一
一八八四年五月の或夜遅く、三十五歳のロバァト・ルゥイス・スティヴンスンは、南仏イエールの客舎で、突然、ひどい
喀血に襲われた。駈付けた妻に向って、彼は紙切に鉛筆で
斯う書いて見せた。「恐れることはない。之が死なら、楽なものだ。」血が口中を
塞いで、口が利けなかったのである。
爾来、彼は健康地を求めて転々しなければならなくなった。南英の保養地ボーンマスでの三年の後、コロラドを試みては、という医者の言葉に従って、大西洋を渡った。米国も思わしくなく、今度は南洋行が試みられた。七十
噸の
縦帆船は、マルケサス・パウモツ・タヒティ・ハワイ・ギルバァトを経て一年半に亘る巡航の後、一八八九年の終にサモアのアピア港に着いた。海上の生活は快適で、島々の気候は申分なかった。自ら「咳と骨に過ぎない」というスティヴンスンの身体も、先ず小康を保つことが出来た。彼は此処で住んで見る気になり、アピア市外に四百エーカーばかりの土地を買入れた。勿論、まだ此処で一生を終えようなどと考えていた訳ではない。現に、翌年の二月、買入れた土地の開墾や建築を暫く人手に
委ねて、自分はシドニー迄出掛けて行った。其処で便船を待合せて、一旦英国に帰るつもりだったのである。
しかし、彼は、やがて、在英の一友人に宛てて次の様な手紙を書かねばならなかった。「……実をいえば、私は、最早一度しか英国に帰ることはないだろうと思っている。そして其の一度とは、死ぬ時であろう。熱帯に於てのみ私は
纔かに健康なのだ。亜熱帯の此処(ニュー・カレドニア)でさえ、私は直ぐに風邪を引く。シドニーでは到頭喀血をやって了った。霧の深い英国へ婦るなど、今は思いも寄らぬ。……私は悲しんでいるだろうか? 英国にいる七・八人、米国にいる一人二人の友人と会えなくなること、それが辛いだけだ。それを別にすれば、
寧ろサモアの方が好ましい。海と島々と土人達と、島の生活と気候とが、私を本当に幸福にして呉れるだろう。私は此の
流謫を決して不幸とは考えない……。」
その年の十一月、彼は
漸く健康を取戻してサモアに帰った。彼の買入地には、土人の大工の作った仮小舎が出来ていた。本建築は白人大工でなければ出来ないのである。それが出来上るまで、スティヴンスンと彼の妻ファニイとは仮小舎に寝起し、自ら土人達を監督して開墾に当った
[#「当った」は底本では「当つた」]。其処はアピア市の南方三
哩、休火山ヴァエアの山腹で、五つの渓流と三つの
瀑布と、その他幾つかの峡谷断崖を含む・六百
呎から千三百呎に亘る高さの台地である。土人は此の地をヴァイリマと呼んだ。
五つの川の意である。
鬱蒼たる熱帯林や
渺茫たる南太平洋の眺望をもつ斯うした土地に、自分の力で一つ一つ生活の礎石を築いて行くのは、スティヴンスンにとって、子供の時の箱庭遊に似た純粋な歓びであった。自分の生活が自分の手によって最も直接に支えられていることの意識――その敷地に自分が
一杙打込んだ家に住み、自分が
鋸をもって其の製造の手伝をした椅子に掛け、自分が
鍬を入れた畠の野菜や果実を何時も喰べていること――之は、幼時始めて自力で作上げた手工品を
卓子の上に置いて眺めた時の・新鮮な自尊心を
蘇らせて呉れる。此の小舎を組立てている丸木や板も、又、日々の食物も、みんな素性の知れたものであること――つまり、其等の木は
悉く自分の山から
伐出され自分の眼の前で
鉋を掛けられたものであり、其等の食物の出所も、みんな
はっきり判っている(このオレンジはどの木から取った、このバナナは何処の畠のと)こと。之も、幼い頃母の作った料理でなければ安心して喰べられなかったスティヴンスンに、何か楽しい心易さを与えるのであった。
彼は今ロビンソン・クルーソー、或いはウォルト・ホイットマンの生活を実験しつつある。「太陽と大地と生物とを愛し、富を
軽蔑し、乞う者には与え、白人文明を以て一の大なる偏見と
見做し、教育なき・
力溢るる人々と共に
闊歩し、明るい風と光との中で、労働に汗ばんだ皮膚の下に血液の循環を快く感じ、人に
嗤われまいとの懸念を忘れて、真に思う事のみを言い、真に欲する事のみを行う。」之が彼の新しい生活であった。
二
一八九〇年十二月×日
五時起床。美しい鳩色の明方。それが徐々に明るい金色に変ろうとしている。遥か北方、森と街との彼方に、鏡のような海が光る。但し、環礁の外は相変らず
怒濤の
飛沫が白く立っているらしい。耳をすませば、確かに其の音が地鳴のように聞えて来る。
