TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第九回 高校三年生(昭和38年)(1963)
作詞:丘灯至夫、作曲:遠藤実 歌:舟木一夫

 昭和三十五年、第五十八代内閣総理大臣池田勇人の提唱した所得倍増政策から三年目のこの年、社会はようやく活気と明るさを取り戻しつつあった。テレビではNHKのテレビ受信契約が1500万件を突破し、世帯普及率が73.4%となり、家庭の団欒の主役となった。この年、アニメ、鉄腕アトムの放送が開始、クレージキャッツによるお笑いバラエティー番組からは「ハイそれまでヨ」の歌が大ヒット、また後世に残るといわれる名時代劇「三匹の侍」や大人が楽しめる「ヒッチコックサスペンス」など、テレビの社会的影響が大きくなった。その最大の証左は初のテレビ宇宙中継に映し出されたケネディ大統領の暗殺の瞬間の映像であったかもしれない。
 所得倍増政策の結果、都市部ではより多くの労働力を欲し、企業の肥大化にともない勤労者をホワイトカラー、ブルーカラーと色分けするようになる。いわば企業内での管理職層として位置づけられたホワイトカラーは大学卒業以上を前提とし、世間の親たちは子供達をその第一の関門である高校へ競って通わせることになる。
 都市部での進学熱、地方での高校進学へのあこがれは高校三年という世代を特別な存在として位置づけた。この世相を背景にして舟木一夫による高校三年生は大ヒットする

  赤い夕陽が 校舎をそめて
  ニレの木陰に はずむ声
  ああ 高校三年生 ぼくら
  離れ離れに なろうとも
  クラス仲間は いつまでも

  泣いた日もある 怨んだことも
  思い出すだろ なつかしく
  ああ 高校三年生 ぼくら
  フォーク・ダンスの 手をとれば
  甘く匂うよ 黒髪が

  残り少ない 日数を胸に
  夢がはばたく 遠い空
  ああ 高校三年生 ぼくら
  道はそれぞれ 別れても
  越えて歌おう この歌を (*)

 歌には希望が詰まっている。これからの社会を担って行くであろう若者への期待がある。青春という言葉が指すべきものとして、未だ何物にも染まっていない清廉さがある。同世代の若者にとっては希望の歌として、その親世代にとっては、戦中、戦後として自らが持ち得なかった学歴への期待があった。誰もが、高校を卒業し大企業に入る、或いは大学に進みホワイトカラーになり、立身出世することが幸福な生活への近道であると考えた時代であった。この年ヒットした同様の歌として、同人による「修学旅行」「学園広場」、三田明の歌った「美しい十代」がある。時代の明るい雰囲気を表わした歌として、東京五輪音頭、恋のバカンス、バケーション、夢であいましょうなどの歌がある。また、大学シリーズとしてその後、一世を風靡する加山雄三の大学の若大将シリーズ第1作である「ハワイの若大将」が封切られたのもこの年である。誰もが「夢がはばたく 遠い空」を見ていた時代だった。

(*)「高校三年生」より歌詞転載

【舟木一夫】
本名 上田 成幸、愛知県一宮市に生まれる。昭和38年6月、清廉な学生服姿で歌った「高校三年生」でレコードデビューし、大ヒットする。当時、橋幸夫、西郷輝彦と並んで「歌謡御三家」と呼ばれた。第五回 日本レコード大賞 新人賞を受賞、昭和41年 「絶唱」で日本レコード大賞 歌唱賞受賞する。また、NHK紅白歌合戦に初出場し、以後、連続9回出場、今年61歳となる。今も多くのファンを持ち、彼の歌謡ショー、座長劇場公演は多くの女性高齢者で一杯となる。永遠の青春スターである。

[この年流行った歌]
恋のバカンス(ザ・ピーナッツ)
夢であいましょう(坂本スミ子)
若い東京の屋根の下(橋幸夫・吉永小百合)
ハイそれまでヨ(植木等)
出世街道(畠山みどり)
ヴァケーション(弘田三枝子)
長崎の女(春日八郎)
ホンダラ行進曲(谷啓・ハナ肇・植木等)
東京五輪音頭(三波春夫)
見上げてごらん夜の星を(坂本九)
高校三年生(舟木一夫)
修学旅行(舟木一夫)
学園広場(舟木一夫)
こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)
男船(井沢八郎)
美しい十代(三田明)
浪曲子守歌(一節太郎)
みんな名もなく貧しいけれど(三田明)

主な出来事 − (昭和38年)(1963)
1-1 テレビアニメ 鉄腕アトム、フジテレビで放送開始
1-23 夜半から北陸地方を中心に豪雪、死者・行方不明84人
1-26 米国国務省が原子力潜水艦の日本寄港の希望を日本政府に通告
2-10 北九州市発足
2-16 ビートルズの「Please Please Me」が英国で初の1位となる
2-28 沖縄で米軍トラック、横断歩道の中学生を轢く(5-1無罪判決)
2-20 日本ガット理事会で11条国(貿易収支を理由とする貿易制限の禁止)への移行を通告
3-15 最高裁、公共企業体の職員がストの時刑事責任が問われるとの新判例
3-27 自然科学者154人、原潜寄港反対声明
3-31 吉展ちゃん誘拐事件(4-7 身代金奪われる、’65-7-5 遺体発見)
4-1 高校女子で家庭科が必修科目となる
4-1 バナナなどの輸入自由化
4-25 大阪駅前に初の横断報道ができる
5-1 狭山事件(女高生誘拐殺人)
5-12 米国、核搭載可能なF105Dジェット戦闘機を板付基地に配備
6-5 黒四ダム完成
6-13 小さな親切運動始まる
6-16 ソ連人工衛星ボストーク6号に世界初の女性宇宙飛行士ワレンチ・テレシコワが搭乗、彼女の言葉「私はカモメ」が有名になる。
7-1 防衛庁、バッジシステム(半自動防空警戒管制システム)採用を決定
7-11 老人福祉法公布
7-25 名神高速道路開通
8-5 第9回原水禁大会、社会党系組織のボイコットで分裂
8-5 米英ソが部分的核実験停止条約に調印
8-15 政府主催第1回戦没者追悼式
8-28 (米)人種差別反対ワシントン大行進
8-31 砂糖、化粧品など35品目の輸入自由化
8-31 沖縄の離島連絡船「みどり丸」沈没、死者行方不明112人
9-1 安保反対国民会議、横須賀、佐世保で米原潜寄港反対集会
9-4 憲法調査会18委員が自主憲法制定の意見書提出
9-5 草加次郎事件、東京の地下鉄銀座線京橋駅で停車直後の電車で時限爆弾が爆発
9-12 最高裁、松川事件で上告棄却、全員無罪確定
10- この頃、新潟で水俣病発症
10-26 茨城県東海村、日本原子力研究所で日本初の原子力発電に成功
11-1 新千円札発行(伊藤博文の肖像デザイン)
11-9 三池三川炭鉱で炭塵爆発事故、458人死亡
東海道線横浜市鶴見付近で二重衝突事故、161人死亡
11-16 能研テスト実施
11-21 第30回総選挙(自民283、社会144、民社23、共産5、無所属12)
11-22 (米)ケネディ大統領暗殺
11-23 初の日米間、テレビ宇宙中継
12-7 東京地裁、原爆投下は国際法違反、被爆者の賠償請求は却下の判決
12-8 プロレスラ−の力道山が、東京・赤坂のナイトクラブで暴力団員に刺される(-15 死亡)
12-21 教科書無償措置法公布


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