TOP昭和歌謡曲 − あの時、あの歌


爽快倶楽部編集部


第五回 津軽海峡冬景色(昭和52年)
作詞:阿久悠 作曲:三木たかし 歌:石川さゆり

日本国中が大不況に陥り、負債1000万円以上の倒産は実に18471件、負債総額2兆9806億円となり、史上最高となる。この年、一人の少女演歌歌手が彗星のように現われる。その歌手の名は石川さゆり、歌の名は「津軽海峡冬景色」。

恐らく、作詞家阿久悠にとって最高傑作の一つに数えられるであろうこの曲を、当時19歳の石川さゆりが、決して演歌向きとは言えないかぼそい声で熱唱した。その姿は見るからに痛々しく、それ故に歌の持つ暗さと凄みを増幅した。

「上野発の夜行列車 おりたときから
青森駅は 雪の中
北へ帰る人の群れは 誰も無口で
海鳴りだけを 聞いている
私もひとり 連絡船に乗り
こごえそうなカモメ見つめ 泣いていました
ああ 津軽海峡・冬景色」*

まだ、青函トンネルが開通する11年前、人々は上野から夜行列車に乗り、翌朝青森で青函連絡船に乗る。その乗客に託した歌の思いとは何であったのか。「北へ帰る」とは、東京から北へ帰ることであり、「北へ帰る人の群れ」とは東京での生活の夢に敗れた人々の群れだったように思う。「無口」な人々は、「こごえそうなカモメ」の心を持って北へ帰って行く。

「ごらんあれが竜飛岬  北のはずれと
見知らぬ人が 指を指す
息で曇る窓のガラス ふいてみたけど
はるかにかすみ 見えるだけ
さよなら あなた 私は帰ります
風の音が胸をゆする 泣けとばかりに
ああ 津軽海峡・冬景色」*

血を吐くような別れがある。夢破れた別れがある。吹雪く津軽海峡の「風の音が胸をゆする」時、「無口」な人々の心の奥から悲嘆と苦悩の涙がこぼれ出る。この時代、津軽海峡冬景色は生まれるべくして生まれたのであろう。恐らく、阿久悠は時代の匂いを敏感に嗅ぎ分け、彼の脳裏に潜在する冬の海峡の姿が自ずから言葉となって行ったに違いない。

石川さゆりにとって、この曲は、後の「天城越え」と並んで代表的作品となった。心を歌える歌手が少ない中、石川さゆりは戦後歌謡曲の金字塔となった美空ひばりの後を継ぐ者の一人かもしれない。

石川さゆり 本名、石川絹代。1958年1月30日、熊本に生まれる。1973年3月25日、デビュー。 
昭和52年 8月25日 第3回日本テレビ音楽祭  グランプリ『能登半島』
10月20日 第4回横浜音楽祭  音楽祭賞
11月17日 第8回日本歌謡大賞   放送音楽賞『津軽海峡冬景色』
12月20日 FNS歌謡祭音楽大賞     最優秀グランプリ『津軽梅峡冬景色』
最優秀歌唱賞『津軽海峡冬景色』
最優秀視聴者賞『津軽海峡冬景色』
12月25日 第10回全日本有線放送大賞  優秀スター賞『津軽海峡冬景色』
12月25日 第10回日本有線大賞    有線スター賞『津軽梅峡冬景色』『能登半島』
有線ヒット賞『津軽海峡冬景色』『能登半島』
12月31日 第19回日本レコード大賞  歌唱賞『津軽海峡冬景色』
昭和53年 2月25日 第15回ゴールデン・アロー賞 音楽賞
12月19日 FNS歌謡祭音楽大賞 FNS歌謡祭5周年記念特別賞
昭和55年 7月29日 第1回古賀政男記念音楽大賞 優秀賞『鴎という名の酒場』
10月28日 第1回作詩大賞    作品賞『鴎という名の酒場』
昭和57年 7月17日 第3回古賀政男記念音楽賞 優秀賞『漁火挽歌』
昭和59年 12月31日 第26回日本レコード大賞 企画賞『東京めぐり愛』
昭和60年 12月31日 第27回日本レコード大賞 最優秀歌唱賞『汲止揚しぐれ』
昭和61年 11月19日 第17回日本歌謡大賞  放送音楽賞『天城越え』
昭和62年 12月26日 第28回日本レコード大賞 金賞・編曲賞『天城越え』
7月3日 TV東京メガロポリス音楽祭  女性演歌部門グランプリ『夫婦善哉』
9月3日 第14回日本テレビ音楽祭 最優秀歌唱賞『夫婦善哉』
10月16日 1987全日本歌謡音楽祭  最優秀歌唱賞『夫婦善哉』
11月6日 RFラジオ日本横浜音楽祭  横浜音楽祭賞『夫婦善哉』
11月13日 日本歌謡大賞 放送音楽プロデューサー連盟賞『夫婦善哉』
11月25日 第29回日本レコード大賞部門賞 金賞『夫婦善哉』
昭和63年 6月11日 第9回古賀政男記念音楽大賞 優秀賞『滝の白糸』
平成元年 6月10日 第10回記念音楽大賞  大賞『風の盆恋歌』
10月 2日 第15回日本テレビ音楽祭 最優秀歌唱賞『風の盆恋歌』
10月13日 1989全日本歌謡音楽祭    審査員奨励賞『風の盆恋歌』
10月17日 第22回日本作詩大賞 大賞『風の盆恋歌』
12月12日 FNS歌謡音楽祭 最優秀視聴者賞『風の盆恋歌』
12月31日 第31回日本レコード大賞 最優秀歌唱賞『風の盆恋歌』
平成2年 10月14日 第23回日本作詩大賞   大賞『うたかた』
など多数の受賞暦を持つ。現在も歌謡曲界の大看板として活躍中。
(石川さゆり公式ホームページより転載)

