TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第十六回 りんごの歌(昭和21年)(19467)
作詞: サトウハチロー 作曲: 万城目正 唄: 並木路子

昭和20年8月15日正午、終戦の詔勅が発せられる。9月2日、横須賀沖に停泊するミズリー号上で降伏文書に全権重光葵と梅津美治郎が調印。8月30日、連合軍最高司令官マッカーサーが厚木飛行場にサングラス姿でコーンパイプを咥えながら厚木飛行場に降りる。同日、アメリカ太平洋軍総指令部(GHQ/USAPA)を横浜税関に設置される。9月15日、東京・日比谷の第一生命館に総指令部が移転、10月2日、連合国軍最高司令官総指令部(GHQ/SCAP)が設置される。10月11日、マッカーサーが、帝国憲法の改正、婦人の解放、労働組合の助長、学校教育の自由主義化、民衆生活を恐怖に陥れた制度の廃止、日本経済機構の民主主義化を日本政府に指示する。11月1日、アメリカ軍が東京拘置所を接収、巣鴨プリズンと命名、日本人戦犯容疑者を収容する。12月1日、GHQが近衛文磨ら戦犯容疑者59人の逮捕を命令、12月5日、「神道指令」を発令、宗教を国家から分離させた。無条件降伏の日から日本にはこれだけのことが起きた。
占領軍が日本各地の都市に進駐し、降伏前は鬼畜米英と呼ばれた米兵がジープで行き交いし道を闊歩する中、続々と男たちが兵舎、外地から復員兵として生活の場にもどってくる。

昭和21年1月1日、天皇による人間宣言がなされる。そして、並木路子の歌声が日本の青い空に響きわたった。

 「赤いリンゴに 口びるよせて
  だまってみている 青い空
  リンゴは何にも いわないけれど
  リンゴの気持は よくわかる
  リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ

  あの娘よい子だ 気立のよい娘
  リンゴに良く似た 可愛いい娘
  どなたがいったか 嬉しいうわさ
  かるいクシャミも とんで出る
  リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ

  朝のあいさつ 夕べの別れ
  いとしいリンゴに ささやけば
  言葉を出さずに 小くびをまげて
  あすも又ねと 夢見がお
  リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ

  歌いましょうか リンゴの歌を
  二人で歌えば なおたのし
  みんなで歌えば なおなおうれし
  リンゴの気持ちを 伝えよか
  リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ」(*)

こうして戦後は始まった。終戦直後の虚脱感にひたるのもわずかな時である。一億火の玉、欲しがりません勝つまではなどと云うのは、国家の思想統制が崩壊した瞬間に絵空事に変わる。思想やイデオロギーに空腹感による食欲が、男と女の持つ本来の欲望が優った。当然であろう。人とは本来こういうものである。この歌は少なくとも、敗戦まで押さえつけられてきた健康的な人間の食欲と性欲の発露を体現している。都市部の食料不足は深刻だったが、地方に買出しに行き、あるいは闇市でなんとか手に入った。戦前の配給制度の下の暗い飢餓感から開放された。男女が並んで歩けば、オイ、コラと非国民呼ばわりされることもなくなった。大量の男たちが除隊して町に、村に、家庭に戻ってきた。人は生きねばならぬ。生きるためには食わねばならぬ。灯火統制のなくなった家々の夕食には笑い声が聞こえる。そして男と女が一つ屋根に暮らせばお互いを求め合い、戦後のベビーブームが始まる。

この歌は人々の希望であり、平和と自由の証であり、爆撃機の来なくなった戦後の青い空の下で高らかに歌われた愛の歌である。前年はやった歌として同期の桜、ラバウル小唄、愛国行進曲がある。この落差こそ戦後の始まりである。時代も変わり、人々も変わったのである。日本人はいかに打たれようとしたたかだった。
この歌を決して忘れてはなるまい。


