TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


 第四十四回 夜明けのうた(昭和39年)
 作詞 岩谷 時子 作曲 いずみたく   歌:岸洋子

2016年オリンピック開催誘致に向けて東京都を初め政府も盛んな活動をしている。遡って昭和39年、東京オリンピックが開催された。戦後復興の証ととして、敗戦国日本の国際復帰の証として、それは開催された。戦争によって完膚なきまで打ちのめされた日本の復活であり、新しい希望に向かっての夜明けであった。

夜明けのうたよ わたしの心の
きのうの悲しみ 流しておくれ
夜明けのうたよ わたしの心に
若い力を 満たしておくれ

夜明けのうたよ わたしの心の
あふれる想いを 判っておくれ
夜明けのうたよ わたしの心に
おおきな望みを 抱かせておくれ

夜明けのうたよ わたしの心の
小さな幸せ 守っておくれ
夜明けのうたよ わたしの心に
思い出させる ふるさとのこと*

希望が、きのうの悲しみを流し、若い力を満たした。希望は、小さな幸せをつくり、その幸せは、さらに大きな望みとつながっていった。

2008年、この時代にあって、希望はあるだろうか。時代の夜明けはあるだろうか。バブル崩壊後の長き低迷、そこから抜け出そうと行われた様々な改革。それは一見、成功したように見える。人々に希望の光を与えたように見える。だが、それは単なる幻の希望に過ぎない。富むものがさらに富み、貧しいものは切り捨てられ、さらに貧しくなる。働いても働いても生活は楽にならず、希望が見えてこない。希望は一握の砂のように掴んだと思えばすぐにすべり落ちて行く。

時代は今、「おおきな望みを 抱かせておくれ」と言っているように思える。誰もが未来の自分の姿を思い目を輝かせる時代はもう来ないのだろうか。時代は変わったのだろうか。人々は座してこのまま絶望の時代を生きねばならぬであろうか。

この歌が世に出て44年、この時代のどこかで再びひっそり歌われているのが聞こえる。

*「夜明けのうた」歌詞より転載

YouTube - 岸洋子 夜明けのうた 1969.12

[この年流行った歌]
明日があるさ(坂本九)
智恵子抄(コロンビア・ローズ)
君だけを(西郷輝彦)
恋の山手線(小林旭)
ドミニク(ぺギー葉山)
君たちがいて僕がいた
ああ上野駅(井沢八郎)
ごめんねチコちゃん
ウナ・セラ・ディ東京(ザ・ピーナッツ)
幸せなら手をたたこう(坂本九)
ラ・ノビア(ぺギー葉山)
サン・トワ・マミー(越路吹雪)
お座敷小唄(和田弘とマヒナスターズ)
愛と死をみつめて(青山和子)
東京の灯よいつまでも(新川二郎)
皆の衆(村田英雄)
何もいわないで(薗まり)
忘れな草をあなたに(梓みちよ)
アンコ椿は恋の花(都はるみ)
学生時代(ベギー葉山)
涙を抱いた渡り鳥(水前寺清子)
柔(美空ひばり)

 主な出来事 − (昭和39年)(1964)
1-2 新春歌手かくし芸大会(フジテレビ)放送
1-5 赤穂浪士(NHK)第一回放送。
1-6 七人の孫(TBS)第一回放送。
1-29 インスブルック冬季オリンピック開催。
1-30 北陸本線親不知トンネル貫通。大石内蔵助−長谷川一夫。
4-1 海外旅行自由化。
4-1 木島則夫モーニングショー第一回放送。
4-8 上野国立西洋美術館でミロのビーナス展。
4-12 日本科学技術振興財団テレビ局(現テレビ東京)開局。
4-28 OECD(経済協力機構)加盟。
6- ビール、酒類が自由価格となる。
6-16 新潟大地震。山形県、秋田県を含め被災者8万6000人以上、死者26人、負傷者447人、家屋の全壊全焼は2250戸。
6-19 太平洋横断ケーブル開通。
8-1 東京で水不足。
8-1 首都高速道路開通。
8-15 東京靖国神社境内で全国戦没者追悼式が開催。
8-20 青函トンネル調査抗の鍬入れ。
9-17 東京モノレール開業。
9-30 義宮、津軽華子結婚。「常陸宮」の新宮号を天皇から贈られる。
10-1 東海道新幹線開業。
10-10 第18回東京オリンピック開催。
10-16 中国で初の核実験実施。
10-25 池田首相が辞意表明。
10-30 東京上野公園に水族館開業。
11-9 第一次佐藤内閣発足。
11-17 公明党結党。
11-26 長嶋茂雄(巨人)婚約発表。
12- 東京大空襲指揮官カーチス・ルメイ将軍に対し、日本政府は「戦後の自衛隊の育成に努力した」として勲一等旭日大綬賞授与。


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