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大菩薩峠

慢心和尚の巻

中里介山




         一

 お銀様は今、竜之助のために甲陽軍鑑の一冊を読みはじめました。
それがし高坂弾正かうさかだんじやうと申して、信玄公被管ひくわんの内にて一の臆病者也、仔細は下々しもじもにて童子わらべこどものざれごとに、保科ほしな弾正やり弾正、高坂弾正にげ弾正と申しならはすげに候、我等が元来を申すに、父は春日大隅かすがおほすみとて……」
 それは巻の二のほんの第五を、はじめから、お銀様はスラスラと読みました。
 竜之助がおとなしく聞いているために、品の第六を読みおわって第七にかかろうとする時分に、
「有難う、もうよろしい」
「夜分には、また源氏物語を読んでお聞かせしましょう」
 二人ともに満足して、その読書を終りました。お銀様は書物に疲れた眼を何心なく裏庭の方へ向けると、小泉家の後ろには竹藪たけやぶがあって、その蔭にまだお銀様の好きな椿つばきの花が咲いておりました。お銀様はそれを見るとわざわざ庭へ下りて、その一輪を摘み取って来ました。重々しい赤い花に二つの葉が開いています。
「お目が見えると、この花を御覧に入れるのだけれど」
 柱にもたれていた竜之助の前へ、お銀様はその花を持って来ました。
「何の花」
「椿の花」
 お銀様はその花を指先に挿んで、子供が弥次郎兵衛をもてあそぶようにしていました。
「たあいもない」
 竜之助はその花を手に取ろうともしません。お銀様は、ただ一人でその花をいじくりながら無心にながめていました。
 さてお銀様は、机の上をながめたけれども、そこに、有野村の家の居間にあるような、一輪差しの花活はないけも何もありません。
「お銀」
 竜之助はお銀様の名を呼びました。それはおのが妻の名を呼ぶような呼び方であります。
「はい」
 お銀様はこう呼ばれてこう答えることを喜んでいました。自分から願うてそのように呼ばれて、このように答えることを望んでいるらしい。
 けれども竜之助は呼び放しで、あとを何の用とも言いませんでした。ただ名を呼んでみて、呼んでしまっては、もうそのことを忘れてしまっているようでしたが、実はそうではありません。
「あなた」
 お銀様は椿の花をかおに当てて、その二つの葉の間から竜之助の面をながめました。
「この花をどうしましょう、わたしの一番好きな椿の花」
 お銀様はクルクルと、椿の花を指先であやつりました。
 竜之助は返事をしません。けれどもお銀様はそれで満足しました。
「生けておきたいけれども、何もございませんもの」
 お銀様は、わざとらしくその花を持ち扱って、机の上や室の隅などを見廻しました。この一間に仏壇があることは、お銀様も前から知っていました。けれども、この花は仏に捧げようと思って摘んで来た花ではありません。ところが、持余もてあまし気味になってみると、そこがこの花の自然の納まり場所であるらしい。
 お銀様はその一花二葉の椿を持って、仏壇の扉をあけた時に、まだそんなに古くはない白木の位牌いはいがたった一つだけ、薄暗いところに安置されてあるのを見ました。位牌が古くないだけにその文字も、骨を折らずに読むことができます。
悪女大姉あくじょだいし
と読んでお銀様は、手に持っていた椿の花を取落しました。
「悪女大姉」の戒名かいみょうは、尋常の戒名ではありません。
 不貞の女をもなお且つ貞女にし、不孝の子をもなお孝子として、彼方あなたの世界へ送るのが人情でもあり、回向えこうでもあるべきに、これはあまりに執念しゅうねんの残る戒名であります。
 何の怨みあってその近親の人が、この位牌をまつるのだかその気が知れないと思いました。また何の意趣があって、引導の坊さんがこの戒名をえらんだのだか、その気も知れないと思いました。
 それがお銀様にとっては、単に文字の示す悪い意味の不快な感じだけでは留まりませんでした。悪女! お銀様はむらむらとして、ここにまで自分を見せつけられるいきどおりから忍ぶことができないもののようです。けれども、この位牌はお銀様に見せつけるために置かれたものでないことは、その木の肌を見ても、墨の色を見てもわかることであります。
 お銀様がここへ来るずっと前から、たった一つ、こうしてここに置かれてあったのだということも、いかにたくましい邪推を以て見てもそれは疑えないのであります。
 お銀様は、悪女の文字から来る不快と悪感おかんとをこらえて、そのことは竜之助に向って一言も言いません。せっかくの椿の花を拾い上げて、わざと後向きに花立へ差して、仏壇の扉を締めてしまいました。
 その晩のこと、お銀様は竜之助を慰めるために話の種の一つとして、ふと、このことを言い出す気になって、
「そこにお仏壇がありまする、その中に、妙な戒名を書いたお位牌がたった一つだけ入れてありました、何のつもりで、あんな戒名をつけたのだか、わたしにはどうしてもわかりませぬ」
「何という戒名」
「悪女大姉というのでございます」
「悪女大姉? どういう文字が書いてあります」
「悪というのは善悪の悪でございます、女というのは女という字」
「なるほど、悪女大姉、それは妙な戒名じゃ」
「ほんとにいやな戒名ではござんせぬか」
「戒名には、つとめて有難がりそうな文字をつけるのに」
「それが悪女とはどうでございます、死んだ後まで、悪女と位牌に書かれる女は、よほどの悪いことをしたのでございましょう」
「誰かの悪戯いたずらだろう」
「いいえ、そうではございませぬ、立派な位牌にその通りしるしてあるのでございます」
「はて」
「もしわが子ならば親が無言だまってはおりますまい、妻ならば夫たる人が、悪女と戒名をつけられて無言だまっていよう道理がございませぬ」
「どうもせぬ、読み違えではないか」
「いいえ」
「その悪女の悪という字が、たとえば慈とか悲とかいう文字が、墨のかげんでそう見えるのではないか」
「そうではございませぬ」
「慈女大姉、悲女大姉、その辺ならばありそうな戒名だが、好んで悪女と附ける者はなかろう、それは御身の読み違えに相違ない」
「いいえ、確かに」
 お銀様は、確かに自分の眼の間違いでないことを主張したけれども、そう言われてみると、懸念けねんが起りました。
「そんならば、もう一度見て参りましょう」
 お銀様はそれを曖昧あいまいに済ますことができない性質たちです。立って仏壇をあけて見ましたけれども、仏壇の中は暗くありました。
「それごらんあそばせ、悪女」
 取り出してよいものか悪いものか懸念をしながら、お銀様は自説の誤らないことを保証するために、行燈の光までその位牌を持ち出しました。
「確かに悪女? そうして裏には……」
 竜之助に言われて、お銀様が位牌の裏を返して見ると、そこには「二十一、とりの女」と記してありました。

 その翌朝、竜之助は、お銀様に手を引かれて、小泉家の裏山へ上りました。
 こみち辿たどって丘陵の上まで来ると、そこに思いがけなく墓地がありました。林に囲まれた芝地の広い間には、多くの石塔といくつかの土饅頭どまんじゅうが築かれてありました。墓地ではあったけれども、そこは日当りがよくて眺めがよい。そこから眺めると目の下に、笛吹川沿岸の峡東こうとうの村々が手に取るように見えます。その笛吹川沿岸の村々を隔てて、甲武信こぶしたけから例の大菩薩嶺、小金沢、笹子、御坂みさか、富士の方までが、前面に大屏風おおびょうぶをめぐらしたように重なっています。それらの山々は雲をかぶっているのもあれば、雪をいただいているのもあります。
 お銀様は、その山岳の重畳と風景の展望に、心を躍らせて眺め入りました。
 山岳にも河川にも用のない机竜之助は、日当りのよいことが何より結構で、お銀様が風景に見恍みとれている時に、竜之助はよい気持であたりの芝生の上へ腰を卸して、日の光を真面まともに浴びている。
「あなた、そこはお墓でございますよ」
 お銀様に言われて、そうかと思ったけれども、あえて立とうとはしません。
 竜之助の腰を卸していたところは墓に違いありません。ほかの墓とは別に、孤島はなれじまのように少しばかり土を盛り上げたところに、無縫塔むほうとうのような形をした高さ一尺ばかりの石が一つ置いてあるだけでありました。その前には、竹の花立があったけれど、誰も香花こうげ手向たむけた様子は見えず、腐りかけた雨水がいっぱいに溜っているだけです。
 竜之助が動かないから、お銀様もまた、その近いところへうずくまりました。ここは誰も人の来る憂えのないところです。天の日は二人ばかりのために照らし、地の上は二人ばかりを載せているもののようです。
 あたりの林も静かでありました。丸腰で来た竜之助は、ついにそこへゴロリと横になって肱枕ひじまくらをしてしまいました。竜之助の横になって肱枕をしたその頭のあたりがちょうど、無縫塔の形をした石塔のあるところであります。
 それだから竜之助は、墓を枕にして寝ているもののようです。寝ている竜之助はそれをなんとも思ってはいないらしいが、傍で見たお銀様は、快い形と見ることができません。この人に墓を枕にして眠らせるということが、好ましいことではありません。それとも知らずに竜之助は、
「こんなところで死にたいな」
と言いました。けれどもそれはうそです。竜之助がこう言ったのは、それは、あんまり日の当りがよくて、そこに足腰をゆるゆると伸ばした心持が譬え様がないから、そう言ったのだけれど、お銀様は、やはりその言葉を不吉の意味があるもののように聞いて、
「石になってはつまりませぬ」
 お銀様はこう言いながら、ほとんど二人並んで寝るように片手を伸べて、竜之助の頭の石塔の石をでました。石を撫でながら、なにげなく石の裏を見ると、そこに、「二十一、とりの女の墓」と小さく刻んであるのが、はからず眼に触れてゾッとしました。その気になって見れば、この石塔の前面には何の文字もなくて、裏にだけ遠慮をしたもののように「二十一、酉の女の墓」と刻んであるのが異様です。なお他にある総ての墓とは、ほとんど除物のけもののようにされて、この墓だけが一つ、ここに置かれてあることも異様です。
 それよりもまた、お銀様の胸を打ったのは、昨夜調べてみた「悪女大姉」の位牌の裏の文字が、これと同じことの「二十一、酉の女」の文字であったことです。
 この文字を見た時にお銀様は、蛇を踏んだような心持になりました。寝ていた机竜之助は、何を思ったか、むっくりと頭を上げて起き直り、
「お銀どの」
「はい」
「あの、ここは何村というのであったかな」
「ここは東山梨の八幡やわた村」
「東山梨の八幡村?」
「八幡村の大字おおあざ江曾原えそはらと申すところでございます」
「八幡村の江曾原!」
 竜之助がいま改めてそれを聞くのはあまりに事が改まり過ぎる。ここへ来てからも相当の日数があるのだから、仮りにも現在のおのれのいる土地の名前を記憶しておらぬということはあるまい。けれどもこの人は、初めてそれを聞くもののように、念を押して尋ねて再びそれを繰返しました。
「して、いま我々が厄介になっている家の主人の名は」
「小泉と申します」
「小泉……それに違いないか」
「いまさら、そのような御念を」
「八幡村の小泉家――そこへ、拙者も、お前も、今まで世話になっていたのか」
「それがどうかなさいましたか」
「小泉の主人というのは、拙者の身の上も、お前の身の上もみんな承知で世話をしているのか」
「いいえ、わたしの身の上は知っておりますけれど、あなたのことは少しも」
「それと知らずにこうして、隠して置いてくれるのか」
「左様でございます」
「お銀どの、そなたの家は甲州でも聞えた大家であるそうじゃ」
「改めて左様なことをお聞きになりますのは?」
「お前はここからその実家うちへ帰ってくれ」
「まあ、何をおっしゃいます」
「小泉の主人に頼んで、実家へびをして帰るがよい、今のうちに」
「わたしに帰れとおっしゃるのでございますか、わたし一人を有野村へ帰してしまおうとなさるのでございますか」
生命いのちが惜しいと思うならば、一刻も早く帰るがよい、もし生命が惜しくないならば……それにしても帰るがよい」
「何のことやらさっぱりわかりませぬ」
「わからないうちに帰るがよい、危ないことじゃ、これから先へ行くと、お前も悪女になる」
「悪女とは?」
「悪女大姉、二十一、とりの女がいま思い当ったよ」
「あなたのお言葉が、いよいよわたしにはわからなくなりました」
「わかるまい、悪女大姉、二十一、酉の女というのは、拙者にも今までわからなかった」
「あれはどうしたわけなのでございます」
「あれはな」
「はい」
「あれは、人に殺された女よ」
「かわいそうに。そうしてどんな悪いことをしましたの」
「お前がしたような悪いことをした」
わたしがしたような悪いこととは?」
「男の魂を取って、それを自分のものにしようとしたからだ」
「妾はそんなことは致しませぬ」
「いまに思い知る時が来る」
 竜之助が石塔の頭へ手をかけて立ち上った時に、どこからともなく一陣の風が吹き上げて来ました。その風が、颶風つむじかぜのようにさっ四辺あたりの枯葉を捲き上げました。紛乱ふんらんとして舞い上る枯葉の中に立った竜之助は、今その墓から出て来たもののようであります。
「なんだか、わたしは怖ろしうございます」
 日はかがやいているのに、お銀様はその周囲まわりが鉛のように暗くなることを感じました。

