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大菩薩峠

安房の国の巻

中里介山




         一

 この巻は安房あわの国から始めます。御承知の通り、この国はあまり大きな国ではありません。
 信濃、越後等の八百方里内外の面積を有する、それと並び立つ時には、僅かに三十五方里を有するに過ぎないこの国は哀れなものであります。むしろその小さな方から言って、壱岐いきの国の八方里半というのを筆頭に、隠岐おきの国が二十一方里、和泉いずみの国が三十三方里という計算を間違いのないものとすれば、第四番目に位する小国がすなわちこの安房の国であります。
 小さい方から四番目の安房の国。そこにはまた小さいものに比例して雪をいただく高山もなく、大風の動く広野もないことは不思議ではありません。源を嶺岡みねおかの山中に発し、東に流れて外洋に注ぐ加茂川がまさにこの国第一の大河であって――その源から河口までの長さが実に五里ということは、何となく滑稽の感を起すくらいのものであります。
 さればにや、昔の物の本にも、この国には鯉がまないと書いてありました。鯉は魚中の霊あるものですから、一国十郡以下の小国には棲まないのだそうです。そうしてみれば一国四郡(今は一国一郡)の安房の国に、魚中の霊魚が来り棲まないということも不思議ではありますまい。
 こうして今更、安房の小さいことを並べ立てるのは、背の低い人をわざと人中へ引張り出してそのたけを測って見せるような心なき仕業しわざに似ておりますが、安房の国の人よ、それをいきどおり給うな。近世浮世絵の大宗匠菱川師宣ひしかわもろのぶは、諸君のその三十五方里の間から生れました。源頼朝が石橋山の合戦に武運つたなく身を以て逃れて、諸君の国に頼って来た時に、諸君の先祖は、それを温かい心で迎え育てて、ついに日本の政権史を二分するような大業を起させたではありませんか。それからまた、形においてはこの大菩薩峠と兄弟分に当る里見八犬伝は、その発祥地を諸君の領内の富山とやまに求めているし、それよりもこれよりもまた、諸君のために嬉し泣きに泣いて起つべきほどのことは、日蓮上人がやはり諸君の三十五方里の中からいて出でたことであります。
「日蓮は日本国東夷東条、安房の国海辺の旃陀羅せんだらが子なり。いたづらにちん身を法華経の御故おんゆゑに捨てまゐらせん事、あに石をこがねにかふるにあらずや」
 日蓮自ら刻みつけた銘の光は、朝な朝な東海の上にのぼる日輪の光と同じように、永遠にかがやくものでありましょう。
 その日蓮上人は小湊こみなとの浜辺に生れて、十二歳の時に、同じ国、同じ郡の清澄きよすみの山に登らせられてそこで出家を遂げました。それは昔のことで、この時分は例の尊王攘夷そんのうじょういの時であります。西の方から吹き荒れて来る風が強く、東の方の都では、今や屋台骨を吹き折られそうに気をんでいる世の中でありましたけれど、清澄の山の空気は清く澄んでおりました。九月十三日のお祭りには、房総二州を東西に分けて、我と思わんものの素人相撲しろうとずもうがあって、山上は人で埋まりましたけれど、それは三日前に済んで、あとかたづけも大方終ってみると、ひときわひっそりしたものであります。
 周囲四丈八尺ある門前の巨杉おおすぎの下には、お祭りの名残りの塵芥じんかいや落葉がうずたかく掻き集められて、誰が火をつけたか、火焔ほのおは揚らずに、浅黄色した煙のみが濛々もうもうとして、杉の梢の間に立ち迷うて西へ流れています。その煙が夕靄ゆうもやと溶け合って峰や谷をうずめ終る頃に、千光山金剛法院の暮の鐘が鳴りました。
 明徳三年の銘あるこの鐘、たしか方広寺の鐘銘より以前に「国家安康」の文字が刻んであったはずの鐘、それが物静かに鳴り出しました。その鐘の声の中から生れて来たもののように、一人の若い僧侶が、山門の石段を踏んでトボトボと歩き出しました。
 身の丈に二尺も余るほどの金剛杖を右の手について、左の手にさげた青銅からかね釣燈籠つりどうろうが半ば法衣ころもの袖に隠れて、その裏から洩れる白い光が、白蓮の花びらを散らしながら歩いているようです。
 身体からだはこうして人並より、ずっと小柄であるのに、頭部のみがすぐれて大き過ぎるせいか、前こごみに歩いていると、身体が頭に引きずられそうで、ことにその頭が法然頭ほうねんあたま――といって、前丘ぜんきゅうは低く、後丘は高く、その間に一凹いちおうの谷を隔てた形は、どう見ても頭だけで歩いている人のようであります。
「え、何ですか、どなたが、わたしをお呼びになりましたか」
 この頭の僧侶は急にたちどまって、四辺あたりを見廻しました。見廻したけれども、そのあたりには誰もおりませんでした。いないはずです、実は誰も呼んだ人は無いのだから。それにもかかわらず、かんのせいか知らん、しきりにその異様な頭を振り立てて、聞き耳を立てていました。どうも、この人は眼よりは耳の働く人であるらしい。いや、眼が全く働かない代りに、耳が一倍働く人であるらしい。
「弁信さん」
 今度は、たしかに人の声がしました。姿はやっぱり見えないけれども、それは焚火の燃え残っている四丈八尺の巨杉おおすぎの幹の中程から起ったことはたしかであります。
「エ、しげちゃんだね」
 頭の僧侶はホッと息をついて、金剛杖を立て直して、巨杉の上のあたりを打仰ぎました。
 杉の枝葉と幹との間に隠れている声のぬしは誰やらわからないが、それが子供の声であることだけはよくわかります。
「弁信さん、お前また高燈籠たかどうろうけに行くんだね、近いうちに大暴風雨おおあらしがあるから気をおつけよ」
 木の上の主がこう言いました。
「エ、近いうちに大暴風雨があるって? 茂ちゃん、お前、どうしてそれがわかる」
「そりゃ、ちゃんとわかるよ」
「どうして」
「蛇がどっさり、この木の上に登っているからさ」
「エ、蛇が?」
「ああ、蛇が木へのぼるとね、そうすると近いうちに雨が降るか、風が吹くか、そうでなければ大暴風雨おおあらしがあるんだとさ。それで、こんなにたくさん、蛇が木の上へのぼったから、きっと大暴風雨があるよ」
「いやだね、わたしゃ蛇は大嫌いさ、そんなにたくさん蛇がいるなら、茂ちゃん、早く下りておいでな」
「いけないよ、弁信さん、おいらはその蛇が大好きなんだから、それをつかまえようと思って、ここへ上って来たんだよ、まだ三つしか捉まえないの」
「エ、三つ! お前、そんなに蛇を捉まえてどうするの、食いつかれたら、どうするの、気味が悪いじゃないか、気味が悪いじゃないか、およしよ、およしよ」
「三つ捉まえて懐ろに入れてるんだよ、食いつきゃしないさ、慣れてるから食いつくものか、あたいの懐ろの中で、いい心持に眠っていらあ」
「ああいやだ、聞いてもぞっとする」
 盲法師めくらほうしは木の上を見上げながら、ぞっとして立ちすくみました。
「だっていいだろう、なにも、あたいは蛇をいじめたり殺したりするために、蛇を捉まえるんじゃないからね」
 木の上では申しわけのような返事です。
「それにしたってお前、蛇なんぞ……早く下りておいで」
「もう二つばかり捉まえてから下りるから、弁信さん、お前、あたいにかまわずに燈籠をけに行っておいで」
 木の上の悪太郎は下りようともしないから、盲法師はあきれたかおで金剛杖をつき直しました。

         二

 浪切不動の丘の上に立つ高燈籠の下まで来た盲法師は、金剛杖を高燈籠の腰板へ立てかけて、左の手首にかけた合鍵を深ると、くぐがガラガラとあきました。杖は外に置いて、釣燈籠だけは大事そうに抱えて中へ入った盲法師、光明真言こうみょうしんごんの唱えのみが朗々として外に響きます。
※(「口+奄」、第3水準1-15-6)阿謨迦毘盧遮那摩訶菩怛羅摩尼鉢曇摩忸婆羅波羅波利多耶※(「口+云」、第3水準1-14-87)おんあもきゃびろしゃのまかぼだらまにはんどまじんばらはらはりたやうん――
 コトコトと梯子段を登る音が止んで暫らくすると、六角に連子れんじをはめた高燈籠のしんに、紅々あかあかと燈火が燃え上りました。光明真言の唱えは、それと共に一層鮮やかでえて響き渡ります。
 その余韻よいんが次第次第に下へおりて来た時分に、前の潜り戸のところへ姿を現わした盲法師の手には、前と同じような青銅からかねの釣燈籠が大事に抱えられていましたけれど、持って来た時とは違って、その中には光がありませんでした。そのはずです、中にあった光は、高くあの六角燈籠の上へうつされているのですもの。その光をうつさんがためにこうして、トボトボと十町余りの山道を杖にすがってやって来たのですから、今はその亡骸なきがらを提げて再び山へ戻るのが、まさにその本望でなければなりません。
「え、何ですか、どなたか、わたしをお呼びになりましたか」
 前に腰板へ立てかけておいた金剛杖を、再び手に取ろうとして盲法師は、また聞き耳を立てました。これがこの盲法師の癖かも知れません。誰も呼ぶ人はないのにまず自分の耳を疑わないで、あてもないところを咎め立てしてみるのは、今に始まったことではありませんでした。金剛杖は手に持ったけれども、やはりその場は動かないで、怪しげな頭を振り立てて、前後左右の気配をみているようです。
 しかしながら、ここは前と違って、あたりに大木もなければ人家もありません。往来の山道よりは少し離れて高く突き出したところですから、わざわざでなければ、この夕暮に人が上って来ようとは思われないところです。
 それにもかかわらず、盲法師はその人を見つけたかのように、いったん手に取った金剛杖をまたもとのところへさしかけて、
「どう致しまして、これは、わたしから御前ごぜんにお願いして、ってやらせていただく役目なんでございます、決して言いつけられてやっているお役目ではございません。わたしですか、今年十七になりました、エエ、このお山へ参ったのが日蓮上人と同じことの十二歳でございました。こんなに眼の不自由になったのはいつからだとおっしゃるんですか。それは、つい近頃のことですよ。もっとも小さい時分から眼のたちはあまりよくはございませんでしたがね、この春あたりからめっきり悪くなりました、桜の花の咲く時分に、ポーッとわたしの眼の前へかすみがかかりましたよ、その霞が一時取れましたがね、秋のはじめになると、またかぶさって参りましたよ、今度は霞でなくて霧なんでしょうよ、その霧がだんだんに下りて来て、今では、すっかり見えなくなりました。へえ、そりゃ随分悲しい思いをしましたよ、心細い思いをしましたよ。けれども泣いたってわめいたって仕方がありませんね、前世のごうというのが、これなんです、つまり無明長夜むみょうちょうやの闇に迷う身なんでございますね。その罪ほろぼしのために、こうやって毎晩、この燈籠を点けさせていただく役目を、わたしが志願を致しました、自分の眼が暗くなった罪ほろぼしに、他様ひとさまの眼を明るくして上げたいというわたしの心ばかりの功徳くどくのつもりでございますよ。ナニ、雨が降ったって風が吹いたって、そんなことは苦になりませんよ、毎晩こうやってお燈明とうみょうをつけに行く心持と、高燈籠へ火をうつして油がぼーと燃える音、それから勤めを果して、こうしてまた帰って来る心持と、それが何とも言えませんね……雨風といえば、近いうちに大暴風雨おおあらしがあるって、あの茂太郎がそう言いました、大暴風雨のある前には、蛇が沢山どっさり樹の上へのぼるんだそうですがね、本当でしょうか知ら、まあ、お気をつけなさいまし」
 誰も相手が無いのに、盲法師はこう言ってから、金剛杖を取り上げてそろそろ歩き出しました。