六時少し前朝食。オレンジ一箇。卵二箇。喰べながらヴェランダの下を見るともなく見ていると、直ぐ下の畑の
玉蜀黍が二三本、いやに揺れている。
おやと思って見ている中に、一本の茎が倒れたと思うと、葉の茂みの中に、
すうっと隠れて了った。直ぐに降りて行って畑に入ると、仔豚が二匹慌てて逃出した。
豚の
悪戯には全く弱る。
欧羅巴の豚のような、文明のために去勢されて了ったものとは、全然違う。実に野性的で活力的で
逞しく、美しいとさえ言っていいかも知れぬ。私は今迄豚は泳げぬものと思っていたが、どうして、南洋の豚は立派に泳ぐ。大きな
黒牝豚が五百
碼も泳いだのを、私は確かに見た。彼等は
怜悧で、ココナットの実を
日向に乾かして割る
術をも心得ている。
獰猛なのになると、時に仔羊を襲って喰殺したりする。ファニイの近頃は、毎日豚の取締りに忙殺されているらしい。
六時から九時まで仕事。一昨日以来の「南洋だより」の一章を書上げる。直ぐに草刈に出る。土人の若者等が四組に分れて畑仕事と
道拓きに従っている。
斧の音。煙の匂。ヘンリ・シメレの監督で、仕事は大いに
捗っているようだ。ヘンリは元来サヴァイイ島の
酋長の息子なのだが、欧羅巴の何処へ出しても恥ずかしくない立派な青年だ。
生垣の中にクイクイ(或いはツイツイ)の
叢生している所を見付けて、退治にかかる。この草こそ我々の最大の敵だ。恐ろしく敏感な植物。
狡猾な知覚――風に揺れる他の草の葉が触れたときは何の反応も示さないのに、ほんの少しでも人間がさわると
忽ち葉を閉じて了う。縮んでは
鼬のように噛みつく植物、
牡蠣が岩にくっつくように、根で以て
執拗に土と他の植物の根とに、からみ付いている。クイクイを片付けてから、野生のライムにかかる。
棘と、弾力ある吸盤とに、大分素手を傷められた。
十時半、ヴェランダから
法螺貝が響く。昼食――冷肉・
木犀果・ビスケット・
赤葡萄酒。
食後、詩を
纏めようとしたが、
巧く行かぬ。
銀笛を吹く。一時から又外へ出てヴァイトリンガ河岸への
径を開きにかかる。斧を手に、独りで密林にはいって行く。頭上は、重なり合う巨木、巨木。其の葉の隙から時々白く、殆ど銀の
斑点の如く光って見える空。地上にも所々倒れた巨木が道を拒んでいる。
攀上り、垂下り、絡みつき、
輪索を作る
蔦葛類の
氾濫。
総状に盛上る蘭類。毒々しい触手を伸ばした
羊歯類。巨大な白星海芋。汁気の多い
稚木の茎は、斧の一振でサクリと気持よく切れるが、しなやかな古枝は中々巧く切れない。
静かだ。私の振る斧の音以外には何も聞えない。豪華な此の緑の世界の、何という寂しさ! 白昼の大きな沈黙の、何という恐ろしさ!
突然遠くから或る鈍い物音と、続いて、短い・
疳高い笑声とが聞えた。ゾッと悪寒が背を走った。はじめの物音は、何かの
木魂でもあろうか? 笑声は鳥の声? 此の辺の鳥は、妙に人間に似た叫をするのだ。日没時のヴァエア山は、子供の喚声に似た、鋭い鳥共の鳴声で充たされる。しかし、今の声は、それとも少し違っている。結局、音の正体は判らずじまいであった。
帰途、ふと一つの作品の構想が浮んだ。この密林を舞台としたメロドラマである。弾丸の様に其の思いつきが(又、その中の情景の一つが)私を貫いたのだ。巧く纏まるかどうか分らないが、とにかく私は此の思いつきを暫く頭の隅に暖めて置こう。

が卵をかえす時のように。
五時、夕食、ビーフシチウ・焼バナナ・パイナップル入クラレット。
食後ヘンリに英語を教える。というよりも、サモア語との交換教授だ。ヘンリが毎日毎日、此の
憂鬱な夕方の勉学に、どうして堪えられるか、不思議でならぬ。(今日は英語だが、明日は初等数学だ。)享楽的なポリネシア人の中でも特に陽気なのが彼等サモア人だのに。サモア人は自ら強いることを好まない。彼等の好むのは、歌と踊と美服(彼等は南海の
伊達者だ。)と、水浴とカヴァ酒とだ。それから、談笑と演説と、マランガ――之は、若者が大勢集まって村から村へと幾日も旅を続けて遊び廻ること。訪ねられた村では必ず彼等をカヴァ酒や踊で歓待しなければならないことになっている。サモア人の底抜の陽気さは、彼等の国語に「借財」或いは「借りる」という言葉の無いことだ。近頃使われているのはタヒティから借用した言葉だ。サモア人は元々、
借りるなどという面倒な事はせずに、皆貰って了うのだから、従って、
