きの無宿者のあとを追蒐おっかけて、いちいち相談をするというわけにもいかなかろうじゃねえか」
「そりゃそうだが、あいつの器量で、これだけのことをやり出したとすると、後立てがあるに違えねえ、あいつに相当の金を出してやろうという後立ては、まんざら色気のねえ奴とも思われねえんだ、そうだとすりゃ、どういう心持で、あいつがその御厚意を受けたか、その辺がちっと聞きものだ」
「こいつは、ちっとばかりける」
 がんりきがムズがゆい面をしていると、七兵衛があざ笑いました。

         九

 その晩のことでありました。両国橋の女軽業もハネて、楽屋の真中に大柄などてらを引っかけて立膝をしながら、長い煙管きせるで煙草を輪に吹いているのは、一座の棟梁とうりょうのお角であります。
「わたしは、これから柳橋まで行って来るから、あの子が帰ったらどこへも出さないでおくれ、お迎えがあっても、なんとか言って断わっておくれ」
 誰にともなく、こんなことを言いつけたが、それでもまだ落着いて煙草をのんでいて、立とうともしません。
 傍に茂太郎がいないところを見ると、ここにあの子と言ったのは、その茂太郎のことでありましょう。茂太郎が今宵もしかるべき客筋から招かれたから、出してやったあとで、お角は、こうしてひとりで、物案じをしているらしい。
「どうも、今日のお客は変だよ、後から行ってみようとは思ったけれど、それもおかしいから、ああはしてやったものの、なんとなく気がめるのはどうしたんだろう、行ってみようかしら。それも、あんまり腹を見られるようだし、そうかと言って、相手がどうも尋常ただのお客ではないらしいから、ほうっておいてもしや間違いが……間違いといったところで、相手がやっぱり女のお客だから、取って食おうというわけでもなかろうけれど、なんだか、わたしゃ、今日に限って、あの子を人に取られてしまうような気がしてならない。柳橋の殿様へもお伺いしなければならないんだが、それよりもあの子の方が気にかかる。といって、あの子が帰ってからお伺いしたんじゃ、殿様に恐れ多いし……いやになっちまうね。稲ちゃん、稲ちゃん、そこにおいでなら、ちょっと来ておくれ」
「はい」
 幕帳まくばりで仕切った楽屋の後ろから、かなり美人の部に属する女軽業の娘がかおを出すと、
「あのね、茂太郎を呼んで下すったという今日のお客様は、どんな人だったか、お前知ってるでしょうね」
「あの、桟敷さじきにおいでなさる時に、ちらりとお見かけ申しましたが、切髪でいらっしゃるけれども、なかなか品のよい、美しいお方でございました」
「お前、御苦労だが、若い衆をつれて、ちょっと迎えに行って来てくれないか、わたしはこれから外へ出かけるんだが、あの子が帰っていないと心配になるんだから、お客様の御機嫌を損ねないようにお話をして、早く帰していただくようにね」
かしこまりました」
「近いところだけれど、このごろは物騒だから気をつけてね」
 お角は、わざわざ茂太郎を迎えにやっておいても、まだ何か心配が残っているらしく、柳橋へ行こう行こうと言い言い、まだ煙草を吹かしながら、
「なんだか、その切髪のお部屋様らしいお方というが気にかかる」
と言いました。
 茂太郎が多くの婦人客から可愛がられて、その席へ呼ばれるのは今に始まったことではないのに、今日のお客に限って、お角が留守の間に、楽屋のものをうまく籠絡ろうらくして、茂太郎をらっして行ったもののように思われてならない。何か特別に、茂太郎に野心があって、物ずきな若い御隠居の美人が、誘惑を試みたように思われてならない。いつもならば、そんなに心配になることではないのに、前後の事情を聞いてみれば、おかしなことが多い。お角はそのことを、いろいろに思案していたが、やがて、荒っぽく火鉢の縁を叩いて煙管きせるを投げ出し、どてらを脱いで帯を締め直しました。ようやく、その柳橋の殿様とやらへ伺候する気になったものと見える。