         三

 けれども、その夜から翌日へかけては、べつだん雨風の模様は見えませんでした。三日目になって朝から曇りはじめたといえば曇りはじめた分のことで、これまた急には雨風を呼ぼうとも思えません。江戸の方面とても無論それと同じ気圧に支配されているのですから、その日のこくに江戸橋を立つ木更津船きさらづぶねは、あえて日和ひよりを見直す必要もなく、若干の荷物と二十余人の便乗の客を乗せて、いかりを揚げようとする時分に、端舟はしけの船頭が二人の客を乗せて、大童おおわらわで漕ぎつけました。
 その二人の客の一人は、どうも見たことのあるような年増の女です。つとめて眼に立たないようにはしているけれど、こうして男ばかりの乗客の中へ、息をはずませて乗り込んでみると、誰もそのあぶらの乗った年増盛としまざかりに眼をかれないわけにはゆかないようです。この女は、両国橋の女軽業の親方のお角であります。
「庄さん、それでもよかったね、もう一足おくれると乗れなかったんだわ」
「いいあんばいでございましたよ」
 おともであるらしい若い男は、歯切れのよい返事をして、
「皆さん、少々御免下さいまし、おい、小僧さん、ここへ敷物を二枚くんな。親方、これへお坐りなさいまし、ここが荷物の蔭になってよろしうございます」
 船頭の子から敷物を二枚借り受けて、酒樽の蔭のほどよいところへ、それを敷きました。帆柱の下にあたる最上の席は、もう先客に占められているのだから、まあ、この若い者が見つくろったあたりが、今では恰好かっこうのところであろうと思われます。
 お角は遠慮をせずにその席へつくと、若い者がその傍へ、両がけの荷物を下ろして、どっかと坐り込みました。
「なんだか天気がちっとばかりおかしいけれど、明日の朝のはんごろには木更津へ着くって言いますから、案じるがものはありますまいねえ」
 若い者が空を仰ぐと、お角も空模様を見て、
「降りはすまいけれど、なんだか、いやに蒸すようじゃないか」
 程経てこの船が海へ乗り出した時分に、帆柱が押立てられて、帆がキリキリと捲き上げられると、船はにわかに勢いを得て、さながら尾鰭おひれを添えたようであります。乗合の人も、大海へ出た心持になりました。そこへ船頭が立ちはだかって、乗合の客の頭数を読み上げて、
「ちょっとお待ちなさいよ、乗合の衆はみんなでエート二十三人でござんすね、二十三人、間違いはございませんね」
 駄目を押すと乗合の客は、いずれもかおを見合せて黙っています。そこで船頭はもう一ぺん乗合の頭の上を見渡して、
「それで、女のお客さんは……エート、おかみさんお一人ですね、女のお客さんは一人しかえんでございますかね」
と言って船頭は、例のお角の面をじっと見つめています。
「ええ、わたし一人のようですよ」
 お角はわるびれずに答えました。
「そうですか、それじゃあ、どうかこっちの方へおいでなすって下さいまし、その帆柱の下においでなさるお年寄のお方、済みませんがそこんところのお席を、このおかみさんに譲って上げておくんなさいまし」
「え、ここをどうするんだね」
「済みませんがね、船のオキテですからね、女の方が一人客の時には、その方に上座を張らして上げなくっちゃならねえんです、それというのは船は女ですからね、腹を上にして物を載せるから、女にかたどってあるんでござんさあ、だから船玉様ふなだまさまも女の神様でござんさあ、女のお客がよけいお乗りなすった時は、そうもいかねえが、一人っきりの時は、その女のお客様を上座へ据えて船玉様のおそばにいていただくんでさあ、船に乗った時だけは野郎の幅がかねえんだから、ふしょうしておくんなせえな」
 こう言われると年寄のお客、それは深川の炭問屋の主人だというのが納得なっとくして、
「なるほど、そういうわけでしたか。そういうわけならば、さあ、おかみさん、こちらへおいで下さい、若い衆さんもここへおいでなさいましよ」
 快く席を譲ってくれました。その因由いわれを聞いてみるとお角も、いてそれを遠慮するような女ではありません。
「まあ、ほんとにお気の毒に存じます、では、船のえんぎでございますから、あとから参りまして、女のくせにお高いところで御免をこうむります。庄さん、お前もそれでは御免を蒙ってここへ坐らせていただいたらいいでしょう」
 こんなわけで、座席の入れ替えが無事に済みました。お角はこの船の中で、神様から二番目の人にされてしまいました。
 まもなくお角は、その隣席にいる例の深川の炭問屋の主人と好い話敵はなしがたきになりました。
「どちらへいらっしゃいますね」
 炭問屋の主人がまずこう言って尋ねると、お角がそれに答えて、
「はい、木更津から那古なこの観音様へ参詣を致し、ことによったら館山たてやままで参ろうと思うんでございます」
「ごゆさんでございますかね」
「そういうわけでもございません、少しばかり尋ねたい人がありまして」
「ははあ、なるほど」
 炭問屋の主人はあごを撫でて、ははあなるほどと言いましたけれども、それは別に見当をつけて言ったわけではありません。本来この女が今時分、房州あたりまでゆさんに出かけるはずの女子おなごでもないし、また、そちらの方に尋ねる人があってという言い分も、なんだかお座なりのように聞えます。と言って、今日はいつぞや甲州まで、がんりきの百を追いかけて行ったような血眼ちまなこでもなく、お供をつれておちつき払って構えているのは、何か相当のあたりがなければならないはずです。すでに相当のあたりがあって出かける以上は、転んでも只は起きない女だから、何か一やま当てて来るつもりなのでしょう。炭問屋の主人は、そこまで詮索せんさくしてみようという気はありませんから、いつしか自分の案内知った房州話になってしまいました。
 那古へ行くならば鋸山のこぎりやま日本寺にほんじへも参詣をするがよいとか、館山あたりへ行ってはどこの旅籠はたごが親切で、土地の人気はこうだというようなことを、お角に向って細かに案内をしてくれるのであります。お角がそれを有難く聞いていると、ほかの乗合までが、それぞれ口を出して、炭問屋の主人の案内の足らざるを補うものもあるし、また突込んで質問をはじめる者も出て来ました。はじめはお角と炭問屋の主人だけの房州話であったのが、今はお角をさしおいて、最寄もよりの人たちが炭問屋の主人を中に置いての房州話となりました。
 その話のうちで最も多く一座の興味をいたのは、鋸山の日本寺の千二百羅漢らかんの話でありました。その千二百羅漢のうちには必ず自分の思う人に似た首がある。誰にも知られないようにその首を取って来て、ひそかに供養すると願い事がかなうという迷信から、近頃はしきりにあの羅漢様の首がなくなるという話が、誰やらの口から語り出されると、一座の興を湧かせます。
 羅漢様の首を盗む者のうちには、妙齢の乙女もある。血の気に燃え立つ青年もある。わが子を失うて、その悲しみに堪えやらぬ母親もある。最愛の妻を失うた夫、夫を失うた妻もある。そうして一旦盗んで来た首をひそかに供養して、更に新しい胴体をつけて、また元へ戻すと、生ける人ならばその思いが叶い、死んだものならばその魂が浮ぶ……という話が興に乗った時分には、もう日が暮れて風がようやく強く、船が著しく揺れ出したように思われるけれど、話の興に乗った一座の人々は、それをさのみ気にする様子もなく、
「それからまた、芳浜よしはまの茂太郎は、ありゃどうしましたろうね」
 酒樽の蔭から、若いのがこう言いました。
「芳浜の茂太郎は、今あすこにはおりませんよ、あんまり悪戯いたずらが過ぎたもんだから、なんでも清澄のお寺へ預けられてしまったということでござんすよ」
と答えるものがありました。
 日本寺の千二百羅漢に次いで、芳浜の茂太郎なるものが多少でも問題になることは、それが何かの意味で土地の名物でなければなりません。
「エ、芳浜の茂太郎が、清澄のお寺へ預けられたんですって?」
 それにいちばん驚かされたらしいのが、芳浜の茂太郎なるものとは、縁もゆかりもなかりそうなお角であったことは意外です。
「とうとう清澄のお寺へ預けられてしまったというこってす」
「そうですか、それは惜しいことをしましたね」
 心から力を落したようなお角の言いぶりでしたから、
「おかみさん、あなたもあの子を御存じなんでございますか」
「エエ、ちっとばかり……」
「左様ですか」
 炭問屋の主人が改めてお角のかおを見直しました。上総かずさ房州あたりへは初めてであると言った人が、芳浜の茂太郎なるものを知っているということが、どうやらに落ちなかったもののようです。
「その清澄のお寺とやらまでは、あれからまだよほどの道のりがあるんでございましょうか」
「そうですよ、遠いといったところが同じ房州のうちですから、道程みちのりにしては知れたものですが、なにしろ、内と外になっておりますからな、道はちっとばかりおっくうなんでございますな、上総分で天神山というのへおいでなさると、あれから亀山領の方へかけて間道がありますんで、その間道をおいでになるのがよろしかろうと思いますよ。あの道は、昔、日蓮様なども清澄から鎌倉へおいでなさる時は、しょっちゅうお通りになった道だそうですから、それをお通りなさるのが芳浜からは順でございましょうよ。左様、里数にしたら六里もありましょうかな」
 こんな話をしている時に、船が大きな音を立てて著しく揺れました。それは東南からあおった風が波を捲いて、竜巻たつまきのように走って来て、この船の横腹にどうと当って砕けたからです。
「エ、冷てえ」
 薄暗い中に坐っていたものの幾人かが、ブルッと身慄みぶるいをして、自分たちの肩を撫でおろしました。