         二

 机竜之助はその晩、ふらふらとして小泉の家を出でました。
 お銀様は竜之助の出たことを知りませんでした。それは竜之助がお銀様の熟睡を見すまして、そっと抜け出でたからであります。
 小泉の家の裏手を忍び出でた竜之助は、腰に手柄山正繁の刀を差していました。これは神尾主膳から貰ったものであります。手には竹の杖を持っていました。これも甲府以来、外へ出る時には離さなかったものであります。かおは例によって頭巾ずきんで包んでいました。
 その歩き方は、甲府において辻斬を試みた時の歩き方と同じであります。あるところはほとんど杖なしで飛ぶように見えました。あるところは物蔭に隠れて動かないのでありました。自然、甲府でしたことを、ここへ来ても繰返すもののように見えます。
 けれどもここは甲府と違って、人家もまばらな田舎道いなかみちであります。笛吹川へ注ぐ小流れに沿って竜之助は、やや下って行ったけれど誰も人には会いません。人には逢うことなくして、水車の車のめぐる音を聞きました。竜之助がその水車の壁に身を寄せた時に、一方の戸がガタガタと音をして開きました。
「それでは新作さん、行って来ますよ」
 それは若い女の声。
「ああ、気をつけておいで」
 それは若い男の声。
「ずいぶん暗いこと」
 若い女は外の闇へ足を踏み出しました。手拭をあねさんかぶりにして、粉物を入れたを小脇にし、若い女の人は甲斐甲斐かいがいしく外へ出て、外から戸を締めようとしました。
 小屋の中でうすのあたりを小箒こぼうきで掃いていた若い男は、その手を休めてこちらを向いて、
たぬきに見込まれないようにしろや」
と言って笑うと、
「大丈夫だよ、わたしなんぞを見込む狸はいないから」
 女もまた、小屋の中を見込んで笑いながら戸を締めました。
 女はこう言い捨ててスタスタと草履ぞうりの音を立てながら、小流れの堤を上の方へと歩いて行きます。
 この水車はある一箇の人の持物ではなくて、この八幡村一郷の物であります。一軒の家が一昼夜ずつの権利を持っている共有物でありました。その当番に当った家では、その機会においてなるべく多くの米をき、麦をかねばなりませんでした。これがために、いつもこの水車小屋には徹夜の働き手がいます。
 もし若い娘がその当番の夜に働いていたならば、それと馴染なじみの若い男が手伝いに来たがります。馴染でない若い男もやって来たがります。もしまた出来てしまった間柄である時には、その馴染であるとないとにかかわらず、手を引いてこの水車小屋の一夜を、水入らずのかせとして許すのであります。
 右の若い女が土手道をスタスタと歩いて行く時に、机竜之助は壁の下から軽く飛んで出でました。いくばくもなくその娘のあとから追いつきました。追いついたというけれど、それはほとんど風のようです。風は微風でも音がするけれど、竜之助の追いついた時までは音がしませんでした。
 でも女はその音を聞かないわけにはゆきません。
「おや?」
 を抱えたままで振返ると、そこに真黒い人影が、いっぱいに立ちはだかっているのを見ました。
「物を尋ねたい」
「はい」
 女はワナワナとふるえました。
 女はワナワナと慄えて、立っていられないために地面へすくんでしまおうとした時に、竜之助は右の猿臂えんぴを伸ばして、女の首筋を抱えてしまいました。
「あれ!」
と叫ぶ口を、竜之助は無雑作むぞうさに押えてしまいました。女は箕を取落して、そこら一面に濛々もうもうと粉が散乱しました。
「お前は小泉という家を知っているか」
 こう言いながら竜之助は、いったん固く押えた女の口をゆるめました。
「はい……」
 女は再び叫びを立てるほどの気力がありません。
「それはどこだ」
「小泉の旦那様は……」
「小泉の主人を尋ねるのではない、小泉の家にお浜という女があったはず、それをお前は知っているか」
「小泉のお浜様は……もうあのお家にはおいでがございません」
「どこへ行った」
「お嫁入りをなさいました」
「それから?」
「それからのことは存じませぬ」
「知らぬということはあるまい」
「存じませぬ」
「人のうわさではそれをなんと言っている」
「人の噂では……」
「気を落つけて、人の噂をしている通りを、わしに聞かしてくれ」
「人の噂では、お浜様はよくない死に方をなされたそうでございます」
「よくない死に方とは?」
「悪い奴に殺されたのだなんぞと、村では噂をしているものもありますけれど、わたしはそんなことは知りませぬ」
「悪い奴に殺されたと? どこで……」
「はい、お江戸とやらで殺されて、骨になったのを、こっそりとこの村へ届けた人があって、それでお浜様の幽霊が出るなんぞと若い衆が言っていますけれど、わたしなんぞは何も存じませんから、どうか御免なすって下さいまし」
「お前はどこの娘だ」
「わたしは……」
「お前の歳は?」
「十八でございます、助けて下さいまし」
「十八……それで名は?」
「名前なんか申し上げるようなものではございません」
「いま水車小屋にいた若い男はありゃ、お前の兄弟か、亭主か」
「あれは新作さんでございます」
「新作というのは?」
「この村の若い者」
「お前はあの男を可愛いと思うか」
「それは、あの人はゆくゆくわたしと一緒になる人……」
「うむ、わしはこの通り眼が見えないけれど、感で見ると、お前は可愛い娘らしい、お前に可愛がられる若い男は仕合せ者じゃ」
「あなた様は、わたしをどうなさるんでございます」
「小泉のお浜を殺したのは拙者おれだ」
「エ、エ!」
「その供養くようのために、お前を頼むのだ」
「ああ怖い」
「これから後、拙者の差している刀に血の乾いた時は、拙者の命の絶えた時じゃ」
「わたしを殺すのでございますか、わたしをなぜ殺すんでございます、いま死んでは新作さんに済みませぬ」
「それは拙者の知ったことでない、こうせねばお浜への供養が済まぬ」
「あれ!」
「斬ってしまえば雑作ぞうさはないけれど、これはお浜へ供養の血」
「苦しい!」
「存分に苦しがれ」
「ああ苦しい!」

 夜中過ぎに机竜之助は帰って来ましたけれども、竜之助が帰って来た時までお銀様は、竜之助の出たことを知りませんでした。
 そっと帰って来て、行燈あんどんの下で頭巾ずきんを取ろうとした時にお銀様は眼がめました。醒めてこのていを見ると怪しまずにはおられません。
「どこへかおいであそばしたの」
「ついそこまで」
「お一人で?」
「一人で」
「何の御用に」
「眠れないから歩いて来た」
「そんなら、わたしをお起しなさればよいに」
「あまりよく寝ている故、起すも気の毒と思って」
「そんなことはございません」
「ああ、咽喉のどが乾いた、水が一杯飲みたいものだ」
「お待ちなさい、いま上げますから」
 お銀様は、水指みずさしを取るべく起きて寝衣ねまきを締め直しました。
「まだお火がありますから」
とお銀様は火鉢の灰をき起しました。
「お銀どの」
 竜之助はうまそうに、水を一杯飲んでしまってから、
「紙があったはず、それから筆と墨と」
「何かお書きなさるの」
 お銀様は竜之助の請求を怪しみながらも、手近の硯箱すずりばこと一帖の紙とを取寄せて机の上に載せながら、
「わたしが書いて上げましょう、用向きをおっしゃって下さい」
「ええと、その紙で帳面をこしらえてもらいたい、半紙を横に折って長く逆綴ぎゃくとじにしてもらいたい」
「横に折って長く逆綴に? そうして何にするのでございます」
 お銀様は、竜之助に頼まれた通りに帳面をこしらえ始めました。紙撚こよりをよってそれを綴じてしまって机の上へ置き、
「逆綴というのは、これはお葬いやなにかの時にするものでございましょう」
「死んだ人へ供養のためにするのじゃ」
「供養のために?」
 お銀様は、いよいよ竜之助の挙動と言語とを怪しまずにはおられませんでした。
「今日の日は何日いつであったろう」
「二月の十四日」
「それでは、そこへ初筆しょふでに二月十四日の夜と書いて……」
「二月十四日の夜、と書きました」
「その次へ、甲州八幡村にてと……」
「はい、甲州八幡村にて」
「その次へ、少し頭を下げて、名の知れぬ女と書いて」
「名の知れぬ女」
「十八歳と小さく」
 お銀様は、竜之助に言われる通りにこれだけのことを書きました。
「これだけでよろしいのでございますか」
「まだ……左の乳の下と」
「左の乳の下、それから?」
「それでよろしい」
「これがどうして供養になるのでございます」
 竜之助はそれには答えることがなく、
「今夜、拙者が外出したことは誰にも語らぬように。この後とてもその通り」
「あなたを一人歩きさせたのは、わたしの罪でございますもの」
「寝よう」
 その時に何の拍子か、行燈あんどんの火がフッと消えました。
 八幡村を震撼しんかんさせるような恐怖が起ったのは、その翌日の夕方のことでありました。
 昨夜、水車小屋から出て行方知れずになったという村の娘が一人、水車場より程遠からぬ流れのくさむらの蔭に、見るも無惨むざんに殺されて漂っていたのが発見されて、全村の人は震駭しんがいしました。
 慄え上って噂をするのを聞いていると、それは大方、恋の恨みだろうということです。
 その娘は村でも指折りの愛嬌者に数えられて、新作と約束が出来るまでに、思いをかけた若い者も少なくはなかったということ、それらの恋の恨みであろうということに一致すると、青年たちはいずれも痛くない腹を探られる思いをして、恐怖と無気味と復讐心とに駈られて、村の中は不安の雲がいやが上に捲き起ります。
 小泉の家は名主なぬしでありますから、何者よりも先にそこへ駈けつけて、その処分に骨を折らなければなりません。
 主人の妻はお銀様に向って、
「まあ、当分は夜分など、外へおいでなさることではありませぬ」
と言いました。
 その出来事の物語を聞いたお銀様は胸を打たれました。
 その時に机竜之助は、眠っているのかどうか知らないが横になっていました。
 お銀様は行燈の下の机によって、せわしく昨晩こしらえた横綴の帳面を繰りひろげて見ました。
「もし、あなた」
 お銀様は机竜之助のおもてにらんで、
「もし、あなた」
 二度まで竜之助を呼びました。
「何だ」
 竜之助はものうげな返事をします。
「あなたは昨晩ゆうべどこへおいでになりました、もしやあの向うの水車小屋の方へおいでになりはしませんか」
「水車小屋の方へ行った」
「そうしてそこで何をなさいました」
「そこで何もしない」
「何かごらんになりはしませんでしたか」
「別に何も……見ようと思っても見えはせぬわい」
「あの十八になる村の娘さんと、道で行きあうようなことはありませんでしたろうね」
「はははは」
 竜之助は笑いました。何の意味ある笑い方であったか、お銀様には少しもわかりませんでした。
「ああ怖ろしい」
 お銀様は総身そうみへ水をかけられたようになりました。
 竜之助はクルリと背を向けて返事をしませんでした。
 お銀様は怖ろしい形相ぎょうそうをして、寝返りを打った竜之助の後ろ姿と、それから、自分が昨夜、怪しみながらも竜之助に言いつけられた通りを書いた帳面を見比べていましたが、やがて、荒々しく立って竜之助をり起して、その帳面を見えない眼先へ突きつけて、
「左の乳の下……かわいそうに、罪もない村の娘さんの左の乳の下をえぐって殺して、おほりとやらへ投げ込んだのはあなたでございましょう、ナゼあなたは、そのようなことをなさいました、そのようなことをしなければならないというのはどうしたわけでございます、そうしておいて帰って来て、わたしにこの帳面を書かせようとは、そりゃまあ何という仕様でございます」
「それは今に始まったことではない」
と竜之助は言いました。そう言いながら起き上りました。
「甲府にいたとき噂にも聞いたろうが、夜な夜な辻斬をして市中を騒がせたのは、みんな拙者の仕業しわざじゃ」
「エエ! あなたがあの辻斬の本人?」
「それをいま知って驚いたからとて遅い、昨夜はまたむらむらとその病が起って、居ても立ってもおられぬから、ついあんなことをしでかした」
「ああ、なんという怖ろしいこと、人を殺したいが病とは」
「病ではない、それが拙者の仕事じゃ、今までの仕事もそれ、これからの仕事もそれ、人を斬ってみるよりほかにおれの仕事はない、人を殺すよりほかに楽しみもない、生甲斐もないのだ」
「わたしはなんと言ってよいかわかりませぬ、あなたは人間ではありませぬ」
「もとより人間の心ではない、人間というやつがこうしてウヨウヨ生きてはいるけれど、何一つしでかす奴等ではない」
「あなたはそれほど人間が憎いのですか」
「ばかなこと、憎いというのは、いくらか見どころがあるからじゃ、憎むにも足らぬ奴、何人斬ったからとて、殺したからとて、とがにも罪にもなる代物しろものではないのだ」
「本気でそういうことをおっしゃるのでございますか」
「もちろん本気、世間には位を欲しがって生きている奴がある、金を貯めたいから生きている奴がある、おれは人が斬りたいから生きているのだ」
「ああ、神も仏もない世の中、それで生きて行かれるならば……」
「神や仏、そんなものが有るか無いか、拙者は知らん、ちょっと水が出たからとて百人千人はブン流されるほどの人の命じゃ、疫病神やくびょうがみが出て采配さいはいを一つ振れば、五万十万のらない命が直ぐにそこへ集まるではないか、これからの拙者が一日に一人ずつ斬ってみたからとて知れたものじゃ」
「おお怖ろしい」
「真実、それが怖ろしければ、いまのうちにここを去るがよい」
「それでも、こうなった上は……」
「こうなった上はぜひがないと知ったならば、お前は、拙者のすることを黙って見ているがよい」
「ああ、わたしはいっそ、あなたにここで殺されてしまいたい」
「いつかそういう時もあろう、その帳面のいちばんしまいへ、お前の名を書いて歳を入れずにおくがよい」
「ああ、わたしは地獄へ引き落されて行くのでございます」
「地獄の道づれがいやか」
いやと言ってもおうと言っても、こうなったからは仕方がございませぬ、わたしはどうしたらようございましょう」
「なんと言っても甲州の天地は狭いから、ともかくもこれから江戸へ行くのじゃ、おそらくお前は生涯、拙者の面倒を見なければなるまい」
「わたしは怖ろしくてたまりません、けれどもどうしてよいかわかりません、それでもわたしはあなたと離れようとは思いません」
「黙って拙者のすることを見ていてくれ」
「黙って見てはいられません、わたしもあなたと一緒に生きている間は、あなたのような悪人にならなければ、生きてはおられませぬ」