借りるという言葉も無いのである。貰う――乞う――強請する、という言葉なら、実に沢山ある。貰うものの種類によって、――魚だとか、タロ芋だとか、亀だとか、
筵だとか、それに依って「貰う」という言葉が幾通りにも区別されているのだ。もう一つの
長閑な例――奇妙な囚人服を着せられ道路工事に使役されている土人の囚人の所へ、日曜着の
綺羅を飾った囚人等の一族が飲食物携帯で遊びに行き、工事最中の道路の真中に筵を敷いて、囚人達と一緒に一日中飲んだり歌ったりして楽しく過すのだ。何という、とぼけた明るさだろう! 所で、
うちのヘンリ・シメレ君は
斯うした彼の種族一般と何処か違っている。その場限りでないもの、組織的なものを求める傾向が、この青年の中にある。ポリネシア人としては異数のことだ。彼に比べると、白人ではあるが、料理人のポールなど、遥かに知的に劣っている。家畜係のラファエレと来ては、之は又典型的なサモア人だ。元来サモア人は体格がいいが、ラファエレも六
呎四
吋位はあろう。身体ばかり大きいくせに一向意気地がなく、
のろまな哀願的人物である。ヘラクレスの如くアキレスの如き巨漢が、甘ったれた口調で、私のことを「パパ、パパ」と呼ぶのだから、やり切れない。彼は幽霊をひどく怖がっている。夕方一人でバナナ畑へ行けないのだ。(一般に、ポリネシア人が「彼は人だ」という時、それは、「彼が幽霊ではなく、生きた人間である。」という意味だ。)二三日前ラファエレが面白い話をした。彼の友人の一人が、死んだ父の霊を見たというのだ。夕方、その男が、死んでから二十日ばかりになる父の墓の前に
佇んでいた。ふと気がつくと、何時の間にか、一羽の雪白の鶴が
珊瑚屑の塚の上に立っている。之こそは父の魂だと、そう思いながら見ている中に、鶴の数が殖えて来て、中には黒鶴も交っていた。その中に、何時か彼等の姿が消え、その代りに塚の上には、今度は白猫が一匹いる。やがて、白猫の周りに、灰色、三毛、黒、と、あらゆる毛色の猫共が、幻のように音も無く、鳴声一つ立てずに忍び寄って来た。その中に、其等の姿も周囲の夕闇の中へ融去って了った。鶴になった父親の姿を見たと其の男は堅く信じている…………
云々。
十二月××日
午前中、
稜鏡羅針儀を借りて来て仕事にかかる。この器械に私は一八七一年以来触れたことがなく、又、それに就いて考えたこともなかったのだが、兎に角、三角形を五つ引いた。エディンバラ大学工科卒業生たるの誇を新たにする。だが、何という怠惰な学生で私はあったか! ブラッキイ教授やテイト教授のことを、ひょいと思出した。
午後は又、植物共のあらわな生命力との無言の闘争。こうして
斧や鎌を
揮って六
片分も働くと、私の心は自己満足でふくれ返るのに、家の中で机に向って二十
磅稼いでも、愚かな良心は、己の怠惰と時間の空費とを悼むのだ。之は一体どうした訳か。
働きながら、ふと考えた。俺は幸福か? と。しかし、幸福という
やつは解らぬ。それは自意識以前のものだ。が、快楽なら今でも知っている。色々な形の・多くの快楽を。(どれも之も完全なものとてないが。)其等の快楽の中で、私は、「熱帯林の静寂の中で唯一人斧を揮う」この伐木作業を、高い位置に置くものだ。誠に、「歌の如く、情熱の如く」此の仕事は私を魅する。現在の生活を、私は、他の如何なる環境とも取換えたく思わない。しかも一方、正直な所を云えば、私は今、或る強い嫌悪の情で、絶えずゾッとしているのだ。本質的にそぐわない環境の中へ強いて身を投じた者の感じねばならない肉体的な嫌悪という
やつだろうか。神経を逆撫する荒っぽい残酷さが、何時も私の心を押しつける。
蠢き、まつわるものの、いやらしさ。周囲の空寂と神秘との迷信的な不気味さ。私自身の荒廃の感じ。絶えざる
殺戮の残酷さ。植物共の生命が私の指先を通して感じられ、彼等の
あがきが、私には歎願のように応える。血に
塗れているような自分を感じる。
ファニイの中耳炎。まだ痛むらしい。
大工の馬が
卵十四箇を踏みつぶした。昨夕は、
うちの馬が脱出して、隣(といっても随分離れているが)の農耕地に大きな穴をあけたそうだ。
身体の調子は
頗る良いのだが、肉体労働が少し過ぎるらしい。夜、
蚊帳の下のベッドに横になると、背中が歯痛のように痛い。閉じた
瞼の裏に、私は、近頃毎晩ハッキリと、限りない、生々した雑草の茂み、その一本一本を見る。つまり、私は、くたくたになって横たわった