 お角が軽業小屋を出た時分に、雨が降り出していました。
 下足番が蛇の目の傘を差しかけて、送って行こうというのを、お角は断わって、傘だけを受取って外へ出ました。
 お角がこれから訪ねようとするのは、柳橋の船宿にいる駒井甚三郎のもとであります。ついこの間、その界隈で辻斬沙汰があったところだけれど、まだ宵の口ではあるし、両国から柳橋まで、ほんの一足のところですから、おともをつれなくっても心配ではありません。
 お角は派手な着物を着て、それに薄化粧さえしているようです。こうしてお角が柳橋に駒井を訪ねるのは、今に始まったことではありません、三日に上げず宵のうちに駒井を訪ねて、でも、そんなに長話はしないで帰ります。駒井もまた、お角の訪ねて来ることを好まないではないらしい。ただ何のために、こうして、しげしげお角が駒井を訪ねて来るのだか、また駒井ほどの人が何用あって、しばしば、お角のような女を近づけるのだか、そこの辺が、どうも腑に落ちないようです。そこで、もとは駒井の先代の家に仲間奉公をしていたというこの船宿の亭主と、おかみさんとは、その噂をして、お角が来るたびに小首をひねっているのであります。
 駒井の殿様ほどの人が、あんな女を相手になさろうはずはないと思うけれども、そこは、あたりまえに考えてしまうわけにはゆかない。あれほどの殿様が、甲州をしくじっておいでになったのも女のためであった。その相手の女というのは、女もあろうに身分違いの女であったということ、わずかに、そのいやしい女一人のために、あれほどの地位を棒に振って、半生涯をうずめてしまうような羽目はめに陥っておしまいになったのが情けない。
 お家柄なら、御器量なら、男ぶりなら、学問武芸なら、何として一つ不足のないあの殿様は、その上に世にも美しい奥方をお持ちでありながら、その奥方はお美しい上に、やんごとなき公卿様くげさまの姫君でいらせられるというお話であるのに、それが、好んで身分違いの女をお愛しなさるということこそ、恋は思案のほかである。えらいお方ほど、女にかけてはもろいものか知らん。それとも駒井の殿様は、あんなお優しい御様子をしながら、やっぱりいかもの食いでいらっしゃるのかも知れない。そうして世の常の女では食い足りないで、好んでお角のような女をお求めになるのかも知れない、というようなことまで船宿の夫婦は想像してみましたけれど、まさか、どういう御関係でございますと聞いてみるわけにもゆかず、そのままにしておりました。
 お角はまた、どんな心持で駒井甚三郎をしげしげと訪ねるのか知らん。そのしげしげと訪ねるうちにも、お角としては念の入り過ぎたほどに、おめかしをして、乳の下あたりの動悸どうきを押えながら、そわそわとして通う素振そぶりが、よっぽどおかしいものです。さりとてこの女が、駒井甚三郎に恋をしかける女ではない。また男ぶりに、ぽーうと打込むというような女でもない。だから、しげしげ駒井のところへ通うとしても、露骨に言ってしまえば、駒井の懐ろを当て込んで、その信用を取外とりはずすまいと心がけているのでありましょう。
 駒井甚三郎は落魄らくはくしたけれども、まだ大事を為すの準備として、相当の資金がいずれにか蓄えてあるはずである。ことによると、お角が両国橋へ旗揚げの資本も、駒井が所持金の一部を割いて貸し与えたのかも知れない。ただ、ころんでもただは起きないお角が、駒井甚三郎の男ぶりに打込んで、これに入れ上げようとして通うものではなく、かえって駒井を利用するの意味で御機嫌を伺っているのだということだけは、どちらにもよくわかっているはずです。
 お角は蛇の目をさして、柳橋の袂へかかりました。