         三

 恵林寺えりんじ師家しけ慢心和尚まんしんおしょうというのがあります。
 恵林寺が夢窓国師むそうこくしの開山であって、信玄の帰依きえの寺であり、柳沢甲斐守の菩提寺ぼだいじであるということ、信長がこの寺を焼いた時、例の快川国師かいせんこくしが、
安禅必不須山水あんぜんかならずしもさんすいをもちゐず
滅却心頭火自涼しんとうめつきやくひもおのづからすずし
を唱えて火中に入定にゅうじょうしたというような話は、有名な話であります。
 宇津木兵馬は駒井能登守から添書てんしょを貰って、ここの寺の慢心和尚のもとへ身を寄せることになりました。
 慢心和尚というけれども、和尚自身が慢心しているわけではありません。和尚は人から話を聞いていて、それが終ると、非常に丁寧なお辞儀をする人でありました。非常に丁寧なお辞儀をしてしまってから後に、
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
 王城の地へ上って行列を拝した時にも、和尚はうやうやしく尊敬の限りを尽しましたけれども、そのあとで、
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
と言って帰りました。
 領主や大名へ招かれた時でも、そうでありました。御馳走になったあとでは、非常に丁寧なお辞儀をして、帰る時に、
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
 諸仏菩薩を拝んだあとでも、また同じようなことを言いました。
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
 慢心和尚の名は、おそらくその辺から出て呼びならわしになったものと思われます。慢心してはいけませんというのは、人に向って言うのではなく、自分に向って言うのらしいから、それで誰も慢心和尚の不敬をとがめるものはありませんでした。
 慢心和尚のかおまん円いと言うても、またこのくらいまん円いのは無いものでありました。面の全体がブン廻シで描いたと同じような円さを持っていました。そうしてそのまん円い面のまん中に鼻があるにはあるけれども、眼と眉は有るといえば有る、無いといえば無いで通るくらいであります。
 ほんのりと霞がかかったように、細い眉が漂うている。その代りでもあるまいけれど、口は特に大きいのです。和尚のこぶしは小さい方ではないけれど、その小さい方でない拳を固めて、それを包容し得るほどに、和尚の口は大きいのでありました。それがお師家しけさんで通るのだから、大した学問とか隠れたる徳行とかいうものを持っているのかと思えば、それが大間違いであります。学問は門前の小僧よりも出来ない人でありました。書入れをしたり仮名かなをつけたりして、やっと読むことのできる語録を二三冊持っていることが、和尚の虎の巻で、それを取り上げてしまえば、水をあがった河童かっぱ同様で、講義も提唱もできないのであります。
 隠れたる徳行にも、隠れざる徳行にも、和尚の人を驚かす仕事は、ただ自分の拳を自分の口の中へ入れて見せるくらいのものであります。これだけは尋常の人にはできないことでありました。けれども和尚は決して、そんなことを自慢にしてはいません。自分の拳が、自分の口の中へ入るというようなことを※(「口+愛」、第3水準1-15-23)おくびにも人に示したことはありませんから、はじめて和尚を見た人は、さても円い面の人があるものだと驚き、次に大きな口もあればあるものだと驚き、あとで人から、あの口へあの拳が入るのだと聞いて、三たび驚くのでありました。
 宇津木兵馬もこの和尚に相見しょうけんの時から、三箇みっつの驚きを経過しました。慢心和尚は宇津木兵馬からその身の上と目的を聞いて後、例の慢心は持ち出さないでこう言いました。
「わしはその敵討かたきうちというのが大嫌いじゃ」
 兵馬は和尚のその言葉に、平らかなることを得ませんでした。
「しからば悪人を、いつまでもそのままに置いてよろしいか」
「よろしい」
「それがために善人が苦しめられ、罪なき者が難渋なんじゅうし、人の道はすたり、武士道が亡びても苦しうござらぬか」
「苦しうござらぬ」
「これは意外な仰せを承る」
「この世に敵討ということほどばかばかしいことはない、それを忠臣の孝子のとめる奴が気に食わぬ」
「和尚、御冗談ごじょうだんをおっしゃるな」
と兵馬は、慢心和尚の言うことを本気には受取ることができません。今まで自分を励まして、力をつけてくれる人はあったけれども、こんなことを言って聞かせた人は一人もありません。
「冗談どころではない、わしは敵討という話を聞くと虫唾むしずが走るほどいやだ、誰が流行はやらせたか、あんなことを流行らせたおかげに、いいかげん馬鹿な人間が、また馬鹿になってしまった」
「和尚は、世間のことにあずからず、こうしてかけ離れて暮しておらるる故、そのような出まかせを申されるけれど、現在、恥辱を受け、恨みを呑む人の身になって見給え」
 兵馬として、和尚の出まかせを忍容することができないのは当然のことであります。それにもかかわらず和尚は、兵馬の苦心や覚悟に少しの同情の色をも表わすことをしませんで、むしろ冷笑のような語気であります。
「誰の身になっても同じことよ、わしは敵討をするひまがあれば昼寝をする」
「しからば和尚には、親を討たれ、兄弟を討たれても、無念とも残念とも思召おぼしめされないか」
「そんなことは討たれてみなけりゃわからぬわい、その時の場合によって、無念とも思い、残念とも思い、どうもこれ仕方がないとも思うだろう」
言語道断ごんごどうだん
 兵馬はこの坊主を相手にしても仕方がないと思いました。仕方がないとは思ったけれども、多年の鬱憤うっぷんと苦心とを、こんなに露骨に冷笑されてしまったのは初めてのことでありました。それだから、その心中は決して平らかではありません。
 和尚の言葉は、敵討そのものをあざけるのではなくて、寧ろいつまでもこうして、本望ほんもうを達することのできない自分の腑甲斐ふがいなさを嘲るために、こう言ったものだろうと思われるのです。
 そう思ってみると、嘲らるるのもせんないことかと我自ら情けなくなるのであります。それと共に、過ぎにし恨みや辛いことが胸に迫って来るのであります。兵馬は全く、自分の腑甲斐ないことに泣きたくなりました。
 ともかくも和尚の前を辞して、定められたる書院の一室に落着いた後までも、兵馬はこの泣きたい心持から離れることができません。
 ついには、こうして、永久に自分は兄のかたきを討つことができないでおわるのかと思いました。そうして、討つことのできない兄の敵を、東奔西走して尋ね廻った自分は、それでけっきょく一生がどうなるのだということをも、考えさせられてしまいました。
 それだけの意味ならば、敵討かたきうちはばかばかしいと、昼寝をするにも劣るように罵った和尚の言葉が当らないでもない。そうして畢竟ひっきょう、悪いことをした奴は、悪いことをしただけが仕得しどくで、人間の応報の怖るべきことを思い知る制裁を与えらるることなしに済んでしまうとしたら、この世の中は不公平なものだ、ばかばかしいものだ。兵馬はそんなことを考えると頭が重くなって、経机きょうづくえの上に両手でその重い頭を押えて俯伏うつむいた時、ハラハラと涙がこぼれました。
 宇津木兵馬はその晩、泣いてしまいました。それは自分の腑甲斐ないことばかりではなく、過ぎにしいろいろのことが思い出されると、涙をハラハラとこぼしはじめて、やがて留度とめどもなく泣けて仕方がありません。
 兵馬自身にも、その悲しいことがわかりませんでした。慢心和尚に言われたことの腹立ちは忘れて、ただただ無限に悲しくなるのでありました。それだから経机の上へ突伏つっぷして、いつまでも眠ることもしないで泣き暮していました。
 いっそのこと、刀も投げ出し、お松を連れてどこへか行ってしまおうかしら。そうして小店こだなでも開いて、町人になってしまおうかとも思わせられました。そうでなければ髪を剃りこぼって、こんなお寺のお小僧になってしまった方が気楽だろうとも考えさせられました。
 兵馬の心は、今日まで張りつめた敵討の心に疲れが出て来たのかしら。人をにくむ心よりは、人恋しく思うようになって泣きました。
 張りつめていたから、今までお松と、ほとんど同じところに起臥きがしていても、その間にあやまちはありませんでしたが、今こうして見れば、お松の今まで尽してくれた親切と、異性の懐しみとがひしと身にこたえるのであります。これは思いがけないことで、この寺で坊さんに嘲られてから、兵馬自身に、女を恋しく思う心が起りました。
 すでにかたきを討つということをないものにすれば、自分はこれから一生を、なるたけ無事に、なるたけ楽しく、そうしてなるたけ長く生きて行きさえすればよいことになる。それをするにはお松という女は、実によい相手であるとさえ思わせられないではありません。
 もし、ここの和尚が言ったように、敵を討つことがばかばかしいことであるとするならば、この方法を取って、なるべく長く生きるのが賢い方法であって、その方法はいくらでもあることを、兵馬は無意味に考えさせられました。
 お松の心はすでに、そうなっているとさえ、兵馬には想像されるのであります。「いっそ、命を的の敵討などはやめにして……お前と一緒に末長く暮そうか」「それは、本当でございますか」そう言ってお松のあからむかおが眼に見えるようです。お松の内心では、うからそこへ兵馬を引いて行きたいように見えないではありません。
 すこしも早く本望を遂げた上は、兵馬に然るべき主取りをさせて、自分もその落着きを楽しみたい心が歴々ありありと見えることもある。
 もしまた本望を遂げないで刀を捨てる時は、たとえ八百屋、小間物屋をはじめたからとて、お松はそれをいやという女でないことも思わせられてくる。
 この時、兵馬は、竜之助を追い求むる心よりも、お松を思いやる心が痛切になりました。明日の晩は甲府へ入って、お松を訪ねてやろうという心が、むらむらと起りました。
 慢心和尚という坊主が、よけいなことを言ったおかげで、せっかくの兵馬の若い心持をこんな方へ向けてしまったとすれば、不届きな坊主であります。けれども、その不届きな坊主の無礼な言葉をも忘れてしまったほど、兵馬はお松のことが思われてなりませんでした。

