TOP連載小説中里介山
過去の掲載

大菩薩峠

三輪の神杉の巻

中里介山




         一

 大和やまとの国、三輪みわの町の大鳥居の向って右の方の、日の光をきらって蔭をのみって歩いた一人の女が、それから一町ほど行って「薬屋」という看板をかけた大きな宿屋の路地口ろじぐちを、物に追われたように駈けこんで姿をかくします。
 よくはわからなかったが、年はたしか二十三から七までの間、あまり目立たないつくりで、伏目に歩みを運ぶかおには、やつれが見えて何となしに痛わしいが、それでも、すれ違ったものを一たびは振返らせる。鳥居の両側にはいずれにも茶屋がある、茶店のないところには宿屋があって――女の姿をいちばんさきに見つけたのは、陸尺ろくしゃくや巡礼などの休みたがる、構えの大きいわりに、くすぶった、軒には菱形ひしがたの煙草の看板がつるされ、一枚立てきられた腰高障子には大きな蝋燭ろうそくの絵がある茶店の中に、将棋しょうぎを差していた閑人ひまじんどもであります。
「あれかよ、あれかよ」
「あれだ、あれだ」
 碁将棋を打つ閑人以上の閑人は、それを見物しているやつであります。岡眼おかめをしていた閑人以上の閑人が、今ふと薬屋の路地を入って行った女の姿を認めた時は、一局の勝負がついた時であったから、こんな場合にはまげ刷毛先はけさきの曲ったのまでが問題になる。
うわさには聞いたが、姿を拝んだのは今日が初めてだ、なるほど」
「惜しいものだね――」
 藍玉屋あいだまやの息子で金蔵という不良少年は、締りのない口元から、惜しいものだね――と、ね――に余音よいんを持たせて、女の入って行ったあとを飽かずに見ていたが、
「全く、あのままこの山の中に埋めておくは惜しいものでございますなあ」
 図抜ずぬけて大きな眼鏡をかけた材木屋の隠居も、どうやら残り惜しい顔をしている。
「全く罪ですな、およそ世の中にあのくらい罪なものはございませんな」
 ちょっとのぞきに来たつもりで、うかうかと立見たちみをしてしまった隣の宿屋の番頭も、つり込まれて慷慨こうがいてい
左様さよう、全く罪なことでござるよ、あんなのはいっそ助けない方がようござるな、添うに添われず、生きるに生きられず、現世このよかなわぬ恋を未来で遂げようというのじゃ、それを一方を殺し一方を助けるなんぞ冥利みょうりに尽きたわけさ」
 眼鏡の隠居は慨歎する。
「でもね――女にすたりものはないからねえ」
 藍玉屋の息子のねむそうな声が一座を笑わせる。
 ここに問題となった女は、机竜之助が鈴鹿峠すずかとうげの麓、伊勢の国せき宿しゅくで会い、それから近江の国大津へ来て、竜之助の隣の室で心中の相談をきめ、その夜のうちに琵琶湖へ身を投げて死んだはずのお豊――すなわちお浜に似た女であります。
 一人は死に、一人は残る。そうしていま女は親戚しんせきに当るこの三輪の町の薬屋(薬屋といっても売薬屋ではない、旅籠屋はたごやである)源太郎の家へ預けられている。

         二

 助けて慈悲にならぬのは心中の片割かたわれであります。
 一方を無事に死なしておいて、一方を助けて生かしておくのは、蛇の生殺なまごろしより、もっとむごいことである。
 不幸にして、お豊はあれから息を吹き返した、真三郎は永久に帰らない、死んだ真三郎は本望ほんもうを遂げたが、生きたお豊は、そのたましいの置き場を失うた。
 これを以て見れば、大津の宿で机竜之助が、生命いのちを粗末にする男女の者に、蔭ながらひややかな引導いんどうを渡して、「死にたいやつは勝手に死ね」と空嘯そらうそぶいていたのが大きな道理になる。
 息を吹き返して、伯父に当るこの三輪の町の薬屋源太郎のもとへ預けられた後のお豊は、ほんとうに日蔭の花です。誰が何というとなく、お豊の身の上の噂は、広くもあらぬ三輪の町いっぱいに拡がった。
 お豊は離座敷はなれこもったまま滅多めったに出て歩かないのに、月に三度は明神へ参詣します。今日は参詣の当日で、かの閑人ひまじんどもに姿を見咎みとがめられて、口のに上ったのもそれがためでありました。
 女というものは、どこへ隠れても人の眼と耳を引き寄せる。お豊が来て二三日たたないうちに、夜な夜な薬屋の裏手の竹垣には大きな穴がいくつもあいた。ここへ来てから、もう七十五日は過ぎたのに、お豊のうわさだけは容易になくなりません。
 かの藍玉屋の金蔵の如きは、執心しゅうしんの第一で、何かの時にうれいを帯びたお豊の姿を一目見て、それ以来、無性むしょうのぼりつめてしまったものです。
 事にかこつけては薬屋へ行って、夫婦の御機嫌ごきげんをとり、折もあらば女と親しく口をいてみたいと、いろいろに浮身うきみをやつしているので、今ほかの連中はまた一局に夢中になる頃にも、金蔵のみは女の消え去った路地口を、じーっと見つめたまま立っています。
 時は夏五月、日盛りは過ぎたが、葭簾よしずの蔭で、地はそんなに焼けてもいなかったのに打水うちみずが充分にみて、お山から吹き下ろす神風がふところに入る時は春先とも思うほどの心地ここちがします。
「少々ものを尋ねとうござるが……」
 一方は将棋に夢中で、一方は路地口に有頂天うちょうてんである。
「植田丹後守たんごのかみ殿の御陣屋は……」
「ナニ、植田様の御陣屋――」
 金蔵はやっと、店先に立ってものをたずねている旅の人に眼をうつした。この暑いのにまだあわせを着ている。手には竹の杖。
 女を見て総立ちになった閑人どもは、このたびは一人として見向きもしない。
 問いかけられた当の金蔵すらも、直ぐに眼をそらして、
「植田様は、これを真直ぐに左」
 鼻であしらう。
 旅人は、教えられた通りにすっくと歩んで行く。これはこれ、昨夜を長谷はせ籠堂こもりどうで明かしたはずの机竜之助でありました。

         三

 長谷から三輪へ来たのでは後戻あともどりになる。
 関東へ帰るつもりならば、長谷の町の半ばに「けわい坂」というのがあって、それを登ると宇陀郡うだごおり萩原の宿へ出る、それが伊勢路へかかって東海道へ出る道であるから、当然それを取らねばならぬ。竜之助が、この三輪まで逆戻りをして来たからには、関東へ帰る心をなげうったのであろう。また京都へ帰る気になったのかも知れぬ。いや、そうでもない、彼は今や西へも東へも行詰まっている。立往生たちおうじょうをする代りに、籠堂へ坐り込んで一夜を明かした、が、百八煩悩ぼんのうを払うというなる初瀬はつせの寺の夜もすがらの鐘の音も、竜之助が尽きせぬ業障ごうしょうの闇に届かなかった。迷いを持って籠堂に入り、迷いをもって籠堂を出た竜之助は、長谷の町に来て、ふとよいことを聞いた。
 これから程遠からぬ三輪の町に植田丹後守という社家しゃけがある――武術を好んでことのほか旅の人を愛する、そこへ行ってごらんなさいと、長谷の町の町はずれで、井戸の水を無心しながら、このあたりに武術家はないかと、それとなく竜之助が尋ねた時に煙草をきざんでいた百姓が教えてくれた。竜之助は、ともかくもその植田丹後守なる三輪大明神の社家を訪ねてみる気になって、ここまでやって来たものです。
 教えられた通りに来て見ると、これは思ったより宏大こうだいな構えである。小さな大名、少なくとも三千石以上の暮らし向きに見える。竜之助は入り兼ねていささか躊躇ちゅうちょした。
 というのは、自分のこの姿が、いまさらに気恥かしくなったからです。このなりで玄関へかかったところで、誰が武術修行者として受取ってくれるものか、きわめて情け深い人で、いくらかの草鞋銭わらじせんを持たしてていよく追っ払うが関の山、まかり間違えば、浮浪人として突き出される。
 いったん竜之助は通り過ごして若宮の方へ行き、また引返したが、別に妙案とてあるべきはずがない。
「頼む――」
 思いきって、そのまま玄関からおとなう。
「どーれ」
 十八九の青年が現われて来て、竜之助を見る、その物腰ものごしが武術家仕込みらしく、竜之助の風采ふうさいに多少の怪しみの色はあってもあなどりの気色けしきが乏しいから、
「御主人は御在宅か。拙者は仔細しさいあって姓名はここに申しがたけれど、京都をのがれて、旅に悩む者。御高名をお慕い申して……」
「心得てござる、暫時ざんじこれにお控え下さい」
 青年の呑込のみこみぶりは頼もしい。竜之助はしばらく待っていると青年は再び現われて、
「いざ、お通り下され、ただいま洗足せんそくを差上げるでござりましょう」
 案ずるよりむが安い。さすがの竜之助もその心置きなき主人の気質がしのばれて、この時ばかりは涙のこぼれるほどうれしかった。

         四

 植田丹後守には子というものがない、ことし五十幾つの老夫婦のほかに、郡山こおりやまの親戚から養子を一人迎えて、あとは男女十余人の召使のみでにぎやかなような寂しい暮しをしております。
 子というものを持たぬ丹後守は、客を愛すること一通りでない、いかなる客であっても、訪ねて来る者に一宿一飯を断わったことがない――それらの客と会って話をするというよりは、その話を聞くことが楽しみなのである。
 客の口から、国々の風土人情、一芸一能の話に耳を傾けて、時々会心かいしんえみらす丹後守のかおには聖人のようなとうとさを見ることもあります。けれども、ただ客をいては話を聞くだけで、丹後守自身には何もこれと自慢めいた話はない。
 人の言うところには、丹後守は、弓馬刀槍きゅうばとうそうの武芸に精通し、和漢内外の書物を読みつくし、その上、近頃は阿蘭陀オランダの学問を調べていると。なるほど、丹後守は幼少からこの邸を離れたことがなく、ほとんど終日、書斎に籠りがちで、祖先以来伝えられた和漢の書物と、自分が買い入れた書物とは、くらにも室にも山をなしているのであるから、一日に五冊を読むとしても、仮りに五十年と見積れば十万冊は読んでいる勘定になります。
 武芸に至っては、どうも怪しい。家には先祖から道場があって、これも幼少の頃から、宝蔵院のやり、柳生流の太刀筋たちすじをことに精出して学んだとはいうが、誰も丹後守と試合をした者もなし、表立って手腕をあらわした機会もないから、事実どのくらい出来るやを知っているものはないのです。
 ただ一度、どこかの藩の権者きけものが、この三輪明神の境内けいだいはやり切った馬を乗入れようとした時に、通り合せた丹後守がそのくつわづらを取り、馬の首を逆に廻したことがある――馬上の武士は怒って、むちを振り上げて丹後守を打とうとした時に、何のはずみ真逆まっさかさまに鞍壺くらつぼからころげ落ちて、馬は棹立さおだちになった。
 なにげなきていでそのまま行き過ぎる丹後守の後ろ姿を見て、落馬の武士も、附添の者も、これを追いかける勢いがなかった、それを町の者が見て舌をいたことがある。それ以来、「御陣屋の大先生」の武芸を疑うものがなくなった。
 机竜之助は、この人にはじめて会って見ると、父なる弾正の面影おもかげしのばずにはいられなかった。なんとなく威光のある、そうしてなつかしい人柄ひとがらだと、すさびきった机竜之助の心にも情けの露が宿る。
「これは仕合しあわせなことじゃ、どうか暫らくこの道場を預かっていただきたい」
 丹後守は、道場へ出て竜之助の試合ぶりを見てこう言うた――この道場にはべつだん誰といって師範者はないけれど、丹後守の邸には、召使のほかに、いつも五人十人の食客しょっかくがいる。多くは浪人者で、そのほか、国々や近在から、武芸修行者が絶えず集まって参ります。

