TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第十一回 嵐を呼ぶ男 (昭和33年)(1958)
作詞:井上 梅次 作曲/大森 盛太郎 歌:石原裕次郎

昭和三十三年、この年封切られた石原裕次郎主演のこの映画を父と共に見た記憶がある。その封切りの年であったか、あるいはその後の年であったのかはさだかではない。真冬だったと思う。映画館は満員で汗が吹き出るほどに熱かった。スクリーンに映し出された裕次郎の映画を食い入るように見たように思う。それが、私にとって映画館に行った初めての経験であったかもしれない。当時、子供にとっての映画とは夏場に行われる野外映画であり、云わば文部省公認の映画がほとんでであった。云わば大人の映画を映画館で見るということは一種の贅沢であり、同時に当時の社会通年においてはこの種の映画は子供には有害とされていた。何故、父が私を連れて行ったのか、理由はわからない。映画の内容はほとんど覚えていないが、ドラマーである裕次郎が何かの理由で悪役に手を石か何かで砕かれ、血のにじむ包帯の手でドラムを満足にたたけず、そのかわりにこの歌を歌い出す姿を漠然と覚えている。

 俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らがおこれば嵐を呼ぶぜ 喧嘩代りにドラムを叩きゃ 恋のうさもふっとぶぜ

 (台詞)この野郎、かゝって来い! 最初はジャブだ…… ホラ右パンチ…… おっと左アッパー…… 
 畜生、やりやがったな、倍にして返すぜ フックだ、ボディだ、ボディだ、チンだ えゝい面倒だい この辺でノックアウトだい

 俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らがほれたら嵐を呼ぶぜ 女抱きよせドラムを叩きゃ 金はいらねぇオンの字さ

 (台詞)この野郎、かゝって来い! 最初はジャブだ…… ホラ右パンチ…… おっと左アッパー…… 
 畜生、やりやがったな、倍にして返すぜ フックだ、ボディだ、ボディだ、チンだ えゝい面倒だい この辺でノックアウトだい

 俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らが叩けば嵐を呼ぶぜ 年がら年中ドラムを叩きゃ 借金取りも逃げて行く(*)

時代は、戦後の混乱から成長のための混沌に突入する。テレビ放送では様々な娯楽番組が登場しさらに普及度を増して行くが、まだその娯楽性において映画を凌ぐところまでは成長していない。だが、時代は大きな転換期に入ろうとしていた。

こうした時代に登場した石原裕次郎は、かっての俳優然とした映画俳優とは一線を画す存在である。その存在は時代そのものであり、若者のカリスマとして成長する。「嵐を呼ぶ男」は単なる一つの娯楽アクション映画であり、歌においても他の歌謡曲のような伝えるべき物語を持っていない。だが、彼のこの歌が市中の流れた時、日本中の若者に衝撃が走り喝采を送った。彼は、自分の歌が評価を受けた時、「俺は映画俳優だ、歌手じゃない!」と言ったが、彼にとって歌とは映画の延長であり、銀幕に映る俳優、石原裕次郎からのメッセージであり、彼自身、単なる歌手を越えた存在であった。この歌にあるのは、映画の中に描かれた止めようがない焦燥であり、怒りである。それは戦後13年、大きく変わった社会思潮の中で、方向性を失った大人達に対する漠たる怒りであったかもしれない。

彼の残した歌、銀座の恋の物語、二人の世界、赤いハンカチ、夜霧よ今夜も有難う、粋な別れ、俺は待ってるぜ、狂った果実、錆びたナイフ、夜霧の慕情、俺はお前に弱いんだ、ブランデーグラス、夕陽の丘、北の旅人(参考ページ:石原プロモーション/石原裕次郎/歌)など、映画と同様、今も人々の心に燦然と輝く。1987年7月17日逝去。

(*)「嵐を呼ぶ男」より歌詞転載

[この年流行った歌]
夕焼けとんび(三橋美智也)
だからいったじゃないの(松山恵子)
監獄ロック(小坂一也)
星は何でも知っている(平尾昌章)
おーい中村君(若原一郎)
無法松の一生(村田英雄)
からたち日記(島倉千代子)
俺は淋しいんだ(フランク永井)
ダイナマイトが150屯(小林旭)

主な出来事 − (昭和33年)(1958)
1-13 米、初の人工衛星打ち上げに成功。エクスプローラ1号。
1-26 南海丸沈没。徳島県小松島港-和歌山港間の定期航路船「南海丸」が沈没し、28日沼島沖で沈没船体をが発見された、167人が遭難。
2-8 東京、有楽町日劇で「第1回ウエスタンカーニバル」が開催。山下敬二郎、平尾昌晃、ミッキー・カーチスなどが出演。ロカビリーブームが始まる。
2-16 長嶋茂雄が読売巨人軍に入団。
2-24 KRT(現TBS)で月光仮面の放送開始。子供の人気を集める。
3-3 富士重工業がスバル360を発売。価格425,000円。
3-9 関門トンネル開通。
3-18 文部省、小中学校の道徳授業実施を通達。
3-27 ソ連でフルッショフが首相となる。
3-30 国立競技場が神宮外苑に完成。
4-1 売春防止法施行
4-5 長嶋茂雄が開幕戦で国鉄、金田正一投手に4打席4三振。
5-12 レバノン内戦が始まる。
5-16 テレビ受信契約数100件突破。
6-1 フランスでドゴール内閣成立。
8- エポック社の野球盤ゲームが発売。価格1,750円。巨人の長嶋茂雄のCMにより大ヒットとなった。
8-2 KRTテレビ(TBS)でローン・レンジャー の放送開始。ハイヨーシルバーのかけ声が子供達の間ではやる。
8-11 川崎市の朝鮮人が金日成首相に帰国希望を要請する(北朝鮮帰国運動の端緒となる)
8-21 小松川事件、女子高生の死体発見(9-1 李鎮宇逮捕)。
8-25 日清食品が即席チキンラーメンを発売。当時価格は35円であった。
9-27 狩野川台風、死者行方不明1157人。
10- 10月に発売されたフラフープが大流行。生産間に合わず。
11-1 東京-神戸間、特急こだま運転開始。所要時間6時間50分。
11-27 皇太子と正田美智子さんが婚約。
12-1 1万円札発行。肖像は聖徳太子。
12-10 全学連幹部らが共産主義者同盟を結成。後の60年安保闘争で中心的役割をはたす。
12-23 東京・芝公園に東京タワーが完成。


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