         四

 果して兵馬はその翌日、またも甲府へ向って忍んで行きました。
 それは雲水の姿をして行きました。網代笠あじろがさを深くかぶって袈裟文庫けさぶんこをかけて、草鞋穿わらじばきで、錫杖しゃくじょうという打扮いでたちです。
 机竜之助を探るのは二の次で、お松のいるところまでというのが、この時の兵馬の第一の心持であります。
 甲府の市中へ入ったのは夜で、甲府へ入ると兵馬は、駒井能登守を訪ねようとはしないで、神尾主膳の邸の方へ、心覚えの経文をしながら歩いて行きました。
 神尾の門前を二度三度通ってみました。またその邸の周囲を、さりげなく廻ってみました。しかしながら、それだけではお松の姿を見ることもできず、それに合図をする便りもありませんでした。
 前にも一度、兵馬はこの家をねろうて、それがために御金蔵破りの嫌疑をこうむって、獄中に繋がれた苦い経験を思い出さないわけにはゆきません。一度は神尾の屋敷のまわりを廻ってみたけれども、この姿で二度と廻ることは危ない、と言って、声を出して呼んでみることは無論できない。わざと経文を声高くしてみたところで、それは、またあらぬ人の怪しみを買うばかりで、お松の耳に届こうわけもないのであります。ぜひなく兵馬は、神尾の屋敷から引返して、甲府の市中を当もなく歩きます。忍ぶ身になってみると、無性むしょうに懐かしくなって、お松に会いたくてたまらなくなりました。
 それをするのに最も便宜な方法は、駒井能登守の屋敷を訪ねることであります。能登守の邸を訪ねてみれば、万事を心得ているお君が、言わずともよく計らってくれないはずがない。兵馬はそれを知りつつも、どうも能登守の屋敷へは行けないのであります。行って行けないことはないけれども、今は行くべき必要が無いはずなのであります。
 それで兵馬はむなしく経文を誦しつつ、いたずらに甲府の町を歩きました。歩き歩いているうちに、いつしか駒井能登守の屋敷の後ろへ来てしまったことに気がつきました。
 やや歩いて行って振返った時に、駒井の屋敷の長屋塀のある門前から左の方に、高く二階家のともしびの光の射すのを遠目にながめました。そこは自分が獄中から出て病を養うたところである。
 それから右の方へ廻って後ろになって能登守の居間があり、お君のかたのお部屋がある。お君という女はもといやしい歌唄いの女、それと知ってか知らずにか、能登守ほどの人が寵愛ちょうあいしていることを、兵馬はその時分も異様に思いました。
 能登守は無論お君の素性すじょうを知らないのだろう。知らないとすれば、それが現われた時はどうなるだろう。これは能登守の生涯の浮沈に関する大問題に相違ないのであります。
 兵馬はその時分に、能登守のために諫言かんげんをしようかとも思いました。
 けれどもその機会を得ずに邸を去りました。思い切ってその諫言をしないで邸を去った腑甲斐なさを、ここでも悔む心になりました。
 あれほどの人でも女に溺れると、目がなくなるものかと情けなくもなります。溺れる心はないが、今の自分もやはりお松という女に、苟且かりそめながら引かれて来たことを思うと、そこにも情けないものがあるようです。あたかもよし、この時、兵馬の空想を破るものが足許から起って来ました。
 恰もよし、とは言うけれども、実際それは善かったか悪かったかは疑問であります。
 兵馬の足許に現われた黒い物は、ムク犬であります。
「ムク」
 兵馬は低い声でその名を呼んで頭をでました。ムクは尾を振って喜びました。
 兵馬とムク犬との間柄の、よく熟していることは、久しい前からのことでありました。お君を理解し、お松を理解し、また米友を理解するムク犬が、いつまでも兵馬に対して敵意を持っていようはずがありません。兵馬はこの犬を見て、このさい最もよき使者の役目をつとめるのは、この犬のほかにないと喜びました。
「ムク、こっちへ来い」
 兵馬は素早く歩き出しました。そのむねを心得てかムク犬は、兵馬のあとをいて行きました。
 憐れむべきムク犬は、いま不遇の地位にいるのであります。あいやま以来の主人は、すでに他に愛せらるべき人を得て、以前ほどにこの犬の面倒を見てやることができません。
 代ってこの犬を養うべき女たちは、元の主人ほどに親身を以て世話をすることはできないのであります。時としては叱り罵ることさえあり、時としては自分たちのした粗忽そこつを、犬にかずけて責めをのがれようとすることさえあるのであります。
 さしもに黒い毛を、以前はお君が絶えず精出して洗ってやったから、うるしのように光沢つやがありました。このごろは、手をくだして滅多に洗ってやる者がないから、汚れた時は汚れたままでいることがあります。食事でさえも、その時その時に忘れられて与えられないことがあるのであり、ムクは巨大の犬であるだけに、食物の分量もまた多量を要する。食を細くされてから後は、餓えを感ずることがしばしばあって、催促がましく台所へ現われる時は、心なき女どもはそれをあなどりうるさがることもあるのであります。それでもお君の眼に触れた時は、女中に言いつけてよく世話をさせるにはさせます。そのほかの時は、神尾の屋敷でお松に愛されることによって、ムク犬はお君に失い、米友に行かれた空虚を補うことができるらしくありました。
 お米倉の構外かまえそとまで来た時に、兵馬はムク犬を顧みてこう言いました。
「ムク、お前は賢い犬だ、神尾の屋敷から、お松の便りをしてくれたのはお前だそうだ、今日は、わしからお松のもとまで、お前に使を頼む」
 兵馬は、紙と矢立を取り出してサラサラと一筆したため、それをひもでムク犬の首にゆわいつけました。
 ムクは確かに神尾の屋敷の中へ入って行ったけれども、容易にその返事をもたらしませんでした。兵馬は長くそこに立っていることがけねんに堪えられない。人目に触れないように、行きつ戻りつしていたけれど、ムクは容易に戻って来ませんのです。兵馬はここに人を待つ身となりました。
 待つ身になってみると、来る人が一層恋しくなるものか知ら。兵馬は早くお松に会いたい会いたいという心が、今までになかったほど胸に響きます。
 お松から愛せらるることの多かった兵馬。今はお松を慕う心が、我ながら怪しいほどにせつになってゆくようです。
 お松の身になってみると、この頃は立場に迷う姿であります。立場に迷うというだけならば迷ったなりで、ともかく、その日を過ごして行けるけれども、居ても立ってもいられないようなことばかり、その周囲に降って湧きました。
 第一は兵馬に去られたことであります。駒井家を立退くということは早晩そうあらねばならぬことだけれども、あまりに急なことでありました。ことにその行先の知れないということが、お松にとっては、どのくらい残念であり心細くあるか知れません。それと同時に、降って湧いたような気の毒な風聞が、今のいちばん親しい友達であるお君の身の上にかかって来たことであります。
 その風聞というのは、このごろ士人一般の間に取沙汰せられている、お松の親愛なお君の方が、ほいとの娘だという噂であります。あれは人交ひとまじわりのできぬ素性の者であるに拘らず、能登守をあざむいて、その寵愛ちょうあいをほしいままにしているけがらわしい女、横着おうちゃくな女という評判が立っていることであります。
 それと共に、能登守ともあろう者が、ほいとの娘を寵愛して鼻毛を読まれているとは、さてさて思いがけない馬鹿殿様という噂も、折助どもやなにかの間に立っていることです。
 これは単に噂だけとしても容易な噂ではありません。お君と併せて能登守の生涯を葬るに足る噂です。
 この場合に、自分としてはどういう処置を取っていいのだか、ほとほと思案に余りました。それと忠告しなければこの後の御災難が思いやられるし、そうかと言ってあからさまに忠告すれば、その愛情に水を差すようなものだし、またほかのことと違って、お前の素性すじょうはこれこれだろうと露出むきだしには女の口から言えないし、いっそお君様が自分から御辞退申せばよいのにと、お君の心をさえ情けなくも思ったりしました。
 けれども、その噂はいよいよ密々に拡がるばかりで、ことに神尾家の折助などはこのことを、いちばん恰好かっこうな笑い草にして、おおっぴらで嘲弄していました。お松はそれを聞くと、どうしても本人に忠告をしなければならないことだと思いました。たとえ自分はにくまれ者になっても、このままで聞き捨てにはならないから、今晩は、お君様を尋ねてそのことを言ってしまおうと思って、出かけようとする時に、例のムク犬が庭先へ尋ねて来ました。
 早くも眼にとまったのは、ムク犬の首にゆわいつけられた紙片かみきれであります。
 お松は心得てその紙片を取って見ると、それに「静馬しずま」と記してありました。
 それだからお松はハッとしました。兵馬さんが訪ねて来ていると思うと、気がソワソワとして落着かなくなりました。これから駒井家を訪れようということなども忘れてしまいました。
 急いでこのムク犬の導いて行くところへ行かなければならない。お松はソコソコに身仕度をして、履物はきものを突っかけようとする時に、
「お松」
と言って奥の方から出て来たのは、お絹でありました。
「はい」
「お前はどこへ行きます」
「ちょっと、あのお長屋まで……」
 お松は、悪いところへお師匠様が出て来てくれたと思わないわけにはゆきません。
「少しお待ち、お前に頼みたいことがあるから」
「はい……」
 お松にとっては、いよいよ悪い機会でありましたから、その返事もいつものように歯切れよくはゆきませんでした。それでもと言って、出かけて行く口実にも窮してしまいました。
「まあ、こっちへおいで、わたしのところへおいでなさい」
 お絹はわざと、お松に猶予ゆうよと口実を与えないかのように見えました。そうして退引のっぴきさせずにお松を自分の居間へ連れて来てしまいました。お松はどうすることもできませんから、そこへかしこまって早くお師匠様が用事を言いつけて下さるようにと、腹の中でそれをき立てていましたけれど、なぜかお師匠様なる人は、いつもより悠長に構え込んでいるもののようであります。
「あの、御用向きは何でございましょう」
 お松はたまり兼ねて催促してみました。その時に、お師匠様なる人はようやく、
「お前、あのお長屋へ行くというのは嘘だろう」
と微笑しながら、お松のかおに疑いの眼を向けました。
「いいえ」
 お松は見られて煙たいような心持です。
「お長屋へあの乳呑子ちのみごを見に行くと言っておいて、お前は時々、駒井様のお邸へ遊びに行くそうな」
「左様なことはござりませぬ」
 この時もお松は、しどろもどろな打消しを試みましたけれど、その打消しは自分ながら、まずいものだと思わないわけにはゆきません。
「あってはなりませぬ、あのお邸へ遊びに行くことは、お前のためになりませぬ故、これからさしとめまする」
 お絹の口から、キッパリとさしとめの言葉が出ました。温順なお松も、こんなにキッパリと言われてみると、はい、と言いきることはできませんでした。
「あのお邸には、わたしのお友達がおりまするものでございますから……」
「そのお友達がいけませぬ、そのお友達とお前が附合っていると、お前の身の上ばかりではない、わたしの身の上も、こちらの殿様のお身の上までもけがれるようなことが出来まする、それ故、今までのことはぜひもないが、これからはプッツリと縁を切って、途中で会っても口をかないようにしなければなりませぬ。わたしがこういってお前をさしとめるわけは、もう少したてば、きっとわかって参ります、なるほど危ないことであったと、お前はあとから気がついてくるでありましょう。わたしは意地悪くお前にこんなことを言うのではありませぬ」
 その言いつけに対しても申し分はあるけれども、お松はそれをかれこれと気に留めていられないほど、外のことが気になるのであります。
 それにも拘らず、お師匠様なる人は相変らず悠長に構えて、別に差当っての用事を頼むのでなく、意見を加えがてら、話し相手のおとぎにするようなあんばいで、
「お前は、まだ知るまいが、あの駒井様という殿様のお家は、近いうちにつぶれます、いま甲府では飛ぶ鳥を落すほどの御支配様だけれど、遠からず、お家をつぶされて、お預けになるか、または御切腹……これはまだ内密のことだから誰にも話してはなりませぬ……そうなるとこちらの殿様が、そのあとをついで御支配に御出世なさるようにきまっている、だからお前も、そのつもりで、うちの殿様のおかおにかかるようなことをしてはなりませぬ、まあ、じっとして、もう暫らく見ておいで」
と言っているお絹は、何かたくらむことがあって、やがてそれが成就じょうじゅした時を楽しみにしているように見えます。その企みというのは、駒井家に、何か重大な変事が出来るだろうとの暗示で推察することができます。今いう通り、遠からずお家を取りつぶされて、その上に殿様がお預けになるか、または御切腹になるかというほどの大事、お松は、いよいよ胸がつぶれる思いで、この風聞の裏には権力を争うねたみやわなが幾つも幾つもあって、駒井の殿様はうまうまとその罠にかかって知らずにおいでなさるということを、お気の毒に思わないわけにはゆきませんでした。それもあるけれど、差当ってもっと痛切にお松は、外へ出て見なければならない必要が迫っております。ところがお師匠様なる人は相変らず、お松を話し相手のつもりにして、べんべんと話を繰り出し、座を立たせないのであります。
「男も女も身分の低い者を相手にしてはなりませぬ。駒井の殿様などは、あの通り男ぶりはお立派であるし、学問はおありなさるし、人品はお高いし、これから若年寄、御老中とどこまで御出世なさるやら知れないお方でいらっしゃるのに、あろうことか身分違いの女を御寵愛になったために、あたら一生をすたものにしておしまいなされた、ほんとにお気の毒ともなんとも申し上げようがありませぬ。とは言え、これも身から出たさびで、誰をお怨み申そう様もない。お家には堂上方からおいでになった立派な奥方様を持ちながら、あんな女芸人上りの身分違いの女へお手をかけられたために、御身の上ばかりか、死んだ後までも、御先祖へまでも、恥を与えるようなことになってしまいました。それにつけてもお前なども、仕合せに堅くて結構だけれども、間違いのないうちに何とかして上げたいと、わたしは常々それを思っています。それ故、今の殿様のお側へはなるたけお前を上げないようにしてあるけれども、いつまでもそうしておられるものではない、わたしもいろいろとお前の身の上を考えているうちに、あの御支配の上席の太田筑前守様の奥方が、お前をお側に欲しいとこうおっしゃるから、わたしはどうしようか、今お前を呼んだのは、そのことを相談してみたいから……」
 ようやくここへ来て、お松を呼び寄せた相談のいとぐちが開かれたのでありました。お松はそれどころではないのであります。お松がソワソワとするのを、これは駒井の邸へそっと行きたいからであろうと見て取ったお絹は、わざと話を長くして、意見のような、教誡のような、お為ごかしのようなことを言って、お松に席を立たせまいとするのであります。
 お松は針のむしろに坐っているようにして、それを聞かされているけれども、てんで耳へは入りません。ようやくお絹の相談というのが済んで、お松は解放されました。お辞儀をソコソコにして帰って見ると、ムク犬はまだ待っていました。そのムクを先に立てて、お松は裏門から走り出でて見ました。けれどもその時分には、もう宇津木兵馬の姿をいずれのところでも見ることができないで、町の門々や辻々に集まった多くの人が、
「また出た、また出た」
さわいで、お城の方をながめているのを見ました。
 お松はその人出のなかを、あれかこれかと尋ね廻りましたけれど、とうとう兵馬の姿を発見することが出来ないので、失望し、ムクを先に立てて、今も行ってならぬと差止められた駒井能登守の邸の方へ、知らず知らず足が向いて行きました。
 その間も例の人出は、
「それ出た、また出た」
とお城の方をながめながらののしり噪いでいます。これは今宵に限ったことではない、町の人はこの二三日の晩のある一定の時刻になると、こうして門並かどなみに立って、
「それ出た、それ出た」
というのであります。
 何が出たのかと言えば、真紅まっか提灯ちょうちんがたった一つ、お城の天守の屋根の天辺てっぺんでクルクル廻っているのであります。大方、提灯だろうと思われるけれども、それとも天狗様の玉子かも知れない。もし提灯だとすれば、それを持って、あの高いところまで上る人がなければならぬ。そんなことは誰にだって出来るはずではないのであります。警固の役人がその提灯をみとめると、直ちに取調べに行くのでありますが、天守の上まで登る時分には、もう提灯は消えてしまって、人の気配などはさらにないのであります。それですから大方、天狗様の卵だろうということに、ほぼ多くの人の意見は一致して、それが毎晩、一定の時を定めて出て来ると、こうして町中総出の姿で、門並かどなみに立って見物するのであります。
 なるほど、御本丸の天守台の上で、紅い提灯がクルクルと廻っています。お松もやはり、その提灯が何者であるかということを、不思議に思わないわけにゆきません。
 人中を歩いて行くうちに人の噂を聞けば、天狗様の卵だというものもあるし、近いうち大火事があるのを、稲荷様が知らせて下さるのだと言う者もあり、また勤番のお侍のうちに、いたずら者があって、長い竿へ提灯をぶらさげて、町民を驚かして面白がるのだろうと言うものもありました。
 けれどもこの提灯をこうして噪いで見ているうちに、市中の到るところを盗賊が荒していたことを知ったのは、その後のことでありました。
 そのうちにお松は、ムク犬を先にして駒井家の邸前まで来て考えているうちに、ムク犬にひかされて裏門から邸の中へ入ってしまいました。
 ここでもまた、お城の屋根の上の提灯を問題にして、家中かちゅうの侍や足軽などが立って見ていました。
「うちの殿様は、天狗だとか稲荷様だとかいうことをお信じにならぬ、では何でございましょうとお尋ねすると、ただ笑っておいでなさる」
「殿様は鉄砲の名人でいらっしゃるから、殿様のねらいで、あれを撃ち落してごらんになれば、直ぐにエタイが知れるでござりましょう」
 こんなことを話し合っていました。
 その中へ入って行ったけれども、ムク犬の附いていることと、常に奥へ出入りすることに慣れているお松のことでしたから、誰もとがめるものはありません。

