TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第二十七回 襟裳岬(昭和49年) (1974年)
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎 歌:森進一

3月10日、旧日本兵・小野田寛郎氏(52)がフィリピンのルパング島で発見される。元上官による「復員命令」にこたえたものである。彼の古武士さながらの風貌とその精神性に国民は驚き、賞賛の声を惜しまなかった。一方国民生活は前年の第4次中東戦争の影響による狂乱物価にあえぐときが続いた。さらに、夏には三菱重工本社で爆破事件が起き、騒然とする。こうした世相の中で、森進一に歌う襟裳岬が大ヒットする。女のためいき、女の酒場、花と蝶、年上の女、港町ブルース、おふくろさんと女心を歌った演歌を歌い続けてきた森進一にとってまったく異質な歌の登場である。

「北の街ではもう 悲しみを暖炉で
燃やしはじめてるらしい
理由のわからないことで 悩んでいるうちに
老いぼれてしまうから 黙りとおした歳月を
拾い集めて 暖めあおう
襟裳の春は 何もない春です

君は二杯目だよね コーヒーカップに
角砂糖 ひとつだったね
捨てて来てしまった わずらわしさだけを
くるくるかきまわして 通りすぎた夏の匂い
想い出して 懐かしいね
襟裳の春は 何もない春です

日々の暮しは いやでもやってくるけど
静かに 笑ってしまおう
いじけることだけが 生きることだと
飼い馴らしすぎたので 身構えながら話すなんて
ああ おくびょうなんだよね
襟裳の春は 何もない春です

寒い友だちが 訪ねてきたよ
遠慮はいらないから 暖まってゆきなよ」*

作詞は岡本おさみ、作曲は吉田拓郎、、森進一の演歌路線とはまったくことなる路線である。はたして彼にこの歌を歌えるだろうか、レコード会社はこう思ったにちがいない。が、ふた開ければ大ヒットである。さらにレコード大賞とさえなる。この年にヒットした他の歌をみると70年代初頭から始まった和製ポップス、フォークソング、アイドル歌手の台頭が色濃く反映しているのがわかる。そうした流れの中で森進一の歌う襟裳岬は演歌・歌謡曲の重さ、暗さ、こぶしをもちながら軽快なリズムによって歌われた。この意味では新しい演歌、歌謡曲の登場であり、若者にとっても、中高年者にとっても抵抗感なく受け入れられたといえる。それにしても、この歌詞は、当時の世相をよく代弁しているではないか。70年安保以降おとずれた熱狂の喪失感、前年来の狂乱物価にあえぐ生活、希望の星であった田中政治の破綻、まさに絶望からの逃走である。この歌は世相を代弁する力をまだ持っている。若者向けの歌に押され始めた演歌、歌謡曲にととって若者の力を借りながらの復権となり、新たな昭和歌謡曲の黄金期の始まりとなった。

ところで、この歌は、奇妙に現代の世相に一致するように思える。小泉政治の異常な熱狂が終わり、迷走する安倍政治の中、人々は
「通りすぎた夏の匂い 想い出して 懐かしいね」
そして熱狂の中、忍従の冬の時代の後に訪れた
「襟裳の春は 何もない春です」
と思っているのであろうか。

(*)「襟裳岬」歌詞より転載。

[この年流行った歌]
うそ(中条きよし)
赤ちょうちん(南こうせつとかぐや姫)
二人でお酒を(梓みちよ)
私は泣いています(リリィ)
精霊流し(グレープ)
ひと夏の経験(山口百恵)
結婚するって本当ですか(ダ・カーポ)
昭和枯れすすき(さくらと一郎)
黒の舟歌(加藤登紀子)
傷だらけのローラ(西城英樹)
よろしく哀愁(郷ひろみ)

主な出来事 − (昭和49年) (1974年)
1-16 TBSテレビで寺内貫太郎一家放送開始。人気を呼ぶ。
1-21 太平洋側の雨なしが続いていたが、71日で終わった。
2-13 ソ連、ソルジェニーツィンを国外追放。
3-10 元日本兵・小野田寛郎(52)がフィリピンのルパング島で30年ぶり発見。
3-17 銀座の歩行者天国でアメリカ人女性ストリーキングが出現し公然猥褻容疑の現行犯で逮捕される。その後各地で相次ぐ。
4- 春闘賃上げ平均で2万8981円、32.9%。
4-12 祝日と日曜が重なるときは翌日を休日にする国民の祝日法改正交付施行。
4-20 東京・上野の東京国立博物館でモナ・リザ展が開催される。入場者151万人。
5-9 伊豆南部でM6.9の大地震発生。
5-12 東京都江東区豊洲に日本で初めてのコンビニエンスストア「セブンイレブン豊洲店」が開店。
6-26 国土庁発足。
7-2 第一回日本人口会議「子供は二人まで」の大会宣言採択。
6-1 小田急多摩線開通。
8-30 東京丸の内三菱重工業ビルで爆破事件。
8-8 米国ニクソン大統領がウォーターゲート事件の責任を追及され、辞任表明
9-1 台風により狛江市猪方地先の多摩川堤防が決壊
9-13 オランダ・ハーグ市のフランス大使館に日本赤軍メンバーらが侵入、大使、大使館職員ら10数人を人質に取り立てこもる。
10-14 巨人軍長島引退試合。「わが巨人軍は永久に不滅です」と語る。
10-15 帝人中央研究所で爆破事件。
10-16 米国ラロック退役海軍少将が議会において米艦船が核兵器を積載して日本に寄港と証言。
10-22 月刊文芸春秋に立花隆が「田中角栄研究--その金脈と人脈」を発表、政局が混迷。
11-20 巨人軍の長島茂雄が川上哲治に代わって新監督になる。
11-23 国立大学共通1次試験の模擬テストをマーク・シート方式で実施。
11-26 田中首相、辞意表明。
12-9 三木内閣発足


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