 お角が柳橋の袂まで来ると、頬冠ほおかぶりをして、襟のかかった絆纏はんてんを着た遊び人ていの男が、横合いから、ひょいと出て来て、いきなり、お角の差している傘の中へ飛び込んだから、お角も驚きました。
「何をするの」
「お角、久しぶりだな」
 それは玄冶店げんやだなの与三郎もどきの文句でありました。その文句でお角が気がついて、
「おや、百さんじゃないか」
「うむ、百だよ」
と言いました。この頬冠りこそ、がんりきの百蔵です。
「なんだってお前、こんなところにいたの、両国へ訪ねて来ればいいじゃないか」
「両国へ訪ねて行ったんじゃ、バツの悪いことがあるから、ここに待ち合せていたんだ」
「雨の降るのに、傘もささないで」
「柳の下に、お前の来るのを、ぼんやりと待っていたんだ」
「わたしはこれから、ちょっとそこまで用足しに行って来るから、お前さん小屋へ行くのがいやなら、そこいらで一杯やりながら待っていておくれ」
「そいつもいやだ、おめえの行くところへ一緒に行きてえんだ、そうでなくってお前、雨の降るのにこうして、柳の下に立っていられるものかな」
「だって、わたしは、お前さんと一緒じゃ行かれないところへ行くんだから」
「だから、折入っておともが願いたいんだ、亭主と一緒には行けねえところへ、相合傘あいあいがさで乗り込もうという寸法が、面白いじゃねえか」
「お前さん、何かいやに気を廻しているね、わたしのこれから行こうとするのは、そんなわけじゃありませんよ、後暗いことなんぞはありゃしませんよ」
「誰もお前に後暗いことがあったとは言わねえ、だから一緒に出かけて、先方のお方にもお目にかかって、お前がいろいろお世話になるんならお世話になるように、俺の方からもお礼を申し上げておきてえのだ」
「あいにく、それがお前さんとは、ちっとばかり話の合わない人なんだから、お目にかかったって仕方がないよ」
「話が合うか合わないか、話してみなけりゃ判らねえや」
「だって、先方むこうは殿様だもの」
「おや、殿様だって? どこのどうした殿様だか知らねえが、おめえが特別の御贔屓ごひいきにあずかっている殿様へ、おいらがお礼を申し上げて悪かろう道理はなかろうじゃねえか」
「それにしたってお前、あの殿様とお前さんとは、あんまりけたが違い過ぎるからね」
「なるほど、このがんりきと、何とやらの殿様とは、あんまり桁が違い過ぎるけれど、女軽業の親方と駒井能登守とは、あんまり桁が違わねえのかい」
「まあお前さん、それを知っているの、駒井の殿様を御存じなの」
「ばかにするない、甲州勤番支配の時分から先刻御承知の殿様だ、鉄砲が大層お上手だそうだけれど、女にかけては根っから二本棒の殿様だ、身分違いのロクでもねえ女にひっかかって、あったら家柄を棒に振ってしまった殿様なんだ。どこをどうしたか、それをこのごろおめえが引っかけて物にしているということが、いつまでがんりきの耳へ入らずにいると思っているのだ。そりゃ痩せても枯れても、もとは三千石の駒井能登守、お前の腕で絞ったら、まだずいぶん絞り甲斐もあるだろうが、そんな気のいい殿様を、お前のようないかものに二度三度絞らせておいちゃ、見ても聞いてもいられねえ、お目にかかって御意見を申し上げようと思っているのだ」
 がんりきはこう言って歩き出したから、お角も仕方がなしに傘をさしかけて、二人は相合傘の形で柳橋を渡りました。
 がんりきからこう言ってせがまれると、お角もこうじ果ててしまいます。
 無論、いいかげんのお座なりでごまかしおおせる相手ではなし、そうかと言って、駒井甚三郎に引合わせようなどは以てのほかです。会わせないと言えば、こだわりをつけるに相違ない。お角も、この男にだけは尻尾を押えられていると見えて、しょうことなしに相合傘あいあいがさで歩き出してはみたものの、橋を渡りきってしまえば甚三郎の宿は近いのですから、先へ進む気になれません。