 僧体をした宇津木兵馬は、神尾の邸の裏に待っていたけれども、お松に会えない先に、四辺あたりの人がさわぎ出したので驚きました。それは自分を発見した人があって噪いだのではないけれども、
「それ提灯ちょうちんが出た」
と言う声と共に人が集まる様子だから、うかとそこにおられません。心を残して町の方へ向って行くと、そこでもここでも人が出て、
「それ提灯が出た」
 だから兵馬もその人々の見ている方向を見ると、お城の天守台あたりの屋根の上に赤く一点の火があって、それがクルクルと廻るのであります。
 確かに提灯であろうとは認められるけれども、その提灯ならば何者がどうして、あんなところへ上ったかということが疑問であります。ちまたの人々の噂は信ずることが出来ません。
 いったん町へ出た兵馬は、どうしたものか再び駒井能登守の邸の後ろへ来てしまって気がつきました。見上げると、三階になったところの戸が開かれ、そこから火のれてることが見えます。
 あれは能登守が物見のために建てたところで、あの三階へは、能登守自身のほかは登れないことにしてあるのだから、そこで火の光のすることは、まさしく能登守がそこにいて、何事かを調べているのだということがわかります。
 それ故、兵馬は懐しく思って三階の上を暫らく見上げていると、その開かれた戸から人の半身が見えました。それは一見して能登守の姿であることがわかりました。
 今、能登守は、そこからかおを出してお城の方をながめている。お城の方といえば無論、その天守台のやぐらの屋根の上の疑問の提灯の火であります。その提灯の火は、さきほどはクルクルと廻っていましたけれど、今は高いところでブラブラと横に揺れています。
 兵馬は三階の上なる能登守と、天守台の上なる疑問の提灯とを興味を以て見比べていました。いったい能登守という人は、妖怪変化ようかいへんげを信ずることのない人であるから、あの提灯についてはいかなる解釈を下しているのだろうと、その心持を兵馬は忖度そんたくしてみないでもありません。
 窓から半身を出した能登守は、ややしばらくの間、その疑問の提灯を見定めている様子でありましたが、やがて取り直したと見えるのがまさしく一挺いっちょうの鉄砲であります。
「さてこそ」
 あれだ、能登守の疑問の提灯に対する解釈はあれだと、兵馬は少なからぬ好奇心を加えました。
 能登守は聞ゆる射撃の名人。あの銃口つつさきに提灯の疑問が破られて、同時に、市民の迷信が解かれるのだと、兵馬は頼もしく思って固唾かたずを飲みました。
 鉄砲を取り直して構えた能登守の姿勢は無雑作むぞうさに見えました。暫らくして轟然ごうぜんと一発!
 兵馬は天守台のやぐらの屋根の上から、疑問の提灯が切って落したように真一文字に直下するのを見ました。
 しかも直下する途中で提灯の体へ火がついたから、一団の火の玉が九仞きゅうじんの底に落つるような光景を、兵馬はめざましく見物しました。おそらく、ほかの市中の人もそれをめざましく見物したでしょう。