         四

 それはいま砕け散った波のしぶきを多少ともにかぶったからのことで、その時に、はじめて海の風が穏かでないのみならず、天候もなんとなく険悪になっていたことを気のついた者もありました。左へおびただしく揺れた船は、それだけ右へ押し戻されました。立っていた人は、よろよろとして帆柱の縄に身を支えて、危なく転げ出すことを免れたものもありました。
「おい、船頭さん、大丈夫かい、なんだか天気が危なくなったぜ、風がひどく吹募ふきつのるじゃねえか」
 船頭に向って駄目を押すものがありました。船の中にあっては船頭の一顰一笑いっぴんいっしょうも、乗合の人のすべての心を支配することは、いつも変りがありません。
「ナニ、大したことはござんせんがね、これが丑寅うしとらに変らなけりゃあ大丈夫ですよ。そんなことはありゃしませんよ。それでもこの分じゃ、ちっとばかり荒れますよ」
 船頭はこう言って乗客の不安を抑えておいて、一方には水主かこの方へ向って、
「やい、つかせてやれ、開いちゃ悪いぜ、まきり直して乗り落すようにしねえとしのぎがよくねえや、そのつもりでやってくれ、いいかい」
 大きな声で怒鳴りました。
「おーい」
 水主かこ荷揚にあげが腕を揃えて帆をおろしにかかろうとする時に、※(「風+(火/(火+火))」、第3水準1-94-8)ひょうふつとして一陣の風が吹いて来ました。
「あ、こいつは堪らねえ」
 そのしぶきを浴びた者が、荷物の蔭へ逃げ込むと、
「上からも落ちて来たようだぜ」
 果して水は、横から吹きかけるのみではありません。
 真暗になったそらから、パラパラと雨が落ちて来たのをさとった時分に、船は大きな丘に持ち上げられるような勢いですべり出しました。そうして或るところまで持って行かれるとグルリ一廻りして、どうッと元のところへ戻されて行くようです。
「さあ、いけねえ」
 乗合はそれぞれしっかりと、手近なものへつかまりました。
「下へ降りておくんなさい、急いじゃ駄目だ、この綱へつかまって静かに、静かに」
 船頭と親仁おやじは声をらして乗客を一人一人、船の底へ移します。船の底の真暗な中へ移された二十三人の乗合は、そこで見えないかおをつき合せて、
「どうも、あたしゃ、この暴風しけというやつがしょうに合わねえのさ。だからいったい、船は嫌いなんですがね、都合がいいもんだから、つい、うっかりと乗る気になって、こんなことになっちゃったんでさあ。困ったなあ。どうでしょう、皆さん、間違いはありゃしますまいねえ」
 おどおどした声で不安を訴えるものがあると、また一方から、
「なあに、大したことがあるもんですか、どっちへ転んだって内海うちうみじゃございませんか、これだけの船が、内海で間違いなんぞあるはずのものじゃございませんよ」
 存外おちついた声でそれをなだめるものもあります。
「ですけれどもねえ、内海だからといって風や波は、別段にやさしく吹いてくれるわけじゃありますまいからね。昔、日本武尊様やまとたけるのみことさまが大風にお遭いになったのはこの辺じゃございますまいか。あの時だってあなた……あの通りの荒れでござんしょう」
 情けない声をして、太古の歴史までを引合いに出してくるから、
「ふ、ふ、ふ、あの時はあの通りの荒れだったといったってお前さん、あの時の荒れを見て来たわけじゃござんすまい、第一あの時代と今日とは、船が違いまさあ、船が……」
と言った時に、その船が前後左右からミシミシミシとみ立てられる音に、一同が鳴りを静めてしまいました。
 暫らくは、うんがの声を揚げる者がありませんでした。外はどのくらいの荒れかわからないが、今まで木の葉のようにもてあそばれていた船が、グルグルと廻りはじめたかと思うと、急にひとところに停滞して、何物かに揉み砕かれているらしい物音です。
 そこで、「船が……」と言ったものから真先に口をつぐんでしまって真暗な中に、おのおのかおの色を変えたが、幸いに、船は揉みほごされてりを取られたように、真一文字に走り出したらしい。どこへ走り出すのか知らないが、ともかく、揉み砕かれるよりは走り出したのが、いくらかの気休めにはなったと見えて、
「船は違いましょうけれど、風は昔も今も変りませんからね」
 今度は誰も返事をする者がありません。船は、やはりミシミシと音を立てながら、矢のように進んで行くらしい。
「いよいよという時は、なんだってじゃあありませんか、みんな、それぞれ持っているいちばん大切なものを一品ずつ海の中へ投げ込むと、それで風が静まるというじゃありませんか。身につけた大切なものを、わだつみの神様に捧げると、それで難船がのがれるというじゃありませんか。もし、そういうことになったら、私共あ、私共あ……」
 その時に、甲板の上、ここから言えば天井の一角から、不意に強盗がんどうが一つ、この船室へつりさげられて来ました。それは鉄の輪を以て幾重にもからげて、どっちへ転んでも、壊れもしなければ油もこぼれないように工夫してある強盗が、天井の一角から下って来ると、その光を真下に浴びていたお角の姿がありありと浮き出して、二十余人の他の乗合は、影法師のように真黒くうつッて見えます。
「風が変った、丑寅うしとら戌亥いぬいに変ったぞ、気をつけろやーい」
 船の上では船員が、挙げてこの恐ろしい突発的の暴風雨と戦っています。こう言って悲痛な叫びを立てた船頭の声は、山のような高波の下から聞えました。
 水主かこ楫取かじとりもその高波の下を潜って、こけつまろびつ、船の上をかけめぐっていたのが、この時分には、もう疲れきって、帆綱にとりついたり、荷の蔭に突伏つっぷしたりして、働く気力がなくなっていました。事実、もう、積荷を保護しようの、船の方向を誤るまいのという時は過ぎて、飛ぶだけのものは飛ばしてしまい、投げ込むほどのものは投げ込んでしまい、船の甲板の上は、ほとんど洗うが如くでありました。
 ただ船の上にもとのままで残っているのは、帆柱一本だけのようなものです。けれども、こうなってみると、その帆柱一本が邪魔物です。その帆柱一本あるがために、よけいな風を受けて、船全体が帆柱に引きずり廻されているような形になります。ただ引きずり廻されるのみならず、それがために、ほとんど船がくつがえるか、または引裂けるように、帆柱のみがいきり立って動いているとしか思われません。順風の時は帆を張って、船の進路を支配する大黒柱が、こうなってみると、船そのものをのろいつくさねばむまじきもののように狂い出しています。
 船の底では、たかが内海だと言って気休めのようなことを言っていたが、上へ出て見れば、内も外もあったものではありません。
 風はもとより、内と外とを境して吹くべきはずはないが、海もまた、内と外とを区別して怒っているものとも覚えません。いったい、どこをどう吹き廻され、或いは吹きつけられているのだか、ただ真暗な天空と、え立てる風と、逆捲さかまく波の間に翻弄ほんろうされているのだから、海に慣れた船人、ことに東西南北どちらへれても大方見当のつくべき海路でありながら、さっぱりその見当がつかないのであります。ややあって、
「やい、外へ出ろ、外へ出ろ、只事ただごとじゃねえぞ、お姫様のたたりだ。さあ、帆柱を叩き切るんだ、帆柱を。斧を持って来い、斧を二三挺持って来い。それから、とまむしろをいくらでもさらって来い、そうして、左っ手の垣根から船縁ふなべりをすっかりゆわいちまえ、いよいよの最後だ、帆柱を切っちまうんだ」
 帆柱の下で躍り上って、咽喉笛のどぶえの裂けるほどに再び叫び立てたのは船頭です。ひとしきり烈しく吹きかけた風が、帆柱を弓のように、たわわに曲げて、船はくつがえらんばかり左へ傾斜しながら、ともえのように廻りはじめました。この声に応じて、
「おーい、おーい」
 むくむくと、波風を潜って、一人、二人、三人、四人、船頭の許まで腹這いながらせつけて来ます。走せつけて来た彼等は船頭の耳へ口をつけ、船頭は手を振り、声をらして、何事をか差図をします。やがて、これらの船人はまた右往左往に船の上を走りました。或る者はむしろをさらって左手の垣へ当てて結え、或る者は筵をかかえて船縁へすがりつく。
 この間に、帆柱からやや離れて上手かみてへ廻った背の高いのが、諸手もろてに斧を振り上げて、帆柱の眼通り一尺下のあたりへ、かっしと打ち込む。
 風下にそれを受けた、背の低いのが、それより五寸ほどの下をめがけて、かっしと打ち込む。両々この暴風雨あらしの中で斧を鳴らして、かっしかっしと帆柱へ打ち込みます。暴風雨はいつか二人の腰を吹き倒して、二人は幾度か転げ、転げてはまた起き直り、かっしかっしと打ち込んではまた転びます。
 やがて背の高いのが、斧を投げ捨てたと見ると、腰に差していた脇差を抜いて、はっしはっしと帆綱に向って打ち下ろすと、斧で打ち込んでおいた帆柱の切れ目が、メリメリと音を立てて柱は風下へ、さきにとまむしろを巻きつけておいた船縁ふなべりへ向って、やや斜めに※(「てへん+堂」、第4水準2-13-41)どうと落ちかかりました。
 こうして船の底へ下りて来た船頭の姿を見ると、真黒くなってうめいていた二十余人の乗合は、一度にかおを上げて、
「おい、船頭さん、いったいどうなるんだね、ここはどこいらで、船はどっちへ走ってるんだね、大丈夫かね、間違いはないだろうね」
「皆さん、お気の毒だがね……」
「エ!」
「今日の暴風しけは只事じゃあございませんぜ、永年海で苦労した俺共わっしどもにも見当がつかなかったくれえだから、こりゃ海の神様のたたりに違えねえ」
「エ!」
「もう船の上で、やるだけの事はやっちまいましたよ、積荷もすっかり海へ投げ込んでしまった、わっしどももまげを切ってしまった、帆柱も叩き切っちまった、そうして船はもう洲崎沖すのさきおきを乗り落してしまった」
「何だって? 洲崎沖を乗り落したんだって? それじゃあ、もう外へ出たんだな」
「うむ、もうちっとで外へ出ようとして、巴を捲いているんだ」
「南無阿弥陀仏」
 中から一人、跳り上って念仏を唱えるものがありました。それを音頭として、つづいて題目を声高らかに唱え出すものがあります。四辺あたりかまわずわっと声を上げて泣き立てる者もありました。
「まあまあ、皆さん、まだ脈はあるんだからお静かになせえまし、気をしずめておいでなさいよ……ここでひとつ、一世一代の御相談が始まるんだ。というのはね、今いう通り、どうもこりゃあ人間業じゃあござんせんよ、たしかに海の神様に見込まれたものがあるんだ、それで、海の神様が、いたずらをなさるんだから、海の神様をお鎮め申さなけりゃ、この難をのがれっこなし。海の神様というのは、竜神様のことよ。こりゃあ今に始まったことじゃねえのさ、大昔の日本武尊様でさえ、この神様につかまっちゃあ、ずいぶん悩まされたもんだ。だから、その海の神様に何か差上げなけりゃア、この御難は逃れっこなし。どうです皆さん、気を揃えて、ひとつその相談に乗っておくんなさいまし」
 暴風雨あらしに打たれたままの赤裸あかはだかで、腰帯に一挺の斧を挿んで、仁王の立ちすくんだような船頭が、思いきった顔色をしてこう言って相談をかけると、
「いいとも、いいとも、今もそのことでうわさをしていたところだ、難船の時には、自分の身についているいちばん大事なものを海へ投げ込むと、竜神様のお腹立ちがなおるということだから、わたしゃあもう、この胴巻ぐるみ投げ込むことに、こうしてちゃんと了見りょうけんをきめてるんですよ」
「わたしゃあまた、ここに持っているこの金ののべの煙管きせるが、親ゆずりで肌身はなさずの品でござんすが、これをわだつみの神様に奉納するつもりで、こうして出して置きますよ」
「わしゃまた……」
「まあ待って下さい、皆さん、そんな物をまとめて投げ込んでみたって、この荒れは静まらねえよ」
「それじゃ、どうすればいいんだ」
「この船でいちばん大切なものを、たった一つ投げ込めばそれでいいでさあ」
「エエ! この船でいちばん大切な、たった一つの物というのは、そりゃ何だ」
「それがなあ……お気の毒だがなあ……」
と言って船頭は強盗がんどうをかざして、凄い眼をしてお角のかおをじっとにらみながら、
人身御供ひとみごくうということですよ」
「エ、人身御供?」
「昔、日本武尊様が、この海で難儀をなすった時の話だ、橘姫様たちばなひめさまという女の方が、お身代りに立って海へ飛び込んだことは先刻御承知でござんしょう、それがために尊様みことさまをはじめ、乗合の家来たちまで、みんな命が助かったのだ、つまり橘姫様のお命一つで、船の中の者が残らず救われたんだ、だから……」
 船頭がお角のおもてを見つめたままでこう言いかけた時に、お角は颶風つむじかぜのように身を起して、
「だから、どうしようと言うの、だから、わたしをどうかしようと言うの」
 お角の船頭をにらんだ眼もまたものすごいものでありました。それでも船頭はやっぱりお角を睨み返しながら、
「いや、お前さんをどうしようというわけじゃあございません、お前さんの量見に聞いてみてえんでございます」
「エ、わたしの量見ですって? わたしの量見を聞いてどうするの」
「この船の中で、女のお客はお前さんだけなんですね、今まで女一人のお客というのはなかったこの船に、今日に限ってお前さんが乗り込むとこの通りの暴風しけだ」
「それがどうしたの、それじゃあ、わたしが一人でこの暴風を起しでもしたように聞えるじゃないか」
「お前さんが暴風を起したんじゃないけれど、お前さんがいるために暴風が起ったようなものだ」
「何ですと、わたしが暴風を起したんじゃないけれど、わたしがいるために暴風が起ったようなものですって? 同じことじゃないか、それじゃあ、やっぱり、わたし一人がこの暴風を起したということになるんじゃないか、ばかばかしいにも程があったものさ」
 外の暴風雨あらしよりも船頭の言い分が、お角にとっては決して穏かに聞えませんでしたから、躍起やっきとなって抗弁しました。
「船頭さん、お前、なんだかおかしなことを言い出したね」
 お角に附添って来た庄さんという若い男も、たまり兼ねて喧嘩腰になりました。
「いいや、おかしいことじゃねえのです、今日に限ってこんなことになるのは、こりゃあ必定てっきり、船の中に見込まれた人があるのだ、その見込まれたというのはほかじゃねえ、船ん中でたった一人の女のお客様を、海の神様がそねんでいたずらをなさるに違えねえのだから、お気の毒だがその人に出て行って、海の神様におびがしてもらいてえのだ。なにも、こりゃ俺が無慈悲でいうわけじゃありませんよ、船の乗合みんなの衆のためですよ、もし、お前さんがみんなの衆の命を助けてやりてえという思召しがあるんなら、あの大昔の、あの橘姫の命様みことさまの思召しのように……」
と船頭がここまで言い出すと、お角はこらえられません。
「おっと、待っておくれ、待っておくれ、人身御供ひとみごくうというのはそのことかね、つまり、わたしにその大昔の橘姫の命様とやらの真似をしろとおっしゃるんだね」
「それよりほかには、この難場なんばを逃れる道がねえのだから、お前さんにはお気の毒だが、乗合の衆のためだ。ねえ、皆さん、この船頭の言うことが不条理かエ」
「…………」
「ここで人身御供が上らなけりゃあ、みすみす三十何人の乗合が残らずふか餌食えじきになってしまうのだ、それでようござんすかエ」
 船頭はこう言って、乗合の者の頭の上をずらりと見渡したけれど、誰あってこれに返答する間もなく、お角はたけり立ちました。
「ふざけちゃいけないよ、やい、ふざけやがるない、こんな暴風しけが起ったのは時の災難だよ、なにもわたしが船に乗ったから、それで暴風が起ったんじゃないや。船に女が一人乗り合せたのがどうしたんだい、はじめのうちは船は女の物だの、正座を張れのと、さんざん人をおだてておいて、この暴風雨あらしになると、みんなわたしにかずけて、人身御供ひとみごくうに海へ沈んでくれとはよく出来た。そりゃ昔の橘姫というお方と、わたしたちとはお人柄が違わあ、第一、この中に日本武尊様ほどのお方がいらっしゃるならお目にかかろうじゃないか、みんな自分たちの命が助かりたいから、それで、わたし一人を人身御供に上げようと言うんだろう、虫のいい話さ、ばかにしてやがら。雑魚ざこの餌食になろうとも、我利我利亡者がりがりもうじゃの手前たちの身代りになって沈めにかかるような、そんなお安いお角さんじゃないよ。死なばもろともさ、乗合が一人残らず一緒に行くんでなけりゃ、冥途めいどの道が淋しくってたまらないよ」
「おかみさん、もうこうなりゃ、ジタバタしたって仕方がねえ」
 船頭は猿臂えんぴを伸べて、お角の二の腕をムズとつかみます。
「おや、わたしを掴まえてどうしようというの」
 お角は、船頭に掴まった二の腕を烈しく振りほどいて、血相を変えると、
「野郎、おかみさんをどうしようと言うんだ」
 附添の若い男が、お角を掩護えんごするつもりで、船頭に武者ぶりついたけれど、腰が定まらないのに船頭の一突きで、無残に突き飛ばされて起き上ることができません。
 船頭に掴まった二の腕を烈しく振りほどいたお角は、そのまま荷物と人の頭とを跳り越えて外へ飛び出しました。
 この時分、甲板へ飛び出すことの危険は、人身御供になることの危険と同じようなものであることはわかっているけれど、この女はそれを危ぶんでいるほどの余裕がなかったものらしくあります。
 若い男を突き飛ばしておいた船頭は、腰に差していた斧を無意識に抜き取って、右の手に引提ひっさげたまま、透かさずお角の後を追蒐おっかけました。
 乗合全体は総立ちになる途端に、大揺れに揺れた船が何かに触れて、轟然ごうぜんたる音がすると、そのはずみで残らず、※(「てへん+堂」、第4水準2-13-41)どうとぶっ倒されてしまいました。
「わーっ、水、水、水が……」
 そこで名状すべからざる混乱が起って、残らずの人が七顛八倒しちてんばっとうです。七顛八倒しながら、かの上り口のところへ押しかけて、前にお角と船頭とがしたように、先を争うて甲板の上へ走り出そうとして、押し合い、へし合い、蹴飛ばされ、踏み倒され、泣きわめいて狂い廻ります。船の外は真暗な天地に、囂々ごうごうゆる風と波とばかりです。船は木の葉のようにもてあそばれて、すでに振り飛ばすべきものの限りは振り飛ばしてしまいました。綱を増したいかり引断ひっきられてしまい、唯一の帆柱でさえも、目通りのあたりから切り折られてしまった坊主船は、真黒な海の中で、跳ね上げられたり、打ち落されたり、右左にいいように揉み立てられ、散々さんざんに翻弄されて、それでもなお残忍な波濤の間に、残骸を見せつ隠しつしている有様です。
 尋常では腰の定まるべくもないこの場合の甲板の上を、転びもせずに、吹き荒れる雨風をうまく調子を取って、ひらりひらりと物につかまりながら走って来るのは、むかし取った杵柄きねづかではなく、むかし鍛えた軽業の身のこなしでもあろうけれど、この女の勝気がいちずに、不人情を極めた手前勝手な船頭の手から逃れて、これに反抗を試みようとして、思慮も分別も不覚にさせてしまったものと見るほかはありません。
 片手に斧を引提げて、こけつまろびつ、それを後ろから追いかける船頭とても、本来が決してさほどに、不人情でも、手前勝手でもあるわけではなく、ただ危険が間髪かんはつに迫った途端に、その日ごろ持っている海の迷信が逆上的に働いて、こうせねば船のすべてが助からぬ、こうすれば必ず助かるものだと思い込ませたその魔力がさせるわざでありましょう。
 けれども、つづいて先を争うて甲板の上へハミ出した、二人のほかの乗合は無残なものでありました。出ると直ぐに大風に吹き飛ばされて、或る者は切り残された帆縄につかまって助けを呼び、或る者は船の垣根の板に必死にとりすがって海へさらわれることをさけ、かろうじて帆柱の方へって行く者も、雨風に息を塞がれて、助けを呼ぶの声さえ立てることができません。
 真先に、かの切り残された帆柱の切株にすがりついたお角は、
「さあ、こうしていれば、わたしゃこの船の船玉様さ、指でもさしてごらん、ばちが当るよ。乗合がみんな死んで、わたし一人が助かるんだろう。いやなこった、いやなこった、人身御供なんぞは御免だよ」
 こう言ってすさまじき啖呵たんかを切ったけれども、あわれむべし、このとき吹きまくった大波は、お角のせっかくの啖呵を半ばにして、船もろともに呑んでしまいました。