*「津軽海峡冬景色」歌詞より転載

[この年流行った歌]
カルメン’77(ピンクレディー)
あずさ2号(狩人)
北国の春(千昌夫)
勝手にしやがれ(沢田研二)
能登半島(石川さゆり)
渚のシンドバッド(ピンクレディー)
暑中お見舞申し上げます(キャンディーズ)
イミテーション・ゴールド(山口百恵)
ウォンテッド(ピンクレディー)
冬の稲妻(アリス)
花街の母(金田たつえ)
あんたのバラード(世良公則&ツイスト)
俺はぜったい!プレスリー(吉幾三)
UFO(ピンクレディー)
若き旅人(狩人)

主な出来事 − (昭和52年)(1977)
1-4 東京都品川駅付近の公衆電話ボックス脇においてあった青酸ナトリウム入りコカコーラのびんを高校1年生が拾って飲み急死。同日、この現場から600メートル離れたところで無職の男性(46)が青酸コーラを飲み死亡した。青酸コーラ無差別殺人事件として捜査。
1-20 米国、カーター大統領就任
1-27 ロッキード事件丸紅ルート初公判
2-1 裁判官訴追委員会、鬼頭判事補の罷免訴追を決定(3-23 鬼頭判事補、法曹資格を喪失)
2-9 東京外為市場で円が急騰し終わり値$1.00=285円台となる。
2-14 東京都八重洲地下街の通路で青酸ナトリウムを混入したチョコレート40箱が見つかった。 毒入りチョコ事件として捜査。
2-23 日本初の静止衛星「きく2号」打ち上げ
3-26 江田三郎社会党前副委員長が離党し、社会市民連合結成の意向を表明
4-1 日本教育テレビジョン(NET)が、全国朝日放送(略称テレビ朝日)に社名変更。
4-29 全日本柔道選手権で19歳の山下野泰裕が初優勝
5-2 国立大学共通一次試験のため大学入試センターがスタート。
5-24 慶大商学部で入試問題漏洩事件が発覚
6-2 ロッキード事件児玉ルート初公判
6-23 福田首相、韓国CIA部長が金大中事件を指揮したという金炯旭の米下院での証言に関し、政治決着済みと表明
7-1 政府、領海12海里、漁業専管水域200海里実施
7-7 加藤老事件(1915年)で、広島高裁が無罪判決。 逮捕後、62年目。
7-16 中共10期3中全会開催、ケ小平再復活。
7-21 ロッキード事件小佐野ルート初公判
7-23 文部省、小中学校の新学習指導要領で「君が代」を国家と規定
8-7 北海道支笏・洞爺国立公園の有珠山が噴火
8-16 エルビス・プレスリー没(42歳)
8-23 天皇、記者会見において戦後の人間宣言の第一の目的は「五箇条の御誓文」の伝達にあった、と発言
9-3 王貞治、通算本塁打756号を達成、大リーグのハンク・アーロンの持つ記録を更新
9-20 曲尺、鯨尺の製造販売許可
9-26 田英夫ら、社会党を離党
9-27 米軍ファントム戦闘機。横浜市緑区の住宅地に墜落
9-28 日本赤軍、ボンベイ離陸直後の日航機をハイジャックし、拘留中の赤軍派9名の釈放を政府に要求。(3-29政府受諾)
10-1 伊藤忠商事、安宅産業を吸収合併
10-10 新宿の歌声喫茶「灯」閉店
12-13 横浜市長の飛鳥田一雄が社会党の委員長となる
12-25 チャプリン没(88歳)


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