儘何時間も、昼の労働の精神的
復誦をやってのける訳だ。夢の中でも、私は、強情な植物共の
蔓を引張り、
蕁麻の
棘に悩まされ、シトロンの針に突かれ、蜂には火の様に
螫され続ける。足許でヌルヌルする粘土、どうしても抜けない根、恐ろしい暑さ、突然の微風、近くの森から聞える鳥の声、誰かがふざけて私の名を呼ぶ声、笑声、口笛の合図…………大体、昼の生活を夢の中で、もう一ぺん、し直すのである。
十二月××日
昨夜仔豚三頭盗まる。
今朝巨漢ラファエレが、おずおずと我々の前に現れたので、この事に就いて質問し、
やまをかけて見る。全く子供
欺しのトリック。但し、之はファニイがやったので、私は余り
斯んな事を好まぬ。先ずラファエレを前に坐らせ、こちらは少し離れて彼の前に立ち、両腕を伸ばし両方の人差指でラファエレの両眼を指しながら徐々に近づいて行く、こちらの勿体ぶった様子にラファエレは既に恐怖の色を浮べ、指が近付くと眼を閉じて了う。其の時、左手の人差指と親指とを拡げて彼の両眼の瞼に触れ、右手はラファエレの
背後に廻して、頭や背を軽く叩く。ラファエレは、自分の両眼にさわっているのは左右の人差指と信じているのだ。ファニイは右手を引いて元の姿勢に
復り、ラファエレに眼を開かせる。ラファエレは変な顔をして、先刻頭の後にさわったのは何です、と聞く。「私に付いている魔物だよ。」とファニイが云う。「私は私の魔物を呼び起したんだよ。もう大丈夫。豚盗人は、魔物がつかまえて呉れるから。」
三十分後、ラファエレは心配そうな顔をして、又、我々の所へ来る。さっきの魔物の話は本当かと念を押す。
「本当だよ。
盗った男が今晩
寐ると、魔物も其処へ寐に行くんだよ。じきに其の男は病気になるだろうよ。豚を盗った
酬さ。」
幽霊信者の巨漢は益々不安の面持になる。彼が犯人とは思わないが、犯人を知っていることだけは確かのようだ。そして、恐らく今晩あたり其の仔豚の
饗宴にあずかるであろうことも。但し、ラファエレにとって、それは余り楽しい食事ではなくなるだろう。
此の間、森の中で思い付いた例の物語、どうやら頭の中で大分
醗酵して来たようだ。題は、「ウルファヌアの高原林」とつけようかと思う。ウルは森。ファヌアは土地。美しいサモア語だ。之を作品中の島の名前に使うつもり。未だ書かない作品中の色々な場面が、紙芝居の絵のように次から次へと現れて来て仕方がない。非常に良い叙事詩になるかも知れぬ。実に下らない甘ったるいメロドラマに堕する危険も多分にありそうだ。何か電気でも
孕んだような工合で、今執筆中の「南洋だより」のような紀行文など、ゆっくり書いていられなくなる。随筆や詩(もっとも、私の詩は、
いきぬきの為の娯楽の詩だから、話にならないが)を書いている時は、決して、こんな興奮に悩まされることはないのだが。
夕方、巨樹の梢と、山の背後とに、壮大な夕焼。やがて、低地と海との彼方から満月が出ると、此の地には珍しい寒さが始まった。誰一人眠れない。皆起出して、
掛蒲団を探す。何時頃だったろう。――外は昼のように明るかった。月は正にヴァエア
山巓に在った。丁度真西だ。鳥共も奇妙に静まり返っている。家の裏の森も寒さに
疼いているように見えた。
六十度より
降ったに違いない。
三
明けて一八九一年の正月になると、旧宅、ボーンマスのスケリヴォア荘から、家財道具一切を
纏めて、ロイドがやって来た。ロイドはファニイの息子で、最早二十五歳になっていた。
十五年前フォンテンブロオの森でスティヴンスンが始めてファニイに会った時、彼女は既に廿歳に近い娘と九歳になる男の児との母親であった。娘はイソベル、男の児はロイドといった。ファニイは当時、戸籍の上では未だ米国人オスボーンの妻であったけれど、久しく夫から
脱れて欧洲に渡り、雑誌記者などをしながら、二人の子をかかえて自活していたのである。
それから三年の後、スティヴンスンは、其の時カリフォルニアに帰っていたファニイの後を追うて、大西洋を渡った。父親からは勘当同様となり、友人達の切なる勧告(彼等は皆スティヴンスンの身体を気遣っていた。)をも
斥けて、最悪の健康状態と、それに劣らず最悪の経済状態とを以て彼は出発した。果して加州に着いた時は、殆ど
瀕死の有様だった。しかし、兎に角どうにか頑張り通して生延びた彼は、翌年、ファニイの・前夫との離婚成立を待って