         五

 その翌日の朝は、風の名残なごりはまだありましたけれど、雨もやみ、空も晴れて、昨夜の気色けしきはどこへやらという天気であります。
 洲崎すのさきの、もと砲台の下のいわの上に立って、しきりに遠眼鏡とおめがねで見ている人がありました。
「清吉」
「はい」
「お前の眼でひとつこの遠眼鏡を見直してもらいたい、拙者の眼で見ては、どうも人の姿のように見える」
「お前様の眼で見て人間ならば、わたしの眼で見ても、やっぱり人間でございましょうよ」
と言って、清吉と呼ばれた若い男が、いわの上に立っていた人から遠眼鏡を受取りました。受取って危なかしい手つきをしながら、眼のふちへ持って行って、
「なるほど、人間でございますね、人間が一人、浜の上へ波で打ち上げられているようですね」
「もし、そうだとすれば、このままには捨てて置けない」
と言って、再び清吉の手から遠眼鏡を受取った巌の人は、駒井甚三郎でありました。前に甲府城の勤番支配であった駒井能登守、後にバッテーラで石川島から乗り出した駒井甚三郎であります。
 あの時に、吉田寅次郎の二の舞だといって、横浜沖の外国船へ向けてバッテーラを漕ぎ出させて行ったはずの駒井甚三郎が、こうして房州の西端、洲崎の浜に立っていることは意外であります。
 それでかたわらにいる清吉と呼ばれた男も、あの時バッテーラのを押していた男であります。二人はあの時、目的通りに外国船へ乗り込むことができなかったものと思われます。外国船へ乗り込むことができなかったものとすれば、いつのまにここへ来てなにをしているのだろう。しかし、いまはそれらを調べるよりは、遠眼鏡の眼前に横たわる人の形というものが問題です。昨夜あれほどの暴風雨であってみれば、海岸に異常のあるのはあたりまえで、それを検分するがために、甚三郎は遠見の番所から出て、わざわざ遠眼鏡をもって、この巌の上に立っているものと思わなければならないのです。
「そうですね、行ってみましょうか」
 清吉が鈍重な口調で、甚三郎のおもてをうかがうと、甚三郎は遠眼鏡をはずして片手に提げ、
「行こう」
「おともを致しましょう」
 そうして二人は巌の上から駆け下りました。甚三郎は王子の火薬製造所にいた時以来の散髪と洋装で、清吉もまたまげを取払って、陣羽織のような洋服をつけています。二人とも、足につけたのは草鞋わらじでも下駄でもなく、珍らしい洋式の柔らかい長靴でありました。
 二人ともこうして砲台下を南へ下りて、海岸づたいに走り出しました。
平沙ひらさの浦は平常ふだんでも浪の荒いところですから、あんな暴風雨あらしの晩に、一つ間違うと大変なことになりますね」
「左様、平沙の浦には暗礁あんしょうが多いから、晴天の日でも、ああして波のうねりがある、漁師たちも恐れて近寄らないところだが、もし、あれが人間であるとすれば、洲崎沖あたりで船が沈み、それが岸へ吹寄せられたものであろう、おそらく土地の漁師などではあるまい」
「そうでしょうかね、もし、房州通いの船でも沈んだんじゃないでしょうか」
「或いはそうかも知れん」
 遠見の番所の下から、洲崎の鼻をめぐって走ること五六町。
「ああ、やっぱり人だ」
「なるほど、人間ですね」
 二人は、その見誤らなかったことを喜びもし、また悲しみもし、その浜辺に打上げられた人間のところをめがけて、飛ぶようにせつけました。
 磯に打上げられている人間は、女でありました。もとよりそれは息が絶えておりました。着物も乱れておりました。肌もあらわでありました。けれども、身体からだそのものは極めて無事なのであります。それは波に打上げられたというよりは、そっと波が持って来て、ここへ置いて行ったという方がよろしいと思われるくらいであります。
 もし、昨夜の暴風雨が、この沖を通う船を砕いて、その乗合の一人であったこの女だけをここへ持って来たものとすれば、それは特別念入りの波でなければなりません。そうでなければ海とは全然違ったところから、何者かがこの女をになって来て、寝かして行ったものと思わなければならないほど、安らかに置かれてあるのであります。さりとて一見しただけでも、これはこの辺にザラに置かれてあるような女ではありませんでした。
「女ですね、江戸あたりから来た女のようですね、ここいらに住んでいる女じゃありませんね」
 鈍重な清吉もまた、それと気がつきました。
「うむ、昨晩、沖を通った船の客に相違ないが、しかし……それにしては無事であり過ぎる」
 駒井甚三郎は、ずかずかと立寄って、横たわっている女の身体をじっとながめました。髪の毛はもうすっかり乱れていましたが、右手はずっと投げ出して、それを手枕のようにして、左の手は大きく開いているから、真白な胸から乳が、ほとんどあらわです。けれども、帯だけはこうなる前に心して結んでおいたと見えて、その帯一つが着物をひきとめて、女というものの総てを保護しているもののようです。
 駒井甚三郎は腰をかがめて、女の胸のあたりに手を入れました。
「どうでしょう、まだ生き返る見込みがあるんでございましょうか」
 清吉は気を揉んでいます。
「絶望というほどじゃない、生き返るとすれば不思議だなあ」
 駒井甚三郎は、まだ女の乳の下に手を置いて、小首をかしげています。
「不思議ですねえ」
 清吉も同じように、首を傾げると、
「平沙の浦の海は、全くいたずら者だ」
 駒井甚三郎は何の意味か、こう言って微笑しました。
「エ、いたずら者ですか」
 清吉は、何の意味だがわからないなりに、怪訝けげんかおをすると、
「うむ、平沙の浦の波はいたずら者とは聞いていたが、これはまたいっそう皮肉であるらしい」
「皮肉ですかね」
 清吉には、まだよく呑込めません。
「そうだとも、あの暴風雨の中で、波の中の一組だけが別仕立てになって、ここまで特にこの女だけを持って来て、そーっと置いて帰ってしまったところなどは、皮肉でなくて何だろう。見給え、どこを見てもかすり傷一つもないよ、着物も形だけはひっかかっているし、帯も結んだ通りに結んでいる、水も大して呑んじゃいない」
 駒井甚三郎は、女そのものを救おうとか、助けなければならんとかいう考えよりは、こうまで無事に持って来て、置いて行かれたことの不思議だか、いたずらだか、波に心あってでなければ、とうてい為し難い仕事のように思われることに好奇心を動かされて、ほとほとあきれているようです。
 この時分になって清吉も、漸く知恵が廻って来たらしく、
「そうですね、ほんとにわざっとしたようですね」
と言いました。
「ともかく、早くこれを番所まで連れて行って、手当をしようではないか」
「エエ、わたしが背負おぶって参ります」
 清吉は女の手を取って引き起し、それを肩にかけました。