         五

 見も知らぬ浮浪人を、快く家に通すさえあるに、その技倆を信じて、おのが道場を任せて疑わぬ丹後守の度量には、机竜之助ほどのねじけた男も、そぞろ有難涙ありがたなみだに暮れるのであります。竜之助は再びここで竹刀しないをとって、人を教える身となります。何から言うても、よくもとの身の上に似ている、丹後守を父として見る時に、竜之助には更に強く強く親の慈悲というものがわかってくるのであります。いかに物事に不自由がなくても、子のない人には、消して消せない寂しさがあります。
 われ一人を子に持って、三年越しの病の床から、勘当を言い渡さねばならなかった父弾正の胸の中はどんなであったろう――一徹いってつ頑固がんこな父とのみ見ていた自分の眼は若かった。このごろでは竜之助も、東に向いて別に改まって手を合わすようなことはせぬけれど、ひそかにえりを正して、父の上安かれと祈ることもたびたびであります。
 彼は、このしおらしき心根こころねから、おのずと丹後守に仕える心も振舞ふるまいも神妙になる――もともと竜之助はいやしく教育された身ではない、どこかには人に捨てられぬところが残っているのであろう、丹後守夫婦は竜之助を愛してなにくれと世話をします。ここへ来てから三日目の夕べ、竜之助は三輪明神の境内を散歩して、うかうかと、かの薬屋源太郎の裏道の方へ出てしまいました。
 竹の垣根があって、かなりに広い庭の植込から、泉水のひびきなどもれて聞えます。庭の方は大きな構えで、燈火あかりが盛んにかがやいて客や女中の声がやかましいのに、この裏庭は、垣根一重を境にして、一間ほどの田圃道たんぼみちにつづいては、威勢よく今年の稲が夕風にそよいで、その間に鳴くかわずが、足音を聞いては、はたはたと小川に飛び込むくらいの静かさです。
 竜之助は、この田圃道を通って見ると、その垣根のところに黒い人影がある――夏の夕ぐれはよく百姓たちが田の水を切ったり、または漁具を伏せて置いてうなぎどじょうなどを捕るのであるから、大方そんなものだろうと思うと、その人影は、垣根のすきから庭の中を一心にのぞいていたが、どう思ったか、人丈ひとたけほどな垣根を乗り越えて、たしかに中へ忍び入ろうとします。しかもおだやかでないことは、あまり目立たない色の手拭か風呂敷を首に捲いて面をつつんでいることであります。
 竜之助は近寄って、何の雑作ぞうさもなく、いま中へ飛び込もうとする足をグッと持って引っぱると、たあいもなく下へ落ちました。
 落っこちた男は、
「この野郎」
 いきなりに竜之助に武者振りついて来たのを、竜之助は無雑作に取って、田の中へ投げつけた。
 投げつけられても、稲の茂った水田みずたの中ですから別に大した怪我けがはなく、暫らくもぐもぐとやって、泥だらけになって起き返ると、
「覚えてやがれ」
 田の中を逃げて行きます。
 小盗人こぬすっと
 もとより歯牙しがにかくるに足らず、竜之助は邸へ帰った時分には、そんなことは人にも話さなかったくらいですから道で忘れてしまったものと見えます。けれどもこれ以来、忘れられぬうらみをいだいたのは投げられた方の人であります。
 泥まみれになって自分の家の井戸側へせつけたのは、かの藍玉屋あいだまやの金蔵で、ハッハッと息をつきながら、
口惜くやしい! 覚えてやがれ、御陣屋の浪人者!」
 り上げては無性むしょうに頭から水を浴びて泥を洗い落して、
「金蔵ではないか、何だ、ざぶざぶと水をかぶって」
 親爺おやじが不審がるのを返事もせずに居間へ飛び込んで、
「早く着替きがえを出せ、寝巻でよいわ、エエ、床をべろ、早く」
 さんざんに下女をしかり飛ばして、寝床へもぐって寝込んでしまいました。
 この藍玉屋は相当の資産家であるから、その一人息子である金蔵が、まさか盗みをするために人の垣根をじたわけでないことはわかっています。竜之助のために蛙を叩きつけられたような目に会い、幸い泥田であったとはいえ、手練しゅれんの人に如法にょほうに投げられたのですからたいの当りが手強てごわい。
 痛みと、怒りと、口惜しさで、その夜中から金蔵は歯噛はがみをなしてうなり立てます。
「覚えてやがれ、このごろ来た御陣屋の痩浪人やせろうにんに違いない」
 金蔵の親爺の金六と女房のお民とは非常な子煩悩こぼんのうでありました。一人子の病み出したのを気にして枕許まくらもとにつききり、医者よ薬よと騒いでいましたが、今ようやく寝静まった我が子のかおを、三つ児の寝息でもうかがうようにのぞきながら、
「ねえ、あなた、今ではこの子も自暴やけになっているのでございますよ」
「そうだ、そうに違いない。それにしても、あの薬屋の奴は情を知らぬ奴だ」
「ほんとにそうでございますよ、あんな心中の片割れ者なんぞ、誰が見向きもするものか、この子が好いたらしいというからこそ、人を頼んだり、直接じかにかけ合ったり、下手したでに出ればいい気になって勿体もったいをつけてさ、それがためにこの子がれ出して、こんな病気になるのもほんとに無理がありませんよ」
「困ったものだ――」
 子に甘い親二人は、わが子には少しも非難の言葉を出さず、なにか、やっぱり人をうらんでいるようである。
 これはたあいもないことです。金蔵はお豊を見染めて、それを嫁に貰ってくれねば生きてはいないと、親たちにねて見せる――そうして親をさんざんに骨を折らせたが、思うようにいかない。今夜も、そっと垣根を越えて、お豊のいる離れ座敷まで忍んで行こうとしたところを、竜之助に引き落されて投げられた。
 まことにばかげた話であるけれど、世におそるべきは賢明な人の優良な計画だけではない、執念しゅうねんの一つは賢愚不肖けんぐふしょうとなく、こじれると悪いわざをします。

         六

 お豊は、月のうち三度は三輪の神杉かみすぎを拝みに行く。
 三輪の大明神には、鳥居と楼門と拝殿だけあって本社というものがない。古典学者に言わせると、万葉集には「神社」と書いて「モリ」と読ませる。建築術のなかった昔にも神道はあった、樹を植えて神をまつったのがすなわち神社である――この故に三輪の神杉には神霊が宿る云々うんぬん
 三諸山みもろやまから吹いて来る朝風の涼しさに、勅使殿や切掛杉きりかけすぎにたかっていたはとは、しめっぽい羽ばたきの音をして、悠々と日当りのよい拝殿の庭へ下りて来て、庭に遊んでいた鶏の群にまじる。
「お早うございます」
 豆を売るばあさんは、もう店を出して、お豊の来たのに向うから挨拶あいさつをします。
「お早うございます」
 お豊も返事をして、いつもの通り、豆を買って鳩にいてやります。鳩が豆皿を持ったお豊の手首や肩先に飛び上って、友達気取りに振舞ふるまうのも可愛らしい。鶏が遠くから居候いそうろうぶりに出て来て豆を拾う姿も罪がない。
 お豊のかおに、いささかの頬笑ほおえみの影が浮ぶのであります。
 拝殿の前から三輪の御山を拝む。
 御山は春日かすがの三笠山と同じような山一つ、樹木がこんもりとして、朝の巒気らんき神々こうごうしく立ちこめております。
 若い女の人で三輪大明神を拝みに来る人は、たいてい帰りに、楼門の右のわきの「門杉かどすぎ」にがんをかけて行く。
 三輪の七杉ななすぎのなかの「門杉」の故事は、ここにいえば長い。
我がいほは三輪の山もと恋しくば
 ともなひ来ませ杉立てるかど
の歌がそれです。
 お豊は、その門杉には別に願いをかけることもなく、楼門の石段を下りても、その方へは別に足を向けないで、宝永三年、大風のためにその一本を吹き折られた名ばかりの二本杉の方へ参ります。
 一人は死に一人は助かる運命が、ちょうどこの二本杉のようだと思われるお豊には、三輪の七つの神杉のうち、この二本杉ばかりを拝みたい。一つには、この杉に願いをかければ、いったん夫婦のちぎりを結んで一方の欠けた人々には、この上なき冥福めいふくがあるという――かの門杉は縁を結ぶの杉で、この二本杉は縁の切れた杉である。
 いつは青春の子女に愛せられ、一は寡独かどくの人に慕われる。
 吹き折られた杉の傷のあとは、まだえない。そこからかろうじて吹き出した芽生えを見ているお豊の面には痛々しい色があります。

         七

 机竜之助も、ふとこの朝、植田の邸を出て、さわやかな夏の朝の巒気らんきを充分に吸いながら、長者屋敷の方を廻って、何の気もなくこの二本杉のところまで来かかったのでありました。お豊はその足音に気がついて、人目を避けたい身の上ですから、隠れるようにそこを立去ろうとしたが、杉から右の方、二間ばかりのところに、じっと立ち止まって、こちらを見ていた竜之助の面を一目見たが、我知らずまた見直すのでありました。
 二人の面と面とが、まともに向き合わせられた時に、お豊は、
「あの、あなた様は……」
 何かにおさえられたように、こう言ってしまいました。
「あ、関の宿しゅくでお見受け申した……」
 竜之助は、お豊の姿からちっとも眼をはなさずに、ずっと近寄って来ます。
「はい、あの節は難儀をお助け下さいまして」
「ああ、そうであったか、実はどこぞでお見かけ申したようじゃと、さいぜんからここで考えておりました」
「存じませぬこと故、甚だ失礼致しました」
「いや、拙者こそ……」
 竜之助は、いつもの通り感情の動かない顔で、
「しかし、そなた様をこの世でお見かけ申そうとは思わなかった」
「え……」
「あの若い、おつれのかたはどうしました」
 お豊は露出むきだしにこう言いかけられて面が真紅まっかになります。わが隠し事をはらわたまで見透かされた狼狽ろうばいから、俯向うつむいてしまってにわかには言葉も出ない、足も立ちすくんでしまった様子であります。
「まことに、お恥かしゅうございます。それではあなた様には、何もかも」
「いや、何もいっこう知りませぬが、そなた様だけはこの世にない人と思っておりました」
「生きて甲斐がいのない身でございます、お察し下さいませ」
 お豊は、ハラハラと涙をこぼして言葉もつまってしまったのであります。
 それを気の毒と見たか、哀れと思ったか竜之助は、
「縁あらばくわしいお身の上を聞きもし語りもしましょう。して、そなた様は今どこにおられます」
「はい、この土地の薬屋と申す旅籠屋はたごやが伯父に当りまして」
「はあ、薬屋……拙者はこの植田丹後守の邸におります」
 そのまま竜之助はサッサと楼門の方をさして通り過ぎてしまいました。
 お豊は思いがけぬところで、思いがけない人に会い、思いがけない言葉を浴びせられて、しばらくなんだか夢中になってしまいました。
 何という素気そっけない人であろう! 気がついて見ると竜之助は、第二の石段をカタリカタリと下駄の音をさせながら、わき目もふらず祓殿はらいでんの方へと下りて行きます。

         八

 関の宿で悪い駕籠屋かごやに苦しめられたのを見兼ねて追い払ってくれた旅の武士さむらいはあの人であった。あれだけの縁であると思ったらば、ここでめぐりあったあの武士が何もかもいちいち自分の身の上を知っているようである。
 関の地蔵に近い宿屋に、真三郎と一夜を泣き明かして、さて亀山の実家へは帰れず、京都へ行くつもりで、鈴鹿峠を越えて、大津の宿屋まで来ると、もう行詰まって二人は死ぬ気になった。遺書かきおきを書いて、二人の身を、三井寺に近い琵琶湖のふちへ投げたが、倉屋敷の船頭に見出されて――男をひとり常久とわの闇に送って自分だけ霊魂を呼び返される。今となっては、死ぬにも死ねず、この生きたぬけがらを、昔の人に遇わせることが、あまりといえば浅ましい。お豊は、しばらく立去り兼ねて涙を押えていましたが、
「お豊さん、お豊さん」
 二本杉の後ろに声がある。
「はい――」
 お豊は驚いて涙をかくすと、藍玉屋あいだまやの金蔵が、いつ隠れていたか杉の蔭からそこへ出ています。
「何か御用でございますか」
「あの、お豊さん、この間わたしが上げた手紙を御覧なすったか」
「いいえ」
「見ない? 御覧なさらない?」
 金蔵の様子が、なんともいえず気味が悪いので、
「あの、今日は急ぎますから」
「まあ、お待ちなさい」
 金蔵は、お豊の袖をおさえて、
「その前の手紙は……」
「存じませぬ」
「その前のは……」
「どうぞ、お放し下さい」
「では、あれほどわたしから上げたふみを、あなたは一度もごらんなさらないか」
「はい、どうぞ御免下さい」
 たもとを振り切って行こうとする時に、金蔵のかおすごいほどけわしくなっていたのに、お豊はぞっとして声を立てようとしたくらいでしたが、
「わたしは、日蔭者の身でございますから、御冗談ごじょうだんをあそばしてはいけませぬ」
 お豊は、丁寧にびをして放してもらおうとすると、金蔵は蛇がからみつくように、
「お豊さん、お前は、今ここで何をしていた、あの武士さむらいは御陣屋の居候いそうろうじゃ、それとお前は、ここで出会うて不義をしていたな」
「まあ――何を」
「そうじゃ、そうじゃ、それに違いない、お前は浪人者と不義をして神杉をけがしたと、わたしはこれから触れて歩く」
 金蔵はわざと大きな声で呼び立てます。お豊は力いっぱい振り切って逃げ出すと、追いかけもしないで金蔵は、
「覚えていろ」