漸く結婚した。時にファニイは、スティヴンスンより十一歳年上の四十二。前年娘のイソベルがストロング夫人となって長男を挙げていたから、彼女は既に祖母となっていた訳である。
斯うして、世の辛酸を
嘗めつくした中老の
亜米利加女と、坊ちゃん育ちで、
我儘で天才的な若いスコットランド人との結婚生活が始まった。夫の病弱と妻の年齢とは、しかし、二人を、やがて、夫婦というよりも
寧ろ、芸術家と其のマネージャアの如きものに変えて了った。スティヴンスンに欠けている実際家的才能を多分に備えていたファニイは、彼のマネージャアとして確かに優秀であった。が、時に、優秀すぎる
憾がないではなかった。殊に、彼女が、マネージャアの分を超えて批評家の域に入ろうとする時に。
事実、スティヴンスンの原稿は、必ず一度はファニイの校閲を経なければならないのである。三晩
寐ないで書上げた「ジィキルとハイド」の初稿をストーヴの中に叩き込ませたのは、ファニイであった。結婚以前の恋愛詩を断然差押えて出版させなかったのも、彼女であった。ボーンマスにいた頃、夫の身体の為とはいえ、古い友達の誰彼を、頑として一切病室に入れなかったのも、彼女であった。之にはスティヴンスンの友人達も大分気を悪くした。直情径行のW・E・ヘンレイ(ガルバルジイ将軍を詩人にした様な男だ)が真先に憤慨した。何の為に、あの色の浅黒い・
隼の様な眼をした亜米利加女が、でしゃばらねばならぬのか。あの女のためにスティヴンスンはすっかり変って了った、と。此の豪快な
赤髯詩人も、自己の作品の中に於てなら、友情が家庭や妻のために
蒙らねばならぬ変化を充分冷静に観察できた筈だのに、今、実際眼の前で、最も魅力ある友が一婦人のために奪い去られるのには、我慢がならなかったのである。スティヴンスンの方でも、確かに、フアニイの才能に就いて幾分誤算をしていた所があった。一寸利口な婦人ならば誰しもが本能的に備えている
男性心理への鋭い洞察や、又、そのジャアナリスティックな才能を、芸術的な批評能力と買いかぶった所が確かにあった。後になって、彼も其の誤算に気付き、時として心服しかねる妻の批評(というより干渉といっていい位、強いもの)に
辟易せねばならなかった。「
鋼鉄の如く真剣に、
刃の如く剛直な妻」と、或る戯詩の中で、彼はファニイの前に
兜を脱いだ。
連子のロイドは、義父と生活を共にしている間に、何時か自分も小説を書くことを覚え出した。此の青年も母親に似て、ジャアナリスト的な才能を多く
有っているようである。息子の書いたものに義父が筆を加え、それを母親が批評するという、妙な一家が出来上った。今迄に父子の合作は一つ出来ていたが、今度ヴァイリマで一緒に暮らすようになってから、「
退潮」なる新しい共同作品の計画が建てられた。
四月になると、
愈々屋敷が出来上った。芝生とヒビスカスの花とに囲まれた・暗緑色の木造二階建、赤屋根の家は、ひどく土人達の眼を驚かせた。スティヴロン氏、或いはストレーヴン氏(彼の名を正確に発音できる土人は少かった)或いはツシタラ(物語の語り手を意味する土語)が、富豪であり、
大酋長であることは、最早疑いなきものと彼等には思われた。彼の豪壮(?)な邸宅の噂は、やがてカヌーに乗って、遠くフィジー、トンガ諸島あたり迄
喧伝された。
やがて、スコットランドからスティヴンスンの老母が来て一緒に暮らすことになった。それと共に、ロイドの姉イソベル・ストロング夫人が長男のオースティンを連れてヴァイリマに合流した。
スティヴンスンの健康は珍しく上乗で、伐木や乗馬にもさして疲れないようになった。原稿執筆は、毎朝決って五時間位。建築費に三千
磅も使った彼は、いやでも
書捲くらざるを得なかったのである。
四
一八九一年五月×日
自分の領土(及び其の地続き)内の探険。ヴァイトゥリンガ流域の方は先日行って見たので、今日はヴァエア河の上流を探る。
叢林の中を大体見当をつけて東へ進む。漸く河の縁へ出る。最初河床は乾いている。ジャック(馬)を連れて来たのだが、河床の上に樹々が低く密生して馬は通れないので、叢林の中の木に
繋いで置く。乾いた川筋を上って行く中に、谷が狭くなり、所々に
洞があったりして、横倒しになった木の下を
屈まずにくぐって歩けた。
北へ鋭く曲る。水の音が聞えた。暫くして、
峙つ岩壁にぶつかる。水が其の壁面を
簾のように浅く流れ下っている。其の水は直ぐ地下に潜って見えなくなって了う。岩壁は
