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4:啓蟄(けいちつ)
いよいよ春の到来です。古来より三月は啓蟄の月と言われています。
「啓」はひらく、「蟄」は虫類が土中に潜伏(閉じる)することで、啓蟄とは立春以来の陽気が進み春の暖かさが次第に地中に達し、今日まで土の中で巣篭りしていた虫が春の暖かさに動き出すと云う意味であり、それに伴い地上の草木も新芽を出す頃となります。
つまり、地上のあらゆる植物、万物が長い冬の休息から目覚めて生命の活動を開始する時期を迎えるのです。
今年は3月5日の20時45分から旧暦1月25日であります。また、これは陰暦でも季節とのズレをなくす目安にした24節気の一つでもあって太陽の黄経が345度の時をいい、昔から農作業の目安にされてきました。
さらに、「ニ四節気七ニ候」という言葉があり。ニ四節気をさらに三候に分け、一年で七十二候になります。それによると、啓蟄の気候は「啓蟄戸をひらく」でニ候は「桃初めて咲く」三候は「菜の虫蝶となる」との解説が続きます。
江戸時代の『暦便覧』には「陽気地中に動き、ちじまる虫、穴を開き出ればなり」とあり、啓蟄後の春の神祭りは、早朝から餅をついて臼の音とを響かせます。冬の間、山の上に住んでいた山神様が春には里に下りてきて、田畑の神様になって稲作を守護し、秋の収穫を迎えたらまた山神になって山にお帰りになる・・・神去来の伝承です。

春分:太陽の中心が春分点(天球上の赤道を太陽が南から北へ横切る瞬間の交差点)に達し、太陽黄経0度になり、地球上の昼と夜との長さがほぼ同じとなります。

春の彼岸
彼岸は一年に二回あります。春の彼岸と秋の彼岸です。
春分の日を中日として、その前後それぞれ三日と中日を入れた七日間を「春の彼岸」と言います。
「彼岸」とは字の通り、彼の岸、向こう岸のことで生死を境にしてあちら側は悟りの世界、こちら側は此岸といって、欲望うずまく煩悩の世界なのであります。
日本で初めて彼岸の供養をしたのは平安時代だそうで、これは仏教の西の方では仏や菩薩の住む浄土の世界(西方浄土説)があると言って、太陽が西に沈む春分(秋分)とが結びついたものです。また、彼岸会の法要は日本だけのものというから、びっくりです。
ついでに、春の彼岸に食べるのは“ぼたもち”で、秋の彼岸は“おはぎ”です。

井上象英
観象学講究総本部代表・京都比叡山赤山禅院鑑定士
17才で観象学人(易道観象派宗家)の門下生となり、暦法と神道学を修める
後に易学・気学・姓名学・墓相学及び風水学鑑定士資格取得す
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