         九

「お豊や」
 伯父に当る薬屋源太郎は、お豊を自分の前へ呼び寄せて、
「困ったことが出来たで。お前も承知だろう、あの藍玉屋の金蔵という遊蕩息子どうらくむすこじゃ」
「はい」
 金蔵に弱らせられているのは、お豊ばかりではなく、伯父夫婦も、あの執念深しゅうねんぶかい馬鹿息子には困り切っているのであります。
「このごろは、まるで気狂いの沙汰じゃ、なんでもひどくわしを恨んで、ここの家へ火をつけるとか言うているそうじゃ」
「まあ、火をつける――どうも伯父様、わたしゆえに重ね重ね御心配をかけまして、なんとも申し上げようがござりませぬ」
「ナニ、心配することはない、たかの知れた馬鹿息子の言い草じゃ。しかし、ああいうやつが逆上のぼせあがると、どういうことをしでかすまいものでもない、まあ用心にくはなしと思うて、わしはよいことを考えた」
「はい」
「それはな、しばらくお前をここの家から離しておくのじゃ。というて滅多めったなところへは預けられないから、わしもいろいろ考えた上に、とうとう考え当てたよ」
「伯父様、わたしは、もうこのうえ他所よそへ行きとうござりませぬ、わたしのようなものはいっそ、ここで死んでしまった方が、身のためでございます、皆様のおためでございます」
 お豊が死にたいというのは口先ばかりではないのです。死ねば、親にも親戚にも、この上の恥と迷惑をかけねばならぬことを思えばこそ味気あじきなく生きながらえているので、ほんとうに自分も死んだ方がよし、人のためにもなるであろうと、いつでも覚悟は出来ているくらいなのですが、伯父は、そんなには見ていないので、
「いや、お前などは、まだこれからが花じゃ。ナニ、お前の前だが、若いうちの失敗しくじりは誰もあることじゃ、そのうちには自分も忘れ、世間も忘れる、その頃合ころあいを見計らって、わしはお前をつれて亀山へ行き、ごとをして、めでたく元へ納めるつもりだ、暫らくの辛抱だよ」
 伯父はひとりで力を入れて嬉しがっているようでしたが、
「その、お前を暫らく預けておこうとわしが考え当てたのは、なんの、手もないこと、ついこの先のお陣屋じゃ。植田丹後守様とて受領ずりょうまである歴々の御社家、あの御主人はなかなかえらいお方で、奥様も親切なお方、あのお邸へお願い申しておけば大盤石だいばんじゃく。それでわしは今、御陣屋へお願いに上ったところ、御先生も奥様も早速さっそく御承知じゃ。御陣屋の後立うしろだて、丹後守様のお眼の光るところには、この界隈かいわいで草木もなびく、あんな馬鹿息子の指さしもなることではない」
 お豊はこれを聞いて、かの二本杉であった机竜之助が、同じくその植田丹後守の邸にいるということを思い出して、その面影おもかげがここに浮んで来ました。

         十

 今宵こよいは三輪大明神に「一夜酒ひとよざけの祭」というのがあります。
 丹後守の家では二三の人が残ったきりで、あとは皆、昼からの引続いての神楽かぐらと、今年はほたるを集めて来て階段の下から放つという催しを見に行ってしまっています。
 その残ったなかの男の一人は、机竜之助で、もう一人は久助という年古く仕えた下男であります。
 竜之助は縁端えんばなへ出て、久助がさきほどきつけてくれた蚊遣火かやりびの煙を見ながら、これも先刻、久助が持って来てくれた三輪の酒を、チビリチビリと飲んでいました。
 いつでも寝られるようにと、久助は蚊帳の一端をりっぱなしにしておいて、蒲団ふとんなども出しておきました。籠行燈かごあんどんの光がぼんやりとしているところで、竜之助は盃をあげながら、
「なるほど、この酒は飲める、処柄ところがらだけに味が上品である」
独言ひとりごとを言います。
 三輪の酒は人皇にんのう以前からの名物である。ここにまた古典学者の言うところを聞くと、
「ミワ」は、もと酒を盛るうつわの名であった、太古、三輪の神霊はことに酒を好んで、その醸造の秘術をこの土地の人に授けたという。また一説には「ミワ」は「水曲みわ」である、初瀬川の水がここで迂廻うかいするところから、この山にミワの山と名をつけた、それが社の名となり、社を祭る酒の器の名となった、土地の名になったのはその後であると――かの万葉にうたわれし、
うま酒を三輪のはふりのいはふ杉
 てふりし罪か君にあひがたき
とある――また古事記の祭神の子が活玉依姫いくたまよりひめかよったとある――甘美にして古雅な味が古くからたたえられているということは、三輪のうま酒の誇りであった。
 竜之助は、そんな考えで飲んでいるのではない、舌ざわりの、とろりとして、含んでいるうちに珠玉たまの溶けてゆくような気持を喜んで、一杯、一杯と傾けている――蚊遣火かやりびけむり前栽せんざいから横になびき、縦に上るのを、じっと見ている様子は、なんのことはない、蚊遣火をさかなにしているようなものです。
「誰か湯に入っているな、お早どのかな」
 湯殿で湯の音がする。廊下をずっと突き当ると、かぎに廻ったところに物置と背中合せに湯殿がある、それは女たちの入る湯殿である。いつも、こんな時には留守居役の老女中、お早婆さんが、居睡いねむり半分、仕舞湯しまいゆつかっているはずである。
「ウム、太鼓の音がするな、里神楽さとかぐらの太鼓――子供の時には、あの音にどのくらい心をおどらせたことであろう」
 笛と太鼓の音は、すぐ前の竹藪たけやぶにひびいて遠音とおねながら手にとるようです。竜之助は、それから沈吟して、盃をふくんでいると、庭先を向うの椿つばきの大樹の下から、白地の浴衣ゆかたがけで、ちらと姿を見せたものがあります。
「婆さんか」
 竜之助は見咎みとがめて呼んでみますと、
「いいえ、わたくしでございます」
「ああ、あの、お豊どのか」
「はい」
 お豊は、この家に預けられています。竜之助はそのことを知っていた。お互いに同じ家にきたり合せたことをその時から知ってはいたが、今日で五日ほど、人の手前をはばかってまだ親しくはかおも合せず口も利かずにいた。
「そなた様もお留守居でござったか、まあ、ここへお掛けなされ」
 竜之助は、自分の持っていた団扇うちわで縁の一端を押えます。
「有難う存じます、こんな失礼な容姿なりで……」
 いま湯の音を立てていたのは、この女であった。湯あがりに、ちょっと身じまいをして、くつろいだ浴衣がけの姿に気を置いて、少し落着かぬように、まだ縁へは腰を下ろさないで、団扇を片手であやなしながら、ちょっと蚊遣火の方に眼をそむけた横顔を、竜之助はちらと見て、むらむらと過ぎにし恋の古傷に痛みを覚えるのでありましたが、すぐにいつもの通り蒼白あおじろい色を行燈あんどんの光にそむけます。
「あなた様も、お留守居でございましたか。先日はどうも……」
「あれから、なんとなく、まだ話し残しがあるような。ほかに御用向がなければ……しばしそれへおかけなさい」
「はい、有難う存じます。こちら様へ上りましてから、まだ御挨拶も申し上げませぬ、済みませぬと思いましても、つい人目がありますので……」
 お豊は、竜之助に向って何か言ってみたいようでもあるし、言いよどんでいるようでもあります。
「実は拙者も……」
 竜之助は取ってつけたように、こう言って、またお豊の横顔を見ながらしばらく黙っていましたが、
「拙者には兄弟はないが、どうやら死んだ家内にでも会うような……そなた様を見てから、そんな気分も致すのじゃ――これはあまり無躾ぶしつけながら、不思議なめぐり会いが、ただごとでないように思う」
「何かの御縁でございましょう。あの、あなた様にはそのうち関東の方へお立ちと聞きましたが、それはほんとうでございますか」
「うむ、拙者の身の上も……いろいろに変るので。どうやらこのごろでは、この土地に居つきたい心地ここちもする、当家の御主人があまりに徳人とくじんで、父に会うたように慕わしくも思われるから。しかし、そのうち立たねばなりませぬ」
「さだめし、お国では奥様やお子供様がお待ち兼ねでございましょう」
「いや、拙者に女房はない、もとはあったが今はない、子供は一人ある――父親も一人」
 カラカラとえた神楽太鼓かぐらだいこの音が、この時、竜之助のはらわたみて、団扇うちわを取り上げた手がブルブルとしびれるように感じます。
 どうかすると、世間には竜之助のような男を死ぬほど好く女があります――好かれる方も気がつかず、好く方もどこがよいかわからないうちに、ふいと離れられないものになってしまう。
「女房はない、もとはあったが今はない、子供は一人ある――父親も一人」
と言って俯向うつむいた竜之助の姿を、お豊はなんともいえぬほど物哀れに感じたのであります。さてはこの人も自分と同じく、つれなき世上の波にまれ行く身であるよ。
「それはまあ、おかわいそうに。そのお子さんはさぞ会いたくていらっしゃるでしょうに」
「左様、年のゆかない子供の身の上というものは、どこにいても思いやられるでな」
「左様でございますとも。せめてお母さんでもおありなさることならば、いくらか御心配も薄うございましょうが、お一人だけでは……」
「ナニ、親はなくとも子は育つというから、まあ深くは心配せぬけれども、道を歩いても、その年ぐらいの子供を見かけると、ついどうも思い出される、ハハ」
 竜之助は淋しく笑う。
「ほんとに御心配でございましょう。そのお子さんはおいくつ……男のお子さんでございますか」
「数え年で四つ、左様、男の子じゃ」
「お母さんもさだめて、草葉くさばの蔭とやらで、お心残りでございましょう。御病気でおなくなりになったのでございますか」
「病気ではない、自分の我儘わがままから死んだのじゃ」
「我儘から……」
 お豊は竜之助の荒切あらぎりにして投げ出すような返答で、取りつき場のないように、言いかけた言葉をつぐんでいると、
「いや、そんな愚痴ぐちは聞いても話してもよしないことじゃ」
 竜之助は、団扇をとってその墨絵をじっと見つめている。
 かつて、島原の角屋すみやで、お松が竜之助の傍に引きつけられているうちに、その身辺からものすごい雲がむらむらと湧き立つように見えて、ゾクゾクと居ても立ってもいられないほどこわくなったことがあります。今、幽霊も遊びに出ようとする夏の夕べを背景に、蒼白い沈んだ面の竜之助を、お豊がこちらから見る時に、この人の身のまわりには、やはり何かついて廻っているものがある。
 大気がにわかに蒸してきた。さっきから飲んでいた三輪のうま酒の酔いがこの時に発したのか、竜之助は、ふいと面を上げると、蒼白い面の眼のふちだけに、ホンノリと桜が浮いている。
「お豊どの、そなたは酒を上らぬか、三輪の酒はよい酒じゃ」
「いいえ、わたしはいけませぬが、おしゃくならば……」
 お豊も自ら怪しむほどに言葉が砕けてきた。
 蒸してきた空気のために、太鼓の音も泥をかき廻すようで、竜之助もお豊も何かの力で強く押されているようです。
 そうは言ったけれど、竜之助は再び酒杯さかずきを手に取ろうとはせず。
 お豊は、こころもち膝をこちらに向けるようにして、二人は、やはり蒸し暑い空気におさえられてだまっていると、蚊遣火の煙は、その間に立ち迷うて見えます。
「お豊どの、そなたも遠からず伊勢へ帰られるそうな」
「どうなりますことやら」
「さてさて世間には、身の始末に困った人が多いことじゃ」
 竜之助は、このとき少しく笑う。
「生きている間は故郷へは帰るまいと思います、帰られた義理ではありませぬ」
「なるほど……」
「伯父は遠からず連れて帰ると申しますけれど、わたしは帰らぬつもりでございます」
「して、永くこの地に留まるお考えか」
「いいえ」
「では、どこへ」
「あの、私はいっそ、生きているならばお江戸へ行って暮らしたいと思いまする」
「江戸へ――」
「はい、江戸には叔母に当る人もあるのでございますから、それをたよって、あちらで暮らしてみたいと思っておりまする」
「うむ、江戸で暮らす――それもまた思いつきじゃ」
「それにつきまして、あなた様には……関東へお立ちの時に……」
 お豊は、ここまで来て言いよどんだようでしたが、思い切った風情ふぜいで、
「突然にこんなことを申し上げてはさだめし鉄面あつかましいやつとおさげすみでもござりましょうが、あなた様が関東へお下りの節……できますことならば」
「…………」
「あの、御一緒におともをさせていただきとう存じます」
「一緒につれて行けと申されるか」
 お豊を失望させるほど冷やかに、竜之助は呑込んだともつかず、いやとも言い出さず、やがて、
「それもよかろう、いてお止めは致さぬ」
 やっとこう言い出して、少しを置き、
「が、そなたが江戸へ行くことは、伯父上は勿論もちろんのこと、ここの先生も、またそなたの御実家もみな不同意でござろうな」
「それはそうでございますけれど……もし故郷へ送り返されるようなことになりますれば、生きてはおられませぬ」
「ふむ――」
 竜之助は団扇うちわを下に置いて腕を組んでみましたが、よく生命いのちを粗末にしたがる女よと言わぬばかりの態度にも見えましたが、また極めて真剣に何か考えているようにも見えます。
 そうして、しばらくつぶっていた眼をパッと開いて、
「よろしい、生命がけの覚悟ならば……」
 この時、表の方で人の足音がやかましい。祭りに行っていた家の連中が帰って来たものと思われる。

