TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第十九回 狂った果実 (昭和31年) (1956年)
作詞/石原慎太郎 作曲/石原慎太郎 歌:石原裕次郎

 昭和31年では、すでに三橋美智也の「リンゴ村から」を取り上げた。「狂った果実」は「リンゴ村から」が見せた時代を象徴する社会現象の対極にあった。、大金持ちの息子である兄・夏久(石原裕次郎)、弟・春次(津川雅彦)は真夏の湘南の別荘暮らしをする間、共に他人の妻に横恋慕を抱く。やがて兄弟の間で一人の女を巡って争いが始まり、悲劇が生まれる。当時太陽族と呼ばれた若者たちを描いた映画「狂った果実」に登場する湘南の別荘、モーターボート、ヨット、オープンカー、そして麗しき夫人は、「リンゴ村から」上京してきた若者たちにとってはまるで別世界の出来事であったにちがいない。

夏の陽を浴びて
潮風に揺れる花々よ
草蔭に結び熟れてゆく赤い実よ
夢は遠く白い帆に乗せて 
消えてゆく消えてゆく 
水のかなたに

人は誹るとも 
海の香にむせぶこの想い 
今日も日もまた 
帰り来ぬ夏の夢 
熱きこころ燃え上がる胸に 
狂いつゝ熟れてゆく 
太陽の実よ

潮の香も匂う 
岩かげに交すくち吻も 
その束の間に 
消えゆくと知りながら 
せめて今宵偽りの恋に 
燃え上がり散ってゆく 
赤い花の実


 貧困と豊かさの狭間の中で、それはまるで夢物語のように見せられた。若者達の若者達故の直情的な願望と欲望、ひとつの憧れとしてそれは存在した。スチールギターとウクレレのアンニュイな音楽の上に歌われる裕次郎の声は、今聞くと若く新鮮である。この歌の作詞、作曲が共に、兄、石原慎太郎氏によって作られたことにあらためて驚く。曲も歌唱も稚拙だが、いわゆる歌謡曲の作曲家、作詞家が作ったような媚びるところはどこにもない。、兄、慎太郎によって作られた文学的な虚構の表現者として裕次郎はその役割を果たした。この歌は石原兄弟にとって最も思い出深い曲であり、裕次郎にとっても最高傑作であると思う。

 改めてこの曲を聞いていると、数十年前に過ごした夏の太陽を思い出す。過ぎ去った青春、時間をときに思い出してみるのも悪くはあるまい。

[この年流行った歌]
ラジオ体操の歌
若いお巡りさん(曽根史郎)
ここに幸あり(大津美子)
哀愁列車(三橋美智也)
どうせひろった恋だもの(コロンビア・ローズ)(10月発売)
ケ・セラ・セラ(ペギー葉山)
好きだった(鶴田浩二)
月がとっても青いから(菅原都々子)
リンゴ村から(三橋美智也)

主な出来事 − (昭和31年)(1956)
1-1 新潟県弥彦神社の福餅撒きで混乱、124人が死亡
1-1 原子力委員会設置
1-7 ラジオ東京(現TBSラジオ)で「赤胴鈴乃助」の放送開始
1-27 大阪で開催された「美空ひばりショー」に群集が殺到し、死傷者10人を出す
1-23 石原慎太郎「太陽の季節」、芥川賞受賞
2-19 「週刊新潮」創刊
3-14 日本道路公団法公布
3-19 日本住宅公団、初の入居者募集を開始
3-20 秋田県能代市で大火。1600戸が消失
4-5 自民党大会で鳩山一郎を初代総裁として選出
5-9 日本登山隊、ヒマラヤのマナスル峰に初登頂
5-9 フィリピンと賠償協定調印
5-24 売春防止法交付
6-19 警視庁、愚連隊取締り本部を設置
7-1 気象庁発足
7-17 政府、経済白書にて「もはや戦後ではない」と記述
7-26 エジプト、ナセルスエズ運河国有化を宣言
8-25 佐久間ダム完成
10-12 砂川町第二次強制測量実施で反対派が警官隊と衝突、260人の負傷者を出す
10-19 日ソ国交回復に関する共同宣言調印(12-12 批准書交換)
10-29 イスラエル軍、シナイ半島進入、スエズ戦争勃発
11-3 KRTテレビ(現TBS)で「スーパーマン」の放送開始、子供達の人気を呼んだ
11-20 NHKの人気バラエティー番組「お笑い三人組」スタート
11-19 東海道本線、全線の電化
11-22 メルボルンオリンピック大会で体操の小野喬など金4、銀10、銅5を獲得
11-23 日米ウラン貸与協定調印
12-14 自民党、石橋湛山を総裁に選出
12-18 国連総会、日本の加盟案を可決
12-20 鳩山内閣総辞職


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