         六

 それから三日目の夕暮のことでした。駒井甚三郎は鳥銃を肩にして、西岬村にしみさきむらの方面から、洲崎すのさきの遠見の番所へ帰って見ると、まだ燈火あかりがついておりません。こんなことには極めて几帳面きちょうめんである清吉が、今時分になって燈火をつけていないということは異例ですから、甚三郎は家の中へ入ると直ちに言葉をかけました。
「清吉、燈火がついていないね」
 けれども返事がありません。甚三郎のおもてには一種の不安が漂いました。まず、自分の部屋へ入って蝋燭ろうそくをつけました。この部屋は、甲府の城内にいた時の西洋間や、滝の川の火薬製造所にいた時の研究室とは違って、尋常の日本間、八畳と六畳の二間だけであります。ただ六畳の方の一間が南に向いて、窓を押しさえすれば、海をながめることのできるようになっているだけが違います。
 部屋の中も、昔と違って、書籍や模型が雑然と散らかっているようなことはなく、眼にうつるものは床の間に二三挺の鉄砲と、刀架かたなかけにある刀脇差と、柱にかかっている外套がいとうの着替と、一方の隅におしかたづけられている測量機械のようなものと、それと向き合った側の六畳に、机腰掛が、おとなしく主人の帰りを待っているのと、そのくらいのものです。
 それでも、いまけた蝋燭は、さすがに駒井式で、それは白くて光の強い西洋蝋燭であります。蝋燭を点けると、燭台ぐるみ手に取り上げた駒井甚三郎は、さっと窓の戸を押し開きました。窓の戸を開くと眼の下は海です。この洲崎の鼻から見ると、二つの海を見ることができます。そうして時とすると、その二つの海が千変万化するのを見ることもできます。二つの海というのは、内の海と外のうみとであります。内の海とは、今でいう東京湾のことで、それは、この洲崎と、相対する相州の三浦三崎とが外門を固めて、浪を穏かにして船を安くするのそれであります。外のうみというのは、亜米利加アメリカまでつづく太平洋のことであります。ここの遠見の番所は、この二つの海を二頭立ての馬のようにぎょしてながめることのできる、絶好地点をえらんで立てられたものと見えます。
 甚三郎が蝋燭を片手に眺めているのは、その外の方の海でありました。内の海は穏かであるが、外の海は荒い。ことに、外房にかかる洲崎あたりの浪は、単に荒いのみならず、またすこぶる皮肉であります。船を捲き込んで沈めようとしないで、もてあそぼうとする癖があります。きたろうとするものをおびき込んで、それを活かさず殺さず、宙に迷わせて楽しむという癖もあります。試みに風ぎたる日、いわの上にたたずんで遠く外洋そとうみの方をながむる人は、物凄き一条のうしおが渦巻き流れて、伊豆の方へ向って走るのを見ることができましょう。その潮は伊豆まで行って消えるものだそうだが、果してどこまで行って消えるのやら、漁師はその一条の波を「しおの路」といって怖れます。
 外のうみ非業ひごう最期さいごを遂げた幾多の亡霊が、この世の人に会いたさに、遥々はるばるの波路をたどってここまで来ると、右の「潮の路」が行手を遮って、ここより内へは一寸も入れないのだそうです。さりとてまた元の大洋へ帰すこともしないのだそうです。その意地悪い抑留を蒙った亡霊どもは、この洲崎のほとりに集まって、昼は消えつつ、夜は燃え出して、港へ帰る船でも見つけようものならば、恨めしい声を出してそれを呼び留めるから、海に慣れた船頭漁師も怖毛おぞけをふるって、一斉にを急がせて逃げて帰るということです。
 こんな性質たちの悪い洲崎下の外洋を見渡して、やや左へ廻ると、それが平沙ひらさの浦になります。
「平沙の浦はいたずら者だ」と、おととい駒井甚三郎がそう言いました。
 平沙の浦も、その皮肉なことにおいては相譲らないが、それは洲崎の海ほどに荒いことはなく、かえって一種の茶気を帯びていることが、愛嬌といえば愛嬌です。
 平沙の浦がするいたずらのうちの第一は、舟を岸へ持って来ることです。ほかの海では、船を捲き込んだり、おびき寄せたり、突き放したり、押し出したりして興がるのに、この平沙の海は、ずんずんと舟を岸へ持って来てしまいます。岸へ持って来て、いわに打ちつけるような手荒い振舞をせずに、砂の上へ、そっと置いて行ってしまいます。
 このおてやわらかないたずらは、幸いに船と人命をいためることはありませんが、船と人をてこずらせることにおいては、いっそ一思いに打ち壊してしまうものより、遥かに以上であります。
 平沙の浦の海へ入って見ると、下には恐ろしい暗礁が幾つもあって、海面は晴天の日にも、大きなうねりがのた打ち廻っている。漁師たちはそのうねりを「お見舞」ととなえて、怖れています。いい天気だと思って、安心して舟を遊ばせていると、いつのまにか、この「お見舞」がもくもくと舟を打ち上げて来ます。その時はもう遅い。舟は大きなうねりに乗せられて、岸へ岸へと運ばれてしまう。帆はダラリと垂れてしまって、かじはどうあやつっても利かない。そうしているうちに舟と人とは、砂の上へ持って来て、そっと置いて行かれてしまいます。
 そのいたずらな平沙の浦の海をながめていた駒井甚三郎は、ふいと気がついて、
「そうだそうだ、あの婦人はどうしたろう、今日はまだ見舞もしなかったが、清吉がいないとすれば、誰も看病の仕手は無いだろう、燈火あかりもついてはいないようだし」
つぶやいて窓を締め、蝋燭を手に持ったままで、壁にかけてあった提灯ちょうちんを取り下ろしてその蝋燭を入れ、部屋を出て縁側から下駄を穿いて番小屋の方へ歩いて行きました。小屋の戸を難なくあけて見ると、中は真暗で、まだ戸も締めてないから、障子だけが薄ら明るく見えます。
「清吉は居らんな」
 甚三郎は駄目を押しながら、その提灯を持って座敷へ上ると、そこは六畳の一間です。その六畳一間の燈火もない真暗な片隅に、一人の病人が寝ているのでした。
 その病人の枕許まくらもとへ提灯を突きつけた駒井甚三郎は、
「眠っておいでかな」
 低い声で呼んでみました。
「はい」
 微かに結んでいた夢を破られて、向き直ったのは女です。かのいたずらな平沙の浦の磯から拾って来た女であります。
「気分はよろしいか」
 甚三郎は提灯を下へ置いて、蝋燭を丁寧に抜き取って、それを手近な燭台の上に立てながら、女の容体ようだいをうかがうと、
「ええ、もうよろしうございます、もう大丈夫でございます」
 はっきりした返事をして、女は駒井甚三郎の姿を見上げました。
「なるほど、その調子なら、もう心配はない」
 甚三郎もまた、女の声と血色とを蝋燭の光で見比べるように、燭台をなお手近く引き出して来ると、
「もし、あなた様は……」
 急に昂奮した女の言葉で驚かされました。
「ええ、なに?」
 甚三郎が、きっと女のおもてを見直すと、
「まあ勿体もったいない、あなた様は、甲府の御勤番支配の殿様ではいらっしゃいませんか」
 女は床の上から起き直ろうとしますのを、
「まあまあ静かに。甲府の勤番の支配とやらの、それがどうしたの」
 甚三郎は、女の昂奮をなだめようとします。
 駒井甚三郎は、ここでこの女から、おのれの前身を聞かされようとは思いませんでした。女をなだめながら、もしやとそのおもてを熟視しましたけれども、どうも心当りのある女とは受取ることができません。
「わたくしは、あの時から殿様のお姿を決して忘れは致しません」
 女は何かに感激しているらしい声でこう言いましたから、甚三郎は、
「あの時とは?」
「それはあの、甲州へ参ります小仏峠の下の、駒木野のお関所で……」
「ははあ、なるほど」
 ここにおいて駒井甚三郎は、さることもありけりと思い当りました。そうそう、初めて甲州入りの時、一人の女が血眼ちまなこになって、手形なしに関所を抜けようとして関所役人に食い留められた時、駒井能登守の情けある計らいで、わざと目的地の方の木戸へ追い出させたことがある。それだ、その女だなと思いましたから、
「拙者はトンとお見忘れをしていた。そなたは、あれから無事に、尋ねる人を探し当てましたか」
「はい、おかげさまで……かなり長い間、甲州におりました。その間も、よそながら殿様のお姿をお見かけ申しました。一度、お訪ね申し上げて、あの時のお礼を申し上げたいと思わないではありませんでしたが、何を言うにもこの通りのいやしい女、恐れ多い気が先に立つばかりで、ついつい御無沙汰を致してしまいました」
「それを承ってみると、縁というものは不思議なものじゃ。拙者も今は、こんなふうに変っているが、そなたはまたどうして、あのような目に遭われた」
「それをお話し申し上げると長いのでございますが、この房州の芳浜というところまで、人を雇いに参ったのでございます、その途中、舟が暴風雨あらしに遭いまして、わたしが、いちばんヒドい目に遭わされるところでしたが、そのヒドい目に遭わされようとしたわたくしだけが助かって、こうして殿様のお世話になっているのかと思うと、ほんとに何かのお引合せのように思われてなりません」
「しかし、よく助かったものじゃ、拙者も自分ながら不思議に堪えられない」
「今朝になりまして、清吉さんから、わたくしをお助け下された委細のお話をお聞きしまして、わたしは、ほんとうに神様に守られているんじゃないかと、勿体もったいなくて、涙がこぼれてしまいました」
「ところで、その清吉が見えないが……何とかいうて出て行きましたか」
「いいえ、お正午ひる少し前までここにお見えになりましたが、それから、わたくしは今まで眠っておりました故、何も存じませぬ」
「はて……」
 甚三郎は、いよいよ清吉のことが不安になってきました。
 そうして、次の一本の蝋燭に火をうつして、それをまた提灯に入れ、
「淋しかろうが、そなたは一人で、暫らくここに留守している気で待っていてくれるように。拙者はこれから清吉をさがして参る」
「まあ、ほんとにあのお方はどちらへおいでになったのでしょう……いえ、もうわたしも起きられます、どうぞ、お心置きなく。どんなところにおりましても、淋しいなんぞと決して思いは致しません。歩けさえ致せば、わたしもおともを致すのですけれど」
「ちょっと、その辺の様子を見て、ことによると碇場いかりばまで行って来る、その間に、もし清吉が帰ったならば、そのように申してくれるよう」
かしこまりました」
 甚三郎は病人のお角にあとを頼んで、提灯をつけて外へ立ち出でました。
 駒井甚三郎が出て行ったあとのお角には、夢のように思われてなりません。
 甲州城の勤番支配として、隆々りゅうりゅうたる威勢で乗り込んだ駒井能登守その人を、こんな方角ちがいの辺鄙へんぴなところで、こうしてお目にかかろうということは、夢に夢見るようなものです。
 あの凜々りりしい、水のしたたるような若い殿様ぶりが、今は頭の髪から着物に至るまで、まるで打って変って異人のような姿になり、その上に昔は、仮りにも一国一城を預かるほどの格式であったが、今は、見るところ、あの清吉という男を、たった一人召使っているだけであるらしい。その一人の男の姿が見えなくなると、御自分が提灯をさげて探しに出て行かねばならないような、今の御有様は、思いやると、おいとしいような心持に堪えられない。
 このお住居すまいとても、決して三千石の殿様の御別荘とは受取れない。ほんの仮小屋のようなものとしかお見受け申すことはできない。僅かの間に、どうしてこうも落魄おちぶれなさったのだろう。お角は、そのことを考えると、ふいに頭に浮んで来たのは、同じく甲州城内に重き役目をつとめていた神尾主膳のことであります。
 駒井能登守様が、甲州城をお引上げになると、まもなく神尾の殿様も江戸へお引取りになった。神尾へはその前後に亘ってお角は始終出入りをしている。それで酔った時などに甲州話が出ると、神尾主膳は、きっと駒井能登守の悪口あっこうをする。その悪口が、いかにも意地悪く、ざまを見ろと言わぬばかりなので、お角はそれを聞くと、なんとなくイヤになるのでした。
 神尾主膳については、お角とても決して善良な人だとは信じていないけれど、あれでなかなか話せば話のわかる人だと思っている。あの人を箸にも棒にもかからぬように言うのは、それは、あの人を噛締かみしめていないからで、その悪いところだけを避けて、良いところを附き合えば、ずいぶん力になる人であると思っている。けれども、その神尾が、ひとたび駒井能登守のうわさになると、酔っているとは言いながら、口を極めて悪く言うことが、お角には不服でもあり、不快でもあるのであります。
 何となれば、駒木野の関所以来、お角の眼にうつっている駒井能登守は、男ぶりといい、その情けある仕方といい、若くして人に長たるの器量といい、芝居の中で見る人のように見えるのであります。どこといって一点でも、難を入れるところのない殿様ぶりに見えるのであります。その学問や見識のことは、お角はまるきり見当がつかないけれども、あんな男らしい男ぶりの殿御を、前にも後にも見たことはないとまで思っているのでありました。
 それを神尾主膳が、頭ごなしにするからその時は不服で、つい抗弁をしてみる気になると、神尾はいやみな笑い方をしながら、
「お前も存外人形食にんぎょうくいだ、あんなのが、それほどお気に召すようでは甘いものだ」
なんぞと言われると、お角もムキになって、
「人形食い結構、あんな方に好かれたら、ほんとにわたしは、三年連れ添う御亭主を打棄うっちゃっても行きますわ、けれどもお気の毒さま、あちら様で、わたしなんぞは眼中にないのですからね」
というようなことを言ったこともありました。
 それは冗談じょうだんにしても、神尾と駒井との間に、何かのわだかまりのあることはうに見て取らないわけはありません。その後、神尾へは相変らず親しく出入りしているに拘らず、能登守の方は、ほとんど消息も打絶えて、滅多に思い出すことさえなかったのが、今日、このところで偶然、こんなにお世話になることは、やっぱり何かのお引合せと見ないわけにはゆかないのであります。
 お角は、それを思うと、なんだか嬉しいような心持になって、清吉の見えなくなったことよりは、早く甚三郎が帰って来てくれることのみが待たれるのであります。このままでお帰りを迎えては恐れ多いというような心から、床を起き直って、乱れた髪などを撫で上げました。二時間ほどして駒井甚三郎はかえって来ましたから、お角は、
「おわかりになりましたか」
「わからん」
 甚三郎は、安からぬ色を深くしていました。
「まあ、どうなすったのでしょう」
「そなたを得たことも不思議だが、清吉を失ったことも不思議だ」
 甚三郎がこう言った言葉のうちには、多少の絶望が含まれているようです。
「海の方へでも行ったのでしょうか」
「どのみち、海へ行ったのであろうけれど……」
「お怪我がなければようござんすね、この辺の海は荒いそうですから」
「今宵は、もうあきらめて、明朝早く探しに行こう。それから、夜中やちゅう何ぞ急用でも起った時は、その柱の下にある小さなボタンを、三ツばかり押してみるがよい、それが拙者の枕許まで響いて来る。拙者の方でも、何か用事の起った時は、同じような仕掛で、この丸いものが鳴り出すようにしてあるから」
 これはおたがいの部屋に通ずる電気仕掛のベルでありました。駒井自身の工夫と設計にかかるものであることは申すまでもありますまい。これを押せばむこうのお居間の鈴が鳴るということが、お角にはなんだか魔術のように思われます。けれども、甚三郎はそれだけの注意を与えたきりで、この小屋とは棟を別にしている番所の内の、おのれの居間へ帰って行きました。
 もし明朝になっても、明日になっても、清吉の行方ゆくえがわからなかったらどうでしょう。またもし、お角の身体がほんとうに回復したのならよいけれど、これが一時の元気であって、明日からまたぶり返して枕が上らないようになったらどうでしょう。
 いったん、捨てられた洲崎の遠見の番所は、まるで孤島の中にあるようなものです。前方は海で、陸続きは近寄る人もありません。
 駒井甚三郎と、清吉とは、特にここをえらんで、たった二人きりで無人島同様の生活を好んで、ここに送っていたものと見えます。それがその共同生活の唯一人を失ったとすれば、あとに残るのは駒井甚三郎一人です。更にまた一人を加えたところで、その一人が枕も上らぬ病人であるなれば、その看病人も駒井甚三郎でなければなりません。
 三千石の殿様に、自分の看病をさせることが女冥利おんなみょうりに尽きると思うなれば、お角は、どうしても明日から起きて働かねばならないのです。
 その翌日、早朝から駒井甚三郎は、またもこの番所を立ち出でました。けれども、お正午ひる少し前に帰って来た時には、出て行った時と同じことに、たった一人でした。ついにその尋ぬる人を探し当てることができないで、悄然しょうぜんとして番所の門を潜りました。しかし、それと打って変ったように元気になったのはお角です。甚三郎が帰って来た時には、もう起き上って、甲斐甲斐しく働いていました。多分、海へ張って置いた網を引き出しに行って、浪に捲き込まれて行方不明になったものだろうと甚三郎は推察して、それをお角に話し、一方に浪に打上げられた人を救い、一方に浪に捲かれて人を失うのは、偶然とは言いながら、この辺の海は魔物のようであるということを、つくづく歎息しました。
 お角は、それを聞いて気の毒がって泣きました。
 その日から、ここにまた変った二人の生活が始まりました。二人というその一人の主は、変らぬ駒井甚三郎ですけれども、それを助けるは男でなくて女です。
「というても、そなたは江戸へ帰らねばならぬ人」
 甚三郎に言われた時、
「いいえ、もう帰らなくってもよろしうございますよ」
 お角は、きっぱりとこう言いました。ナゼこんなに、きっぱりと言い得るだろうかということが不思議でした。何かの当りがあればこそ、ああして房州へ出て来たのだから、その当りは途中の災難で外れたにしても、この女が江戸へ帰らなくてよいという理由はなかりそうです。江戸でなければこの女の仕事はありそうにもなし、またとにもかくにも、がんりきの百といったような男を江戸には残して来てあるはずです。
 けれども、駒井甚三郎は、それをよいとも悪いとも言いませんでした。
 お角の料理してくれた昼飯を食べてから、また海岸へ出かけて、どこで何をしていたのか、夕方になって帰って来ました。
 そうして番小屋の炉の傍で、お角の給仕で夕飯を食べながら話をしました。清吉のことは、もう諦めてしまっているようです。その話のうちに、甲州話がありました。けれども、その甲州話も、政治向のことや勤番諸士の噂などは、おくびにも出ないで、甲州では魚を食べられないとか、富士の山がよく見えるとか、甲斐絹かいきが安く買えるとか、そんな他愛のないことばかりでしたからお角は、この殿様がどうしてかの立派な御身分から今のように、おなりあそばしたかということを尋ねてみるすきがありませんでした。
 それから、お角の身の上をおもむろに甚三郎が詮索せんさくを始めました。詮索というと角が立つけれど、実はそれからそれと穏かに尋ねられるので、お角も、ついつくろい切れなくなって、女軽業おんなかるわざの一座を引連れて、甲府の一蓮寺で興行したことから、このごろ再び両国で旗上げをするために、実はこの房州の芳浜というところに珍しい子供がいるそうだから、それを買いに来て、途中この災難ということを、すっかりと甚三郎に打明けてしまいました。打明けねばならぬように話しかけられてしまって、打明けてから、つい悔ゆるような心持になりましたけれど、甚三郎は一向、そんなことを念頭に置かぬらしく、
「それは面白い仕事であろう、拙者はまだ軽業というものを見たことがない」
「お恥かしうございます」
 さすがのお角も、なんだか赤くなるように思いました。
 話が済むと甚三郎は、さっさと立って自分の居間へ行ってしまいます。そうして夜おそくまで何かの研究にふけるらしくありましたが、お角は、ひとり取残されたように炉辺に坐っておりました。前に言ったように、この洲崎の遠見の番所は、離れ島のような地位に置かれてあります。前は海で、陸地つづきは、ほとんど交通を断たれているのであります。
 お角も、かなりおそくまで、炉の傍に、ぼんやりとして燈火を見つめたり、火箸を取って灰へ文字を書いたりしていましたが、
「わたしゃ、あの殿様はわからない」
自棄やけのようなことを言って、帯を解いて男の着物を寝衣ねまきにして、蒲団ふとんをかぶって寝てしまいました。
 けれども、その翌朝は、早く起きて、水を汲んだり、御飯を炊いたり、掃除をしたり、いっぱしの女房気取りで、気持のよいほどの働きぶりであります。
 朝の食事が終ると、甚三郎はまた海岸へ出て行きました。正午ひる時分にいったん帰って、居間へ閉籠とじこもったが、しばらくすると、またどこへか出て行きました。そうして夕方になって戻って来ました。
 夕飯の時は、またお角を相手にして、軽快に四方山よもやまの話を語り出でました。
「そう改まって給仕には及ばん、そなたもここで一緒に」
 甚三郎は、いてお角にすすめて、一緒に夕餐ゆうさんの膳に向いながら、
「人間の一芸一能はたっとい、そなたの仕立てた芸人たちの業を、そのうち一度見せてもらいたいものじゃ」
 真顔まがおになって、こんなことを言い出しましたから、お角もおかしくなって、
「ねえ……殿様」
 思わず膝を進ませると、
「殿様と言っちゃいかん、昔は殿様の端くれであったかも知れんが、今は船頭だ」
「では、何と申し上げたらよろしうございましょう」
「駒井とでも、甚三郎とでも勝手に」
「駒井様、駒井の殿様……なんだかきまりが悪うございますね。駒井様、そんなことを申し上げると口が曲りそうですけれど、わたしたちには、どうしても、あなた様の御了見がわかりません」
「わからんことはあるまい、浪人して詮方せんかたなく、こうしているまでのことじゃわい」
「どうして、あなた様ほどのお方が、これほどまでに落魄おちぶれあそばしたのでございましょう」
「自分が悪いからだ」
「殿様……また殿様と申し上げました、あなた様のようなお方に、お悪いことがおありなさるのですか」
「なければ殿様でおられるのだが、あるからかように落魄れたのだ」
「それは一体、どういう罪なんでございましょう、あんまり不思議で堪りませんから、それをお聞かせ下さいませ」
「それはな……」
 駒井甚三郎は、お角の疑いに何をかそそられて沈黙しましたが、急に打解けて、
「隠すほどのこともあるまい、実はな、恥かしながら女だ、女で失策しくじったのだ」
「エ、まあ、女で……」
 お角は眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはってあきれました。その眼のうちには、幾分かの嫉妬しっとが交っているのを隠すことができません。御身分と言い、御器量と言い、そうしてまた、このお美しい殿様に思われた女、思われたのみならず、これほどのお方を失敗しくじらせたほどの女、それは何者であろう。憎らしいほどの女である。その女のかおを見てやりたい。お角は、そう思って呆れている時に、自分の背にしている裏の雨戸に、ドーンと物の突き当る音がしたので吃驚びっくりしました。