         十一

 その翌朝のこと、藍玉屋あいだまやの金蔵は朝飯も食わずフラリと自分の家を飛び出しました。
「金さん、金蔵さん」
 長者屋敷のところで、横合いから、火縄銃ひなわづつかついで犬をつれた猟師ていの男が名を呼びかけたのをも気がつかず通り過ぎようとすると、猟師は近寄って来て、金蔵の肩に後ろから手をかけ、
「どうした、金蔵さん」
「やあ、惣太そうたさん」
「何だい、えらく悄気しょげてるな」
「ああ、少し病気だよ」
「大事にしなくちゃいけねえよ」
「だから保養に、ここらを歩いているのだ、どうも頭の具合が面白くないからね」
「それでは金蔵さん、今日は一日、俺と高円山たかまどやまの方へ行かねえか、山をかけ廻ると気の保養になるぜ」
「そんな元気があるくらいなら、こうしてぶらぶらしてはいないよ、ああつまらない」
「困るな。では俺が近いうち、ししの肉を切って行くから、一杯飲んで気晴らしをしよう」
「うん」
「まあ、大事にするがいい」
 この猟師は惣太といって、岩坂というところに住み、兎、鹿、猿、狐などの獣を捕っては生業なりわいを立てている。ことに猪を追い出すのが上手じょうずで評判をとっている。女房もあって子供も三人ほどあるのに、酒が好きで、女房子を食うや食わずに置いては、自分は獲物の売上げで酒を飲んで帰ってくる。金蔵とは飲み友達で、金蔵はよくこの男におごってやったり、狐の皮なんぞを売りつけられたりしていました。今、二三間行き過ぎた惣太は、何事をか思い出したように引返して来て、
「金蔵さん、金蔵さん」
「何だえ」
「ホントに済まないがねえ」
「うん」
「二分ばかり貸してもらいてえ。高円山へ追い込んだ猪が明日の朝までには物になるんだ、そうすれば直ぐだ、直ぐ返すから」
「またかい」
「ナニ、今度はたしかだよ。どうも金蔵さん、女房が干物ひものになる騒ぎだからな」
「貸して上げてもいいがね」
「そうして下さいよ、拝みまさあ。お前さんなんぞは何不自由のない一人息子だから、二分ぐらいは何でもあるまいが、こちとらの身にとると、その二分が親子五人のいのちたねになるんだから」
「では、二分」
 金蔵は懐ろから財布さいふを取り出して二分の金をつまみ、惣太の出した大きなてのひらに載せてやりました。
「有難え、ありがてえ」
 惣太はおしいただいて、また少し行くと、今度はその後ろ影を見ていた金蔵が何か思い出したように、
「惣太さん――」
「何だい」
「お前、鉄砲を持ってるね」
「猟師に鉄砲を持ってるねと念を押すのもおかしなものだね、この通り持ってるよ」
「その鉄砲というやつは、素人しろうとにも撃てるものかい」
「そりゃ、撃てねえという限りはねえが」
「どのくらい稽古したらねらいがつくんだい」

 何を考えたものか金蔵は、それから毎日のように岩坂の惣太が家へ鉄砲の稽古に出かけます。
 惣太の鉄砲を借りてはまとを立てて、しきりにやっているので、少しずつは物になります。今日は三発とも的に当てたので、得意になって、四発目に裏山のもみの枝にたかっていたからすに覘いを定めて切って放つと見事に失敗しくじって、鴉は唖々ああとも言わず枝をはなれてしまったから、
「駄目駄目」
 惣太は傍から、ニヤリニヤリと笑い、
「生き物は、まだ早い」
「それでも鴉ぐらい」
 金蔵は口惜くやしそうです。
「鴉ぐらいがいけない、鴉ほど打ちにくい鳥はないのだ、鴉が打てたら、鉄砲は玄人くろうとだよ」
「そうかなあ。いったい、鳥では何が打ちよいのじゃ」
「そうさ、お前さんの打ちよいのはそこにいる」
「ばかにしている、あれは鶏じゃないか、雉子きじか山鳩あたりをひとつ、やってみたいな」
雉子きじをひとつ、やってごらんなさい、二三日うちに山へつれて行って上げます」
「雉子が打てれば占めたものだ、それから兎、狸、狐、猪、熊――」
「そうなると、こちとらが飯の食い上げだ。しかしこの間、曾爾そにの山奥では、猪と間違えて人を打った奴があるそうだ。金さん、お前もそんなことになるといけねえから、わしの見ぬところで煙硝えんしょういじりは御免だよ」
「猪と間違えて人を撃つのは勘平かんぺいみたようなものだが、惣太さん、人を撃つのはよっぽどむつかしいものかい」
「俺も永年、猟師をやっているが、まだ人間を撃ったことはねえ……」

         十二

 夜も四ツに近い頃、三輪明神の境内には、もはや涼みの人もまれになった時分、「おだまき杉」の下に、一つの黒い人影があります。
 手に持っていた小さい徳利とくりを下に置いて、のみのようなもので、しきりに杉の根方ねかたを突っついていました。いいかげんに突っついてみてから、その徳利を穴へあてがってみて、また突っつき直します。杉の根方は、盤屈ばんくつして或いは蛇のように走り、或いはがまのような穴になっている、その間を程よくとり拡げて、徳利を納めるために他目わきめもふらず突っついていましたが、ふいと、また一つの物影が、地蔵堂の方からゆっくりと歩んで来て、この「おだまき杉」近くまでやって来たのにも気がつかないようです。このゆっくりと歩んで来たというのは、誰であるか直ぐにわかる。それは、寝る前に必ずひとたびは、明神の境内をめぐって歩く植田丹後守であります。
 丹後守は、いま「おだまき杉」の近くへ来て、ふと、根方を突っついている忍びの人影を見つけたので歩みを止めて、何者が何をするかと、しばらく闇の中から、立って見ていました。
 丹後守の歩き方は、まことに静かで、草履ぞうりをふんで歩く時は、歩く時も、止まる時も、さして変りのないほどでしたから、根方の人は少しも気がつきません。
 しばらく見ていたが、つかつかと丹後守は近寄って、
「金蔵ではないか」
「はい――」
 物影は非常なる驚きで、バネのように飛び上ったのでしたが、わなわなとふるえて逃げる気力もないもののように見えます。
「何をしている」
 丹後守は、押して穏かに問う。
「へえ……へえ」
「それは何じゃ」
 人影が藍玉屋の金蔵であることは申すまでもありません。
 丹後守に指さされたのは金蔵が、幾度も穴へ入れたり出したりしてみた、かの徳利でありました。
「へえ……これは……」
「これへ出して見せろ」
「へえ、これでございますか……これは」
 金蔵はおそるおそる徳利を取って、丹後守の前へ捧げます。丹後守は、手に取り上げて見ると徳利のように見えても徳利ではありません。長さおよそ一尺ぐらい、酒ならば一升五合も入るべき黒塗り革製の弾薬入れであります。
「金蔵、これはお前のか」
「はい……」
「お前は、鉄砲を持っているか」
「いえ……人から借りました」
「借りた――飛び道具は危ないものだぞ、これはわしが預かる」
「へえ……」
「もう、あるまいな、まだこんな物が家にあるか」
「もう、ありませぬ」
「よし」
 丹後守は弾薬入れを取り上げて、小言こごとも何も言わずに行ってしまいます。
 この附近では丹後守に会っては、「左様でございます」というか、「左様ではございませぬ」というか、二つの返事のほかは、あまり物を言えないことになっています。丹後守が少しも強圧を用いるわけではないが、自然そんな具合になっていました。
 ああ、悪い人に悪い物を見つかった。
 さすがの金蔵も、ふるえ上って、身を支えることもできないで、松の幹へしがみついてしまいました。
 金蔵は猟師の惣太の手から、旧式の種子たねしまを一ちょう、手に入れて、その弾薬は滅多めったな家へは置けないから、ここへ隠しに来たものです。町人が鉄砲を持つことは禁制であります。これが表向きに現われる時は、打首うちくびか追放か、我が身はおろか、一家中にまで……こんなところへ弾薬を隠しに来るほどの考えなしでも、その罪科の容易ならぬことはわきまえているものと見えます。
 証拠物件は押収おうしゅうされてしまった――
「ああ、首を斬られる! 今夜にも俺は縛られて打首になるのだ!」
 金蔵は恐怖きわまって地団太じだんだを踏んでみました。
 いつぞや、あの初瀬河原はつせがわらで盗人が斬られてさらされたことがある。俺は面白半分に見て来てたが、斬られたあとの首から、ドクドクと血が湧き返るのを見てから当分飯がまずかった、俺も明日はあんなになるのだ――ああどうしよう、どうしよう。
 無知な者は、罪をおかす時まではそんなに大それたことと思わないでいて、犯した時に至って初めて、その罪の大きかったのに仰天ぎょうてんする。金蔵は、いちずに何をかうらうらんで鉄砲を習い出したが、今が今、そのくわだてのおそろしさに我と慄えてしまったのです。
「どうしよう、どうしよう」
 そこで一人で踊り廻っているのでしたが、こういう人間は、いいかげん怖れてしまうと、あとは自暴やけになります。
「どうなるものか、お豊を隠したのは、あの丹後守だ、おれの鉄砲を知っているのも、あの丹後守だ、みんなやっつけちまえ、どのみち、おれの命はないものだ」
 金蔵は横飛びに飛んで自分の家へせ帰りましたが、その晩のうちに親爺おやじの金を一風呂敷と、自分が秘蔵の鉄砲を一挺持って、どことも知れず逃げ出してしまいました。
 翌朝になって、金六夫婦の驚きは一方ひとかたでない、近所組合の人も総出で騒いだが、結局、金蔵の行方は更にわかりません。
 丹後守はかの弾薬のことについては、何も言わず。ホッと胸をで下ろしたのは薬屋源太郎はじめ、お豊らでありましたが、あんな奴だからまた何をしでかすまいものでもない――安心したような、まだ心配が残っているような……それでも金蔵がいなくなったので、ひとまず胸を撫で下ろしました。

 金蔵がいなくなってみれば、お豊が植田の邸に預けられる必要はなくなった。
 お豊が再び薬屋へ帰った時には、暗い心に薄い光がさしていた。
 竜之助は、ものの五町とは離れぬところへお豊が帰ったその晩は、どうも寝られない淋しさを感じた。
 さて、お豊は薬屋へ帰っていくらもたたないうちに、伯父の源太郎に向って、亀山へ帰りたいからと言い出しました。
 今まで死んでも帰らぬと言い張った故郷へ、今日は我から帰りたいと言い出したことを、伯父は思いがけなく驚いたくらいでしたけれど、当人にその心の起ったことは非常な喜びで、
「それでは、わしが送って行ってびをして上げる」
 大急ぎで旅立ちの用意をはじめました。これとほとんど時を同じゅうして机竜之助は、植田丹後守にいろいろと高恩の礼を述べて、これも関東へ発足の日取りをきめました。
 出立の前の日、薬屋源太郎が丹後守へ挨拶に出て、
「あれも、お蔭をもちまして、明日、故郷へ送り返すことに致しましたから……」
 一通りの暇乞いの話を聞いた植田丹後守が、
「わしがところにおる吉田竜太郎と申される御仁ごじんが、これも近いうち関東へ立つ、次第によりて同行を願うてみたら――」