「行っても仕方がないから帰りましょうよ、小屋へ帰って、ゆっくり話をしようじゃありませんか」
 こう言ってすかしてみたけれども、無論おいそれと応ずる男ではありません。
 そこで二人は、橋の欄干に添うて、押問答をしておりました。
 この時、他の一方の橋のたもとから、また一組の相合傘が現われました。その相合傘は、こちらの相合傘とはだいぶ趣をことにしています。こちらは蛇の目の傘であるのに、あちらのは買立ての番傘でありました。一本の傘の下に二人の人が、雨をしのいでやって来るのは同じこと。またその二人が、一方が男であり、一方が女であることも同じだが、あちらのは、女の人がお高祖頭巾こそずきんで覆面をしているのに、男の方は素面すめんです。お高祖頭巾の女のかおつきはわからないけれども、素面でいる男の方は、一目見てもそれとわかる宇治山田の米友に紛れもありません。
 米友はあの通り背が低いのに、お高祖頭巾の女は人並よりこころもち高いくらいですから、この相合傘はあまり釣合いが取れません。第一、宇治山田の米友というのが相合傘の柄ではありません。お高祖頭巾の女がその番傘をかざして、米友は気の毒そうに例の杖をついて、その傘の下に歩いて来ましたが、柳橋を渡りかかると、怪訝けげんな目をして橋の上をながめます。それから神田川の水の流れを、何か思案ありげにながめて渡ります。
「ね、あの晩、この橋の上に立っていた人は、わたしはたしかに見たことのある人のように思いました」
 お高祖頭巾が米友に向ってこう言いました。このお高祖頭巾の女というのが、藤原のお銀様であることは申すまでもありません。お銀様がそう言ったから米友はうなずいて、
「そう言われると、おいらもなんだか見たことのある人のような心持がするんだ」
 米友も、以前、舟を漕いで来たあたりを見下ろして返事をしました。この不釣合いな相合傘が、橋の半ばへ進んで来た時に、
「御免なさい」
 橋の欄干に立ちもやって押問答していた一方の相合傘とすれ違いになって、傘と傘とがきしり合いましたから、どちらでも御免なさいと言いました。
 御免なさいと言いながら、傘を傾けておたがいにおもてを見合わすと、
「おや、お前は米友じゃない? 友さんじゃないか」
と言ったのはお角の声であります。そう言われて米友はギョッとしました。前にも言う通り、この女軽業の親方お角だけが、宇治山田の米友にとっては唯一の苦手であります。かなり大胆不敵の米友も、お角に一言いわれると身がすくむようになるのは、前世の宿縁というものか知らん。
「あッ」
と言って、さすがの米友が舌を捲いて、かおの色を変えてたちどまりました。
「まあ、久しぶりじゃないか、米友さん、お前はこのごろどこにいるの」
 舌を捲いている米友をお角が発見したのは、おそらく甲斐の国石和いさわの袖切坂以来のことでありましょう。あの時にお角は、米友を発見して、転んではならない袖切坂の途中で転びました。
 その時にお角は、鼻緒の切れた下駄をやぶの中へほうり込んで、さも口惜くやしそうに、「友さん、わたしがここで転んだことを、誰にも言っちゃいけないよ」と念を押しました。その時に米友は、「うむ」と固く承知すると、お角はなお、「言うと承知しないよ」と馬鹿念ばかねんを押しました。そこで米友は再び、「うむ」と力を入れて返事をすると、お角は、「けれども、お前はキット言うよ、お前の口から、このことがばれるにきまっているよ、もしそういうことがあった時は、わたしはお前をただは置かない……ただは置かないと言っても、わたしよりお前の方が強いんだから、してみると、わたしはいつかお前の手にかかって殺される時があるんだろう、どうもそう思われてならない」その意味がわからないから米友は、「何、何を言ってるんだ」と眼を円くすると、「転んだところを見た人と見られた人が、もし間違っても男と女であった時は、どっちかその片一方が、片一方の命をとるんですとさ」