攀登れそうもないので、木を伝って横の堤に上る。青臭い草の匂が
むんむんして、暑い。ミモザの花。
羊歯類の触手。身体中を
脈搏が烈しく打つ。途端に何か音がしたように思って耳をすます。確かに水車の廻るような音がした。それも、巨大な水車が直ぐ足許でゴーッと鳴った様な、或いは、遠雷の様な音が、二三回。そして、その音が強くなる度に、静かな山全体が揺れるように感じた。地震だ。
又、水路に沿って行く。今度は水が多い。恐ろしく冷たく澄んだ水。
夾竹桃、
枸櫞樹、
たこの木、オレンジ。其等の樹々の円天井の下を暫く行くと、また水が無くなる。地下の
熔岩の洞穴の廊下に潜り込むのだ。私は其の廊下の上を歩く。何時迄行っても、樹々に埋れた井戸の底から仲々抜出られぬ。余程行ってから、漸く繁みが浅くなり、空が葉の間から透けて見えるようになった。
ふと、牛の鳴声を聞きつける。確かに私の所有する牛には違いないが、先方では所有主を見知るまいから、
頗る危険だ。立停り、様子をうかがって、
巧くやり過ごす。暫く進むと、
々たる熔岩の崖に出くわす。浅い美しい滝がかかっている。下の
水溜の中を、指ぐらいの小魚の影がすいすいと走る。
ざりがにもいるらしい。朽ち倒れ、半ば水に浸った巨木の洞。渓流の底の一枚岩が不思議にルビイの様に紅い。
やがて又も河床は乾き、いよいよヴァエア山の
嶮しい面を上って行く。河床らしいものもなくなり、山頂に近い台地に出る。
彷徨すること暫し、台地が東側の大峡谷に落ちこむ縁の所に、一本の素晴らしい巨樹を見付けた。
榕樹だ。高さは二百
呎もあろう。巨幹と数知れぬ其の従者共(気根)とは、地球を担うアトラスの様に、怪鳥の翼を拡げたるが如き大枝の群を支え、一方、枝々の
嶺の中には、羊歯・蘭類がそれぞれ又一つの森のように
叢がり茂っている。枝々の群は、一つの途方もなく大きな
円蓋だ。それは層々

々と盛上って、明るい西空(既に大分夕方に近くなっていた)に高く向い合い、東の
方数
哩の
谿から野にかけて
蜿蜒と拡がる其の影の
巨きさ! 誠に、何とも
豪宕な観ものであった。
もう遅いので慌てて、帰途に就く。馬を繋いで置いた所へ来て見ると、ジャックは半狂乱の態だ。独りぼっちで森の中に半日捨て置かれた恐怖の為らしい。ヴァエア山にはアイトゥ・ファフィネなる女怪が出ると土人は云うから、ジャックはそれを見たのかも知れぬ。何度もジャックに蹴られそうになりながら、
漸くのことで
宥めて、連れ帰った。
五月×日
午後、ベル(イソベル)のピアノに合せて
銀笛を吹く。クラックストン師来訪。「
壜の魔物」をサモア語に訳して、オ・レ・サル・オ・サモア誌に載せ度き由。
欣んで承諾。自分の短篇の中でも、ずっと昔の「ねじけジャネット」や、この
寓話など、作者の最も好きなものだ。南海を舞台にした話だから、案外土人達も喜ぶかも知れない。之で
愈々私は彼等のツシタラ(物語の語り手)となるのだ。
夜、寝に就いてから、雨の音。海上遠く微かな稲妻。
五月××日
街へ下りる。殆ど終日為替のことでゴタゴタ。銀の騰落は、此の地に於ては
頗る大問題なり。
午後、港内に
碇泊中の船々に弔旗揚がる。土人の女を妻とし、サメソニの名を以て島民に親しまれていたキャプテン・ハミルトンが死んだのだ。
夕方、米国領事館の方へ歩いて見た。満月の美しい夜。マタウトゥの角を曲った時、前方から讃美歌の合唱の声が聞えた。死者の家のバルコニイに女達(土人の)が沢山いて
唱っているのだった。未亡人になったメァリイ(矢張、サモア人だが)が、家の入口の椅子に掛けていた。私と見知越しの彼女は、私を請じ入れて自分の隣に掛けさせた。室内の
卓子の上に、シーツに包まれて横たわっている故人の遺骸を私は見た。讃美歌が終ってから、土人の牧師が立上って、話を始めた。長い話だった。灯明の光が扉や窓から外へ流れ出していた。褐色の少女達が沢山私の近くに坐っていた。恐ろしく蒸暑かった。牧師の話が終ると、メァリイは私を中に案内した。故キャプテンの指は胸の上に組まれ、其の死顔は穏かだった。今にも何か口をききそうであった。之程生々した・美しい
蝋細工の面を未だ見たことがない。
一礼して私は表へ出た。月が明るく、オレンジの香が何処からか匂っていた、既に此の世の戦を終え、こんな美しい熱帯の夜、乙女等の唄に囲まれて静かに眠っている故人に対して、一種甘美な
羨望の念を私は覚えた。
五月××日
「南洋だより」は、
編輯者並びに読者に不満の由。