         十三

 式上郡から宇陀郡へ越ゆるところを西峠という。西峠の北は赤瀬の大和富士やまとふじまで蓬々ぼうぼうたる野原で、古歌にうたわれた「小野の榛原はいばら」はここであります。
 西峠は一名を「墨坂」という、「墨坂」の名は古代史にあらわる。「鳥立とだちたづぬる宇陀うだ御狩場みかりば」というのは宇陀の松山からかけて榛原より西峠、山辺郡に至るあたりを言うたものらしい。
 いにしえの「禁野きんや」、推古のちょう薬狩くすりがりのところ、そこを伊勢路へかかって東海道へ出る道と、長瀬越えをして伊賀へ行く路とが貫いて通っております。
 日中は暑さをいとい、今朝の暗いうちに馬を仕立てて、三輪を立った薬屋源太郎とお豊とは少し先に、竜之助は二人の馬から十間ほど離れて、これもやはり馬で、この西峠を越したのでありましたが、小野の榛原には、青すすきが多く、大きな松やもみが並木をなして生えています。
 仰いで見ると四方に山が重なって、遠くして高きは真白な雲をかぶり、近くしてけわしきは行手に立ちはだかって、人を襲うもののように見られます。
 峠の上には雲雀ひばりが舞い、木立の中ではうぐいすが、気味の悪いほど長い息で鳴いている。そして木の下萌したもえは露に重く、馬の草鞋わらじはびっしょりと濡れる。
 竜之助は、またも旅人りょじんの心になりました。
 三輪で暮らした一月半は、再びは得らるまじき平和なものでありました。竜之助の生涯に、人の情けをしみじみと感じたのは、おそらく前にも後にもこの時ばかりでありましょう。
 大和の国にはかんながらの空気が漂うている、天に向うて立つ山には建国の気象があり、地をうるおして流れる川には泰平の響きがある。
 竜之助は、西峠の上に立った時は遥かに三輪の里を顧みて、
「さらばよ」
と声を呑んだのでありましたが、今、さきに行くお豊の馬上の姿を見ると、そこに縹渺ひょうびょうとして、また人のにおいのときめくを感ずるのであります。

 ちょうど西峠と榛原の間まで来た時に、向うからただ一人、旅の者がこちらを向いて足早に歩いて来ます。
 細い道でしたから、並木の方へ寄って、源太郎とお豊の馬をも避けたように、竜之助の馬をも避けて、通りすがりに旅の人は、ふと笠の中から竜之助を見て、棒のように立ってしまいました。

 この時、林の茂みと小土手の間に二人の猟師が身を隠して、何か獲物えものねらっているような様子を誰も気がつきませんでした。この一人は誰とも知れず、ギョッとするほど人相の悪い男で、ほかの一人は金蔵であります。
 人相の悪い方は、
「金蔵、ふるえてるな」
「ナニ、大丈夫だ」
 大丈夫だと言ってみたが争われぬ、金蔵は五体がブルブル慄えて物を言うと歯の根が合いません。
度胸どきょうさだめに、それ、あっちから旅人が来る、あいつをひとつやっつけてみろ」
 人相の悪いのが、ふと木の葉の繁みから街道の遠くを見ると、ただ一人、この小野の榛原はいばらを東から歩み来る旅人があります。
「ドレドレ」
「それ、ねらいをつけてみろ」
「うむ」
 金蔵は鉄砲を取り直して構えてみたが、支え切れないと見えて、小土手へ銃身を置いて、目当めあて巣口すぐちを真直ぐに、向うから来る旅人に向けてみましたが、
「やあ、速い、速い、恐ろしく足の早い奴だよ」
 なるほど、向うから来る旅人の足の速力は驚くべきものです。土手へ鉄砲を置いた時に弥次郎兵衛ほどに小さかった姿が、巣口を向けた時は五月人形ほどになり、速い、速いと驚いた時は、もう眼の前へ人間並みの姿で現われています。
「まるで、飛んで来るようだ、こりゃ天狗てんぐだ、魔物だ」
 さすがの二人が呆気あっけにとられているうちに、眼の前を過ぎ去って、並木の彼方かなたへ見えなくなってしまいます。
「驚いたなあ! 足の早い奴もあればあるものだ」
 人相の悪いのが苦笑にがわらいをする。
 しばらく無言で、二人は旅人が過ぎ去った方の路を、やはり木の葉の繁みから一心に見つめていたが、
「それ、来たぞ!」
「やあ、やあ」
 金蔵は声と共に胴震どうぶるいをはじめました。人相の悪いのは平気なもので、
「いいかい、金蔵、よく度胸を落着けろ、それ、前の奴が親爺おやじで、後のが女だ、オヤオヤ、武士さむらいの見えぬのはおかしいぞ、とにかく、前の親爺をドンと一つ、いいか、あとはおれが引受ける」
 申すまでもなく、二人がねらとう的先まとさきを通りかかる前のは薬屋源太郎で、後のはお豊であります。
 机竜之助は、どうしたか、まだ姿を見せない。そうだ、さっき通りかかった、あの足の早い旅人と行違いになって、何か間違いでも出来はしないか。

 まるきり執念しゅうねんのない者と、どこまでも執念の深い者は、どちらも始末に困ります。
 金蔵の執念は、とうとうここまで来てしまった。慄えながら鉄砲の覘いをつけているところを見ればおかしくもあるが、かおの色を真蒼まっさおにして命がけの念力を現わしているところを見れば、すさまじくもあります。
「モット落着いて……馬の腹を覘え、馬の腹と人の太股ふとももを打ちく気組みで……まだまだ、ズット近くへ来た時でいい」
 傍で力をつけている人相の悪い猟師は、最初に金蔵に鉄砲を教えた惣太とは違います。惣太は飲んだくれであったけれど、これほどの悪い度胸はない。
 これははり別所べっしょというところに住んでいて、表面は猟師、内実は追剥おいはぎを働いていた「鍛冶倉かじくら」という綽名あだなの悪党であります。
 金蔵が、この鍛冶倉の乾分こぶんとなったのにも相当の筋道すじみちがあるけれどそれは省く。

「お豊、いいあんばいに、お天気じゃ、今夜は内牧うちまきどまりとして、それまでに夕立でも出なければ何よりじゃ。おお、吉田様が見えない、どうなさった」
 薬屋源太郎は、あとをふり返ってささやくと、お豊は、
「どうなさいましたでしょう」
「馬の草鞋わらじでも解けたのであろう。馬子まごさん、少し静かに歩かせておくれ」
 馬を静かに歩かせて、
「あのお武家は、えらく武芸がお出来なさるとお陣屋の先生がめていました」
「そうでございます、お陣屋へ修行者が参りましても、手に立つ者はなかったと、皆のお方も申しておりました」
「けれども、口を利きなさるのが、なんだかサッパリし過ぎて、そのくせ、いつでも沈んで、なんだか気味の悪いような、たくましいような、妙に気の置けるお方じゃ」
「それも、お家にお子供さんがいらっしゃるし、奥様もおなくなりなすったそうですから、それやこれやの御心配からでござりましょう」
「そんなことかも知れぬ。しかしまあ道中も、あのお方がおいでなさるので安心じゃ。時にあの馬鹿者の金蔵……ああいう執拗しつこい奴もないものだが、あんなのがゆくゆくは胡麻ごまはい、追剥、盗人、そんなことに落ちるのだ、心柄こころがらとはいえ、気の毒なものだ」
 お豊はなんとも言わないで、また後ろをふり返ったが、竜之助の姿はまだ見えない。

ッ――まだまだ」
 林の茂みにねらいをつけていた金蔵は、このときかっとしてあわや火蓋ひぶたを切ろうとしたのを、あわてて、傍に見ていた鍛冶倉かじくらが押えたのは、時機まだ早しと見たのであろう。

 この日の朝、三輪の里なる植田丹後守は、しきりにむなさわぎがします。
 丹後守という人は妙な人で、時々前以て物を言い当てることがあります。
「お前の家へ昨夜、子供が産まれはせぬか」
 ある時、或る家の前へ立ってこう言うた時、その家の主人が眼を円くして、
「大先生、まあ、どうして御存じでございます、まだどこへも沙汰をしませんに」
「そうか、それは男の子であろうな」
「左様でございます、どうして、それがおわかりになりました」
「そんな夢を見た、なんにせよ、めでたいことだ」
といって立去ってしまったことがある。
 また或る時、借金のために財産をなくしかけて、首をくくろうか、身を投げようかと思案しながら道を歩いている町の人に出遭でっくわしたことがある。
杢右衛門もくえもん、お前は何を心配している」
「へえ……」
「お前の後ろには死神しにがみがついているぞ」
「ええ?」
 男はふるえ上がって後ろをふり向くと、丹後守は笑いながら、
「もう少し前へ出ると金神こんじんが待っている」
 丹後守はこの男のために借金と死神を払ってやったことがあります。こんなことは丹後守にあっては珍らしいことではなく、雨が降ること、風の吹くこと、火事のあることなども前以て、よく言い当てたものです。
 竜之助一行を送り出しておいて、しきりに胸さわぎがしたので、読みかけた本をふせて、丹後守は座右の筮竹ぜいちく算木さんぎとを取ってえきを立ててみました。そうして、
「内山殿、内山殿」
 二声ばかり呼んでみました。
「はい」
 いつぞや、竜之助を玄関に迎えたところの青年でありました。
「あのな、甚だ御苦労だが、貴所と、それからモ一人、高江氏をわずらわしたらばと思うが、ちょと近い所まで行ってもらいたいのじゃ」
「承知致しました。いずれへ」
「初瀬の町から西峠の方へ急いでもらいたい、馬で飛ばしてみてもらいたいのだが」
「心得ました。して御用向は?」
「どうも、さいぜん送り出した、あの吉田氏と薬屋の者、あれがどうも気がかりじゃ、たしかまだ西峠へかかるまい、せめて、あの原を越えるまで、御両所でお送りが願いたい」
「心得ました」
「いや、まだ、お待ち下さい」
 丹後守は、急いで立とうとする青年を再び呼びとめて、
「少々お待ちなさい、貴殿は鉄砲が打てましたな」
「はい、少しは」
「どうか、これを持参して下さい」
 丹後守は戸棚の中から桐の箱を取り出して、打懸うちかけたひもをとくと、手に取り上げたのは一挺の拳銃ピストルであります。
 この時分、拳銃はあまり見たことがないのであります。しかも今、丹後守が取り上げた拳銃は、全く類の見えなかった洋式のものであります。内山は、先生が妙なものを持っていると怪訝けげんかおに、その拳銃を見つめます。内山が不思議がるのもその道理で、これは「引落し式」と名づけられた前装の六連発であります。これと同じ品が嘉永六年、ペルリ来朝の時、武具奉行ぶぎょうの細倉謙左衛門に贈られたことがある。鉄砲がはじめて日本へ来たのは、天文十二年(或いはその以前)ということであるが、拳銃が日本へ来たのは、この時がその最初でありました。
 今、丹後守が取り出したのは、まさにそれと同じ型のものであります。
 どうして丹後守が、そんなものをいつのまに手に入れたか、それさえ不思議でありましたが、丹後守という人は、春日かすが太占ふとまにを調べるかたわらには阿蘭陀オランダの本を読み、いま易筮えきぜいを終って次に舶来はくらいの拳銃を取り出すという人であります。
 それで、右の拳銃を右手に取り上げて眼先へ伸ばし、
「内山殿、そのすだれを捲き上げていただきたい」
「心得ました」
 簾を上げると庭である。
「あの植木鉢をひとつ、打ってみましょう」
 花壇の隅に伏せられた素焼すやきの植木鉢にねらいをつけたのでありましたが、轟然ごうぜんたる響きと共に鉢はに砕けます。
「いざ、これを持っておいで下さい」
 内山は、呆気あっけにとられながら、丹後守の渡す拳銃を受取って見ると、筒先は六弁に開いて、はすのように六つの穴があります。
「その一発はいま撃ってしまいました、あとの五発、続けざまに撃てるようになっている」
「はあ」
 内山は、それを調べて二三度、構えてみましたが、
「しからば――」
と言って立つと、
「あの、まだ奥に文四郎流の火縄ひなわがあります、高江殿にはあれを持っておいでなさるように」
「心得ました」
 なんにしても大業おおぎょうなこと、わずか二三の人を送るに駿馬しゅんめに乗り、飛び道具を用意するとは。