 お角がこんなことを言って自暴やけのような気味であったことを米友は、もう忘れてしまっているに相違ない。しかし、お角の方では、多分それを思い出しているに相違ない。
 ここでめぐり会った米友をおかしいと思うと共に、それと相合傘をしていたお高祖頭巾こそずきんの女の人を、お角は不審に思わないわけにはゆきません。ところが、お高祖頭巾の女の方では、さいぜんから、ちゃんと心得たもので、頭巾の中からお角の面を見据えるようにしていましたので、お角もなんだか気味が悪く思いました。
「おや、あなたは……」
 今度はたしかにお角の方がギョッとしました。お角に呼び留められた米友は、てんで気を呑まれてしまったが、この覆面の女に見据えられたお角は、物怪もののけにつかれたように立ちすくんだのは稀れに見る光景であります。
 米友にとってはお角が苦手であるように、お角にとってはお銀様が苦手であります。米友は、お角から言葉をかけられてもとみには返事ができません。お角は、お銀様に正面から見据えられて、しどろもどろです。
 この三スクミのていを傍から見ていたがんりきの百蔵は、委細を知らないから、なんとも口出しがならず、川の流れを横目に見ていました。
「お角さん、お前さんはどこへ行くの」
と言ったのはお銀様であります。
「はい、そこまで、ちょっと用足しに……」
 お角としては怪しいほど神妙に返事をしました。
「お連れがおありなさるの」
「いいえ……」
と言ったけれども、それは甚だまずい言抜けに過ぎません。
「もし、御用がないのなら済みませんが、そこまで、わたしと一緒に来て下さいませんか」
 お銀様からこう言われたのが、この場合、お角にとっては勿怪もっけの幸いであったらしく、
「はい、おともを致しましょう」
と言ってしまいました。それで納まらないがんりきの百蔵が向き直るとお角は、それにカブせるように、
「百蔵さん、このお方は、もと、わたしのお世話になった御主人様のお嬢様ですから、わたしはちょっと御一緒に行って参ります、それで今晩はあそこへ行くのはやめましょう、直ぐに帰りますから、両国へ行って待っていて下さい。友さん、お前も両国へおいで」
 そこで相合傘が、また二つにわかれました。
 お角のさして来た蛇の目の傘には、お銀様が入り、お銀様のさしていた番傘を米友に渡すと、米友は、それを受取って不承不承に、がんりきの上へ差しかけます。
 蛇の目の傘は両女を容れたまま、もと来た方へ動き出したから、こうなってみるとがんりきも、それを追蒐おいかけて袂を引くのもみっともないとあきらめたのか、だまって見送っているだけでした。
「や、こりゃ、どうも兄さん有難う」
 ようやくのことで、番傘を差しかけてくれている米友の好意に気がついてみると、がんりきも動き出さなければなりません。動き出したところで今度は蛇の目の傘ではなく、番傘で、そうして相合傘の主も、得体えたいの知れぬ河童かっぱのような男だから、多少うんざりしないわけにはゆかない。しかしながら、がんりきはさすがに如才じょさいないところがあるから、金助のように見てくれだけで頭ごなしに米友を侮辱するようなことはありません。
「兄さん、お前さんは、どっちへおいでなさるんだね。わたしゃ、そこいらで、ちょっと一杯やりたいんだが、なんなら附合っておくんなさいな」
と優しく米友を誘いました。
「おいらは、そうしてもいられねえんだ、一杯やるんならおめえひとりでやんねえ、傘はおめえに貸してやらあ」
 こう言って米友に番傘を差しつけられたから、さすがのがんりきも苦笑いをしないわけにはゆきません。せっかくの相合傘の相手が振替えられた上に、その振替えられた相手からねられる始末だから、いやはや、色男も台なしというていでありました。そうして詮方せんかたなく苦笑いをしながら、