曰く、『南洋研究の資料
蒐集[#ルビの「しうしふ」は底本では「しうしう」]、或ひは科学的観察ならば、又、他に人もあるべし。読者のR・L・S・氏に望む所のものは、
固よりその麗筆に係る南海の猟奇的冒険詩に有之候』冗談ではない。私があの原稿を書く時、頭に浮べていた
模範は、十八世紀風の紀行文、筆者の主観や情緒を抑えて、即物的な観察に終始した・ああいう行き方なのだ。「宝島」の作者は何時迄も海賊と埋もれた宝物のことを書いていればいいのであって、南海の殖民事情や、土着民の人口減少現象や、布教状態に就いて考察する資格が無いとでもいうのか? やり切れないことには、ファニイ迄が
亜米利加の編輯者と同意見なのだ。「精確な観察よりも、
華やかで面白い
話を書かなければ、」と云うのだ。
大体、私は近頃、従来の自分の極彩色描写が段々
厭になって来た。最近の私の文体は、次の二つを目指している積りだ。一、無用の形容詞の絶滅。二、視覚的描写への宣戦。ニューヨーク・サン紙の編輯者にもファニイにもロイドにも、未だに此の事が解らないのだ。
「
難破船引揚業者」は順調に
進捗しつつある。ロイドの他にイソベルという一層
叮嚀な筆記者が殖えたのは、大いに助かる。
家畜の宰領をしているラファエレに、現在の頭数を聞いて見たら、乳牛三頭、
犢が
牝牡各一頭ずつ、馬八頭、(ここ迄は聞かなくても知っている。)豚が三十匹余り。
家鴨と

とは随処に出没するので殆ど無数という外はなく、尚、別に
夥しい野良猫共が
跋扈している由。野良猫は家畜なりや?
五月××日
街に、島巡りのサーカスが来たというので、一家総出で見に行く。真昼の大天幕の下、土人の男女の
喧騒の中で、生温い風に吹かれながら、曲芸を見る。これが我々にとっての唯一の劇場だ。我々のプロスペロオは
球乗の黒熊。ミランダは馬の背に乱舞しつつ火の輪を潜る。
夕方、帰る。何か心
怡しまず。
六月×日
昨夜八時半頃ロイドと自室にいると、ミタイエレ(十一・二歳の少年召使)がやって来て、一緒に
寐ているパータリセ(最近、戸外労働から室内給仕に昇格した十五・六歳の少年、ワリス島の者で英語は皆目判らず、サモア語も五つしか知らない。)が、急に変な事を言出して気味が悪い、と言った。何でも、「今から森の中にいる
家族の者に逢いに行く。」といって聞かないのだそうだ。「森の中に、あの子の家があるのか?」と聞くと、「あるもんですか。」とミタイエレが言う。直ぐにロイドと、彼等の寝室へ行った。パータリセは睡っている者のように見えたが、何か
うわ言を言っている。時々、脅された
鼠の様な声を立てる。身体にさわると冷たい。脈は速くない。呼吸の度に腹が大きく上下する。突然、彼は起上り、頭を低く下げ、前へつんのめるような
恰好で、扉に向って走った。(といっても、其の動作は余り速くなく、
ぜんまいの
弛んだ機械玩具のような奇妙な
のろさであった。)ロイドと私とが彼をつかまえてベッドに寐かしつけた。暫くして又逃出そうとした。今度は猛烈な勢なので、やむを得ず、みんなで彼をベッドに(シーツや縄で)
括り付けた。パータリセは、そうやって抑え付けられた
儘時々何か呟き、時に、怒った子供の様に泣いた。彼の言葉は、「ファアモレモレ(
何卒)」が繰返される外、「家の者が呼んでいる」とも言っているらしい。その
中にアリック少年とラファエレとサヴェアとがやって来た。サヴェアはパータリセと同じ島の生れで、彼と自由に話が出来るのだ。我々は彼等に後を任せて部屋に戻った。
突然、アリックが私を呼んだ。急いで駈付けると、パータリセは
縛をすっかり脱し、巨漢ラファエレにつかまえられている。必死の抵抗だ。五人がかりで取抑えようとしたが、狂人は物凄い力だ。ロイドと私とが片脚の上に乗っていたのに、二人とも二
呎も高く跳ね飛ばされて了った。午前一時頃迄かかって、到頭抑えつけ、鉄の寝台脚に手首足首を結びつけた。厭な気持だが、やむを得ない。其の後も発作は刻一刻と烈しくなるようだ。何のことはない。まるで、ライダー・ハガードの世界だ。(ハガードといえば、今、彼の弟が土地管理委員としてアピアの街に住んでいる。)
ラファエレが「狂人の工合は大変悪いから、自分の家の家伝の秘薬を持って来よう」と言って、出て行った。やがて、見慣れぬ木の葉を数枚持って来、それを噛んで狂少年の眼に
貼付け、耳の中に其の汁を垂らし、(ハムレットの場面?)