 かの足の早い旅人は、西峠を越えて来る机竜之助の馬を避けて通す途端とたんに馬上の人を見上げたのであります。
 竜之助も、ふいと笠越しに見下ろすと、
「や!」
 旅の人は、覚えず足を踏みしめたようでしたが、竜之助は別になんとも思わず、そのまま馬を進めようとすると、
「モシ、お武家様」
 旅の人は、引き戻すように手をあげて呼び止めます。
「何御用か」
「あなた様は、もしや――武州沢井の若先生ではござりませぬか」
「ナニ、沢井の――」
 竜之助はこの時、馬をとどめさせて、この旅の人を見据えて見ると、年の頃は五十に近かろう、百姓ていの男で、どうも見たような男ではあるが、急には思い出せない。
 右の男は、かぶっていた笠の紐を解きかけながら、
「間違いましたら御免下さいまし、あなた様は沢井の机弾正様の若先生、あの竜之助様ではございませぬかな」
 不思議な旅の男の言い分を、じっと聞いて、
「いかにも――拙者はその机竜之助」
 これを聞いて旅の男は、
「左様でございましたか、それで安心致しました。私共、あの青梅在、裏宿の七兵衛と申す百姓でございます」
「青梅の――七兵衛?」
 万年橋の上で、抜打ちにその腰を斬って逃げられたことがある。その盗賊がこの七兵衛であることは、斬られた七兵衛はよく知っているが、斬った竜之助はそれを知らない。
「どこへ行くのだ」
「いや、どこへでもございませぬ、あなた様をたずねて、これへ参りました」
「ナニ、拙者をたずねて?」
「はい」
「拙者に何の用」
「その御用と申しますのは、あなた様のお生命いのちを……」
「生命を……」
 ここに至って竜之助は冷笑した。
「お驚きでもございましょうが、あなた様のお生命が欲しいばかりにこの年月、苦労を致している者があるのでござりまする。四年以前に御岳の山で、あなた様のために非業ひごう最期さいごをお遂げなされし宇津木文之丞様の恨みをお忘れはござりますまい」
「文之丞の恨み……」
「その恨みを晴らさんがため、文之丞様の弟御の兵馬様、あなたを覘うて、この大和の国におりまする。ここで私共があなた様をお見かけ申したが運のつき、どうか、兵馬様と尋常の勝負をなすって上げてくださいまし、お願いでございます」
「尋常の勝負?」
 竜之助は苦笑にがわらいして、
「その兵馬とやらはいくつになる」
「ことし十七でございます」
「勝負はいつでも辞退はせぬ故、まず当分は腕を磨くがよかろうとそう申してくれ」
 十七の小腕こうでを以て、我に尋常の勝負を望むとは殊勝しゅしょうに似て小癪こしゃくである。
「いやいや、勝負は時の運と申します。兵馬様とて、まんざらの腕に覚えがなければ、敵呼かたきよばわりは致しますまい」
 七兵衛は笠をとりながら、
「兵馬様は、ただいま八木の宿しゅくにおられまする、これより八木の宿までは八里もござりましょう、私は一時いっときが間に、そこまで御注進ごちゅうしんに上りまするほどに、あなた様にも武士の道を御存じならば、それまでこれにお控え願いたい。引返してお立合い下さるならば、八木、桜井、初瀬の河原、あのあたりで程よき場所を定めて、晴れの勝負を願いたいものでございます」
 七兵衛はジリジリと押しつめるように竜之助に返答をうながしたが、竜之助は取合わず、
「勝手にせよ」
 あごで馬子に差図さしずして静かに馬を打たせようとする。
「お逃げなさるは卑怯ひきょうではござりませぬか」
 七兵衛がやや冷笑を含んで言い放つと、竜之助は、
「机竜之助は逃げも隠れもせぬ、これより伊勢路へ出て、東海道を下る。宇津木兵馬とやらにそう申せ、かたきに会いたくば、あとを慕うて東海道を下って参るように。追いついたところでいつなりとも望みのままの勝負」
 七兵衛がなお何をか言わんとする時、林の中のどこからともなく轟然ごうぜんと鉄砲の音! つづいて、人の絶叫!
 竜之助は七兵衛を捨てて無二無三に馬を前へ走らせた。

 薬屋源太郎だけ、ただ一人、道の真中に打倒れている。
 その乗った馬は向うの樹の根に身震いして立っているが、馬子の姿は見えない。
 お豊に至っては、馬も馬子ももろともに、どこへ行ったか見えないのである。
 竜之助は馬から飛び下りて、源太郎を抱き上げた。
 弾丸たまももつらぬいたらしく、大した傷ではないけれども、驚きのあまりに気絶している。
「源太郎どの、源太郎どの」
 呼び生かすと、
「むむ」
「気を確かに、傷は浅い」
「ああ……吉田様、早く、お豊を早く……」
 源太郎は気がつくと直ぐに、手を上げてやぶ彼方あなたを指すのであった。思いもうけぬ不覚である。道中かかることの万一にもと、丹後守が心添えして附けられたものを、まだその国許くにもとを離れない先にこの有様では、なんと申しわけが立つ。人に申しわけではない、大切の守り人を眼前に奪われて、武術の冥利みょうりがどこにある。
 そればかりではない、お豊は奪われてならない人である――物に冷やかな竜之助も歯をんでいきどおった。
「源太郎どの、賊は幾人ほどじゃ、何か見覚えはないか」
「たしか二人――わたしを撃っておいて、お豊を引捉ひっとらえて、馬に載せて、あちらへ、あちらへ」
 源太郎の介抱かいほうを馬子に任せておいて、竜之助は立って前後を見る。乗って来た馬は駄馬である、所詮しょせん敵を追うべき物の用には立たぬ。
 少し北へ寄った原中に、一つの小高い塚、その上には大きな松がそびえている。
 すすきの茂る小野の榛原はいばら。竜之助はともかくもその塚までかけつけて、眼の届く限りを見渡す。ただ茫々ぼうぼうたる原野につづく密々たる深林と、遠くは峨々ががたる山ばかり、人の気配けはいは更にない。
「ああ……」
 溜息ためいきをつくと共に冷然たるおのれに返った。いくら尋ねても無駄! 案内知った者ならば、この野原をいずれの方角へでも逃げられる、逃げて窮すれば、山の中に入る、山でいけなければ、谷へ隠れる――不知案内の自分が、いくら追うたとて所詮しょせん無益である。
 竜之助には、咄嗟とっさにも利と不利とを判断する冷静があった。

         十四

 奈良の春日神社の前。
 宇津木兵馬は茶屋へ腰をかけ笠の紐をとく。
「ええ、毎年五月には子を産みまする、これはついこのあいだ生れたばかりでございます。エエ、もう人間と同じこと、この鹿は一頭で一つしか子は産みませぬ、生れると、煙草一ぷくの間に、もうひょこひょこと歩き出しますでございます。紅葉ふみわけく鹿と申しましても、秋は子を生む時ではございませんで、妻恋う鹿と申しまして、つまり夫婦和合の時でございますな」
 茶店の主人は鹿の話からはじめて、
「左様でございましたか。春日様は藤原家の氏神うじがみでござりますが、もとは鹿島かしまの神様のおうつしでございますから、やはり、お武家様方の守り神でござります、春日四所大神と申しまして、その第一殿が常州鹿島の明神、第二殿が下総香取しもうさかとりの明神と申すことでござりまする」
 案内をかねて、よく故事を教えてくれる。
 兵馬は、ここでちょっと聞いてみたくなったことは、この奈良の土地から起った宝蔵院流の槍の道場の跡が、まだこの地に残っているとのことであるが、それが今どうなっているかということでした。
「ええええ、鎌宝蔵院かまほうぞういんの槍の道場も、この興福寺の寺中に跡だけは残っているのでござりまする。春日様へ御参詣をなすって、二月堂の方から大仏へおいでになり、それからいらっしゃいますとそこに道場だけは残っているのでございますが、槍をお使いなさるお方なんぞは一人もおいではございませぬ」
 言われた通りに来て見ると、なるほど鎌宝蔵院の槍の名残なごりの道場、棟行むねゆきは十二三間もあろうか、総拭そうぬぐい板羽目いたばめで、正面には高く摩利支天まりしてん勧請かんじょうし、見物のところは上段下段に分れて道場の中はひろびろとしている。ここでも案内の僧は、よく説明して聞かせました。
「御承知でもござろうが、この宝蔵院流槍の開祖は、当院の覚禅房法印胤栄かくぜんぼうほういんいんえいと申して、もとは中御門なかみかど氏でござったが、僧徒に似合わず武芸を好んで、最初は剣術を上泉伊勢守こういずみいせのかみに学ばれたものじゃ。後に大膳太夫盛忠だいぜんだゆうもりただというものについて槍術を覚え、それより自ら一流を開いたものでござるが、もとより武芸は出家の心でない、覚禅房は刀槍とうそうを好んで、かくは一流を開きましたなれど、内心はこれをよろこばれぬじゃ。わが後の者必ず武芸を学ぶべからずとあって、武器兵器はことごとく人に授けて、この寺へは一本も留め置かぬ。されば道場の名は残るといえども、覚禅房限りで、表面この流儀の跡が絶えたわけでござる」
「かく覚禅房は出家として、武芸を後に残すことを好まれなかったが、門下には錚々そうそうたる豪傑ごうけつがおったじゃ。まず、権律師禅栄ごんりつしぜんえいというのが、やはり当寺の僧徒で希代きだいの達人、これが宝蔵院のあとをつぎ申して、相変らず槍をやっておられたようにござる。一方、俗人の方においては中村市右衛門尚政という者が、これが宝蔵院覚禅房直伝じきでんじゃ。いま天下に行われる当流の槍は、この中村の流れを汲むが多いということである」
 案内の僧は慣れていると見えて、息をもつがず滔々とうとうと述べ立てましたから兵馬は、
「このあたりにて、宝蔵院流の槍をよくする御仁ごじんは誰々でござろうな」
と尋ねてみると、
「さればさ……」
 案内の坊さんは少しく首をひねり、
「当今、伊賀の名張なばり下石おろしというのがある、これに宝蔵院流正統が伝わっているという話じゃ、愚僧わしは詳しいことは知らぬ、それにまた、術の妙を得た人には、この近いところ――」
 坊さんはあごで、南の方をしゃくって、
「三輪大明神の社家しゃけに、植田丹後守というのがござる、これが当流の槍をなかなかよく使うそうじゃが、これもいっこううわさばかりで、誰もその実際を見たものはないと申すことじゃ」
「何と申されました、三輪大明神の社家で、植田丹後守殿?」
「左様、植田丹後守。なかなか学問もある。武芸修行ならば、ひとたびは訪ねてみて御覧ごろうじろ」

         十五

 宇津木兵馬が植田丹後守をたずねた時、植田の邸は何か非常に取込んでいるようでしたが、それでも丹後守は兵馬の訪問をこばまずに座に通して、武術の話をしました。
「お若いに近ごろ殊勝しゅしょうでござる。して、剣道の御流儀は何をおきわめなされましたな」
「幼少の頃、甲源一刀流を少しばかり。数年以前より直心陰じきしんかげの流れを汲みまして、未熟者みじゅくもの相当の修行中でござりまする」
「ナニ、甲源一刀流?」
「兄なる人につきまして、その手ほどきを受け、それより江戸にまかでて直心陰の門末につらなりました」
「直心陰は至極しごくの流儀じゃ。して、御身の師とお頼みなされしは何と申される御仁ごじんか」
「下谷の御徒町おかちまちにて、島田虎之助と申しまする」
「ほう、島田虎之助――」
 丹後守は何か思う仔細しさいのありげに、
「その島田虎之助殿は、もと豊前ぶぜん中津の藩中でござろうがな」
「いかにも、仰せの通り」
「号を見山けんざんと申される」
「左様にござりまする」
「そのお人ならば、拙者も近づきがある」
「それは意外に存じまする、いずれにてお近づきでござりましたか」
「ずっと以前、もはや二十年も昔のこと、拙者のこの道場に暫く足を留めておられたことがある」
「それは、不思議の因縁にござりまする」
「拙者が、今までに拝見致した剣術では、江戸で男谷おとこや下総守、筑後柳川やながわの大石進、それからただいま申す島田虎之助殿、この三人が至極とお見受け申した。もっとも近ごろは、江戸に有名な達人が多くおられるそうな。拙者もかれこれ十何年あちらへ参りませぬ故、これは十何年も前の話で、今は何とも申されぬが、まず島田殿ほどの名人は、十年や二十年に幾人いくたりと現われるものでなかろう、よき師匠をとり得てお仕合せに存じまする」
 師匠のよい評判を聞くことは、兵馬にとって自分のことを聞くように嬉しい。どこへ行っても島田虎之助の剣術をめる言葉を聞くけれども、今日この人の口から聞くと、よけいありがたく思われる。ちょうど、最初に机弾正から島田虎之助の名を紹介された時と同じような確信をもって話しているように思われる。人の技倆を、それだけに見るほど、この人の修養もそれだけに深いものと思えば、奥床おくゆかしい思いがする。よい人に会ったと兵馬は謹んでその言うところを聞いていると、
「島田殿は珍らしい人じゃ、こちらから話しかければ、いくらでも聞く、聞いたばかりで自分は何も語らぬ」
 丹後守は自分で自分のことを言っているようです。丹後守としてこんなに話がはずんでゆくのは、これまた珍らしいくらいでした。
「あの時分、島田は鉄砲玉じゃという渾名あだながあったそうな、それは、行ったきりで戻って来ない、つまり、こちらから話をしかけるとそれを受け入れるばかりで、手答えがないのじゃ」
「ただいまも、その通りでござります。それ故に島田は奥行が知れぬと申す者もござります、剣術ばかりで、頭はからじゃと申す者もございまする」
「そうでござろう。拙者の邸に足をとどめておられる頃も、夜更よふけまでじっと考えていて、修行者が来ても立合いということはほとんどせぬ、いて立合いを望むと、こうして相手のかおを、しばらくじっと見ておるじゃ、そうしてニコリと笑って、立合いはせんでも勝負はわかっているとこう申して、それきり。これには相手も弱った」