         七

 お角は吃驚しましたけれども、甚三郎は驚きません。
「何でございましょう、今の音は」
「左様……」
 甚三郎は、なお暫く耳を澄ましてから、
「やっぱり、いたずら者だろう」
と言いました。
「え、いたずら者とおっしゃるのは?」
「向うの松原に、小さな稲荷いなりやしろがある、あれの主が三吉狐さんきちぎつねというて、つい、近頃までも、その三吉狐がこの界隈かいわいに出没して、人に戯れたそうじゃ。ことに美しい男に化けて出ては、若い婦人を悩ますことが好きであったと申すこと。ところが、我々がここへ来てからは、とんとそれらの物共が姿を見せぬ、化かしても化かし甲斐かいがないものと狐にまで見限られたか、それとも、彼等には大の禁物な飛道具や、煙硝えんしょうの臭いで寄りつかぬものか、絶えて今まで悪戯いたずららしい形跡も見えなかったが、たった今の物音でなるほどと感づいたわい」
 こんなことを言いました。お角はさすがに女だから、それを聞いて、襟元が急に寒くなったように思い、
「そんなにしょうの悪いお稲荷様があるんでございますか」
「全く、性質たちのよくない稲荷じゃ。ことにその三吉狐とやらは先祖が男に化けて、村の若い娘とちぎり、かえって娘の情に引かされて、大武岬だいぶみさきの鼻というのから身投げをして、心中を遂げてしまったということから、どうもその子孫の狐がねたごころが強くて、男と女の間に水をしたがると申すこと」
「いやですね」
「だから、この界隈で、男女寄り合って話をしていると、必ずその三吉狐が邪魔に来る、それは相思そうしのなかであろうともなかろうとも、男女がさし向いで話をすることを、その狐は理由なしにねたむ、そうしてその腹癒はらいせのために、何か悪戯をして帰るとのことじゃ。それを思い合せてみると、なるほど、こうして、そなたと拙者、罪のない甲州話をしているのも、三吉狐に嫉まるるには充分の理由がある、怖いこと、怖いこと」
 駒井甚三郎はこう言って笑いました。お角も、それに釣り込まれて笑いましたけれども、それは自分ながら笑っていいのだか、笑いごとではないのだか、全く見当がつかなくなりました。
 そう言われてみると、今夜、この場合のみならず、この頃中のことが、すべてその三吉狐とやらの悪戯ではあるまいか。三千石の殿様が、こうして落魄おちぶれておいでなさることも夢のようだし、その殿様と自分が、こうして膝つき合わせて友達気取りでお話をしているのも疑えば際限がないし、美しい男に化けるのが上手だという三吉狐が、もしや駒井の殿様に化けて、わたしを引っかけているのではなかろうか。それにしては、あんまり念がり過ぎる。そんなにしてまで、わたしを化かさなければならぬ因縁がありようはずはない……お角はいよいよ気味が悪くなってきた時に、今度は自分の坐っている縁の下で、ミシミシと一種異様な物音がしましたから、
「あれ!」

と言って甚三郎の傍へ身を寄せました。
 それは確かに、縁の下を物がっている音であります。
 その時に駒井甚三郎は、懐中へ手を入れると、革の袋に納めた六連発の短銃を取り出しました。
 お角は、駒井甚三郎なる人が、砲術の学問と実際にかけては、世にならぶ者のない英才であるということを知りません。また、大波の荒れる時にはあれほどに気象の張った女でありながら、稲荷様のたたりというようなことを、これほどに怖がるのを自分ながら不思議だとも思いません。
「わたし、なんだか怖くなりました」
 こう言って、甚三郎のおもてを流し目に見ると、取り出した短銃を膝の上へのせて微笑しているそのかおが、なんとも言われない男らしさと、水のしたたるような美しさに見えました。
 そこで、縁の下がひっそりとしてしまいました。ミシミシと音を立ててお角の坐っていた下あたりに這い込んだらしい物の音が、急に静まり返って、兎の毛のさわる音も聞えなくなりました。
「逃げてしまいましたろうか」
「いや、逃げはせん、この下に隠れている」
 お角が、おどおどしているのに、甚三郎は相変らず好奇心を以て見ているようです。
「いやですね、いやなお稲荷様に見込まれては、ほんとにいやですね」
 お角は、座に堪えられないほど気味悪がっているのに、
「動けないのだ……」
と言って、甚三郎は膝の上にのせた短銃をながめているのであります。
「おや、小さな鉄砲。殿様は、いつのまにこんなものをお持ちになりました」
 お角はその時、はじめて甚三郎の膝の上の短銃に気がついて、そうしてその可愛らしい種子たねしまであることに、驚異の眼を向けました。
「いつでもこうして……」
 甚三郎が、それを手に取り上げて一方にねらいをつけると、なぜかお角はそれを押しとどめ、
「殿様、おうちになってはいけません」
「なぜ」
「でも、お稲荷様を鉄砲でおうちになっては、ばちが当ります」
「罰?」
「ええ、そんなにあらたかなお稲荷様を鉄砲でおうちになっては、この上のたたりが思いやられます」
「ばかなことを」
 甚三郎はそれを一笑に附して、
「拙者も好んで殺生せっしょうはしたくはないが、畜生に悪戯いたずらされて捨てても置けまい」
「いいえ、どうぞ、わたしに免じて助けて上げてくださいまし、わたしはお稲荷様を信心しておりますから」
「稲荷と狐とは、本来別物だ」
「別物でも、おんなじ物でも何でもかまいませんから、そうして置いて上げてくださいまし、そのお稲荷様がそねむなら嫉まして上げようじゃありませんか、ね、そうして置いてお話を承りましょうよ、わたしゃ化かされるなら化かされてもようござんす」
「きつい信心じゃ」
 駒井甚三郎は苦笑いして、また短銃を膝の上に置くと、そのとき縁の下で、うーんとうなる声が聞えました。
「おや、殿様、人間でございますよ、お稲荷様じゃございませんよ」
「不思議だなあ」
 最初から心を静めて観察するの余裕を持っていた駒井甚三郎が、その物音や、気配を察して、人間と動物とを見誤るほどの未熟者ではないはずです。
 科学者であるこの人は、狐に関する迷信の類は最初から歯牙しがにかけず、ほんの一座の座興にお角を怖がらせてみたものとしても、人と獣の区別を判断し損ねたということは、おのれの学問と技倆との自信を傷つくるに甚だ有力なものと言わなければなりません。そこで甚三郎は短銃を片手に、ついと立ち上って、畳の上を荒々しく踏み鳴らしました。
 甚三郎が畳の上を踏み鳴らすとちょうど、仕掛物でもあるかのように、それといくらも隔たってはいないところの、囲炉裏いろりの傍の揚げ板が下からむっくりと持ち上りました。
「御免なさい」
 甚三郎もお角も呆気あっけに取られてそれを見ると、現われたのは狐でも狸でもなく、一個ひとつの人間の子供であります。
「お前は何だ」
 あまりのことに甚三郎も拍子抜けがして、おのれの大人げなきことが恥かしいくらいでした。
「御免なさい、御免なさい」
と言って子供は、揚げ板の中から炉の傍へ上って来ました。
 鼠色をした筒袖のあわせを着て、両手を後ろへ廻し、年は十歳とおぐらいにしか見えないが、色は白い方で、目鼻立ちのキリリとした、口許くちもとの締った、頬の豊かな、一見して賢げというよりは、美少年の部に入るべきほどの縹緻きりょうを持った男の子であります。
「お前さん、どうしたの」
 最初は怖れていたお角も、むしろ人間並み以上の子供であったものだから、落着いてとがめ立てをする勇気が出ました。
「助けて下さい」
 子供はそこへかしこまってお角のかおを見上げました。その時、見ればその眼が白眼がちで、ちらりとした、やや鋭いと言ってよいほどの光を持っているのを認められます。ただ、その身体の形を不恰好ぶかっこうにして見せるのは、最初から両手を後ろに廻しっきりにしているからです。
「どこから逃げて来たの」
「清澄山から逃げて来ました」
「清澄山から?」
「ええ、清澄で坊さんに叱られて、縛られました。おばさん、あたいの手を、縛ってあるから解いて下さい」
「縛られてるの、お前さんは」
 お角がなるほどと心得て、そこへちょこなんとかしこまった子供の背後うしろへ廻って見るとなるほど、その小さな両手を後ろに合せて、麻の細い縄で幾重いくえにもキリキリと縛り上げてありました。
 お角は一生懸命にその結び目を解いてやろうとしてあせったが、容易には解けそうもありません。
「ずいぶん固くゆわえてあるわね、これじゃなかなか取れやしない」
 お角はもどかしがって、ついにその縄の結び目へ歯を当てました。
小柄こづかを貸して上げようか」
 甚三郎は見兼ねて好意を与えると、お角は首を振って、
「いいえ、結んだものですから解けそうなものですね、解けるものを切ってしまうのは嫌なものですから」
 お角はしきりに縄の結び目へ歯を当てて、それを解こうとしましたが、いったいどんな結び方をしたものか知らん、ほんとに歯が立ちません。けれども、お角はれながらも、いよいよ深く食いついて、かおをしかめながらも首を左右に振っています。
「おばさん、ずいぶん固く結えてあるでしょう、岩入坊がんにゅうぼうが縛ったんですからね、とても駄目でしょうよ、口では解けないでしょうよ、刃物で切っちまって下さい」
 子供は、ややませた口ぶりで、お角のすることの効無かいなきかをふうするように言いますから、こんなことにも意地になったものと見え、
「いま解いて上げるよ、結んだものだから解けなくちゃあならないんだから。切ってはなんだか冥利みょうりが尽きるわよ」
 お角はしきりに縄に食いついて放そうともしません。
「岩入坊は縛るのが名人だからね、岩入に縛られちゃ往生さ」
 子供は、こんなことを言いながら、お角のするようにさせておりました。
「あ、痛!」
 あまり力を入れて、歯を食い折ったか、ただしは唇でも噛み切ったか、かおを引いたお角の口許に、にっと血がにじんでおりました。
「解けましたよ」
 その時にお角は、クルクルと縄の一端を持ってほごしてしまいました。
 子供の手を自由にしてやって、お角は元の座に戻り、紙をさがして口のあたりを拭きました。滲み出した血を、すっかり拭き取って平気な顔をしているから、大した怪我ではないでしょう。
「どうも有難う」
 子供はそこで、お角と甚三郎の前へ両手を突いてお辞儀をします。
「清澄から、これまで一人で来たのか」
「エエ、一人で逃げて来ました」
 そこで甚三郎は、じっとこの子供の顔を見つめました。清澄は安房あわの国の北の端であって、洲崎すのさきはその西のはてになります。いくら小さい国だと言ったところで、国と国との両極端に当るのです。その間を、この少年が両手を後ろに縛られたままで、ここまで逃げて来たということが嘘でなければ、ともかくもそこに、非凡なものの存することを認めないわけにはゆかなかったのでしょう。けれども甚三郎は、そのことを尋ねないで、
「何で、そんなに縛られるようなことをしでかしたのだ」
悪戯いたずらをしたものですから、それで縛られました」
「悪戯? どんな悪戯を」
「ちょっとしたことなんです、ちょっと悪戯をしたんだけれども縛られてしまいました、縛られて、門前の大きな杉の木へつながれてしまいました、それを弁信さんに解いてもらいました、ぐずぐずしていると、岩入坊にまたひどい目に遭わされるから、早くお逃げって弁信さんがそう言ったもんだから、後ろ手にゆわかれたのを解いてもらう暇がなくって、一生懸命に、人に見つからないようにこうして逃げて来ました」
「それはよくない、ナゼ逃げ出さないで、お師匠さんに謝罪あやまることをしないのだ」
「駄目、駄目、あたいは、もう、あんなところは早く逃げ出したくって堪らなかったのよ、もう帰らないや」
「お前、お寺にいて坊さんになるのが嫌なのか」
「いいえ、あたいは清澄のお寺に預けられていたけれど、坊さんになるつもりじゃなかったの、お寺の方では、あたいを坊さんにするつもりであったかも知れないけれど、あたいは坊さんになる気なんぞはありゃしない」
 一通りの白状ぶりを聞いても、そんなに大した悪戯いたずらをする悪少年とも見えません。けれども甚三郎は、この少年を問いただすことに興味を失わないで、
「そして、お前、これからどこへ行くつもりなのだ」
「あたいは、これから芳浜へ帰ろうと思うんだけれども、芳浜へは帰れないや、だから舟に乗ってどこかへ行ってしまいたいと思っているのよ」
「芳浜にお前の実家うちがあるのか」
「あたいの実家じゃない、お嬢さんの家があるんですよ」
「お嬢さん……主人の娘だな。清澄へ行く前、そこに居候いそうろうをしていたのか」
「あたいは、お嬢さんに可愛がられていたのよ、お嬢さんが、あんまり、あたいを可愛がるもんだから、それでみんなが、あたいをお嬢さんの傍へ寄せないようにしてしまったのですね、お嬢さんきっと、あたいに会いたがるに違いない」
 子供はすずしい眼をして甚三郎の面を打仰ぎました。お嬢さんに可愛がられてる……それがなんとなく甚三郎の心を温かいものにして微笑ほほえませました。
「そのお嬢さんというのは幾つになる」
「今年、十八になるでしょうね」
と言って小首をかしげるところを見れば、どう見ても愛くるしい美少年で、決して悪戯をしたために、これほどまで無惨に縛られ、縛られた上に、清澄の山から洲崎の浜まで走って来るほどの不敵な少年とは思われません。甚三郎は優しく、
「そうか、近いうち、拙者わしも舟であちらの方へ出かけるから、その時に連れて行ってやろう、そうしてお嬢さんとやらに会わせてやろう」
「有難う。それでもね、お嬢さんにゃ会えませんよ」
「どうして」
「みんなが会わせないんだもの」
「なぜ会わせないのだ」
「あたいは、お嬢さんにだけは可愛がられるけれども、ほかの者にはみんな憎まれてるから」
「みんなの人が、なぜ、そんなにお前を憎むのだ」
「なぜだか、あたいにはわからないんだ、みんなの人が、あたいを憎んでお嬢様に会わせないように、清澄の山へ預けちまったんですからね」
「何かお前が悪いことをしたのだろう」
「いいえ、何も悪いことをしやしません、悪いことといえば、あたいが、あんまりお嬢様に可愛がられるから、それが悪いんでしょうよ。そのほかにはね……あたいは、虫を捕ることが好きなんですよ、虫を捕ることだの、鳥と遊ぶことだの、それから、笛を吹くことだの……」
 その時まで黙って聞いていたお角が、あわて気味で口をはさみました。
「ちょっとお待ち。お話のうちだが、それではお前さんが、あの芳浜の茂太郎さんというんじゃないの」
「ええ、あたいがその茂太郎ですよ」
「そう、驚きましたね、わたしはまた、お前さんを頼むために、こうしてわざわざ房州までやって来たのですよ」
「おばさん、あたいを頼みに来たの」
 少年は、やや眼を円くして、お角のかおを見上げましたが、その頼みに来たという事情を、さのみ立入って知りたいというほどでもありません。
「ええ、お前さんを頼みに来たのよ、それがために途中で大難に遭って、こうしてお世話になっているの」
「そうですか」
「そうですかじゃない、ほんとに生命いのちがけで江戸から、お前さんを尋ねに来たんじゃないか」
 お角ははずむけれども少年は、
「江戸から?」
と言って、前よりは少しく耳を傾けただけのことです。それもお角が無暗に、大難だとか生命がけだとかいうのに引きつけられたのではなく、江戸からと言った地名だけに引っかかったものとしか思われません。
「そうよ」
「江戸には、おばさん、山は無いんでしょう、だから蛇だって、そんなにいやしないでしょう、わたしを頼んで行ってどうするの」
「そりゃね……」
と言って、お角が少しばかり口籠くちごもりました。少年は、それに頓着せずに、
「今まで、あたいを頼みに来るのは、山方やまかたばっかりよ。あたいに鳥を追わせたり、蛇をつかまえさせたり、また虫を取って来て天気をうらなわせたりするんだけれど、江戸へ連れて行ってどうするんだろう。それでも、あたい江戸へは行ってみたいよ。お嬢さんとこに、幾枚も江戸の景色の絵があるんだ、それで見て知っているけれどもね、綺麗きれいなところだね。おばさん、ほんとうに連れてってくれるなら、あたい行ってもいいよ、おばさんとこに居候になっていてもいいよ」

