TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第二十六回 街のサンドイッチマン(昭和28年) (1953年)
作詞 宮川哲夫 作曲 吉田正 歌:鶴田浩二

「ロイド眼鏡に」の歌詞が出れば自然とそのメロディーが口から出てくる。
鶴田浩二の歌ったこの哀愁に満ちた歌が日本中に流れたのは、日本で初めてテレビ放送が始まった昭和28年である。国会では予算審議の中で自由党の有田二郎が「パン助だまれ」と発言し、舞鶴港には中国引揚第1船「高砂丸」「興安丸」が帰国、まだまだ戦後の傷跡を深く残している時代であった。この年、異常気象で全国的に大規模な水害が発生、多くの被害を出し、その余波で凶作となる、暗い時代であった。そんな時代風潮を代弁するようにこの歌は歌われる。鶴田浩二の細かいビブラートに震える歌声は、人々の耳にどのように聞こえたのであろうか。

ロイド眼鏡に 燕尾服 
泣いたら燕が 笑うだろ 
涙出た時ゃ 空を見る 
サンドイッチマン サンドイッチマン 
俺らは街の お道化者 
呆(とぼ)け笑顔で 今日もゆく

嘆きは誰でも 知っている 
この世は悲哀の 海だもの 
泣いちゃいけない 男だよ 
サンドイッチマン サンドイッチマン 
俺らは街の お道化者 
今日もプラカード 抱いてゆく

あかるい舗道に 肩を振り 
笑ってゆこうよ 影法師
夢をなくすりゃ それまでよ 
サンドイッチマン サンドイッチマン 
俺らは街の お道化者 
胸にそよ風 抱いてゆく

最近はほとんど見かけなくなったサンドイッチマンとは人の胴と背中に宣伝用の看板を取り付ける歩く広告である。戦後の余韻の残る街角に立つサンドイッチマンの姿を作詞家はまるでチャプリンの映画のように描き出す。社会の底辺に生き、が、その底辺から少しでも這い上がろうとする人の姿が活写されている。「悲哀の海の中」で、「夢をなくすりゃ それまでよ」「胸にそよ風 抱いてゆく」。ここには悲嘆の中から立ち上がろうとする希望が見える。

戦後はまだ終わっていない。復興への苛立ちの中、衆議院予算審議で吉田首相が「バカヤロー」と発言、内閣不信任案可決により衆院解散、社会、政治の世界、人々の暮らしもまた、戦後の中にある。

今、現代の世情を思うに、この歌が妙に現実染みて聞こえてくる。働いても働いても良くならない生活、そうした人々を敗者を生み出す格差社会の現出、これは今、目の前にある現実である。一体いつから、こんな社会になってしまったのか。これが、改革のゴールであったのか。
多くの人に問いたいと思う。

(*)「街のサンドイッチマン」歌詞より転載。

[この年流行った歌]
津軽のふるさと(美空ひばり)
石狩エレジー
毒消しゃいらんかね(宮城まり子)
アリラン哀歌(菅原都々子)
雪の降るまちを(高英男)
ぞうさん
君の名は(織井茂子)
こんなベッピン見たことない(神楽坂はん子)
黒百合の歌(織井茂子)
仕事の歌[ロシア民謡]

主な出来事 − (昭和28年) (1953年)
1- シャープが、国産初の白黒テレビ受像機14型を17万5000円で発売。
1-25 10円硬貨発行。
1-20 アイゼンハワーが米国大統領就任。
2-1 日本初のテレビ本放送、NHK東京テレビジョン開局。
2-25 2代目桂春団次死去。
2-28 衆議院の予算委員会で、吉田首相が「バカヤロウ」と暴言。
3-5 ソ連、スターリン死去。
3-14 衆議院で内閣不信任案が可決、吉田首相は即日衆議院を解散。
3-23 中国からの引揚第1船、舞鶴入港。
3-30 皇太子(現天皇)がかなだ、アメリカ、イギリス各地を視察。
4-20 ボストン・マラソンで山田敬蔵が優勝。
4-25 J・D・ワトソン(米)、F・H・C・クリック(英)、DNAの二重らせんモデルの論文発表。
4-27 熊本・阿蘇山大爆発。修学旅行の高校生ら5人が死亡。
5-27 出雲大社拝殿が全焼。
5-29 ヒラリーとテンジンがエベレスト初登頂。
6-1 大阪梅田第一生命ビルに屋上ビアガーデン1号が誕生。
6-2 閣議、米軍による石川県内灘演習場の未期限使用を決定。
6-2 英国エリザベス女王戴冠式。
6-4 中央気象台が、台風の呼称を外国女性名から発生順位番号に変更。
6-6 東京・浅草国際劇場で松竹歌劇団のトップスター水の江滝子が引退公演。(〜15)
6-25 九州・中国・四国で水害。死者・行方不明者1013人、全半壊家屋1万7370戸(〜29日)。
7- 東海道本線浜松−名古屋間電化。
夏期巡回ラジオ体操会開始。
7-3 癩予防法改正反対の患者、国会前で座り込み。
7-4 破防法成立。
7-7 坂東妻三郎死去。
7-9 元女優・宮古世里恵が内縁の夫の性器を切り取り重傷を負わせ、病院で看護しているところを通報され逮捕。
7-16 米国マイアミ州ロングビーチで行われたミス・ユニバース・コンテストで、日本代表の伊藤絹子が3位に入賞。
東北以西で水害。死者1124人、全半壊家屋9819戸(〜25日)。
7-27 板門店で朝鮮戦争の休戦協定が調印。
8-28 民間テレビ本放送開始。
8-1 国会の予算審議で、自由党の有田二郎が、右派社会党の女性議員が「断末魔の自由党」と野次をとばしたのに対し「パン助だまれ」と発言。 
恩給法改正公布(軍人恩給復活)
8-12 ソ連、水爆実験に成功。
8-14 東近畿で水害。死者429人、全半壊家屋1653戸(〜15日)。
9-1 町村合併促進法交付。
9-13 ソ連共産党第一書記にフルシチョフ選任。
9-24 台風13号で被害。死者478人、全半壊家屋2万6071戸(26日)。
11- 東海道本線名古屋−稲沢間電化。
12- 硬貨式公衆電話登場。
12-1 日本銀行が板垣退助の肖像を使用した新百円札を発行。
日本初の有料道路、名参宮有料道路開通。。
12-4 仙台高裁、松川事件被告4人に死刑を含む有罪判決。
12-25 紀ノ国屋がセルフサービスによる日本で最初のスーパーマーケットを開店。
12-25 奄美群島返還の日米協定調印(24)により本土復帰。


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