「それでも兄さん、わたしが傘を借りてしまったら、お前さんは濡れるんだろう」
「おいらなんぞは濡れたっていいやな、土団子つちだんごじゃあるめえし」
 米友がこう言いました。米友が土団子じゃあるめえしと言ったのは、洒落しゃれでも警句でもないだけに、おかしいところがあります。どちらかと言えば米友は、土団子のような人間でありますから、がんりきもおかしく思いながら、
「土団子でねえにしても、お前さんを濡らしちゃ気の毒だ。それじゃあ、わたしはそこいらで一杯やることにしますからね、兄さん、御苦労だが、そこまで送ってやっておくんなさいな。ナニ、どっちでもかまわねえんだ、あいつらが両国の方へ行ったから、同じ方へ行くのもしゃくだ、代地だいちの方へ行きましょうよ」
 こう言ってがんりきが、橋の上を歩き出そうとすると、
「遠慮をしなくってもいいやな、傘は貸して上げるから、一人で勝手なところへ行きな、おいらは送って行くのは嫌だよ」
「だって、兄さん、濡れたって詰らねえじゃねえか」
「いいよ、おいらは濡れたってかまわねえんだ、ズブ濡れになった方が、気持がいいくらいなものだ」
自暴やけなことを言いっこなし」
「自暴なんぞを言やしねえ」
「そんなことを言わずに、おとなしく相合傘という寸法で行こうじゃねえか。一人で差したる傘なれば、片袖濡れようはずがない、なんぞは乙なもんだが、フラれて、自暴で、ズブ濡れなんぞは気が利かねえ、兄さん、相合傘とやりましょうよ」
 がんりきいて米友を、相合傘に捲き込もうとするけれども、米友は頑として聞かない。ぐずぐずしていると傘を抛りつけて行ってしまいそうですから、相合傘の押売りなんぞは気の利かないことこの上なしだと、がんりきあきれ返ってもてあましている途端に、フイと気のついたことがありました。
「おい、兄さん、ちょっと待ってくれ」
 米友を呼び留めたけれども、米友は矢も楯も堪らなくなっていました。開いたなりの傘をそこへ抛り出して、勝手にしやがれという態度で、跛足びっこの足を引きずって、雨の中をさっさと駈け出してしまいます。
 がんりきは、いよいよテレたもので、苦笑いが止まらず、ぜひに及ばないかおをして、橋の上でグルグル廻っている番傘を片手で取押えて肩にかけ、米友の走り去った方面を見送っていましたが、やがて、あきらめて、橋を渡って代地あたりの闇に消えてしまいました。この時分のこと、例の船宿の二階で、書きものをしながら、お角の来るのを待っていた駒井甚三郎は、約束の時間に至ってもお角の姿が見えないから、なお暫く待っていたけれども、音沙汰がありません。そこで、書きものを始末をして立ち上ると、緞子どんす馬乗袴うまのりばかまを穿き、筒袖の羅紗らしゃの羽織を引っかけ、大小を引寄せて、壁にかけてあった大塗笠おおぬりがさを取卸しました。これからいずれへか出かけて行くものと見えます。出かける前に、お角に会っておきたい用件があるのでしょう、もしやと再び机の前に坐り、火鉢の上に手をかざして、更に消息を待っているもののようでしたが、お角の姿は見えないし、ことわりの使もやって来ないから、もうあきらめたものと見えて、大小を取って手挟たばさみました。駒井甚三郎は、近々ちかぢかに房州へ帰らなければならぬ。このほど江戸へ上って来たのは、洲崎すのさきの海岸で船を造らんがために、その費用と、材料と、大工とを求めんがために、来たものであることは申すまでもありません。お角も茂太郎も、それと一緒にはって来たものの、駒井にとっては、それは偶然の道連れに過ぎないが、お角や茂太郎にとっては、駒井甚三郎は再生の恩人であります。駒井の役に立つことならば、何を置いてもつとめなければならないし、もし甚三郎が急に立つものとすれば、やはり何を置いても