「しかし、めざましい立合いも一度や二度は、あったことでござりましょう」
「いや、およそ一カ月の間に、一度も左様なことはない、ただ一度、拙者と槍を合せたことがござる」
「あ、槍の御高名を承わりました。それ故、一手の御教授を下し置かれたく推参すいさん致しました次第でござりました」
「槍の高名――滅相めっそうなことじゃ」
 丹後守はたちまちに打消してしまいましたが、兵馬はその機会をはずさずに、
「宝蔵院流の槍は、三輪大明神の社家植田丹後守殿に伝わると承わりました」
「以てのほか。当今、宝蔵院の槍は伊賀の名張に下石おろしと申すのがござる、これがよく流儀のすじをわきまえておられるはず、あちらへお越しの時に立ち寄って御覧ごろうじろ」
 丹後守は、再び槍の話はさせないよう、しないように言葉を避けるから兵馬も、このうえ押すことはできなくなって憮然ぶぜんとしていると、
「さいぜんおっしゃった甲源一刀流のこと、ついこの間も、その流儀から出でたものらしい、これも珍らしいお人が見えた」
「甲源一刀流の?」
 兵馬は、そう聞いて少し気色けしきばむ。関西においては甲源一刀流を学んだものがないことはないけれども、その流名を聞くことは甚だ稀れである。その流名を兵馬が聞けば、きっと思い当ることがある。
「そのお人と申すのは、如何様いかようの人にござりしや、少々思い当ることもあれば」
「その構えが無類じゃ、じっと竹内しないを青眼にとって、ただそのままの形……」
「さては――」
 兵馬は我知らず膝を進めて、
「年の頃は?」
「三十三四でもあろうか」
「顔色青白く、眼は長く切れて、白い光を帯びた人ではありませぬか」
「その通り」
 丹後守の無造作むぞうさうなずく時、兵馬の眼は燃ゆる。

         十六

「ああ、惜しいことをした、貴殿のおいでが三日早ければ……」
 丹後守は、兵馬から机竜之助の身の上と、兄が遺恨いこんのあらましを聞いて、兵馬の来ることの遅いのをくやんだが、
「どうも、あの宇陀うだの山を南に吉野山中に迷い込みはせぬかと思われる。ただいま人をかけて行方ゆくえを捜索中であるが、もしあの山中へ迷い込んだことなら、容易に見つからぬ」
 兵馬は、ひとたびは力を得、ひとたびは失望し、さてこの上は自分も吉野郡の山中へ踏み込んでどこまでも行方を探すばかりだと覚悟を決めました。
 こう覚悟をきめてみると、ここに悠々としている必要はない、例の宝蔵院の槍のことも、この場合、っての所望しょもうでもないのですから。
「よき手がかりを得て、かたじけのう存じまする。早速に拙者はかたきのあとを追うて、吉野の方へ参ることに致しまする」
「それもよろしゅうござる、お留めは致さぬが、しかし兵馬どの、拙者の見受け申すところでは、その机竜之助とやらは稀代きだいつかである、ほとんど今の世に幾人とない遣い手である様子じゃ」
「そのことは心得ておりまする、憎むべきかたきなれども、剣を取っては甲源一刀流において並ぶものがござりませぬ」
「もとより貴殿とても、島田虎之助殿取立てのことなれば、抜かりもござるまいが、何を申すもまだお年若」
「左様にござりまする」
「ことに、あの太刀先が難剣じゃ。じっと青眼に構えて、ちっとも動かず、相手の出るかしらを待って打つという流儀と見受け申した」
「いかにも左様でござります、あれは関東の剣客が、名づけて『音無しの構え』と申し、かの竜之助が一流の遣い方でござりまする」
「そうでありましょう。さて、兵馬殿、失礼ながら、御身にはその音無しの構えとやらをどのようにあしらわれる、その工夫くふうは……」
「工夫とては更にござりませぬ、ただこの太刀先につかこぶしも我が身も魂も打込めて、彼が骨髄こつずいを突きく覚悟でござります」
 丹後守はその一言を限りなく喜んで、
「それでなくてはいかぬ、それならば必ず討てましょう。よし相討ちになるまでも、我の受ける傷より、敵にわす傷が深い……時に兵馬殿、わしが家の道場を見てもらいたい」
「ありがたき仕合せ」
 丹後守は兵馬をつれて邸内の道場へ来ると、今まで話が槍術そうじゅつわたることをすら避けていたのに、ここで我から進んで身仕度みじたくをしてたすきをかけ、稽古槍を取り下ろしました。さては見処みどころがあって、兵馬のために宝蔵院流の槍の秘術を示すためか知らん。

         十七

 話がまた少し戻って来ます。
 榛原はいばらの山道で薬屋源太郎が打たれた時、机竜之助はその鉄砲の音を聞いて駈けつけたが、七兵衛は早く兵馬に知らせたいことに急がれて、鉄砲の音には心を残して西峠までせて来た時、そこで行逢ったのが駿馬しゅんめに乗った二人の武士。
 この二人の武士もまた時ならぬ鉄砲の音に驚いて、
「さては」
と丹後守の言ったことを思い合せたところへ、ぶつかったのが七兵衛でした。どうもこういう場合に七兵衛の足どりが穏かでない。
「待て」
 すれ違いの時に、内山という若い方の武士が鋭く七兵衛を呼び留めました。
「へえ……私共でございますか」
「お前は、いま向うから来たようだが、あの鉄砲の音は何事だ」
「いっこう存じませぬ、大方、猟師さんが雉子きじでも打ったんでございましょう」
 もとより七兵衛は何も知らない。もし間違いであって、かかわり合いになっては面倒だから、いいかげんにあしらってサッサと歩き出すと、内山はよほど七兵衛を怪しい者と認めたらしく、
「待て待て」
「いや、急ぎますから、私共は急用の者でございますから」
「待てというに待たぬか」
 七兵衛は足が早い、それを弱味があって逃げ出すものと認めたらしく、内山は丹後守から預かって来た「引落し式」の拳銃を七兵衛のうしろから差向けて、おどすつもりで切って放した弾丸たまが、七兵衛の右の頬のわきおよそ一尺ぐらいのところを風を切って通ります。
「何をなさいます」
 これには七兵衛も驚いた、いくら七兵衛が足が早いとても、鉄砲の玉にはかなわない。足をとどめて振返る途端とたんに左手の林の中へ飛び込みました。
 馬上の両人は弾丸に驚いた七兵衛が、立竦たちすくんでしまうだろうと予期していたところを、彼は驚くべき敏捷びんしょうさで林の中へ身を投げ込んでしまったから、
「おのれ、曲者くせもの!」
 二発、三発、例の拳銃を林の中へ打ち込んで、馬から飛び下りて探してみたが、もう七兵衛の姿は見えない。

         十八

 ここははり別所べっしょというところの山の奥の奥。谷合たにあい洞穴ほらあなへ杉の皮をき出して、鹿の飲むほどな谷の流れを前にした山中の小舎こや
 無論、ここまで来てみれば、小舎も流れも、どこからも見えはしない、ここまで来るのでさえ道というものはついていない。
 今、その中で人の話し声がする。いかに大きな声をしたからとて山の上まで響くはずがない。よし山の上へ響いたとて、そこには誰も聞く人はない。
「金蔵、うまくいったな」
 ゾッとするほど気味の悪い鍛冶倉かじくらは、小舎の中へ敷き込んだ熊の皮の上にあぐらをかいて、煙草を吹かしてこういう。
「親方、うまくいきました」
 金蔵はまだ落着かない様子。
「まあ、暫くはここで窮命きゅうめいしろ」
 鍛冶倉は、この辺の山の中へところどころこんな小舎をこしらえておく。そこへはいつでも十日分ほどの食料を用意しておく。
「親方、こうなってみると、俺は一刻も早くお豊をつれて里へ出たい」
「ばかなことを言うな、いま連れ出せばわなの中へ首を突っ込むようなものだ、七日辛抱しんぼうしろ、そうすれば、やすやすと抜けられる」
「七日は永いなあ」
「ナニ、永いことがあるものか、手鍋さげても奥山ずまいという本文通りよ、結句けっく、山ん中が面白おもしろ可笑おかしくていいじゃねえか」
 鍛冶倉の笑いぶりは人間並みの笑いぶりではない、生塚しょうづかの婆様を男にしてくすぐってみたような笑い方をする。金蔵はその笑い方を見て、いまさらゾッとして、
「親方、お豊は俺の女房だな」
「ふーん」
 鍛冶倉は鼻のさきで笑った。金蔵は眼の色を少し変えた。
「親方、俺はお豊をつれて国越えをしてみたい、これからすぐに」
 金蔵は、今、鍛冶倉の笑い方を見てはじめて、お豊をここへ置くことが怖ろしくなったらしい。
「何だい、何を言うのだい金蔵」
 どうも冥府よみから響いて人を取って食いそうな声だ。
「親方、お前さんはここに隠れておいでなさい、わしはこれからお豊をつれて逃げます。ナニ、命がけで逃げますよ」
「やい、金蔵、物を言うには、よく考えて言えよ」
「何だ、親方」
「この野郎、いま俺のすることをよく見ていろ」
 何をするかと思えば鍛冶倉は、
「これやい、お豊、お豊坊」
 鍛冶倉の背後うしろには、さっきから女が一人、泣き伏している、その帯際おびぎわを取った鍛冶倉。

 馬上の武士に鉄砲でおどかされた七兵衛は、林へ飛び込んで木の繁みをくぐって北へ逃げた。
 山辺郡やまべごおりにつづくあたりは全く人家がない、初瀬の裏山へかかっても人家がない。
 人家のないことは何でもない、山道を通ることも七兵衛には何の苦もない、山でも林でも、ずんずん横切って北へ通してみたら奈良街道へ出るだろう、それを南へ直下すれば八木へ着く。
 ならの小枝を折って蜘蛛くもの巣を打ち払いながら北を指して行ったが、行けども行けども山。
 そうして七兵衛は針ヶ別所に近い或る山の上に立って、木の下蔭から日脚ひあしの具合を見て、しばらく方角を考えていました。
 別に疲れも怖れもしないが、いくら山の中の木の葉の繁みを歩いたからとて、夏のことだから汗も出れば咽喉のども乾く。
「水が飲みたいな」
 滝の音が聞えない、渓流の響きが耳に入るでもないけれども、山と山との谷間たにあいには多少の水はあるものである。木の葉のしずくが沢に落ちて、折々おりおり通う猪鹿の息つぎになる水を、谷底へ行けばどこかに見つけることができるものである。
 七兵衛は、路のないこの山を一つ下りてみようとして、
「はて、誰かこの道を通ったものがあるらしいぞ」
 下萌したもえの中を見てこう言いながら下りて行きました。
 七兵衛が下りて行った時分、この谷底では、ちょうどこの時、前のような有様でありました。

 鍛冶倉がお豊の帯際に手をかけた時だけは、金蔵はおそろしさもこわさも忘れてしまって、
「親方、どうしようというのだ」
 前後の思慮もなく鍛冶倉に武者振むしゃぶりつきました。
 鍛冶倉はお豊をっておいて、そこに投げ出してあった細引ほそびきを拾い取ると片手に持って、金蔵を膝の下に組み敷く。
「親方、な、なにをするんだい」
 金蔵とてもこのごろはかなりの悪党になっている。上から押えられながら、下からね返そうとする。
「この野郎」
 鍛冶倉は縄を口でしごいて、処嫌ところきらわず金蔵を縛ろうとする。縛られまいとして、一生懸命の力は金蔵といえどもあなどるべからず。
「な、何だい親方、そ、そう無茶に人を縛るなんて」
「野郎、手向いをしやがるな」
 鍛冶倉は上から押しつぶそうとのしかかる、金蔵は跳ね起きようともがく途端に、手に触れたのは鍛冶倉の腰にさしていた山刀やまがたな。それを奪い取ろうとして遮二無二しゃにむに引き廻すと、さやが脱け落ちて身だけが金蔵の手に残る。
「アッ!」
 どこを突いたか、突かれたか、鍛冶倉は縄を持ったなり二三尺退いて、横腹のあたりを押えながらかおをしかめる。血がダラダラ二三滴、熊の皮の敷物の上へ落ちる。
「野郎、突いたな!」
「突いたがどうした」
 けれども、鍛冶倉の引っぱった縄は金蔵の首に捲きついている。
「アッ、苦しい!」
 縄をグッと引くとグッとくびれる。
「アッ苦しい! お豊……お豊さあーん」
 血のみた山刀を振り廻して金蔵は眼を白黒しろくろ、苦しまぎれにお豊の名を呼びながら無茶苦茶に飛びかかって山刀で鍛冶倉の面を斬る。鍛冶倉は左の脇腹わきばらを刺されている。金蔵の首へかけた縄は放さなかったけれど金蔵の刀は避けられず、またしても左の額際ひたいぎわ一刀ひとたちやられた。血がほとばしって眼へ入る。
「野郎、また斬ったな」
「アッ、苦しい、お豊……お豊さあーん」
 向うが苦しがれば苦しがるほど、こっちが苦しい。
「ア痛ッ」
 鍛冶倉は眼へ血が入ったので、夢中になって、金蔵の首へかけた縄は放さずに小舎こやの外へ転がり出す。金蔵はそれに引っぱられて、
「ああ苦しい!」
 もう息の根が止まりそうである。断末魔だんまつまの勇気でまた斬りつけたのが鍛冶倉の肩先。
「あッ、また斬りやがった」
 鍛冶倉は外へのり出して、谷水の傍の岩角へ打倒れたが、起き直ってめくら探しに金蔵の傍へよる。
「野郎、飛んでもねえ、呑んでかかったのがこっちの落度おちどだ……覚えてろ、よくも俺を斬りやがったな」
 細引をもう一捲き、金蔵の首に捲いた時は、乳のあたりをまた深く一つ。
「あッ痛っ!」
 今度のはいちばん痛そうであったが、
「アッ苦しい!」
 金蔵の方も、これがいちばん苦しそうであった。この一言で双方の力がグッタリ尽きた。