*「りんごの歌」歌詞より転載

[この年流行った歌]
悲しき竹笛(近江俊郎/奈良光枝)
東京の花売り娘(岡晴夫)
みかんの花咲
森の小人

主な出来事 − (昭和26年)(1946)
1-1 天皇、人格否定も詔勅。人間宣言がラジオ放送と通じて行われた。
1-4 GHQ、軍国主義者の公職追放、超国家主義団体の解散を命じる。
1-12 日本共産党の野坂参三が亡命先中国より帰国。
1-13 たばこピース発売。
1-18 名古屋に南朝の子孫と称する「熊沢天皇」出現。
1-19 GHQにより奄美大島、琉球列島、小笠原群島の日本の行政権停止。
1-21 板橋事件。東京板橋区板橋町で元第一陸軍造兵廠前に大豆、木炭、焼米、タイヤ、靴ゴム踵、皮革等手に当時手に入りがたい物資がつみあげられた。この物資をめぐり区民と政府が激しく対立した。
1-24 GHQが政府に公娼廃止を指令。
2-1 NHKラジオで英語會話教室が始まる。
2-6 警視庁令「臨時露店取締規則」により露店の出店が許可制となる。
2-9 天皇、神奈川県川崎市を訪問。
2-15 世界初の電子計算機「ENIAC」が米国で完成。
2-16 政府が金融緊急措置を発表。預貯金はいったん封鎖され、封鎖預金からの払い戻しは新円で行なわれた。
2-25 新円、百円札、十円札を発行。
2-28 山手線に進駐軍専用電車が走る。
3-1 労働組合法施行。
3-4 日本放送協会が略称として「NHK」の使用を開始。
3-5 五円札発行。
3-10 進駐軍相手の特殊慰安施設が閉館。
3-19 新一円札発行。
3-20 東京・池袋に池袋東口連鎖市場ができる。闇市の原型となった。
4-10 第22回衆議院議員選挙、婦人議員39人誕生。
4-22 幣原内閣総辞職。
4-22 まんが「サザエさん」が夕刊フクニチに連載開始。
4-27 GHQの勧告により東京警視庁が初めて婦人警官62名を採用。
4-27 プロ野球リーグ戦再開。グレートリング、巨人、阪神、阪急、セネターズ、ゴールドスター、中部日本、太平パシフィックが参加。
5-1 広島、長崎に白血病患者が出始める。
5-3 極東国際軍事法廷、開廷。
5-6 NHKにより街頭録音番組が始まる。
5-19 六大学野球再開。
5-22 第一次吉田内閣発足。
5-24 天皇、食料危機突破に関し放送。
6-3 李承晩、南朝鮮政府樹立宣言。
6-8 新潟大火。新潟県村松町で煙突の飛び火が原因で火災が発生、焼失家屋1208戸。
7-1 NHKにより「尋ね人」が始まる。
7-20 警官のサーベルが廃止される。
8-1 闇市の全国一斉取締り。
8-9 第1回国民体育大会夏季大会開催。
8-12 小平事件。 東京、贈上寺境内裏山で娘の全裸絞殺死体と白骨化した女性の死体が発見される。20日に小平義雄(42)が逮捕され、5人娘殺しが小平の犯行とされた。
9- 上野御徒町間に300軒のアメ屋露店開業。
9-9 生活保護法公布。
10-1 ニュルンベルク国際軍事裁判、最終判決。
10-8 文部省、教育勅語の棒読み廃止を通達。
11-1 配給、主食、2合5勺に増配。
11-3 日本国憲法公布。
12- 内務省通達によって、風紀上支障のない地域に限って特殊飲食店を認め、娼婦の自由意志での営業を許可。 赤線と呼ばれる。
12-11 東京、近県で学校給食が始まる。脱脂粉乳のミルクやシチューが副食として出される。
12-21 南海道大地震。九州から愛知まで被害を受け死者1330人、全壊家屋2万戸以上、焼失家屋2598戸。津波による被害は房総半島から九州までに及び流失家屋1451戸。


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