         五

 その翌日、城中の御番所で勤番の総寄合そうよりあいがありました。
 月に少なくも一度はある詰合つめあいでありましたけれど、その日の寄合は、特に念入りの寄合ということであります。
 御老中が見えるということもあるし、また御老中の名代みょうだいに、駿府すんぷの御城代が立寄るといううわさもあるし、それらの接待の準備や、また先日の流鏑馬やぶさめの催しについての跡始末やなにかの相談もあるのであります。駒井能登守も無論、その総寄合に立会わねばならない。それでお供の者はお供の用意を整えて、主人のお出ましを待っていました。
 ここにいぶかしいことは、まだお君の方が今朝から枕を上げないことであります。殿様の御出仕には、いつも人手を借らずにお世話を申し上げる寵愛ちょうあいのお君が、どうしたものか今朝は気分が悪いというて、能登守の前へ姿を現わすことをしませんでした。それだから能登守は、ほかの女中の手によって世話をされながら、
「どこが悪いのじゃ」
たずねました。
「どこがお悪いのでございますか、急に……」
と言って、訊ねられた女中も、お君の方の病気の程度を知らないもののようであります。
 能登守はそれを物足らず思い、また事実、お君の病気が甚だ軽いものでなかろうということを心配しながら、出仕の時間に迫られて邸を出ました。
 この日の詰合には、当番も非番もみな集まるのでしたから、追手おうての門は賑わいました。二の丸の下にある御番所の大広間は、これらの詰合でいっぱいになりました。能登守の一行も御番所へ着いた時分には、大方その席が満ちていました。上席の太田筑前守もまた別席に休憩して、会議の開かれる時刻を待っていました。御番所というのは、大手の門を入ると少しばかり行ったところの左手にあります。その右は二の丸で、後ろは楽屋曲輪がくやくるわ、表門の左右にはお長屋があり、お長屋の前には腰掛があって、足軽が固めていました。
 能登守はこの御番所の表門から入って、お長屋へお供を待たせて、刀を提げて玄関へかかりました。出迎えの者は、いつもするように上役に対する礼儀を尽して能登守を迎えました。これは今日に始まったことではないけれど、なぜか能登守はこの時に胸騒ぎがしました。一種の不安な気持がヒヤリと能登守の胸を刺して、玄関の大障子に何か暗い色が漂うているように見えたから、それで能登守はなんとなく胸騒ぎがしたのであります。
 思い返してみるとその不安は、今朝に限ってお君の姿を見せなかったことから起る心配の変形であると弁解ができないではありません。ああ、出がけに一度、お君の病状を見舞ってやればよかった、今日はここへ医者も詰めているはずだから、それを急に見舞につかわそうというようなことを思いながら、能登守は刀を提げて大広間へ進み入ると、五百人足らず集まった勤番のいずれもが能登守に対して、上役の出席という敬意を表したけれども、その席の上のいずれかに、やはり冷たい色が漂うように見えて、まだ能登守の胸騒ぎが止まりませんでした。
 これより先、この席の一隅で問題になっていたものがあります。それは一つのこわれた赤い提灯であります。
 その提灯は壊れた上に、大半は焼けてしまっていました。それを手から手に渡して、しきりに話し合っていましたところへ能登守が見えたので、その話も止みました。その時分にどういうつもりか、右の焼けて壊れた提灯は、この席でも上の方にいる神尾主膳の手に渡って、留保されるもののように膝の上に載せられます。
 やがて太田筑前守も出席するし、それと並んで駒井能登守、そのほか組頭や奉行の面々以下、勤番の人までが、それぞれ順序によってその大広間に居流れて、やがて会議が始まりました。
 筑前守が席の長者で一通りの挨拶があり、駒井能登守もまた、それに次いで両支配の訓示様のことから会議が開かれ、各組頭や奉行の報告様のことで無事に進行し、その間はいつもする会議の通り極めて月並なもので、末席の連中はしびれを切らせ、あくびを噛み殺していました。
 訓示と報告とが一通り済んだ時分、もうこれで散会になるだろうと、しびれを切らしたり、あくびを噛み殺していた連中がホッと息をいた時分、
「御支配並びに列座のおのおの方」
甲走かんばしった声が聞えました。誰の発言かと見れば、それは焼けて壊れた提灯を膝の上に載せていた神尾主膳の口から出たものであります。神尾の面付かおつきの緊張しているのと、その発言の甲走っていることによって察すれば、何かこの男が緊急動議を提出するものらしい。
「神尾殿」
と言って議長ぶりの太田筑前守が主膳の名を呼び、その言わんとするところを言わせようと催促しました。
「ちとお聞きづらいことのようではござるが、言わんとして言わでやむは武士の本意でない、その上に、このことは甲府城を預かる我々一統の面目にもかかることと存ずる故、この席で両支配並びに列座のおのおの方の御所存を承りたい」
 神尾の意気込みは烈しいのに、太田筑前守はそれをさのみ気には留めないようであります。駒井能登守は神尾の気色けしきのただならぬのと、それから武士の面目呼ばわりをすることが穏かでないのを、上席の筑前守が応対しないから自分で引受けて、
「我々一同の面目にかかるというのは一大事、何事かは存ぜねど、神尾殿の御腹蔵なき御意見が承りたい」
と言いました。
 能登守からこう言われて主膳は、さもこそという面付かおつきで、膝の上にさいぜんから後生大事に保管していた焼け残りの提灯を取り上げました。
「近頃、この甲府城の内外は甚だ物騒なことでござる、城下の町々で辻斬がほしいままに行われるかと思えば、破牢の大罪人があって人心を騒がす、その辻斬の曲者くせものも未だ行方が判然せず、破牢のおもなる罪人は影も形もなし、これ我々を在って無きが如く致す者共の振舞。その以前、御金蔵の金子きんすが紛失致したとやら、その盗賊の詮議せんぎも今以てらちが明かず。あれと言いこれと言い、不祥千万ふしょうせんばん。その上に、このごろは毎夜の通り、この天守台の上に提灯が現われる、心なき町民どもは天狗魔物の為すわざと申しおれど、これ以て人間の為せし悪戯いたずら、我々を愚弄するにも程のあったもの。のことは扨置さておき、まず天守台の提灯から御詮議あって然るべく存じ申す」
 神尾主膳は、焼けた提灯をひねくり廻しながらこう言いました。
 神尾主膳のこの発言は無遠慮に聞えました。列座の誰をも不愉快に感じさせましたけれど、その言うことには筋道がありました。神尾がいま並べたようなことは、その一つがあっても、役人の重き越度おちどと言わなければなりません。神尾とてもその責めを分つべき勤番のうちの上席の方の身分でありながら、それをこの席へ持ち出すということは、あまりに無遠慮であると思いました。
 太田筑前守がそれをおさえないのも気の知れないことだと眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはるものもありました。駒井能登守は主膳の無遠慮な発言を聞いて、やはり沈黙していました。
 そうすると神尾主膳は、先程はやや甲走かんばしっていた声がようやく落着いて、提灯をかせに使いながら、一人舞台のように主張をはじめてしまいました。
「まさしく何者かがあって、この提灯を夜な夜な天守の上へ掲げて我々を愚弄したものと相見える、奇怪千万のことと申さねばならぬ、この用捨し難き悪戯は、何者の手によって為されたかきっとたださねばならぬ。しかし、これと言うも末のこと、斯様かように我々を愚弄致すものがあるのは、つまりうえが悪い、上の風儀が乱れているが故に、下これをあなどる、まず以て上の士風から正さねば相成るまい、上に立つ者の風儀が乱れていては、いくらそれぞれの係の者が骨を折ったからとて所詮しょせん無益、一向に人のしめしにはならぬ、かえっていよいよ軽侮けいぶを加えるのみじゃ、まず以て上流の風儀が肝腎かんじん
と言って神尾主膳は、駒井能登守を尻目にかけるようにしました。これは、いよいよ無遠慮な言い分に相違ないことであります。
 上流の士風というようなことを、別人ならぬ神尾主膳の口から聞くことは、淫婦の口から貞操が説かれ、折助の口から仁義が論ぜらるるようなものであるけれど、それにしても、この席で神尾の上流としては、太田筑前守と駒井能登守があるくらいのものであります。これらの上席をそこへ置いて、こんなことを言うのは、この上もなき礼を失した言語挙動であります。神尾とても、そのくらいの礼儀をわきまえない男ではなかろうけれど、それを満座の中でかく主張するからには、やはり例の通り、何かの魂胆があることと見なければならないのであります。
 神尾の言い分もしからんものであるけれど、それをまた抑えようともとがめようともしない太田筑前守の座長ぶりもまた、気の知れないものであります。筑前守の態度は、神尾に言うだけのことを言わせてしまおうという態度のように見えることであります。その無礼と無作法とを黙認していることのように見えることであります。
 筑前守のこの煮え切らない座長ぶりは、自然に神尾の無作法をたしなめる責任が駒井能登守の手に落ちて来るようになりました。上席の責任上、こういうことを神尾一人に言わしておくのは、その威厳にもかかるし、列席の不愉快を招くことが大きいのであります。やむことなく駒井能登守が、神尾主膳の矢表やおもてに立つことになりました。
「神尾殿、貴殿の御意見は一応御尤ごもっともなれど、それではどうやらこの甲府城内の上流の者に、風儀を乱すものがあるように聞えて甚だ聞苦ききぐるしい、かどの立たぬように、御意見のあるところだけを述べて欲しいものじゃ」
 駒井能登守からこういわれたのを機会に、神尾主膳は、能登守の方へ向いて正面を切りました。
「これは御支配の駒井殿、お言葉ながら拙者は元来、礼にならわぬ男、ついついお気にさわるようなことを申さぬとも限らぬ、これというも城内の士分の風儀を重んずる心から致すこと、別意あってのことではござらぬ、お咎めをこうむった上流の者のよくない風儀ということにも、ちと心当りあればこそ申すこと、これを大目に見逃しては、旗本の名誉が地に落つる……」
「それは聞捨てになり難い」
 神尾主膳からこう挑戦的に出られてみると、駒井能登守も意気込まないわけにはゆきません。
 こうして引き出されて神尾の手に載せられることは、能登守にとっては極めて不利益なのはわかっているが、私の場合においては避けて避けられることも、こうなっては避けられないのであります。
「いかにも聞捨てになり難いことでござる」
 神尾主膳は膝を進ませました。
 列席の人々は、意外の光景になって行くのを見ました。駒井能登守対神尾主膳の取組みのような形になって行くのを見ました。神尾が、能登守の上席に対して不平であって、事毎にそれに楯を突こうとするの形勢は、大抵の勤番は知っていました。能登守がまたそれに相手にならず、つとめて避けている態度を、奥床おくゆかしいとも歯痒はがゆいとも見ている人もありました。しかし、おおやけの席で、こんなふうに正面まともにぶつかりそうになる形勢は初めて見ることであります。ことに今日は神尾主膳から仕掛けて行って、敵を引張り出そうとする形勢が歴々ありありと見えるから、能登守のためにひそかに心配する者もありました。それを太田筑前守がなんとも言わないのは、いよいよ以てしからんことです。両々共に騎虎の場合になって退引のっぴきならないのでありますから、この時に、太田筑前守がなんとか言って調停しさえすれば、とにかく鶴の一声でこの場は納まるべきはずであります。それを無言だまっている筑前守の気が知れないのであります。
 筑前守が調停しないものを、それ以下の者が口を出すわけにはゆきません。それを神尾はいよいよ得意になって、
「列席のおのおの方にもさだめてお聞きづらいことでござろうけれど、さいぜんも申す通り、これを聞捨てに致し見捨てに致す時は、我々旗本の名誉が地に落つる、それ故、言い難きを忍んで申し上げる、おのおのにもお聞きづらきを忍んでお聞き下されたい。さて、御支配、駒井殿、ここでそれを申しても苦しうござりますまいか」
勿論もちろんのこと、旗本の名誉が地に落つるというほどの重大事ならば、誰に遠慮も要らぬ、明白に承りたい」
「しからば申し上げる、近頃、この城中の重き役人にて、身分違いの女を愛する者があるやにもっぱらの噂」
「なんと申さるる」
「身分違いの女子を寵愛ちょうあいして、妻妾さいしょうの位に置くものがあるとやら」
「ははは、何事かと思えば家庭の一小事、そのようなことはこの席に持ち出すべきものでござるまい」
と言って駒井能登守は、笑ってその言いがかりを打消そうとしましたが、神尾主膳は冷笑を以てそれにむくいました。
「その人にとっては家庭の一小事か知らねど、武士の体面よりすれば、なかなか一小事ではござらぬ。いかにおのおの方に承りたい、たとえば旗本の身分の者が、仮りにほいと賤人の女を取って妻妾となし、それにうつつを抜かして世の人に後ろ指ささるるようなことがあらば、それが家庭の一小事で済まされようや、また左様な人物が上に立つ時に、いかで下々しもじもの侮りがなくて済もうや、これが一大事でなければ、もはや武士とほいと賤人との区別はない、士風の根本が崩れ申す」
 神尾主膳は、駒井能登守のおもてを見つめました。「これでもか」という表情と冷笑と、それから勝ち誇ったような下劣な得意とを満面にみなぎらせていました。
 列席の者は、神尾の言い分の道理あるやなきやの問題ではなく、その言うことに不快を感じて座に堪えられないようなものもありました。駒井能登守は神尾にこう言われて、一時いっとき沈黙して眼をつぶりました。たくんだな! とこう思って駒井能登守のために同情し、神尾の挙動をにくむ者も少なくはありません。
 確かにこれは駒井能登守が窮地に陥ったなと、かねての噂を聞いている者は、ひとごとながら見てはいられない気の毒の感じを起したものも少なくはありません。