鼻孔にも詰込んだ。二時頃、狂人は熟睡に陥った。それから朝迄発作が無かったらしい。今朝ラファエレに聞くと、「あの薬は使い方一つで、一家
鏖殺位、訳なく出来る劇毒薬で、昨夜は少し利き過ぎなかったかと心配した。自分のほかに、もう一人、比の島で此の秘法を知っている者がある。それは女で、其の女は之を悪い目的の為に使ったことがある。」と。
入港中の軍艦の医者に今朝来て貰ったが、パータリセを診て、異常なしという。少年は、今日は仕事をするのだと言って聞かず、朝食の時、皆の所へ来て、昨夜の謝罪のつもりだろうか、家中の者に接吻した。この狂的接吻には、一同少からず
辟易。しかし、土人達は皆パータリセの
譫言を信じているのだ。パータリセの家の死んだ一族が多勢、森の中から寝室へ来て、少年を
幽冥界へ呼んだのだと。又、最近死んだパータリセの兄が其の日の午後
叢林の中で少年に会い、彼の額を打ったに違いないと。又、我々は死者の霊と、昨夜一晩戦い続け、
竟に死霊共は負けて、暗い夜(そこが彼等の住居である)へと逃げて行かねばならなかったのだと。
六月×日
コルヴィンの所から写真を送って来た。ファニイ(感傷的な涙とは
凡そ縁の遠い)が思わず涙をこぼした。
友人! 何と今の私に、それが欠けていることか! (色々な意味で)対等に話すことの出来る仲間。共通の過去を
有った仲間。会話の中に頭註や脚註の要らない仲間。ぞんざいな言葉は使いながらも、心の中では尊敬せずにいられぬ仲間。この快適な気候と、活動的な日々との中で、足りないものは、それだけだ。コルヴィン、バクスター、W・E・ヘンレイ、ゴス、少し遅れて、ヘンリィ・ジェイムズ、思えば俺の青春は豊かな友情に恵まれていた。みんな俺より立派な奴ばかりだ。ヘンレイとの
仲違いが、今、最も痛切な悔恨を以て思出される。道理から云って、此方が間違っているとは、さらさら思わない。しかし、理窟なんか問題じゃない。巨大な・
捲鬚の・
赭ら顔の・片脚の・あの男と、蒼ざめた
痩せっぽちの俺とが、一緒に秋のスコットランドを旅した時の、あの二十代の健かな歓びを思っても見ろ。あの男の笑い声――「顔と横隔膜とのみの笑ではなく、頭から
踵に及ぶ全身の笑」が、今も聞えるようだ。不思議な男だった、あの男は。あの男と話していると、世の中に不可能などというものは無いような気がして来る。話している中に、何時か此方迄が、富豪で、天才で、王者で、ランプを手に入れたアラディンであるような気がして来たものだ。…………
昔の
懐かしい顔の一つ一つが眼の前に浮かんで来て仕方がない。無用の感傷を避けるため、仕事の中に逃れる。先日から掛かっているサモア紛争史、或いは、サモアに於ける白人横暴史だ。
しかし、英国とスコットランドとを離れてから、もう丁度、四年になるのだ。
五
――サモアに於ては古来地方自治の制、極めて鞏固にして、名目は王国なれども、王は殆ど政治上の実権を有せず。実際の政治は悉く、各地方のフォノ(会議)によって決定せられたり。王は世襲に非ず。又、必ずしも常置の位にも非ず。古来此の諸島には、其の保持者に王者たるの資格を与うべき・名誉の称号、五つあり。各地方の大酋長にして、此の五つの称号の全部、もしくは過半数を(人望により、或いは功績により)得たる者、推されて王位に即くなり。而して、通常、五つの称号を一人にて兼ね有する場合は極めて稀にして、多くは、王の他に、一つ或いは二つの称号を保持する者あるを常とす。されば、王は、絶えず、他の王位請求権保持者の存在に脅されざるを得ず。かかる状態は必然的に其の中に内乱紛争の因由を蔵するものというべし。
――J・B・ステェア「サモア地誌」――