TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第八回 テネシーワルツ(昭和27年)
日本語詞:和田寿三 作曲:PW キング/R. スチュワート 歌:江利チエミ

昭和二十七年、この年、サンフランシスコ講和条約により敗戦から続いていた米軍の日本占領統治が終り、日本は新たに独立国家として自らによる国内統治を始め、国際社会に復帰を果たす。GHQが廃止され、それまで戦前の軍国主義の象徴として禁止されていた国歌「君が代」の放送をNHKが放送終了時に流れる。人々の心は新たな時代の始まりを感じ取っていた。

戦後まもなく、焼け跡に流れた並木路子の「リンゴの歌」が、戦前の暗い統制時代からの開放感を象徴したが、このとき市中に流れた若干十五歳の江利チエミの初レコード(SP盤)、テネシーワルツは、新しい日本の出発の象徴となったと云える。戦前、英語の歌は敵性歌謡として、政府の統制の対象だあったが、敗戦と同時に進駐軍が持ち込んだジャズやカントリー&ウェスタンは、進駐軍放送であるFENによって聞くことが可能となり、その基地周辺にできた米軍相手の歓楽街では毎夜のように流れていた。そうした世相の中、この歌は、かっての敵国の歌に日本語の歌詞をつけることにより作られる。元歌はパティペーイジが歌い、米国国内でもヒットしてた。

江利チエミは、十二歳の頃から進駐軍キャンプで歌い始めたという。その後ジャズマン、フランキー堺らと知り合い、14歳で芸能界デビュー、キングレコードのオーディションを受け、15歳でこの曲を吹き込み、すぐに大ヒットする。この曲とカップングされた曲はジャズの「カモナマイハウス」であった。

去りにし夢  あのテネシー・ワルツ
なつかし愛の唄
面影しのんで 今宵も歌う
うるわしテネシー・ワルツ

思い出なつかし  あのテネシー・ワルツ
今宵も流れ来る
別れたあの娘(こ)よ 今はいずこ
呼べど帰らない *

この歌は本来、海外に進駐した米軍兵士が故郷に残した恋人を懐かしむ思いとともにヒットしたのであろうと思うが、そういう歌が占領された国でヒットしたのは、思えば不思議な現象である。わずか七年で、戦前の軍国教育が崩壊したのを見るような気がする。

二十七年という年は、決して明るい話題ばかりの年ではなかった。GHQの解体により促進されたと云えるかもしれないが、人々の目の届かない深層で、今もその真相が明らかにされない在日米軍が関与されたと推測される様々な事件が起きていた。だがこの歌によって、その是非はとともかく、米進駐留軍を国内に受け入れ、親米国家として生まれ変わった姿を内外に示した意味は大きい。余談となるが。この年発効した対日平和・日米安保両条約が日本の戦後を規定していることは疑いない。

彼女の歌った、「テネシーワルツ」や「さのさ」をふと口ずさむ中高年の方は多いであろう。「テネシーワルツ」は人々の心の歌として並木路子の「リンゴの歌」と同様の歴史の重みを持ち、今も多くの人々の心の中で歌われ続けているに違いない。

*「テネシーワルツ」歌詞より転載。

【江利チエミ】
昭和12年、東京に生まれる。昭和18年 浅草大正国民学校入学、昭和19年 甲府市穴切国民学校へ転校。昭和24年 進駐軍のキャンプで歌いはじめる。昭和26年、14歳で芸能界デビューし、エノケンと笠置シヅ子の「お染久松」に出演。キング・オーディションを受け、昭和27年、テネシーワルツを発売、その後ジャズの女王として名声を博す。発売レコード多数、又出演映画も多数。高倉健と結婚、その後離婚。昭和57年、他界、享年45歳。

[この年流行った歌]
リンゴ追分(美空ひばり)
ゲイシャ・ワルツ(神楽坂はん子)
お祭マンボ(美空ひばり)
ああモンテンルパの夜は更けて(渡辺はま子)
赤いランプの終列車(春日八郎)
灯(ロシア民謡)

主な出来事 − (昭和27年)(1952)
1-16 復興金融公庫が解散し、日本開発銀行が継承
1-19 李承晩ライン宣言
1-26 カイロ焼打事件(黒い土曜日)
1-21 札幌市で白鳥一雄警部射殺事件が起こる
1-23 NHKが初の国会中継放送
2-8 改進党結成(幹事長 三木武夫)
2-15 委託公衆電話登場
2-15 第一次日韓会談開始
2-29 沖縄米民政府、琉球政府設立を公布
3-1 久米正雄逝去
3-16 東京・有楽町に日劇ミュージックホールがオープン
4-1 砂糖の統制撤廃
4-9 日航もくせい号が大島に墜落
4-10 「君の名は」放送開始
4-11 ポツダム政令廃止法公布
4-28 GHQ廃止、対日平和・日米安保両条約発効(サンフランシスコ講和条約発効)、講和発効に際し大赦令、日華平和条約調印
4-28 NHK、放送終了時に「君が代」を放送開始
4-30 戦傷病者戦没者遺族等援護法公布
5-1 血のメーデー事件、デモ隊、皇居前広場で警官隊と衝突
5-7 財閥商号使用禁止等の政令廃止
5-9 日米加3カ国漁業条約調印
5-15 東京・足立区の荒川放水路で首と手足のない男の死体が発見され3日前から行方不明中の巡査と判明、内妻とその母が逮捕、。
5-18 法隆寺の五重塔の解体修理が終了、落慶法要催行
5-20 東京でトローリーバス運行
6-6 中央教育審議会設置
6-9 日印平和条約調印
6-22 ダイナ台風、関西以西に上陸死者行方不明1350人。
6-23 米空軍、北朝鮮の水豊ダムを爆撃
6-24 吹田市でデモ隊、警官隊と衝突(吹田事件)
7-1 羽田空港が米軍から返還、東京国際空港として発足
7-7 名古屋でデモ隊、警官隊と衝突(大須事件)
7-8 NHKラジオ受信契約が1000万を突破。
7-15 農地法・航空法公布
7-19 日本、ヘルシンキオリンピックに復帰
7-21 破防法・公安調査庁設置法公布施行
8-1 法務省・自治省・電電公社発足
8-1 大村収容所設置
8-6 「アサフグラフ」、原爆被爆写真を公開、即日売り切れる
8-13 日本、IMF、世界銀行に加盟
9-29 自由党内紛、石橋湛山、河野一郎を除名
10-1 第25回総選挙(自由240、改進85、右社57、左社54、共0)
10-2 英、初の原爆実験
10-14 日本PTA結成
11-1 米、水爆実験成功
11-1 市区町村教育委員会設置
11-4 米大統領選挙でアイゼンハワー将軍、当選
11-10 皇太子明仁親王、立太子、特赦等実施
11-27 池田通産相、中小企業の倒産・自殺やむなしと失言(29辞任)
12-1 国立近代美術館開館
12-2 閣議、石川県内灘の米軍演習場としての使用を決定
12-7 1年前から行方不明になっていた作家の鹿地亘が突然帰宅し、「在日アメリカ諜報機関に監禁されていた」と発表、キャノン機関の存在が知れる
12-15 政府、炭労ストに緊急調整権発動を決定
12-20 東京青山に初のボーリング場ができる


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