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18: 入梅・大祓(おおはらへ)
入梅
二十四節気以外の節、雑節の一つで、中国では「芒種」から5日目を入梅と称しています。
日本では立春から数えて135日目を言い、毎年6月11日頃にあたり、これより約30日間が梅雨時期となります。地球から見た太陽の黄経が80度に達した時を言います。
がしかし、南北に長い日本、なかなか暦通りに梅雨(ツユ)に入ってくれません。
昔、この入梅を五月節(芒種)の後にくる初めの「壬の日」としていた時期がありました。
そこで江戸時代に、西川如見と云う天文地理学者(現代では気象予報士)が南北に長い日本の地形を考え、暦における時間的経過のギャップと矛盾をお国に忠告し、更に農民に向けて警告を発したと云う事実があります。
今日のように日々の天気予報がなかった時代は、農作業する上で暦は生活の必需品だったのです。

入梅や蟹かけ歩く大座敷      一茶  

大祓 (おおはらへ)
1年の内、6月と12月の晦日(閏月の時は閏月の晦日)に行われる神事で、人々が知らず知らずの内に犯した罪や罰、そして穢れを祓い清めるために行われる祭り行事のこと。
6月を「夏越の祓い」。12月を「年越しの祓い」と言います。
定期的に大払いの儀式が行われるようになったのは「大宝律令」が制定されてからでありますが、その後、天下万民の罪穢れを祓清めるための儀式となり、1年の内、半年に一度宮中参殿での恒例行事となったようです。ただ、臨時として大嘗会や斎宮、斎院の卜占、疫病災異変などの際には適宜に執り行うとのことです。
もともと大祓いの起源は日本神話(日本書紀)に遡り、山海や天地自然の草木を司ったイザナギの尊が黄泉の国の穢れを祓い、スサノオ尊(子息)の不浄や罪を祓ったことにあります。
仲哀天皇後崩御の折、種々な罪穢れを含めて国家の大祓いを行ったことが「古事記」に記されています。がしかし、天武天皇以来、応仁の乱以後は廃絶してしまった。
そこで明治天皇は、明治四年六月に大祓式の旧儀式を復興し、全国の各神社で国民と共にこの儀式を執行するように布告され、明治五年六月三十日には、各都道府県の神社で"大祓式"を行うようになったのです。

日本の神道や神様信仰が陰を潜めてしまった今日では、あまり一般的ではありませんが、夏越の大祓いで有名な行事としては、京都上賀茂・下賀茂神社の賀茂神社大祓神事、や大阪住吉神社の住吉南祭、全国の各神社での「茅の輪くぐり」神事などがあります。

井上象英
観象学講究総本部代表・京都比叡山赤山禅院鑑定士
17才で観象学人(易道観象派宗家)の門下生となり、暦法と神道学を修める
後に易学・気学・姓名学・墓相学及び風水学鑑定士資格取得す
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