 この場合、能登守を救うのは、誰よりも先に太田筑前守の義務でなければならぬ。今まで神尾にこういうことを言わせて置いたことでさえが緩慢の至りであるのに、ここでなお黙っていて能登守の急を救わなければ、それは武士の情けを知らないのみならず、むしろ神尾と腹を合せて、神尾をして充分に能登守を弾劾させようとする策略があると言われても申しわけがありません。それでも、やはり筑前守は知らぬまねして、神尾の一言一句にも干渉することをしませんでした。
 一座は白け渡ってしまいました。その中には、眼の色を変えて能登守のために、神尾に飛びかかろうという権幕のものも見えました。また神尾の言うことを小気味よしとして、能登守が窮したのを内心快くながめている者もあるようです。
 一時沈黙して眼を閉じていた駒井能登守は、やがて眼を開きました。
「神尾殿、近ごろ苦々しき噂をお聞き申す、しかしともかくそれは一大事。して左様な噂を立てられた人物というのは何者にや、してまたその人物が寵愛するという身分違いの女子おなご素性すじょうというのはいかなる者にや、その辺をくわしくお聞き申したい、それらの者の姓名もお包みなく、これにてお明かし下されたい」
 能登守の声は、少しばかりふるえを帯びていたようであります。けれどもしまいはキッパリとして、神尾主膳の面をとくと見つめながら言葉も色も動きませんでした。
「それは申し上げぬが花と存じ申す。しかしながら、言い出した拙者の面目、軽々しく世上の根無ねなごとを、この公けの席へ持ち出したとあっては迷惑、それ故、噂は噂として、その噂の中より拙者の見届けた真実だけを申し上げる。拙者がまだ当地へ参らぬ以前のこと、伊勢の国の大神宮へ参拝致した、その途中、かのあいやまと申すところに、名物のお杉お玉と申すものがおって、三味をいて歌をうたい、客の投げ与うる銭を乞うていた、そのお杉お玉両女のうち、お玉と申すのがことのほか姿容きりょうがよい、それによく間の山節という歌をうたい申す、拙者も旅の徒然つれづれに、右のお玉を旅宿にんで歌を聞き申した、なるほど姿はひなに珍らしい、その歌も哀れに悲しい歌で涙を催した。しかるに近頃思いがけなくもこの甲州の土地へ来て、全く思いがけぬところでそのお玉という女子を見申した。それはただいま現在に、この甲府でさる重い役人の寵愛ちょうあいを受けているということを聞いて、いよいよ思いがけない思いを致した。おのおの方、そのお玉という者をいかなる素性の女子と思召す、姿こそ美しけれ、歌こそ上手なれ、それは彼地かのちにてほいとというて人交りのならぬ身分の者、一夜泊りの旅人さえも容易に相手に致さぬ者を、知らぬ土地とはいえ、この甲府へ来て、あの出世、うじのうして玉の輿こしとはよく言うたもの。ただし女は出世で済まそうとも、済まぬは我々旗本の身分、ほいと賤人を寵愛してねやとぎをさせるはすなわちほいと賤人に落ちたも同然、もし我々同族のうちに、左様な人物がありとすれば、同席さえもけがれではござるまいか。左様なことはないことを望む、左様な人物はあってはならぬけれど、左様な人物あるがために士風を汚し、庶民のあなどりを買うような仕儀に到らば打捨てては置かれまい、よし一人の私情は忍び難くとも、流れ清き徳川の旗本の面目のために……」
 主膳は今日を晴れとこんなことを絶叫しました。能登守は静粛じっとして聞いていたけれども、座中にはもう聞くに堪えない者が多くなって、雲行きが穏かでないのを、太田筑前守が、この時になってようやく調停がましき口を利き出しました。
 今ごろになって調停がましい口を利き出すなぞは、かなりばかばかしいことであります。
 気の毒なことに駒井能登守は、すっかり彼等が企みのわなにかかってしまいました。ここに至るまでには一から十まで企みに企んであった仕掛を、能登守は一つもさとることなくしてこの場に身を置くようになったのは、返す返すも気の毒なことであります。
 太田筑前守は程よくこの会議を切上げる挨拶を述べ、神尾主膳は勝ち誇った態度で揚々と座を立ち、そのほか集まる人々がおおかた席を退いたけれども、駒井能登守は柱にもたれ腕組みをして俯向うつむいていました。
 すべての人が席を退いたあとで、能登守はそこを立ち上りました。その時に面色かおいろは蒼ざめていました。足許がよろよろするのを、かろうじて刀を杖にして立ったように見えました。さすがにこの人とても非常なる心の動揺を鎮めるのに、多少の苦しみを外へ現わさないではいられないのでしょう。それでも玄関へ出た時分には、なにげない面色で家来たちを安心させました。お供の家来たちは、不幸にして主人の受けた恥辱と、その心の中の苦痛を知らないのであります。
 こんなわけで、能登守の乗物は無事に邸へ帰るのは帰ったけれど、その時になって大きな騒ぎが起りました。主人が御番所において受けた容易ならぬ恥辱を、お供の者が知らない先に、邸へ知らせたものがありました。そこで家老とお供頭ともがしらとの間に、烈しい口論がありました。口論ではなく家老がお供の者たちをののしって、
「腰抜け! たわけ者! ナゼその場で神尾主膳を討って取らぬ、その場で討つことがかなわずば、途中においてナゼ神尾主膳の同列へ斬り込んで討死をせぬ、よくもおめおめとお供をして帰って来られたものじゃ」
 家老のお叱りにあって、お供の者は一言もないのであります。家老のお叱りそのものが何を意味するのだかを合点することができませんでした。
 これは無理のないことで、たとえば毒を飲まされた時に、飲まされた当人が黙ってこらえている以上は、外から見て、その苦痛や惨烈の程度がわからないのはあたりまえのことであります。
 駒井家の邸内は沸騰しました。これから神尾主膳の邸へ斬り込まんとする殺気が立ちました。それを厳しく押えた能登守は、追って自分の沙汰さたするところを待てと言って、例の研究室へ入ってしまいました。その邸内がこんなに混雑したのみならず、この噂は城下一般に燃え立ちました。駒井能登守の家来が、今にも神尾主膳の屋敷へ斬り込んで来るという噂が立ちました。神尾の屋敷では、それこそ面白い、そうなれば能登守が恥の上塗り、見事、斬り込んで来るなら来てみろという意気込みで、人を集めて待ちうけました。
 その附近の家々では家財道具を押片附けて、今にも戦争が始まるかのようにあわてるものもありました。しかし、その形跡がないうちに、またも噂が立ちました。
「駒井能登守が自殺した」
という噂が立つと、神尾家の者共は、それ見たことかと得意満面でありました。まもなく自殺は嘘で、心中だ! という噂も立ちました。そうだろう、心中だろう、相手がよいからそんなことだろうと言って、また笑ったりはやしたりしました。
 ところが、それらの噂はみんな嘘で、能登守は相変らず研究室へこもって大砲の研究をしていると言うものもあって、何が何だかわからなくなりました。
 邸の中はひっそりしていましたけれど、邸の外は囂々ごうごうとして上も下もこの噂で持切りでありました。このことからして、能登守の信望は地を払ってしまいました。
 能登守に幾分か同情を持っている者は、お君という女が、人交りのならぬ分際の者でありながら、素性すじょうを包んで能登守をたぶらかし、それを窮地に陥れたことを、にくむべき女、横着の女であるとし、それをうかと信用して疑わなかったのは、つまりは能登守の宏量こうりょうなる所以ゆえんであって、罪はいつにお君にあるように言っていました。
 つまりその宏量というのは世間を知らないということで、どのみち素性を隠してお妾になろうというほどの女だから、うまい物を食って、いい着物を着せて貰いさえすれば、殿様であろうと、折助であろうと、誰でも相手にする女郎と同じことの女を寵愛してお部屋様に引上げ、それがために家門をつぶすようなことにまでなるのは、お気の毒とは言いながら、よっぽどおめでたく出来ている殿様だと口穢くちぎたなく罵る者もありました。殊に例の折助社会に至っては、こんなことは待っていましたという程に喜ばしい出来事で、あらゆる醜陋しゅうろうと下劣の言葉で、皮肉と嘲弄の材料にしていました。
 こんな塩梅あんばいで、士分の間にも、町民の間にも、能登守に同情を寄せる者は一人もなくなってしまいました。内心は同情を寄せる者があっても、それを口にすると自分もまたほいとであり賤人であるかの如くさげすまれるのが辛いから、御多分に洩れず口々に、能登守の行いを汚らわしいものとして罵っていました。見かけ倒しののろい殿様だといって、世間の口のに調子を合わせては笑い物にするのが多いのであります。
 能登守の邸はその当座閉門同様です。なんでもあの席から帰ったあとへ、若年寄からの伝達があって、不日、能登守は江戸へ呼びつけられるのだということです。
 それでいましきりに邸内の整理をし、暇をつかわすべき家来たちには暇を遣わし、引次ぐべき事務は引次ぎ、邸外へ送り出すべき荷物は毎日送り出して、頻りに始末を急いでいるのだということであります。それで、いよいよひっそりしている邸内の模様にひきかえて、外の評判は刻一刻に高まって行くのでありました。その評判をあおるのは神尾主膳の一派であるらしく、汚らわしい者を妾にかかえたのみならず、破牢の罪人を隠匿かくまって逃がしてやったり、甚だしいのは盗賊を出没させて城中城下から金を盗ませ、それをひそかに蓄えて、他日この甲府を根城に、事を起す時の軍用金として準備しているというようなことまで言い触らす者があります。
 神尾主膳は、あれだけでは飽き足らないで、あらゆる流言を放ってこの機会に、駒井能登守というものを士民の間の憎悪ぞうお怨府えんぷとにしてしまおうという策略のように見えました。
 この策略が図に当って、駒井能登守は逆賊の片割れであり、屠者賤民の保護者であるように思われてきました。
 能登守の邸の中へ、外から石が降りはじめたのは、いくらも経たないうちのことであります。その石の雨が一晩毎にえてゆきました。それでも能登守の屋敷内はなぜかひっそりしたものでありましたから、いい気になって石の雨が昼も邸の中へ降って来る有様とまでなってしまいます。
 夜はようやく人が出て面白半分に石や瓦を投げ込むのであります。そうして聞くに堪えない罵詈讒謗ばりざんぼうを加えてはどっときの声を揚げる有様は、まるで一揆いっきのような有様でありました。
 しかし、遠巻きにしてこんな乱暴を加えるだけで、誰も近づいては来ませんでした。それはこの邸には大砲というものがあるし、また主人の能登守は無双の鉄砲上手であるということが、怖れのおもなる理由であるらしい。
 そうしているうちにある日、駒井家の門が八文字に開きました。そこから威勢よく馬を乗り出したのは、例の通り筒袖の羽織に陣笠をいただいた駒井能登守でありました。
 それに従うた家来が十人ばかり、いずれも徒歩かちでありました。この一行は勢いよく表門を乗り出して、八日市通りを東に向って練り出しました。
 それと気のついた者は早くも立ち出でて、
「御支配が江戸へお引上げになる」
といって騒ぎました。騒いだけれども、一行の威風に呑まれて、夜陰やいん屋敷へ来てするように罵ったり、石を投げたりする者はなく、ただ一種異様の眼を以て見送っているうちに、馬蹄ばていの音は消えて、一行は早くも甲府の城下を去ってしまいました。
 一行の姿が見えなくなってから、また噂はかまびすしくなりました。
 ああしてこの甲府から引上げた能登守は、問題のあの身分ちがいのお部屋様というのを、どう処分なされたのだろうということが評判の種とならずにはいません。
 そのうちに恐ろしい噂が立ちました。
 それはお部屋様のお君が自害してしまったという噂と、殿様のお手討にってしまったという二説であります。自害説よりは、お手討説の方が有力でありました。
 駒井能登守はその立退きに当って、寵愛のお君の方を斬って二つにし、井戸へ投げ込んで立去られたと、見て来たように言う者もありました。そうではない、家臣の者がお君の方を刺し殺して、井戸へ投げ込んで引上げたのだという者もありました。
 ともかく、すべての者にお暇が出て、そのうちの一部の者は殿様がつれてお引上げになるうちに、ついにお君という女がどうなったかは、誰もその行方ゆくえを知るものがありません。ことにその行方を知りたがって細作しのびをこしらえておく神尾派の者までが、ついにその消息を知ることができませんでした。
 総て知りたがっていることがわからないのだから、それでさまざまの揣摩しまと臆測とが、まことのように伝えられて来るのはもっとものことであります。
 そこで駒井能登守の屋敷は実際上の明家あきやとなってしまい、筑前守の手に暫らく預かることになりました。二三の番人が置かれることになったけれども、その番人が夜になるとさびしがってたまりません。
「お化けが出る」
という噂が、またパッと立ちはじめました。そのお化けを見たものがあるのだそうです。一人や二人でなく、幾人もそのお化けをみたという人が出て来ました。
 その説明によると、お化けは若い美しい凄いお化けで、手に三味線を持っているということです。
 それが肩先を斬られて血みどろになって、井戸の中から出て来て、屋敷をさがし歩いては泣くということであります。
 人のくちというものは、それからそれと枝葉が出るもので、能登守が馬に乗って門を出た時に、若い女の姿が真白な着物を着て、烟のようになって、能登守の馬のあとから追って行ったのを見たという者まで出ました。
 その当座は、またまたその噂で持切りで、能登守の屋敷あとは、金箔付の化物屋敷にされてしまい、そのお君の方を斬り込んだと伝えられる井戸は固く封ぜられ、ついにはその屋敷の前を通る者さえ少なくなりました。
 宇治山田の米友がこの噂を聞いたらどうだろう――そう言えば、袖切坂下で下駄を持ちあつかったあの男は、今どうしている。