         八

「それというのはね、まあ、聞いて下さいまし。この間の暴風雨あらしの晩のことでした、わたしが毎晩ああやってけている高燈籠の火が消えてしまいました、どんなに風が吹いても、雨が降っても、消えないはずの火が消えてしまいました、あの火が消えたばっかりに、海で船が沈んで、多くの人が死にました、まことに申しわけのないことでございます」
 盲法師の弁信はこう言って、その見えない眼から涙をポロポロとこぼして、口がけなくなりました。
「弁信さん、そりゃ仕方がありませんよ、なにもお前さんが消したというわけじゃあるまいし」
「いいえ、いいえ、わたしが消したんですよ、決して、あの晩の暴風雨あらしが消したわけじゃございません」
「だって弁信さん、お前がわざわざ消しに行ったわけじゃありますまい」
「いいえ、わたしのごうが尽きないから、それで、あの晩に限って火が消えてしまったんですね、わたしが、少しでも人様の眼を明るくして上げようと思ってしたことが、かえって人様の命を取るようになってしまいました、怖ろしいことでございます」
「けれども、そりゃ仕方がありませんよ、善い心がけでしたことも、悪いめぐり合せになるのは運ですからね、なにもあの晩に限って燈火あかりが消えて、それがために助けらるべき船が助けられず、救わるべき人が救われなかったといって、誰も弁信さんを恨むわけのものじゃありません、それでは、あんまり取越し苦労というものが過ぎますね」
「いいえ、いいえ、善い心がけでしたことが、悪いめぐり合せになるということは、決してあるものではございません、それが悪いめぐり合せになるのは、徳が足りないからでございます、業が尽きないからでございます」
「そりゃいけませんよ、善いことをすれば、善いめぐり合せになるときまったものじゃなし、かえって善いことをして、悪いめぐり合せになるためしが世間にはザラにあることなんだから、弁信さん、そんなに取越し苦労をしないで、山へお帰りなさいまし」
「いいえ、そうじゃないのです、善い人のけた火は、消そうと思っても消えるものじゃございません。御承知でございましょうが、天竺てんじく阿闍世王あじゃせおうが、百斛ひゃっこくの油を焚いて釈尊を供養くよう致しました時、それを見た貧しい婆さんは、二銭だけ油を買って釈尊に供養を致しました、貧しい婆さんの心は善かったものでございますから、阿闍世王の供えた百斛の油が燃え尽きてしまっても、貧しい婆さんの二銭の油は、決して消えは致しませんでした、消えないのみならず、いよいよ光を増しました、暁方あけがたになって目連尊者もくれんそんじゃが、それを消しにおいでになって、三たび消しましたけれど、消えませんでございました、袈裟を挙げてあおぐとその燈明の光が、いよいよ明るくなったと申すことでございます。それほどの功徳くどくも心一つでございますのに、それに、わたしがああやって心願を立てて、毎晩毎晩点けにあがる高燈籠が、あの晩に限って消えてしまったというのは因果でございます、業でございます、わたしの徳が足りないんでございます。徳の足りないものが、ごうの尽きない身を以てお山を汚していることは、お山に対しても恐れ多いし……わたし自らの冥利のほども怖ろしうございますから、それでわたしは、お山をお暇乞いとまごいを致しました、皆様がいろいろにおっしゃって下さいましたけれども、わたしは自分の罪が怖ろしくて、お山に留まってはおられませんでございます。皆様お大切に、これでお別れを致します……これが一生のお別れになるか知れませんでございます」
 こう言って、盲法師の弁信は泣きながら、草鞋わらじばきで、笠はかぶらないで首にかけ、例の金剛杖をついて清澄の山を下ってしまいました。それは暴風雨あらしがあってから五日目のことで、誰がなんと言っても留まらず、山を下って行く、その後ろ姿がいかにも哀れであります。