 お豊はこの騒ぎで、もう前から気絶している、つづいて二人はこんなことをして息が絶えてしまった。それで小屋の中が森閑ひっそりしたところへ七兵衛が水を呑みに下りて来たのでした。だから七兵衛は、ちょうどこれらの連中を始末するためにここへ下りて来たようなことになりました。

         十九

 伊賀の上野の鍵屋かぎやつじというのは、かの荒木又右衛門が手並てなみを現わした敵打かたきうちの名所。
 その鍵屋の辻に近い吉田屋という旅籠屋はたごやの一室に、机竜之助は、まだはかまも取らないで柱によりかかっている。
 ふすま一重の次の間で、
「拙者は、田中新兵衛の仕業しわざに相違ないと思う」
「いや、拙者はそう思わぬ、田中はそんな男でない」
 田中新兵衛という名。京都へ上るときに大津を出て、逢坂山おうさかやまの下の原で、後ろから不意に呼びかけて自分に果し合いを申込んだ薩州の浪人がそれだ。
「田中でなくば、あれだけのことはやれぬ、第一、証拠がある」
「いやいや、田中なら、あんなことはやらぬ。刀を捨てて逃げるようなあわてた真似まねをするものでない」
「というて、その刀は田中のほかに持つべき品でない」
「さあ、それが拙者にもせぬ、田中はなんとも言わず腹を切ったことだから、どうも解らぬわい」
「申し開きをせず腹を切ったことだから、言わずと当人つみに落ちたものじゃ」
「そうとも言い切れぬ、何かそのかんに……拙者もよく知っているが、あの田中という男は人を斬ったこと幾人か知れぬ、人を斬ることは朝飯前と心得ている、近頃は仕事がなくて腕が鳴る、誰か斬る奴はないかと人斬りを請負うけおって歩くほどの男じゃ」
「それにしても先方に位がある、威におじけたかも知れぬ」
「そんなことはない、侍従や少将の位がこわくて暗殺はできん」
「役人も、薩州方も、新兵衛の仕業しわざと思うているそうじゃ」
「拙者は、やはりそう思わぬ、新兵衛ではない」
 これだけ聞いたのでは何だかサッパリわからない。人を斬ったのは田中新兵衛である、いやそうでない、斬って刀を捨てて来た、当人は黙って切腹した、斬られたのは位のある人――これだけの話の筋を辿たどれば、かの主水正正清もんどのしょうまさきよの長刀を帯していた新兵衛が、あの刀で誰をか斬ったものだろう。とにかく、あの男は何かやりそうな男であったが、はたして何かやった。しかし切腹とはかわいそうである。竜之助は、もっとつまびらかにそのことを聞いてみたいがと思っていると、階下したから数多くの人の足音。
「やあ、おそなわり申した」
「これは、諸君」
 刀のさやはかまの裾の音がものものしい。聞いてみると、それは雑多の声で、九州弁もあれば土佐弁もある。この地の藩の人ではない――近ごろ流行はやる浪人者である、と竜之助は直ぐに感づきました。

 今の次の間の話――田中新兵衛が何者を斬ったかというのはこうである。
 これより先、五月の二十一日に、京都朔平門外さくへいもんがい、猿ヶ辻というところで、姉小路少将公知あねこうじしょうしょうきんともという若い公卿くげさんが斬られた。
 少将がその日の夕方、吉村右京、金輪勇という二人の家来をつれ、提灯持ちょうちんもちを先に立てて、御所を出でて猿ヶ辻のところまで来た。
 御所へ水を入れるところのせきの蔭から、物をも言わずおどり出でた三人の男がある。大業物おおわざものを手にして、かお身体からだも真黒で包んでいた。
「すわ!」
 吉村右京は血気盛んの壮者わかものであったから、素手すででこの曲者くせものに立ち向ったが、肝腎かんじんの主人の刀を持った金輪勇は、きもつぶしてやみくもに逃げてしまう。
 兇漢のうちの一人、すぐれて長い刀を持ったのが、吉村をほかの二人に任せて、姉小路少将をめがけて一文字に斬りかかる。
 抜き合わすべき刀は金輪が持って逃げてしまった。
小癪こしゃくな!」
 姉小路少将は、持っていた中啓ちゅうけいで受け止めたけれども、それは何のききめもない、横鬢よこびんを一太刀なぐられて血は満面にほとばしる。二の太刀は胸を横に、充分にやられた。それでも豪気の少将は屈しなかった。
慮外者りょがいものめが!」
 兇漢の手元を押えて、その刀を奪い取ってしまった。その勢いの烈しさにさすがの刺客しかくが、刀を取り返そうともせず、鞘までも落したままで一目散いちもくさんに逃げてしまった。
 吉村に向った二人も、つづいて逃げ去ってしまった。
 姉小路少将は重傷おもでに屈せず、奪った刀を杖について、吉村に介抱されながら邸へ戻って来たが、玄関に上りかけて、
「無念!」
と一声言ったきりで倒れて息が絶えた。生年僅か二十八歳(或いは三十歳)であったという。
 この姉小路という人は、体質は弱い人であったけれども、十九ぐらいの時に夜中やちゅう忍び歩いて、関白以下の無気力の公卿を殺そうという計画を立てたほどの気象きしょうの荒っぽい人であった。東久世ひがしくぜ伯は、こんなことを言う、「そうさ、我々の仲間では、あれがいちばんえらかった、岩倉とどちらであろうか、ともかくも岩倉と匹敵ひってきする男であった、岩倉よりも胆力があっておしが強い方であった、しかし気質と議論が違うからとうてい両立はできない、岩倉をやっつけるか、やっつけられるか、どちらかであろう」と言われましたが、まことに惜しいことをしたものです。
 またその頃の蔭口かげぐちに、「三条公は白豆、姉小路卿は黒豆」という言葉もあった。
 これほどの人が何故に殺されたか、その詮議せんぎよりもまず何者が殺したかという詮議であったが、そこに残された刀が物を言う。
 その刀は縁頭ふちがしらが鉄のくさりで、そこに「田中新兵衛」と持主の名前が明瞭にきざんであった。中身は主水正正清もんどのしょうまさきよこしらえはすべて薩州風、落ちていた鞘までが薩摩出来に違いないのであった。
「田中新兵衛――」
 薩摩の田中新兵衛とは何者とたずぬるまでもなく、その時分、評判者の斬り手である、人を斬りたくって斬りたくってたまらない男である。島田左近を斬ったのもこの男だと言われているのである。そうして、当時有名な志士の間にも交際がある、現に四五日前も、姉小路少将の家へ来て何か意見を述べて行ったことがあるという。
「田中をつかまえろ」
 田中は平気で薩州の邸内に寝ていた。呼び出してみると、
「左様なことは存ぜぬ」
 頑として、首を横に振る。
「存ぜぬとは卑怯ひきょうであろう」
 役人はなじる。
「卑怯とは何だ、知らぬ者は知らぬ、存ぜぬことは存ぜぬ」
 新兵衛は役人をハネ返した。
「証拠が物を言うぞ、隠し立てをするな」
 役人は突っ込む。新兵衛は沸然むつとして、
「田中新兵衛は人を斬って、刀を捨てて逃げるような男ではござらん」
 あくまで手剛てごわいので、役人は下役を呼んで持って来さしたのが、例の捨てて逃げた刀である。
「新兵衛、この刀に覚えがあるか」
 役人は、それ見たかと言わぬばかり。
「拝見」
 新兵衛は、その刀をとって見た。自分の刀である。
「さあ、どうじゃ、その刀は誰の刀であるか」
 新兵衛はじっと見ていたが、
「これは拙者の差料さしりょうに相違ない」
「そうであろう」
 役人は勝利である。
 ここに至って、いさぎよき新兵衛の白状ぶりを期待していると、新兵衛はその刀を取り直すが早いか我が脇腹わきばらへ突き立てた。
「や!」
 並み居る役人も番卒も、一同に仰天ぎょうてんした。支えに行く間に、もう新兵衛はキリキリと引き廻して咽喉笛のどぶえをかき切り見事な切腹を遂げてしまった。
 あまりのことに一同のあいた口がふさがらなかった。
 新兵衛は刀はたしかに自分の物と承認したけれど、姉小路を殺したのは俺だと白状はしなかった。これがために、疑問はいつまでも残された。
 竜之助の次の間でも問題になったが、一説には、その前日、新兵衛は三本木あたりの料理屋で飲んでいるうちに、何物にか刀をりかえられたという。武士が差料さしりょうを摺りかえられたことは話にならぬ、さすがの田中がその当座、悄気しょげかえっていたという。
 とにかく、姉小路を殺したものは何者であるかは今日でもわからない、おそらく新兵衛ではあるまいということ。

 竜之助のいる次の間へ多くの人が入って来たので、田中新兵衛の噂は立消えになったが、
「女中、あのふすまをはずしてくれ」
 彼等の集まったのは、竜之助の隣りの十畳の間を二つ打抜いたので、竜之助のはそれにつづいた六畳一間であったが、いま向うでその襖をはずせと言ったのは、集まった浪人の中の重立おもだった者らしい。
「あの、お隣りにはお客様がおいででござりまする」
「ナニ、隣りに客がいる?その客というのは何者だ」
「はい、やはりお武家様でございます」
「ふむ、武士か。幾人いる」
「お一人でございます」
「一人――しからばなんとか都合つごうをして、そのお客をほかの座敷へやってくれ」
「はい……」
「我々共が、この三間を通して借受ける、隣りのお客にていよく申して立退かしてくれ」
「お話を致してみましょう」
 女中は心なくお受けをして引き下った様子。浪人連は、
「暑かったな」
「なかなか暑い」
「風呂に入れ」
「今、酒井と那須が入っている」
「そうか、氷を食え」
 氷をかじる音ガリガリ。
「いま聞けば、このつい先が鍵屋の辻といって、荒木又右衛門が武勇を現わしたところじゃそうな」
「うむうむ、それをいま知ったか」
「面白い、荒木の三十六番斬りなんというのは、よく張扇はりおうぎで聞くが、いつも壮快じゃ、荒木の前に荒木なく、荒木の後に荒木なしと言ってな」
「山陽の作った詩に、こんなのがある、ひとつ歌って聞かそうか」
「謹聴」
 詩を吟ずることを得意にする者が、興に乗じて歌おうという、一同はそれを謹聴するものらしい。
伊賀城頭西閭門せいりょもん
復讐ふくしう跡ありくわうとして血痕けっこん
仇人きうじん、馬に魚貫ぎょくわんして過ぐ、
挺刀一呼ていたういっこかれが魂を奪ふ、
姉夫慷慨しふかうがいにして兼ねて義に従ふ、
脊令原せきれいげん寒うして同じくゑんそそぐ、
一水いっすい西に渡ればこれ※(「山+壽」、第4水準2-8-71)たうげん
当時投宿のやかたはなほ存す、
吾れきたつてとうかかげて往昔を思ふ、
おもひ見る淬刃暁暾さいじんげうとんうかがふ、
嗟哉ああ、士風なほ薄夫はくふをしてとんならしむ、
寛永の俗、いま誰と論ぜん。
 詩は吟じ終って暫らくのあいだ静かである。それにしても、もう立退き命令が来そうなものじゃと、隣室となりの竜之助は心待ちにもなるが、なかなか来ない。
 ちょっと、隔ての襖を細目にあけた者があったようだが、あけて直ぐに立て切り、
「まだいるわ、隣りに男が一人いる」
 あ