         六

 わが親愛なる宇治山田の米友は、袖切坂で拾ったお角の下駄を持ちあつかって、一里の間も二里の間も持ち歩いていました。
 いつまでもその下駄を持って歩いたところで仕方がないから、ついに笛吹川の上流にあたって、とある淵の中へ思い切ってその下駄を投げ込んでしまいました。
 それから米友は大菩薩峠を登りにかかりました。
 例の跛足びっこを俊敏な体と手慣れた杖とに乗せて、苦もなく峠を登って、やがて大菩薩峠の頂に着きました。
 頂上には妙見のやしろがあって、その左の方に二間に三間ぐらいの作事小屋さくじごやがあります。
「やれやれ」
 作事小屋には、誰か仕事をしかけて置いてあるらしく、切石がいくつも転がって、石鑿いしのみなども放り出されてありました。
 石工いしくの坐ったと思われるところのむしろの上へ米友は坐り込んで、背中の風呂敷から、お角の家でこしらえてもらった竹の皮包の胡麻ごまのついた握飯むすびを取り出して、眼を円くしていましたが、やがてパクリと一口に頬張りました。
 握飯は大きなのが五つこしらえてありました。それですから米友が、いま一つ頬張ってムシャムシャ喰っていると、竹の皮包の中には四つ残るのであります。
 その大きなのを一つ食べてしまってから、米友は峠の下から汲んで来た竹筒の水を取って飲みました。それからまた握飯を一つ取って頬張りました。それを食べてしまうと、また竹筒の水を取って飲みました。三つ目の握飯を米友が食べてしまった時に、惜しいことには竹筒の中の水を飲みつくしてしまいました。これは握飯の塩が利き過ぎていたせいか、或いは米友の咽喉が乾き過ぎていたせいか知らないが、ともかく、米友としては少し飲み過ぎた傾きがないではありません。
 胡麻のついた握飯は、まだあとに二個残っているのであります。それだのに水は早や尽きてしまいました。それは米友でなくても、山路を旅して腹の減った時分に、握飯をかじるほどおいしいものはおそらくこの世になかろうはずのものであります。まして小兵こひょうながら健啖けんたんな米友が、この場合に五箇いつつの握飯を三箇みっつだけ食べて、あとを残すというようなことがあろうとも思われませんのです。けれども水は尽きてしまいました。
「ちょッ、水がなくなってしまやがった」
 しばらく思案していた米友は、さいぜん登って来る路のつい近いところで、水の流れる音を聞いたことを思い出しました。それを思い出すと竹筒を取り上げて、杖なしで、さっさと峠道を少しばかり下りて行きました。それは竹筒へ水を汲まんがためであることは察するまでもありません。
 この小説の、いちばん最初の時に、巡礼の姿であったお松という少女が、これと同じようなことを、これと同じところで繰返していたのであります。その時の少女は、老人の巡礼につれられていましたけれど、今の米友はたった一人であることと、その時のお松は瓢箪ひょうたんへ水を汲みに行ったけれど、今の米友は竹筒を持って行ったことが、違えば違うようなものです。
 かつてお松が、この下の黄金沢こがねざわの清水を瓢箪に満たして、欣々として帰って来たその間に、連れの老巡礼は見るも無惨な最期さいごを遂げていました。
 それらの出来事は、いっこう米友の知ったことではありません。米友もまた、期せずして前にお松が汲んだろうと思われるあたりの沢の清水を竹筒に満たして、欣々として、もとのところへ帰って来たけれど、そこにはなんらの意外な変事も起っていた模様も見えません。
「おや」
 なんらの変事もないと思ったのは、米友がこの峠を初めての旅人であったからであります。竹筒を持って作事小屋の中へ入った時までは気がつかなかったけれど、そこへ来て見ると、今の米友にとってはかなり重大な変事が起っていることを知りました。
握飯むすびがねえや」
 五箇いつつの握飯のうち三箇を食べてしまって、あと二箇を残しておいたことは紛れもなき事実であります。その二箇とても、なにもいやで残したわけではない、食べたくて食べたくてたまらないのだけれど、それをなるべくうまく食べようと思って、わざわざ途中で休んで水を汲みに行ったものであります。その取って置きの二箇の握飯、しかも胡麻ごまのついた大きなのが、わずかの間に消えてなくなっていたのだから、さすがの米友も力を落さないわけにはゆきません。
 しかし、米友の気象きしょうとして、一時は力を落しても、そのまま引込んでいることはできないのであります。
「太え奴だ、誰がりやがった、人の大切の胡麻のついた握飯むすびを盗んだ奴はどこにいる、こっちは嫌で残しておいたんじゃねえや、これから水を一杯いっぺい飲みながら、うまく食べようと思って取って置いたんだ、それを持主に黙って盗った奴はどこにいる、遠くへ逃げる隙があるわけでねえから、どこかそこらにいやがるんだろう、この堂の中か、堂の後ろあたりに隠れていやがるだろう、やい、人の大切の胡麻のついた握飯むすびを盗った奴はどこにいる、ここへ出て来い」
 米友は眼をクルクルして堂の中や、堂の後ろを見廻したけれども、人の気配は無いのであります。それで米友も、怒ってはみたけれど、拍子抜けのようでもあり、自分ながらせないのであります。人通りの多かるべきところでもないこの山路で、こんなにすばしっこく握飯をかすめられようとは、米友としても思い設けぬことでもあり、ことにその傍には、ほかに荷物を入れた風呂敷包もあれば、笠や杖もあるのに、それらには眼も触れないで、握飯だけを取って行ってしまったのは、よほど食辛棒くいしんぼうの泥棒か、そうでなければ、飢えに迫っての旅人の仕業しわざとしか思われないのであります。そのいずれにしても、この僅かの間にそれをせしめるというのは、敏捷を以て誇りとする米友には、しゃくな芸当であると思いましたから、米友は、一旦は怒って、それから後はむなしく竹の皮の亡骸なきがらを見つめて思案に暮れていました。
 米友はじっと腕組みをして思案に暮れている時に、頭の上の栗の大樹の梢で、
「キャッキャッ」
という声。米友が頭を上げるとその大樹の幹に、一群の動物がいることを知りました。
「畜生、こいつら、手前てめえたちの仕業だな」
 米友はそれを見るより勃然として怒りました。見上げる栗の大樹の梢にたかっている一群の動物は猿であります。その猿どもが、大切の胡麻のついた握り飯を持って、それを一口食っては米友に見せ、二口食っては米友に見せているのであります。それからほかの猿はまた尻を米友の方へ向けてバタバタ叩いたり、木の枝をゆすったりして、しきりに米友に向って挑戦をするらしいのであります。
「畜生!」
 米友は歯噛はがみをしました。僅かの間に畜生どもにばかにされたかと思うと、米友の気象ではたまらないのであります。直ちに手慣れた杖を取り上げましたけれど、不幸にして彼等はあまり高いところにいるのであります。さすが手練の米友の槍も、距離においてどうすることもできません。
「よし、こん畜生!」
 米友は杖を捨てて石を拾いました。拾った時、石はすでにくうを飛んでいました。
 そのねらいは過つことなく、米友が石を拾ったかと思うと、ほとんど一緒に、
「キャッ」
と叫ぶ声が樹の上でして、※(「てへん+堂」、第4水準2-13-41)どうという音が米友の足許でしました。
「こん畜生」
 その時、米友は一匹の大猿の首筋を後ろからギュウと抑えて、膝の下へ組み敷きました。抑えられた猿は苦しさに絶叫したけれど、浅ましいことに、胡麻のついた握飯むすびをその手から放すことではありません。
「手前たちは憎らしい畜生だ」
と言って米友は、猿の頭を二つ三つぶんなぐりました。猿は殺されることかと思って、苦叫絶叫して悶掻もがいたけれど、米友はらしめるだけで、事実殺す気はなかったものらしくあります。少しばかり懲らしめて突っ放してやるつもりで、二ツ三ツぶんなぐったのを、当の猿は殺されるのだろうと思って、あらん限りの絶叫をしました。
 そうすると樹の上に見ていた猿どもが、バラバラと樹から飛んで下り、一様にキャッキャッと物凄い叫びを立てました。
 その物凄い叫びを聞くと、どこにいたか知れない無数の猿が、谷から谷、樹から樹をくぐって、続々としてせ集まって来ました。そのつらの色は、いずれも物凄い色をして眼をき出し、白い歯を剥き出して、丸くなって米友をめがけて襲いかかって来ました。
 米友は猿を怖れるのではありませんでしたけれど、その数の多いのを見ては驚かないわけにはゆきません。そうして彼等のつらが、いずれも獰悪どうあくな色を現わしていることを見て取らないわけにはゆきませんでした。
「この奴ら、おいらに手向えをするつもりだな。こん畜生」
 正直な米友はまた、この猿どもの不遜な挙動を憎まないわけにはゆかないのであります。人の物を盗んでおきながら、そのらしめを怖れずにかえって反抗しきたるとは、身の程知らぬ猿どもだと思ってムキになりました。
 それで米友は、抑えつけていた大猿の頭を、一つガンとくらわせました。大猿はギューと言って息が絶えた様子であります。その時にたけり立った群猿は、八方から一時に米友をめがけて飛びかかりました。
猪口才ちょこざいな、こん畜生め」
 米友はその大猿を片手で掴んで群猿の中へ投げ込んで、例の手慣れた杖槍を押取おっとりました。
「こいつら!」
 その杖槍を縦横に打振ると、猿どもはバタバタとひっくり返ったり飛び散ったりするが、直ぐにまたその後から後から後詰ごづめが出で来るのであります。或る者は木の上へ登ってそこから木の枝を投げおろしました。或る者は妙見の社や作事小屋へ登って石ころの雨を降らせました。米友はその杖槍をりゅうりゅうとふるって、その傍へ猿どもを寄せつけないのであったけれど、この騒ぎと猿どもの絶叫を聞いて、附近の山々谷々から続々と集まって来る猿の数のおびただしいことと、その面色めんしょくの穏かならぬことにはいよいよ驚かないわけにはゆかないのであります。
「こうなりゃ、一匹残らず突殺してやるから覚えていやがれ」
 米友はとうとうその杖槍に、しかと穂先を穿めました。それを下段に構えて、当るところのものを幸い、一匹残らず槍玉に揚げて、峠の谷を埋めてやろうと決心しました。
 多勢をたのむ猿どもはいよいよ驕慢きょうまんでありました。けれど怜悧れいりな彼等は、いつも相手の実力を見るのに鋭敏でありました。ですから米友はギラギラ光る穂先を杖の先にすげて、一匹残らずという手強い決心をしたのを見て取って、急いで木の上や、堂の上や、作事小屋の上へ飛び上り、そこから眼を丸くし、歯を剥き出して、米友を睨めてキャッキャッと叫んでいます。
 満山の猿は、米友一人を遠巻きに押取囲おっとりかこんでしまいました。
 米友が少しでも隙を見せれば、彼等は一度にドッと押包んで、取って食おうというような形勢であります。
 単身を以てすれば猿に劣らぬ俊敏な米友も、こう多数を相手にしては、ドレを目当にらしていいか、わからないのであります。それで米友は歯噛はがみをしました。
 かわいそうに米友も、畜類を相手にして立竦たちすくんでしまわねばならなくなりました。
 この時、どこからともなく、
「ホーイホイ」
という声。猿どもがキャッキャッと言っている中で、その声は、はじめは米友の耳へ入りませんでした。つづいて、
「ホーイホイ」
という声。それが耳に入ったのは米友より先に、米友を取囲んだ猿どもであります。
「ホーイホイ」
 その時に、米友も風の声かと思いました。
「ホーイホイ」
 人間の声であることは紛れもないのであります。人ならば二三十人の声でありましょう。それが何人なにびとであって何のためにする声だかわかりません。こちらへ来る人の声であるか、またはどこかへ一団ひとかたまりになっている人々の声であるかもよくわかりませんでしたが、
「ホーイホイ」
という声がようやく聞え出して来た時に猿どもが、にわかにどよめき出したことがよくわかります。
 米友の気象としては、あえてこの猿どもを相手に取ることにおいて、人の加勢を願おうとは思わないのであります。それだから人の声がしたからとて、それに助けを得たとは思われたくないのであります。人が来ようが来まいが、こうなった上は一匹残らずこの傲慢不遜ごうまんふそんな猿どもを退治てやらなければ、虫がおさまらないと思っているのであります。ただどこからかたをつけていいか、余りにその数が多いことによって、戸惑いをしているのに過ぎないのでありました。
「ホーイホイ」
 その声は相変らず、遠くもなく近くもなく、まとまって響いて来るのであります。猿どもは米友を睨めると共に、しきりにその声のする方を気にしているようです。
 そのうちにどうしたものか、猿どもの陣形が忽ち崩れ出しました。ひとたび陣形が崩れ出すと共に、畜生の浅ましさであろう、今までの擬勢が一時にくだけて、我勝ちに逃げ出しはじめました。その崩れたのと逃げ足との、あまりにあわただしいのは、米友をして呆気あっけに取らせるほどでありました。
「ホーイホイ」
 その声が敢て近寄ったというわけでもありませんのに。だから米友も少しく拍子抜けのていでいた時分に、やや離れたところへ大きなものが一つ現われました。
「こんちは、ずいぶんいい天気でございますねえ」
 その大きなものは、米友とかなり隔たったところにいながら、こう言って米友に挨拶しました。
「いい天気だよ」
 米友もまた仏頂面ぶっちょうづらで返事はしましたけれども、その大きな物体を、なんとなく間抜けた男だと思わないわけにはゆきません。なぜならばその大きな男は、牛みたような体格をしている上に、つらつきがいかにも暢気のんきらしく、その上に、自分でいい天気だと言いながら、この昼日中のいい天気に、松明たいまつの大きなのに火をつけて携えているのですから、かなり間抜け野郎だと米友は見て取ってしまいました。
 なおその上に間抜けなことは、背中に大きな石地蔵を一つ背負しょっていることで、それを背負ってウンウン唸りながら、ここまで登って来たと思われる御苦労さであります。
「こんちは」
 その大きな物体は、今、背中の石地蔵を作事小屋の中へ運び入れて、台の上へ寝かしておいてから、額の汗を拭き拭きまた米友の前へ来て、二度目に、こんちは、と言いました。
「こんちは」
 米友もまた妙なかおをして、この男に挨拶を返しました。
「お前さんは、この峠をお通りなさるのは初めてでござんすべえ」
と間抜けた男がニコニコしながら、米友にこう言いました。
「ああ、初めてだよ」
「だからお前さん、猿におどかされなすったのだ」
「ほんに憎い畜生よ」
 米友の余憤は容易に去らないのであります。
「何か猿が悪戯いたずらをしましたかね」
おいらがここに置いた、胡麻ごまのついた握飯むすびを盗んで行きやがった」
「それをお前さんが調戯からかいなすったんでございましょう。だから猿がああして、仲間をつれて来ておどかすんでございますよ」
「人をばかにしてやがる」
「ナーニ、猿だってそんなに悪い者じゃありましねえよ」
 この男は、なにげなきていでニコニコしていることが、米友には幾分か癪にさわらないではありません。この米友をさえ怖れなかった猿どもが、この間抜けた男が来たために逃げ出したとすれば、米友の沽券こけんにかかわらないという限りはない。米友は自分の実力でこの猿どもを懲らすことができないで、外来の人から追っ払ってもらって、それでようやく危急をのがれたというように見られることは心外でしょう。それですから米友は、よけいなお世話と言わぬばかりの面をして、大きな男を睨めました。
「猿を追っ払うには、力ずくではいけねえのでございますよ。初めての人は、この松明たいまつがいちばんいいのでございますよ、松脂でもいいのでございますよ、猿は人間よりか火の方を怖がりますから、こうして火を持って歩くと、傍へ寄れねえのでございます。だからここを通る旅の人は、みんな松明を用心しているのでございますが、お前さんはそのことをお知りなさらねえから、それで猿がああして集まって来たのでございましょうよ」
「なるほど」
 この説明を聞いて米友は、なるほどと合点がてんしました。これによって見れば猿が逃げたのは、自分の実力よりもこの大男の実力を怖れたからではなく、全く火を持っているのといないのとの相違で、人物の如何いかんにはかかわらないのだという保証がついたようなものだから、それで米友はいくらか安心しました。そうしてみると、このよい天気に松明をつけて来たということが必ずしも間抜けではなく、それを間抜けと見た自分の無智であるということを悟らないわけにはゆきませんでした。そう悟ってみると、この男がいま背中へ背負しょって来た大きな石の地蔵尊に、大した重味があることに気がついて、どこから背負って来たか知らないが、ともかく、この石の地蔵尊を背中につけて、この難渋な峠を登りつめたものとすれば、この大男の力量の測り知るべからざることに、今となって舌を捲かないわけにはゆかないのであります。
「こりゃなにかえ、お前が、この地蔵様をなにかえ、下から背負い上げたのかえ」
「エエ、左様でございますよ」
「一人で背負い上げたのかえ」
「エヘヘ」
「うーん」
 米友はうなって、その地蔵様と大男とを見比べました。米友は四尺足らずの精悍せいかんな小男であるのに、その男は牛のような大男で、それで年は自分と同じぐらいに見れば見られないこともないので、まだ前髪があるといえばあるのであります。
 米友も、自分の力においては自負しているところがあるつもりだけれど、この地蔵様を背負って、この六里の嶮道を越えるということは、残念ながら覚束おぼつかないことであります。第一、自分の身の丈が許さないのであります。それですから、
「うーん」
と唸って、大男のかおを見つめていました。
「お前はなかなか力がある。それでなにかい、槍も使えるのかい」
「槍?」
 大男は妙なことを言うと思って、米友のかおを見ました。
「そうさ、力はあっても、槍を自由に使いこなすことはできないだろう」
「そんなことはできねえでございます、槍だの、剣術だのというものは、俺にはできねえでございます」
「そうだろう、こりゃなかなか生れつきなんだからな、力ばかりあったって、上手に使えるというわけのものでねえんだ」
 力の分量においてこの大男に及ばないことを自覚しかけた米友は、わざにおいて優れていることを自負しようとしているもののようであります。
「お前さんはこれからどっちへおいでなさるんだね」
 大男は力や槍や剣術のことには取合わないで、米友のこれから行くべき方向をたずねるのでありました。
おいらか、俺らはこれから江戸へ行こうというんだ」
「江戸へ。そうしてどっちからおいでなすったのだね」
「甲州から来たんだ」
「そうでございますか、それでは俺も、これから武州路を帰るのでございますから、一緒におともをして帰りましょう」
「そりゃ有難え」
「ホーイホイ」
「何だい、先からあの声は」
ししが畑を荒すから、それを村方で追っ払っているのでござんすべえ」
 この大男が、沢井の水車番の与八であることは申すまでもありませんです。
 与八が背負って来たお地蔵様は、いつぞや東妙和尚が手ずから刻んだお地蔵様であることも、推察するに難くないことであります。
 肥大なる与八と、短小なる米友が打連れて歩くところは、当人たちは至極無事のつもりだけれど、他目よそめで見ればかなりの奇観を呈しているのでありました。与八の歩くのは牛のようでありましたけれども、しかも大股でありました。米友の走るのは二十日鼠のようであって、しかも跛足びっこなのであります。与八を煙草入とすれば、米友はその根付のようなものであります。与八を三味線とすれば、米友はそのばちみたようなものです。もしまた与八をお供餅そなえもちとすれば、米友は団子みたようなものであります。与八を猪八戒ちょはっかいとして、米友を孫悟空そんごくうに見立てることは、やや巧者な見立て方であるけれど、与八は八戒よりも大きく、米友は悟空よりも小さいくらいの比較でなければなりません。
「お前、江戸に親類があるって?」
 悟空がたずねました。
「俺の親類は下谷にあるんでございます」
 八戒が答える。
「下谷? 俺らもその下谷へ訪ねて行こうと思うんだが、下谷はどこだい」
 悟空が再びたずねました。
「下谷は長者町というところなんでございますよ」
 八戒は念入りに再び答える。
「おや、下谷の長者町。俺らのこれから尋ねて行こうというところもやっぱりその下谷の長者町なんだが」
「そうでございますか、お前さんもその長者町に親類がおありなさるんでございますか」
「親類というわけじゃねえんだけれども、ちっとばかり世話になった人があるんだ」
「そうでございますか。そうしてお前さんの訪ねておいでなさるお家の商売は何でございますね」
「商売は医者だ」
「おやおや、俺の親類もお医者さんでございますよ」
「何だって。お前も同じ町内の同じお医者さん、それで名は何というお医者さんだい」
「道庵先生」
「道庵先生だって」
「そうでございますよ」
「俺らの尋ねて行くのもその道庵先生のとこなんだ」
 与八と米友とは偶然、その訪ねようとする目的の家を一つにしました。与八と米友はここで初対面のようでありましたけれど、実は初対面ではないのであります。
 前に一度、対面は済んでいるのでありました。しかしその対面は与八もそれを知らず、米友もまたそれを知らないのであります。与八はその時に米友を日本人として見てはいませんでした。米友もまたその時の見物にこの人があったことは覚えているはずがありません。それを知るものは道庵先生ばかりであります。この両人は途中の話頭わとうによって、おたがいに行く先の暗合を奇なりとして驚きました。
 それから山路を歩く間、二人の会話を聞いていると、かなり人間離れのした受け渡しがあるのであります。

         七

 恵林寺えりんじの僧堂では、若い雲水たちが集って雑談にふけっておりました。彼等とても、真面目まじめな経文や禅学の話ばかりはしていないのであります。夜になってこうしてかおを合せた時には、思い切って人間味のありそうな話に興を湧かすのであります。人間味というのは、なにも色恋の沙汰ばかりではないけれども、ここでは特にそうなるのであります。
 厳粛な僧堂生活の反動というわけではない。彼等とても強健な身体からだに青年の血をたたえているのですから、そんな話に興味を起すことは無理もないのであります。それも話に興味を起すだけでは満足ができないで、事実においてこれらの連中には、垣根を越えて寺の外へ迷い出すものが少なくないのであります。
 そうして附近の遊廓や茶屋小屋へこっそりと遊びに行ったり、土地の女たちに通ったりする者がないではありません。それをする時にていよく組を別けて、一組は留守を守り、一組は垣根を越えて行くのでありました。こうして外へ迷い出して歩くものを、彼等の仲間で亡者もうじゃと呼んでいました。
 これらを取締るのは例の慢心和尚の役目であります。けれどもあの和尚は、弟子どもがこんな人間味を味わいはじめたのを、まだ知らない様子であります。或いは知っていてもこの和尚は、それを大目に見ているのかとも思われないではありません。或いはあの通り図々しい和尚のことだから、れ遣れ、若いうちはウンと遣ってみるがいい、なんかと言って蔭で奨励しているのだかも知れません。しかし、いやしくも宗門の師家しけとしてそんなことがあろうはずはありません。たとえ若気わかげの至りとは言いながら、雲水たちの一部に、こんな人間味が行われはじめたということを知った以上は、和尚として儼乎げんこたる処置を取ることでありましょう。
 この晩、右の若い雲水たちは、またも垣根を越えはじめました。垣根を越える時には、留守の当番に当った者が、垣根の下に立つのであります。外へ迷い出す者は、その留守の当番に当った者の肩を踏台にして、垣根を乗り越えることになっているのであります。もしその踏台の背が低い時には、肩でなく頭へ足を載せて乗り越えるのであります。今宵またその通りにして、五人の若い雲水が垣根を乗り越えました。踏台になった雲水は、明晩は自分の当番だということを楽しみにして帰り、その五人の者の寝床を、さも本物であるようにこしらえておきました。そうして自分は蒲団ふとんの中に潜り込んで休みながら、こんなことを考えていました。
「このごろ、向岳寺の尼寺へ、素敵な別嬪べっぴんが来たとか来ないとか言って仲間の者共が騒いでいるが、ほんとに来たものだか来ないものだか、その辺はとんと疑問じゃ、よしよし明晩は行って、おれが見届けてやる、見届けたところで、どうしようというわけではない、俗人どものように張ってみようとか、振られて帰ろうとかいうような、そんなケチな了簡りょうけんで見届けに行くのではない、これも修業のためである、僧堂の中で慢心和尚の出鱈目でたらめを聞いているばかりが修業ではない、和尚<