         九

 それとほぼ時は同じですけれども、ところは全然違った中仙道の碓氷峠うすいとうげの頂上から、少しく東へ降ったところの陣場ケ原の上で、真夜中に焚火を囲んでいる三人の男がありました。
 一昨夜の暴風雨あらしで吹き倒されたらしい山毛欅ぶなの幹へ、腰をおろしているものは、南条つとむであります。この人はかつて甲府の牢にとらわれていて、破獄を企てつつ宇津木兵馬を助け出した奇異なる浪士であります。
 その南条力と向き合って、これは枯草の上に両脚を投げ出しているのは、いつもこの男と影の形に添うように、離れたことのない五十嵐甲子雄いがらしきねおであります。甲府の牢以来、この二人が離れんとして離るるあたわざる※(「孑+子」、第3水準1-47-54)ふたごの形で終始していることはあえて不思議ではありませんが、その二人の側に控えて、いっぱしのつもりで同じ焚火を囲んでいるもう一人がろくでもない者であることは不思議です。碌でもないと言っては当人も納まるまいが、この慨世憂国の二人の志士を前にしては、甚だ碌でもないというよりほかはない、例のがんりきの百蔵であります。
「その屋敷でござんすか、そりゃこの峠宿とうげじゅくから二里ほど奥へ入ったところの美平うつくしだいらというところが、それなんだそうでございます。今はそこには人家はございませんが、そこが、碓氷の貞光さだみつの屋敷跡だといって伝えられてるところでございます」
 がんりきの百は、いっぱしのかおをして案内ぶりに話しかけると、
「なるほど」
 南条力はいい気になってうなずいてそれを聞いている取合せが、奇妙といえば奇妙であります。ナゼならば、南条力は少なくともこのがんりきの百なるものの素行そこうを知っていなければならない人です。それは甲州街道で、このがんりきの百が男装した松女まつじょのあとを、つけつ廻しつしていた時に、よそながら守護したり、取って押えたりして、お松を救い出したのはこの人であります。百にしてからが、この人の怖るべくして、るべからざる人であり、ともかく自分たちには歯の立たない種類の人であることを、充分こなしていなければならないのに、こうして心安げになって、いっぱしの面をしていることが、前後の事情を知ったものには、どうも奇妙に思われてならないはずです。
 ところが、このがんりき先生は一向、そんなことには頓着なく、
「さあ、焼けました、もう一つお上んなさいまし。南条の先生、こいつも焼けていますぜ、五十嵐の先生、もう一ついかがでございます」
と言って、木の枝をうまく渡して、焚火にべておいた餅を片手でつまみ上げ、
「碓氷峠の名物、碓氷の貞光の力餅というのがこれなんでございます」
 得意げに餅を焼いて、二人にすすめ、
「何しろ源頼光の四天王となるくらいの豪傑ですから、碓氷の貞光という人も、こちとらと違って、子供の時分から親孝行だったてことでございますよ。親孝行で、そうして餅が好きだったと言いますがね、親孝行で餅が好きだからようございますよ、間違って酒が好きであってごろうじろ、トテも親孝行は勤まりませんや。どうも酒飲みにはあんまり親孝行はありませんね。わっしの知ってる野郎にかなりの呑抜のみぬけがあって、親不孝の方にかけちゃ、ずいぶん退けを取らねえ野郎ですが、或る時、くらい酔って家へ帰ると、つい寝ていた親爺の薬鑵頭やかんあたまを蹴飛ばしちまいましてね、あ、こりゃ勿体もったいねえことをしたと言ったもんです、それを親爺が聞いて、まあせがれや、お前も親の頭を蹴って勿体ないと言ってくれるようになったか、それでわしも安心したと嬉しがっていると、野郎が言うことにゃ、おやおや、おとっさんの頭か、おりゃまた大事の燗徳利かんどっくりかと思ったと、そうぬかすんですから、こんなのは、とても親孝行の方には向きませんよ。酒飲みがみんな親不孝と限ったわけじゃございませんが、餅の方が向きがようございます。その碓氷の貞光て人は餅が好きで、自分でいては自分でも食い、お袋様にもすすめてね、自分はその餅を食いながら、あの美平の屋敷から信州のお諏訪様まで日参りをしたというんですから、足の方もかなり達者でした。私共も足の方にかけちゃずいぶんおくれを取らねえつもりだが、ここから信州の諏訪へ日参りと来ちゃ怖れ入りますね。そんなわけで、これがこの土地の名物、碓氷の貞光の力餅ということになっているんでございます」
 がんりきの百蔵は、無駄話を加えて力餅の説明をしながら、しきりにそれを焼いては例の片手を上手に扱って二人にすすめると、それをうまそうに食べてしまった南条は、
がんりき、時間はどんなものだな」
「そうでござんすね、もうかれこれいい時分でございましょう」
 三人が同時にこうべをめぐらして西の方をながめました。この時分、最夜中は過ぎて峠の宿しゅくで、たったいま鳴いたのが一番鶏であるらしい。
「いったい、横川の関所は何時なんどきに開くのじゃ」
 五十嵐が言いますと、
「やっぱり、明けのつに開いて、暮の六つに締まるんでございます」
「そうして今は何時なんどきだ」
「一番鶏が鳴きました」
 がんりきは何か落着かないことがあるらしく、
「間違いはございませんが、念のためですからこれから私が、もう一ぺん峠の宿を軽井沢まで走って見て参ります」
「御苦労だな」
 こうして、がんりきの百は得意の早足で、峠の宿の方へ向いて行ってしまいました。そのあとで南条は、五十嵐にむかい、
「こんな仕事には誂向あつらえむきに出来ている男だ、何か、ちょっとした危ない仕事がやってみたくてたまらないのだ、小才こさいが利いて、男ぶりもマンザラでないから、あれでなかなか色師いろしでな、女を引っかけるに妙を得ているところは感心なものだ」
 こんなことを言って笑っていると、五十嵐は、
「女によっては、あんなのを好くのがあるのか知らん、どこかに口当りのいいところがあるのだろう」
「当人の自慢するところによると、あの片一方の腕を落されたのも、女の遺恨から受けた向うきずだと言っている。これと目星をつけた女で、物にならぬのは一人もない、なんぞと言っているところがあいつの身上だ」
 この時分に峠の宿で、また鶏が鳴きましたけれども、夜が明けたというわけではありません。
 いわゆる、碓氷峠うすいとうげのお関所というのは、箱根のお関所と違って、それは山の上にあるのではなく、峠の麓にあるのであります。
 くまだいらで坂本見れば、女郎が化粧して客待ちる……というその坂本の宿よりはなお十町も東に当る横川に、いわゆる碓氷峠のお関所があるのであります。
 このお関所を預かるものは安中あんなかの板倉家で、貧乏板倉と呼ばれた藩中の侍も、この横川の関所を預かる時は、過分のうるおいがあったということです。それは参覲交代さんきんこうたいの大名の行列から来る余沢よたくの潤いであるとのことです。
 けれども、ここを通る参覲交代の大名のすべてを合せても、その余沢は、一加州侯のそれに及ぶものではないとのことであります。
後共あとどもは霞引きけり加賀守
という百万石の大名行列は、年に二回は行われる。その年に二回の加賀様の行列によって、一年の活計を支えるほどの実入みいりを得ている者が、幾人あるか知れないということであります。
 それは大抵、五月と九月との両度に行われ、同勢は約千人もあったろうということで、金沢の城中から、鉄砲百挺、弓百挺、槍百筋を押立てて、ここまで練って来た一行が、鉄砲だけは関所を通すことが許されないから、坂本の宿の陣屋に鉄砲倉を立て、そこに預けておき、帰る時は、それを持ち出して国へ帰るということになっているのだそうです。関所でやかましいのは、鉄砲と、そうして女であることはここも他と変ることはなく、徳川幕府にとって頭痛の種であったこの二つの禁物のうちの一つは、そうして封じ込められて、関所を東へは一寸も動くことを許されないでいるが、東から来て西へ抜けようとする女は、まさか倉を立ててしまっておくわけにもゆかない代り、かなり厳しい詮議せんぎの下に、かろうじて通過を許されるのであります。それは、たとえ百万石の奥方といえども、関所同心の細君の手によって、一応その乳房をさぐられ、それから髪の毛の中を探された上で、はじめて通行の自由を認められる……それが本来の規則であったそうだけれども、そこにも当然抜け道はあって、表面だけの繕いで無事に通行ができるようになり、それらの余徳として、関所役人の懐ろのうるおいが増してくるようになったとは、さもありそうなことであります。
 その加州侯の潤わせぶりが、至って寛大で豊富であったから、その行列が宿々のものから喜ばれた持て方は非常のものでしたそうです。それで中仙道を、誰いうとなく加賀様街道と呼ぶようになったのは、名実共にさもありぬべきことと思われます。
 これに反して、嫌われ者は、尾張と薩摩で、これはどうかして三年に一度ぐらい、この関所へかかることがあるが、金は使わないくせに威張り散らすというかどで、関の上下におぞけを振わせたものだそうです。それで近頃まであの附近では、泣く児をだますのに、それ尾張様が来たといってオドかしたものだそうです。
 そんなようなわけで、碓氷峠の関所、実は横川の関所は、毎日、明けのつから暮の六つまで、人をいたり流したりしていましたが、これはもちろん、その時刻にしてはあまりに早過ぎることなのであります。
「さあ、やって来たぞ」
「来た、来た」
 南条と五十嵐とは、例の陣場ケ原の焚火から立ち上って、ながめたのは関所の方角ではなくて、やはり熊野の社の鎮座する峠の宿の方面でありました。
 なるほど、何物かがやって来る。耳を傾けると鈴の音が聞えるようです。ひづめの音もするようです。あちらの方から、馬を打たせて来るものがあることは疑うべくもありません。
 まもなくそこへ現われたのは、馬子にかれた二頭の馬でありました。
 峠を越ゆる馬は、一駄に三十六貫以上はつけられないのだから、荷物の重量としてはそんなに大したものとは思われないが、それに附添っている武士が三人あります。そうして馬の背の上に、梅鉢の紋らしいのが見えるところによって見れば、これは、やはりこの街道の神様である加州家にちなみのある荷馬にうまであることも推測おしはかられます。
 それと見た南条力は、ズカズカとその馬をめがけて進んで行きました。無論、五十嵐甲子雄もそれに従いました。
 これは、馬子も宰領も、すわやと驚かねばならぬ振舞です。この二人だからよいようなもの、そうでなければまさに山賊追剥の振舞であります。
「待ち兼ねていたわい」
 南条力は低い声でこう言って馬の前に立ち塞がると、不思議なことに馬も人も更に驚く風情ふぜいはなく、ハタと歩みをとどめてしまって、
「まず、上首尾」
と言った声は、前なる馬子の口から発せられました。落着いたもので、馬子風情の口吻くちぶりではありません。
 けれど、馬子の口から出たことは間違いがありません。
 その時に、馬に附添って来た三人の武士は、おの狼藉者ろうぜきもの! と呼ばわってきってかかりでもするかと思うと、それも微塵みじん騒がず、にわかに馬の側から立退いて、やや遠く三方に分れて立ちました。この陣場ケ原というところは、昼ならば碓氷峠第一の展望の利くところでありますから、そうして三方にめぐり立てば、どちらの方面から来る人の目を防ぐこともできます。
 ところで南条力は、右の一言を発しただけで、前にいた馬子の傍へ立寄ると、五十嵐甲子雄は二番目の馬子に近寄って、
「お役目御苦労」
と、やはり低い声で言いかけると、
「御苦労、御苦労」
と第二の馬子も、やはり馬子らしくない口調で一言ひとこといったきり。そこで、馬子は提灯ちょうちんを鞍へかけて、都合四人が、おのおのおのれの衣裳を脱ぎ換えはじめました。
 南条と五十嵐とは己れの衣類大小をことごとく脱ぎ捨てて、馬子はその簡単な馬子の衣裳を解いてしまうと、この両者は手早くそれを取換えて一着してしまいました。そうしてたちまちの間に南条力は第一の馬の馬子となり、五十嵐甲子雄は第二の馬の馬子となり、以前の二人の馬子は、雁首がんくびの変った南条、五十嵐になってしまいました。
 この時、三方に離れて遠見の役をつとめていた三人の武士は、急に立寄って来て、また馬の左右に附添いました。
 以前に馬子であった二人だけは、その馬の前にも立たず後にも従わず、東へ向いて行く一行を見送って立っているのであります。そうして馬の足音も、全く闇の中に消えてしまった時分に、二人は元の峠の宿の方へ引返してしまったから、そのあとの陣場ケ原には、焚火の燃えさしだけが物わびしくくすぶっているだけです。

         十

 その翌日、妙義神社の額堂の下で、なにくわぬかおをして甘酒を飲んでいるのは、がんりきの百でありました。
 縁台に腰をかけて、風合羽かざがっぱの袖をまくり上げて甘酒を飲みながら、しきりに頭の上の掛額をながめておりましたが、
とっさん、ここに大した額が上ってるね……」
と甘酒屋の老爺おやじに、言葉をかけました。
「へえへえ、なかなか大したものでございます」
 老爺は自分のものでもめられた気になって、嬉しそうに、同じく頭の上の額堂の軒にかかった大きな掛額をながめました。
「甲源一刀流祖逸見へんみ太四郎義利孫逸見利泰よしとしそんへんみとしやす……」
 筆太に記された文字を、がんりきの百は声を立てて読むと、
「秩父の逸見先生の御門弟中で御奉納になったのでございますが、当国では真庭の樋口先生、隣国では秩父小沢口の逸見先生、ここらあたりは、剣道の竜虎でございます」
 それを聞いて、がんりきの百も何かしら勇み出して、
「知ってるよ、とっさん、わしはいったい甲州者なんだがね、その甲源一刀流の秩父の逸見先生というのは、甲州の逸見冠者十七代の後胤こういんというところから甲斐源氏を取って、それで甲源を名乗ったものなんだ、だから何となく懐しいような気がして、こうしてさいぜんからながめているんだ」
「左様でございますか、お客様も甲州のお方でございますか、甲州はまことに結構なところだそうでございますね」
「あんまり結構なところでもねえのだが、爺さんよ、こうして、さっきからこの額面をながめているうちに、どうも気になってならねえことがあるんだが……」
「何でございます」
「ほかでもねえが、初筆しょふでから三番目のところに紙が貼ってあるだろう、比留間ひるまなんとやら、桜井なんとやらという人の名前の次にある人の名前は、何という方だか知らねえが、ああして頭からべっとり紙を貼ってしまったのは、ありゃいったいどうしたわけなんだ」
「あれでございますか、あれはね……」
 老爺おやじは心得て、何をか説明しようとするのを、気の短いがんりきの百は、
「あんまり味のねえやり方をしたもんだね、書き直すんなら書き直すんで、もっと穏かな仕方がありそうなもんじゃねえか、頭から無茶に白紙しらかみを貼りかぶせてしまったんじゃ、見た目があんまり良い気持がしねえ、御当人だって晴れの額面へ持って行って、自分の名前だけ貼りつぶされたんじゃ浮ばれねえだろうじゃねえか。これだけの御門弟のうちに、そこに気のつく人はねえのかな。削り直したところで何とかなりそうなもんだ、り抜いて埋木うめきをしておいたって知れたもんだろう、なんにしたって、ああして白紙を貼りかぶせるのは不吉だよ」
 しきりに腹を立てて見ている額面には、なるほど、初筆から三番目あたりの門弟の人の名の上に、無惨に白紙が貼りつけてあるのであります。老爺おやじはその時、前の言葉をついで、
「あれはお客様、なんでございますよ、どなたもみんな、あれを御覧になると、そうおっしゃいますんでございますが、皆さん御承知の上で、ああいうことになすったんでございますから仕方がありませんので」
「エ、みんな承知の上だって? 承知の上でああして貼りつぶしちゃったのかい」
「ええ、左様でございます、あの下に、机竜之助相馬宗芳というお方のお名前が、ちゃんと書いてあるんでございます」
「何だって? 机竜之助……」
 がんりきの百はかおの色を変えました。釜の前に立っていた老爺は、わざわざ縁台の方へ歩き出して来て、
「剣道の方のお方が、ここへおいでになってあれを御覧になると、どなたもみんな惜しい惜しいとおっしゃらない方はございません、なかには涙をこぼすほど惜しがって、この下を立去れないでいらっしゃるお方もございます」
「うーん、なるほど」
 がんりきは何に感心したか、面の色を変えてうなり出し、改めてその紙の貼られた額面を穴のあくほど見ています。
「惜しいお方ですけれども、剣が悪剣だそうですから、どうも仕方がございません」
「悪剣というのは、そりゃ何のことなんだい」
 がんりきは投げ出すような荒っぽい口調で、老爺を驚かせました。
「どういうわけですか、皆さんがそうおっしゃいます、それがために逸見先生の道場から破門を受けて、その見せしめのために、ああしてお名前の上へ、べったりと紙を貼られておしまいになってから、もうかなり長いことでございます」
「なるほど、そりゃありそうなことだ」
「けれどもまた、その御門弟衆のうちでも、惜しい惜しいとおっしゃるお方がございます。他国からこのお山へ御参詣になった立派な武芸者のお方で、この額を御覧になり、ああ、机竜之助は今どこにいるだろう、あの男に会ってみたい……と十人が十人まで、申し合わせたようにそうおっしゃって、あの額を残り惜しそうに御覧になるのが不思議でございますから、私がその仔細しさいを一通りお聞き申しておきました。お聞き申してみると、なるほどと思われることがありますんでございますよ」
「ふむ、そりゃそうだろう」
「もとの起りからそれを申し上げると、ずいぶん長くなりますんですが……」
 それでも老爺は、その長きをいとわずに、ずいぶん話し込んでみようと自分物の縁台に、がんりきと向き合って腰を卸そうとした時に、麓の方からにぎやかしい笛と太鼓の音が起ったので、その腰を折られました。
 麓から登って来るのは、越後の国から出た角兵衛獅子の一行であります。その親方が、てれんてんつくの太鼓をち、その後ろの若者が、ヒューヒューヒャラヒャラの笛を吹き、それを取捲いた十歳とおぐらいになる角兵衛獅子が六人あります。
しちや、かたばち、
小桶こおけでもてこい、
すってんてれつく庄助さん
なんばん食ってもからくもねえ
 この思いがけない賑やかな一行の乗込みで、せっかくの話の出鼻をすっかり折られた老爺は、呆気あっけに取られたかおをしているところへ、早くも乗込んだ六人の角兵衛獅子が、
「角兵衛、まったったあい――」
 卍巴まんじどもえとその前でひっくり返ると、てれてんつくと、ヒューヒューヒャラヒャラが、一際ひときわ賑やかな景気をつけました。
 ほかにお客というのはないんだから、この角兵衛獅子の見かけた旦那というのは、おれのことだろう。そこでがんりきの百は、どうしても御祝儀を気張らないわけにはゆかなくなりました。
「兄貴に負けずにしっかりやんなよ」
と言って、がんりきは例の左手で懐ろから財布を引き出すと、その中から掴み出した一握りを、鶏の雛に餌を撒くような手つきで、バラッと投げ散らしました。
 がんりきの百は、角兵衛獅子を相手に大尽風だいじんかぜを吹かしていると、妙義の町の大人も子